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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 飛鳥の小径 ~
お馴染みの『飛鳥の小径』に紫陽花が咲きました。

JR王子駅前の線路沿いの狭い小径は見学者が、肩を触れ合いながら行きかいます。

主役の紫陽花は、最盛期の少し手前でしょうか。

それでも、写真小僧の目を楽しませてくれるに十分な盛りです。


紫陽花の横を「湘南新宿ライン」が眺めるように通りすぎます。




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50種類、1300株の紫陽花があると言われるだけあって色とりどりの紫陽花が咲いてます。

まず、大好きな日本原産の「ガクアジサイ」





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花の部分がサファイヤブルーのように輝いています。




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飛鳥山の森から届く木洩れ日が、「ガクアジサイ」の輝きに負けじと

煌めくような背景を創っててくれています。





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続いて、一般的な球状に咲く「西洋紫陽花」


「西洋紫陽花」は、日本原産の「ガクアジサイ」を江戸時代に

ドイツ人博物学者シーボルトが海外に持っていって、

品種改良されたものが逆輸入されたものです。




         DSC_飛鳥3726_01









最初は、黄緑色に咲いていた愕が徐々に、変色していくアジサイもあります。

幻想的です。





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コバルトブルーも輝いていました。

花芯は宝石箱の様ですネ。




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小路の中ほどに、いつの間にか大黒 さんが置かれていました。

一昨年には、なかったですネ。

箸休めならぬ 「花休め」でしょうか、中々粋な計らいです。




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それでは、大黒さんにあやかって、紫陽花の「花休め」

紫陽花には「オタクサ」と言う別名もあります。

長崎に在住していた頃のシーボルトには「お滝さん」と言う愛人がいました。

その愛人の名前をとって、紫陽花につけたことに由来しています。

ドイツ人であるシーボルトは「キ」が発音できないので「オタクサ」になったそうです。

ただし、真意のほどは不明なので、他の場所でしゃべるのは控えた方がいいと思います。

しゃべる場合は「自己責任」で!












木漏れ日をスポットライトのように浴びて輝いている紫陽花もありました。





まだ、ブルーに変色できていない部分にスポットライトが当たっていました。



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こちらは、日陰の闇の中で

きらりと光が当たっています。




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花全体に、光を浴びて素敵な「影」を写しでしています。

影ばかりに神経が言っていたので、ミツバチがとまっているのは、画像で知りました。




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こちらも花全体に光を浴びていいます。




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それでは再び、木漏れ日によるライトアップショーです。

下手な説明(のうがき)はいりませんよネ!!



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以上、飛鳥山の木漏れ日と紫陽花で煌めく『飛鳥の小路』 でした。




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旅・はいかい | 23:16:04 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 国宝 瑞龍寺 ~
『瑞龍寺』は、富山県高岡市にある曹洞宗の仏教寺院。

山号は高岡山、本尊は釈迦如来です。

仏殿、法堂、山門の3棟が国宝に指定されている。これは富山県下において

最初で現在においても唯一の国宝です。

加賀藩二代藩主 前田利長の菩提寺として、利長公が開き築いた高岡の町に

三代藩主 前田利常によって慶長14年(1614年)に建立された。

最終的に伽藍整備が完成したのは、利長の五十回忌にあたる寛文3年(1663年)頃

です。なんと50年もの歳月を要したことになる。(1646年からの20年と言う説もある)











【総 門】       重要文化財




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    ≪総門扁額≫  




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正保年間竣工。

正面幅三間の藥医門形式











【山 門】       国 宝



残念ながら、現在外壁改修中で山門全体に足場がかけられていて

工事用シートに覆われています。

『瑞龍寺』 一番の景色なんですが!!

シートが取れるとこんな感じです。

尚、本当にシートが外せるのは今年のお盆頃だそうです。




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正保2年(1645年)竣工、万治年間に場所を移して建てかえられた。

延享3年(1746年)の火災で焼失後、長らく仮の門が建てられていた。

現存する門は文政元年(1818年)に上棟、同3年(1820年)に竣工したものである。

高さは約18mで寺院内で最も高い。

二重門(2階建てで、上層と下層の境にも軒の出をつくるもの)で、屋根は入母屋造、

杮(こけら)葺き。

二重門では下層の屋根を上層よりも大きくつくることが多いが、この門では上層と下層の

屋根の出があまり変わらない。これは積雪時に上層屋根から落下した雪が下層屋根に

当たるのを防ぐためといわれる。

下層に金剛力士(仁王)像、上層内部には宝冠釈迦如来と十六羅漢像を安置する。

金剛力士像はシートに覆われていないので撮影することが出来ました。




DSC_瑞3665_01       DSC_瑞3664











【仏 殿】       国 宝




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   ≪仏殿扁額≫




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万治2年(1659年)の竣工。

入母屋造、一重裳階(もこし)付きの総欅造りで、屋根は当初杮(こけら)葺きであったが、

現状は総重量約47トンの鉛瓦葺きとする。鉛製の瓦を用いる理由は、俗説では非常時に

鉄砲の弾にするためともいうが、実際は冬季の積雪対策のためだという。内部を土間床とし、

天井の構造材を見せて装飾としている点、組物(柱上にあり、軒や天井を支える構造材)を

密に配する点などは禅宗様建築の特色であり、柱、扉、窓などの細部様式も

典型的な禅宗様になる。

本尊の釈迦如来と、普賢菩薩、文殊菩薩の釈迦三尊像のほか、

達磨座像、跋駄羅尊者像を安置する。






    ≪本 尊≫




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    ≪組 物≫


梁や屋根を支える構造材が機能の美として複雑に、スケルトンされている。

勿論、釘等のつなぎ固定材は一切使われていない。




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【法 堂】       国 宝




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    ≪法堂扁額≫




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明暦元年(1655年)の建立。

総桧造りの入母屋造、銅板葺き。内部を土間床とする仏殿に対し、法堂は畳敷きで、

横2列、縦3列の6部屋を配する方丈形式の間取りで建坪186坪である。

手前の3部屋の前面には広縁(板間)があり、その前面は左右に細長い土間廊下とする。

こうした平面形式は曹洞宗建築の特色を示す。

二代藩主前田利長の位牌を建物中央奥に安置する。

かつて同寺にあった七間浄頭(東司)に祭られていた烏瑟沙摩明王立像を安置する。





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仏壇の中心に置かれた二代藩主 前田利長の位牌は、七尺(≒210cm)あり

個人の位牌としては日本一大きいとされている。

前田家としては、徳川家康に準え仏としてではなく”神”として祀りたかったようですが

徳川家が、二代目以降の将軍を神として祀られてないのに配慮して神として祀ることを控えた。

その思いを仏壇に込めたのか手前の柱、梁が 鳥居 を模したように造られている。











【僧堂(禅堂)】       重要文化財




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延享3年(1746年)に焼失したが直後に再建された。











【大庫裏】       重要文化財




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現在の厨房にあたる。

結露を防ぐために、天井に漆喰が塗られ、曲線になっている。











【回 廊】       重要文化財





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大伽藍を囲む周囲約300mの回廊で、北回廊、南東回廊]、南西回廊からなっている。

回廊の左右は白壁となっており、規則正しく並んだ柱と格子枠の障子戸が特徴となっている。












【八丁道(はっちょうみち)】




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『瑞龍寺』から真っ直ぐ東方向に、長さ八丁(870m)の「八丁道」と呼ばれる参道があり、

東端の前田利長墓所と瑞龍寺とを結んでいる。




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途中には、前田利長の坐像も置かれている。




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【前田利長墓所】




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墓所は、小さな森に囲まれていました。

そして、墓所の前には鳥居 が建てられていました。




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鳥居を潜り、堀にかこまれた墓所の前まで入れます。

ここから先は、立ち入り禁止。

しかし、大名の墓としては日本一と言われる、高さ11,9mの石塔がそびえてました。




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石塔下部の戸室石で造られた基壇は、約250㎡の三層基壇となっており

側面には狩野探幽下絵とされる130枚もの蓮華図文様が彫刻されています。


墓所の周りの堀は睡蓮が涼しさと共に季節を彩っていました。









以上、加賀120万石の財力をふんだんに使った見事な『国宝 瑞龍寺』 でした。

仏閣 | 05:55:37 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ スナック 和 ~
金沢の、大人の隠れ家だった”スナック 紀 ”を「ジロー」が店じまいして、

半年が過ぎようとしています。

そんな折、新しい経営者が、またスナックを開業したと言う情報が入りました。

早速、「金沢の飲み仲間」と顔を出してみました。

店の名前は『スナック 和 』 に変わっていました。




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入り口は”越前の鳥の子紙模様”で雰囲気はなんとなく”和”を連想させる色使いです。

店内を見るのが楽しみですネ。










扉を開けると、以前は還暦男のちょっと「ウザイ」ジローの顔が飛び込んできたのですが

今回は違いました。

今回飛び込んできたのはこちら、和服姿がよくお似合いの「千枝子ママ」でした。

爽やかさが違いますネ。




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笑顔に吸い込まれていきそうですよネ!








お店の切り盛りは大ママとマスターと3人でやっているそうです。


「大ママ」です。




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「マスター」です。




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それでもって、3人の関係は、「大ママ」の姪っ子と甥っ子の関係だそうです。

店内の様子は、居ぬきで引き継いだようで、基本は変わっていませんでしたが




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残念ながら、先代の「大ママ」自慢の「動くボトルケース」は無くなっていました。

時代の流れでしょうか。仕方ないですネ「大ママ勘弁して!」











それにしても、呑み仲間今日は雄弁ですね。

普段の控え目はどこへ置いてきたのでしょうか。



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歌い始めましたネ。

良い女がいると妙に積極的なんですネ!困ったもんだ!


男の「ツンデレ」ですか?





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ママも歌いだしました。

お上手ですネ!!

”ブラボーです!”




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なんと、大ママまでマイクを握っています。

歌合戦模様ですネ。

歌を上手に歌える人はうらやましいですネ。




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いつの間にか、他のお客さんも入っていました。

そして気づくと、連れはなんとママとデュエットしてるではありませんか。

これは「別途料金」にしてください!




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それでは、私達は「笑顔のデュエット」 で!! 

1+1は ”ニーッ”   ((∩^Д^∩))




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最後に、ママの歌をもう一曲聴いて帰るとしましょうか。




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お上手!! パチパチパチ   ((((;゚Д゚)))))))










イヤーッ!今日は楽しかったです。

アッと言う間に時間が過ぎてしまいました。

ジローが店を閉めて、なんとなく間の抜けた感じでしたが

少し、隙間が埋まったような気がします。

最後に笑顔の”ご朱印” いただいて帰ります。


勿論、又来ますよ、当然でしょ!




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「かおり袋」もいただきました。




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追伸)ホテルに帰って、鏡の前で鼻の下を測ってみましたが、

全然伸びていませんでした。 ご心配なく!!




以上 『スナック 和 』 でした。

お酒 | 20:52:13 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 素戔嗚尊神社(すさのをのみことじんじゃ) ~
大阪の吹田に緑に囲まれて、通称 ”江坂神社”と呼ばれて鎮座していました。




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社  号          素戔嗚尊神社

鎮座地           大阪府吹田市江坂町3丁目68-11

主祭神           素戔嗚尊

創  建          元暦元年(1184年)

社格等           旧村社


別  名          牛頭天王社

               感神院
  
               感神宮

               江坂神社

社殿様式         権現造

例  祭          5月15日(春祭)

               10月15日(秋祭)


境内社           岩本稲荷社












【由緒・沿革】



榎坂村広芝の神祠と小曽根村寺内の神祠を併合して、牛頭天王社・感神院と呼ばれた。

「神社明細書」(1952)には、元暦元年(1184年)5月創立し、京都八坂神社の分霊を迎え、

嘉吉2年(1442年)に現在地に奉遷したとある。

元禄16年(1703年)に社殿を再建。

明治元年(1868年)の神仏判然令で社名を素盞烏尊神社に改める。

明治5年(1872年)、村社に列す。明治42年(1909年)6月、神饌幣帛料供進社に指定される。

昭和44年(1969年)、社殿を改築。












【社号標】





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【大鳥居】



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   ≪鳥居」扁額≫



銅板の浮かし彫りですが

「感神宮」と書いてあります。

それにしても、緑青の緑が歴史を物語っています。




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【手水舎】




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井戸が併設されていました。

なんだか湧き水が湧いているようで気持ちのよさそうな手水場です。




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【狛犬】





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【拝殿】





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【本殿・拝殿】



本殿と拝殿を幣殿で繋げる”権現造り”

上から見ると「エ」の形になっているのが特徴です。

本殿の屋根の上には「千木」「鰹木」が置かれている。




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【北参道 社号標】





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【北参道 鳥居】





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   ≪鳥居扁額≫




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【北参道 手水舎】




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【家形石棺の蓋 】


7世紀初頭の竜山石製石棺の蓋。明治初年に出土し、石碑のように立てられています。




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【伊勢神宮遥拝所】




伊勢信仰のあった江戸時代にはあちらこちらに設けられていたようです。




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【境内社】



    ≪岩本稲荷社≫




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【御朱印】





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以上、吹田の杜に静かに鎮座する 『素戔嗚尊神社』 でした。

神社 | 20:09:41 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 第10回 隅田川水面の祭典 Ⅲ ~
続いてその他のデモンストレーションです。


≪古式泳法≫


今年初めての参加だそうです。

「古式泳法」 懐かしい言葉を耳にしました。

海のそばで育ち、地元の高校に入学したのですが、その高校には「水泳部」のほかに

「泳法部」と言うのがあり、夏にはよくその練習を眺めていました。

懐かしいです。ちなみに「古式泳法」には全国色々な流派があるのですが

我が故郷の若者達も、背中に大きく名前の入ったTシャツを着て参加していました。

ちょっと我が事のように応援してしまいました。




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最後は、重い旗を水面すれすれに、水に濡れないように振り回していました。

力と技必要です。




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≪水上スキー≫



親子5人組です。小さい子がよく頑張っています。

それにしても良くそろっていました。




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こちらもすごい、片足の肯にロープをひっかけただけで水面を滑っています。

ボートのスピードは20㎞/h~25㎞/hだそうです。

この姿勢は見ているだけでも、疲れそうですね。  グッドです。




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≪ウェイクボード≫



2年前、お台場に世界大会を見に行って以来です。

こちらも、スピード感、迫力、満点です。

海の「スノボー」でしょうか。





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こちらも、ジャンプ、回転が見せ場でしょうか。




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その他、参加型の海の催し物や、リバーサイドでは歌、踊り等などが行われていました。

BBQなどもありましたので、是非来年は家族連れで出かけてみてはいかがでしょうか。





以上 『第10回 隅田川水面の祭典』 でした。

スポーツ観戦 | 22:41:47 | トラックバック(0) | コメント(0)
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