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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 姨捨山(おばすてやま) ~
松本から帰る途中寄り道しました。

更科に住む男が、山に捨てた親代わりの伯母を、明月の輝きに恥じて翌朝には

連れ戻しに行ったという、姨捨山伝説で知られる『姨捨山』です。

姥捨山(うばすてやま)とも言います。

正式には、長野県千曲市にある冠着山(かむりきやま)の別名です。

標高は1、252メートルです。




DSC_姨捨7105_01








山頂から見下ろす善光寺平です。




DSC_姨捨7106_01












【姥捨駅】


姨捨山の麓にありました。




375px-Obasute_Station_2013-8-16.jpg





DSC_姨捨7109_01










標高551mの山の中腹に位置し、全国でも数少ないスイッチバック方式を要する駅です。

ホームから見下ろす景色は、根室本線の狩勝峠、肥後線の矢岳駅と共に

日本三大車窓の一つと数えられています。




DSC_姨捨7107_01











日本経済新聞社の2007年アンケート「足を延ばして訪れてみたい駅」の

全国第2位にランクされました。

ではちなみに1位どこか、ネットで調べると

なんと、2位の姨捨駅のことしか出てきません。

それでも何とか調べてみると

判りました。

1位は北九州市 門司港駅  以前、博多に住んでいたことがあるので

門司港駅には何度かお邪魔させていただきました。

そして、第3位はなんと先日訪れたばかりの、特急が止まる無人駅

霧島市 嘉例川駅(かれいがわえき)でした。

「足を延ばしても訪れたい駅」ベスト3の駅全てを、足の短い私が訪れていることになります。

何となく誇らしい気分です。

又、姨捨駅は2012年「日本夜景遺産(自然夜景遺産)」にも認定されました。




         DSC_姨捨7112_01





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【田毎の月(たごとのつき)棚田】


姨捨の狭い棚田の一枚一枚に映る月を”田毎の月”と言います。

観月と風景を楽しむ、国指定の名勝です。

そしてこの地は「名月の里」とも呼ばれ、平安時代からの観月の地として知られています。




DSC_姨捨7113_01







「田毎の月」を観るためには、田に水が張られている田植えの時期の満月の夜

でなければならないのです。

田植えは5月ごろですから5月の満月の近辺の晴れた夜、と言うことになります。

非常にタイミングが難しい”観月”です。

松尾芭蕉のころは、中秋の名月に合わせて、稲を早めに収穫をして

水を張りなおしたそうです。 風流ですネ。

芭蕉がその「田毎の月」を観に来て書いた一句


  面影や 姥一人なく 月の友


芭蕉らしい渋い一句ですネ。







芭蕉も愛した「田毎の月」 見てみたいですが今は「田毎の緑稲」 です。




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以上、足を延ばして訪れて見た 『姨捨山近辺散歩』 でした。

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旅・はいかい | 23:24:56 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 松本市美術館 ~
松本駅から徒歩10分ほどのところに 『松本市美術館』 はありました。




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ナビも道案内も矢印もいりません、美術館の横を通通っだけで、そこがそれと解ります。

美術館そのものが”ランドマーク”になっています。

なぜならば、道路に面した前庭に ”YAYOI KUSAMAワールド” が

展開されているからです。




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草間弥生さんが、ここ松本出身ということで。オブジェが常設されているようです。

松本城を筆頭に、何となく地味なイメージのある「松本」において

松本市の頭上から、パステルカラーのペンキをひっくり返したような対象的な明るさが

前庭に降り注いでいます。

美術館は時間的にまだ開いていませんが、前庭はオールフリーです。



作品名は  ”幻の華” と言うそうです。

確かに説得力のある題名です。



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草間弥生さんは1929年松本に生まれ、少女時代は心の中から湧き上がる

幻覚との戦いの日々が続いた。

それらのイメージを小さな紙片に書き留めておいたことが、草間芸術の原点の

一つになっているそうです。

1957年に単身渡米し、ニューヨークを中心に約16年活動し、1973年帰国。

その間イメージはいつしか水玉、網目と言う存在に凝縮された。




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平面的なデザインを見たときはさほど感じなかったのですが、

目の前で立体的な作品を見るとすごい迫力です。




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隅から隅まで ”ドットワールド” 満載です。




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本物の花も飲み込んでしまいそうです。




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こちらも首を伸ばして、餌を摘まんでいるのでしょうか。

なんせ”幻の華” ですから。




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信州の澄んだ青空にも、映えわたります。





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”幻の華” の蜜の香りに誘われて

壁に描かれた蝶も寄ってきました。

落語の『抜け雀』ではないけど壁から抜け出て飛んできそうですネ。

草間彌生の『抜けドット蝶』 ですか。




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”ドットワールド”は前庭だけではありません。

館内にも展開されています。



展示ウインドウや自販機にも




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ゴミ箱にも、ベンチにも




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以上、 『松本市美術館 YAYOI KUSAMAワールド』 でした。

芸術 | 22:52:30 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ ばんざい家 ~
松本の夕食は 外飲み

美味しいお酒と美味しい郷土料理を出してくれるお店はないですか?

と尋ねて、ホテルのお姉~さんが教えてくれたのがこちら




         
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松本駅から徒歩3分のところにありました。

『ばんざい家』 です。

普段は、予約しておかないと入れない人気店だそうです。


店内は座敷席中心にテーブル席が2~3席あるこじんまりした店でした。

早速テーブル席を指定すると、我々の為にテーブルをセットしてくれました。

店員さんはほとんどが信州大の学生さんでした。


まず酒のメニューを検索。

なんとそこには「森伊蔵」の銘柄が描かれてありました。

しかもCPも手ごろ、と言うことで全員が【森伊蔵】を注文。

さすがにこいつはストレート。

でも、よく冷やされていました。店の心遣い感じました。




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つまみは、長野に来たらまずは馬刺し、と言うことで

【馬刺しの盛り合わせ】

馬のタンは初めての経験でしたが美味しかったです。




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軽く【コーンのかき揚げ】


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店の名物【揚山賊】

大鳥もものから揚げ




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酒は、森伊蔵をお替りし続ける者と地酒を注文る者と別れました

【地酒】




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酒となればつまみは【刺身の3点盛り】


3点盛りの数が合わないような気もしましたが、よしとしましょうか。

海のない土地で鮮度・味を心配しましたが、とんだとりこし苦労でした。




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こちらも店の看板料理【ばんざい家三種盛り】


これも数が合わないような気がします。

写真は2枚組です。




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【キャベツの塩サラダ】

塩昆布がいい味を出していました。




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【胡瓜の削り節和え】




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【烏賊の塩辛】


やっぱり日本酒には定番ですか




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以上、アルバイト中心なのに客あしらいも

そしてCPも酒も中々素晴らしい、土産話にしたいような『ばんざい家』でした。

こんなお店を紹介してくれて、電話までしてくれたホテルの佐久間お姉さんにも感謝です。


お酒 | 23:15:22 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 国宝 松本城 ~
戦国時代、永正年間に造られた、現存する五重六階の天守の中で日本最古の国宝の城

『国宝 松本城』です。



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【埋橋・大天守】


残念ながらこの橋は渡れません。




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【天守】


中央に五重六階の大天守

左に月見櫓、その後ろに辰巳附櫓

右に乾小天守、その横に渡櫓

この五つが連合された連結複合式天守です。

これらの天守群は、昭和11年国宝に指定されました。


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松本城は、女鳥羽川(めとばがわ)や薄川(すすきがわ)により形成された扇状地上の

端に当たる軟弱地盤に構築されています。

1000トンを超える重量がある大天守を築造するために、色々な工夫がされていますが

その主役ともいえる16本の土台支柱柱が腐りかけて、大天守が傾きかけています。

早急に、現代の技術をもって修復しないと、国の宝が崩壊します。

自然災害はいつ訪れるか解りません。国を挙げて何とかしましょう。

国宝ですから!



それにつけても、北アルプスを背景にした『松本城』は爽やかですね。

青空に、白黒のメリハリが効いています。




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【黒門二の門】


高麗門


本丸への入り口です。

本丸を通り、大天守へ行こうと思ったのですが。

なんと、90分待ち と掲示されていました。

現在4時過ぎですから、入場出来るのは5時ごろと言うことになる。

これでは次の予定が消化できない。

今回の大天守見学はあきらめでしょうか。

残念!!


次回のお楽しみと言うことにしましょう!!




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【控塀(ひかえべい)】



塀のところどころに、狭間(さま)と言う隙間が造られ、この隙間から対岸の敵に

火縄銃や弓矢で攻撃ができるようになっています。




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【二ノ丸御殿址】




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【太鼓門】


平成11年に史実に基づいて復元されました。

樹齢400年の檜、梁には樹齢140年の松が使用されています。

北側門台上には「太鼓楼」がありました。

時を知らせる等、家臣に情報を伝える役割を果たしていました。

この「太鼓楼」があったことから”太鼓門”と呼ばれました。




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【玄蕃石】


”太鼓門”の左側に大きな石垣が映っています。

松本城最大の石で22.5トンあります。石種は玢岩(ひんがん)。

松本城を築城した石川玄蕃守康長が選ばせた巨石で、運搬の苦労を物語る伝説が

伝えられています。康長の名にちなんで玄蕃石と呼ばれています。









以上 『国宝 松本城 外回り』 でした。


旅・はいかい | 20:37:10 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 旧開智学校 ~
日本最古の小学校 『旧開智学校』 に来ています。

松本城から500mほどのところにありました。

文明開化の香りを色濃く残す、時代を代表する擬洋風建築の小学校です。




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明治6年(1873年)筑摩県学(ちくまけんがく)を経て、学制による小学校

「第二大学区第一番小学校開智学校」として開校しました。

現在保存されている校舎は、明治9年4月に地元の大工棟梁・立石清重によって

建てられました。総工費1億1千万円の7割は、松本町民の寄付によるものだそうです。

県知事の給料が20円の時代ですからかなりの高額の工事費とその寄付と言えます。

当時の松本町民の方々の教育に対する意識の高さを物語っています。



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木造2階建寄棟造桟瓦葺、外壁はコーナーストーン及び石積みの腰壁を模した

漆喰塗大壁、中央上部に腰銅板張で回縁付の八角塔を持っています。

建物正面に中央玄関ポーチを特出させ、2階を破風屋根としている。

バルコニーの彫刻では、流水の上に龍が躍り、わき立つ雲の上でキューピットが

校名の額を支えている。

目立つ場所には高価な輸入品の色ガラスが使われている。

2500枚の色ガラスが使用された校舎は「ギヤマン学校」の愛称で呼ばれました。




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龍の透かし彫りはいかにも和洋折衷「擬洋風建築」の象徴でしょうか




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1961年、明治時代の擬洋風学校建築としては初めて重要文化財の指定を受けました。

1963年まで女鳥羽川畔で約90年間使用された校舎は、

現在地に解体・移築され、教育博物館として公開されています。

年間約10万人が訪れてくるそうです。




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【1階廊下】




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【一般教室】


当時の授業風景が再現されています。



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【2階廊下】


レトロではありますが、材料も吟味され一つ一つがしっかり造られています。




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【広間】


何に使われたスペースでしょうか。

今で言う講堂のような使われ方をしたのでしょうか。




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【校長室】


歴代の校長の写真が飾られています。




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校長室ともなると扉も立派です。

まさに和洋折衷です。




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以上、明治の人の文明開化への思いが色濃く残る 『旧開智学校』 でした。

旅・はいかい | 22:15:05 | トラックバック(0) | コメント(0)
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