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アル酎ハイマーはいかい士

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~ キューポラがまだ生きてる街 ~
キューポラとは、吉永小百合さんのニックネームではありませんよ!

鋳物を造るときに使う、液体状になった鉄、溶湯(ようとう)を造る立型溶解炉のことを

言います。




         s-キューポラDSC_8937_01










キューポラの煙突が屋根から突き出ています。

ここ川口市は以前鋳物工場が集中し、街並みの中にキューポラのシンボルとも言える

煙突がにょきにょきと沢山見えるので”キューポラのある街”と言われるようになりました。




         s-キューポラDSC_9309_01











溶湯を造るには、原料となる銑鉄と溶かす火力となるコークスと不純物を分離する

石灰とを同時にカートで運び上げ、キューポラの上部から落とし込みます。

そして高温(1400~1500℃)になるように空気を送り込みます。

この温度管理に失敗すると、造ろうとした鋳物が全滅です。

鋳物師(いもじ)の経験と勘だけが頼りです。




         s-キューポラDSC_9328_01








投入するコークスです。




         s-キューポラDSC_9321_01








鋳物が出来るまでの手順図です。



s-キューポラcast1












溶湯の出来上がりです。

塞がれていた炉の下部に穴を開けて、そこから溶湯が流れ出てきました。

なぜか神聖な神々しさを感じます。 感動です!




s-キューポラDSC_9053_01











川口市は、鋳物に適した川砂や粘土が搾れることから江戸時代より以前から鋳物師が

住み着き、日用品や農具などの製造を始め、後には梵鐘などの社寺用具を造るようになりました。

さらに江戸時代末期には日本中の多くの藩から、大砲や弾丸の依頼を受け川口鋳物師の名を

全国に知らしめるようになりました。明治、大正、昭和と技術革新や技術継承などを繰り返し

第2次世界大戦の最中の1942年、鋳物生産量日本一を達成しました。

又、終戦直後は不足していた鍋・釜などの日用品で生産が活況し、日用品がある程度行き渡った

30年半ばからは日用品に代わり、輸出の増加に伴う機械鋳物が急速に伸びてきました。

1947年になると、市内の鋳物工場数が700を超え、鋳物生産額が全国の3分の1を

占めるようになりました。

ということは、全部の工場とは言いませんが大方の工場がキューポラを持っていたとすると

川口の街の空に700本前後の煙突が立ち並んだことになります。

これはまさしく”煙突の街” ”キューポラの街”ですね。

1962年には吉永小百合の主演デビュー作映画 「キューポラのある街」が上映され

川口の町が全国的に注目されました。吉永小百合17歳高校生の時でした。

注目に後押しされるように、1973年には川口鋳物生産量が40万7千トンとピークになりました。

ところがそのわずか2年後1975年、いきなり需要が大激減し、鋳物業界は崖を転げ落ちるように

大不況の渦にのみこまれました。

その後、多くの鋳物工場が廃業し「マンション」に生まれ変わり川口は”キューポラのある街”から

”ベットタウンの街”に変わってしまいました。

時代の流れと言うものでしょうか。

ところで、ピーク時700前後あったと思われるキューポラが今はいくつ存在しているでしょうか?

もちろん”ベットタウンの街”になったとはいえ、鋳物師が全員居なくなったわけではありません。

ただし、残った鋳物師でも、キューポラをやめて温度管理の楽な「電気溶解炉」に変えて

しまった方も多いようです。

では、川口に現存しているキューポラの数の正解は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




たったの 6基 だけになってしまったのです。


紹介が遅れましたが、今日はそのたった6基の中の一つ

「河村鋳造所」 さんにお邪魔して工場を見学させていただいています。




s-キューポラDSC_9311_01







どうですか!

いい色しているでしょ! 外壁もアスファルトも

これが川口の街の色だったのです。  ”サビ色”です。よく言えば”セピア色”ですか。

やっぱり”サビ色の街川口”でしょう。

この飛び散った鉄粉のサビが街を潤した証だったのですから。

700もの鋳物工場があったのですから街中がこの”サビ色”に染まっていたことは

容易に想像できます。










工場内に戻ります。


鋳込み(いこみ)”通称”湯入れ”が始まります。



まず、注ぎ用のバケットに溶湯を取り込みます。




s-キューポラDSC_9110_01






出来たての溶湯が暴れて火花が飛び散っています。




s-キューポラDSC_9081_01






鋳型に”湯入れ”です。

”湯入れ”は建築で言うと「上棟式」と言うところでしょうか。

製作工程の中でも品質を左右する、緊張する作業の一つとされています。

一つ間違えば、爆発などの大事故にもなりかねません。

ガス抜き穴から炎が出ているのは、ガスを直に吸うと身体に良くないのであえて火をつけて

ガスを燃焼させています。





s-キューポラDSC_9152_01










”湯入れの爆発”と言うと、どうしても思い出すことがあります。

もう伝説化していると思われる”1964年東京オリンピックの聖火台”の製作エピソードです。



〖復習です〗

国は、1958年東京で開催の第3回アジア競技大会の聖火台を鋳物で造ろうと計画しましたが、

物が大きすぎる事、工期が短い事、費用が極めて不足していることなどから誰一人手を挙げる者が

いませんでした。すると鋳物師の意地と男気で「俺がやる」と損得抜きで川口の鋳物師

鈴木萬之助さんと三男の文吾さん親子がこの難行を引き受けました。

2か月かけて鋳型を完成させて、いよいよ”湯入れ”となりました。

しかし、その”湯入れ”の作業中にあろうことか突然鋳型が爆発をおこしたのです。

破損部分から溶湯が流れ出し、製作は無残にも失敗に終ってしまいました。

その時、聖火台の納期はすでに1か月を切っていました。

萬之助さんはしばしその場に立ちつくし、ショックのあまり心労でそのまま寝込んでしまいました。

そして容態は回復することなく8日後に息を引き取ってしまったのです。

しかし、そのことは動揺して仕事に差し支えが出るといけないとの家族の思いから必死で

再製作に取り組んでいる文吾さんには伝えられていませんでした。

葬儀の当日それを聞いた文吾さんは、仕事着のまま、あわてて自転車に乗り葬儀場に

駆け付けましたが、着いた時にはすでに萬之助さんを乗せた車は葬儀場を出てしまった

後でした。

父であり、師匠であり、この仕事のリーダーでもあり、相方でもあった萬之助さんを亡くした

文吾さんはその後、何か物にとり憑かれたように、作業に没頭し不眠不休の末、

2号目となる聖火台を たった2週間で完成させました。

まさしく、親子が命を懸けて造った”聖火台”の完成です

そして第3回アジア競技大会は何事もなかったように無事終了しました。

萬之助さん親子の尽力を伝え聞いた当時の河野一郎五輪担当相らがこの2号を東京五輪にも

正式聖火台として採用することに決めました。


ここで新発見の報告とお詫びの報告です。

ことあるごとに、そしてこのブログでも、その「東京オリンピックの聖火台」の記念のレプリカが

川口市の「青木町公園」の片隅に飾られています。と言ってきたのですが大きな間違いでした。

あれは、レプリカなどではなく爆発した聖火台の損傷部を修復した後、飾られた正真正銘の

”聖火台1号”だったのです。  まことにすいませんでした。

”聖火台2号”は本当は文吾さんの製作ですが、こちらの1号は真の親子の共同製作品です。





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川口青木町公園に置かれてある”聖火台1号”です。

横のラインは参加国・地域の数を表し、波線は太平洋を表しているそうです。













「河村鋳造所」さんに戻ります。




まだまだたくさんの鋳型が”湯入れ”を待っています。




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少し小さめの鋳型の”湯入れ”です。




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やはり、ガスを燃焼させています。




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枠の隙間からもガスが出ています。




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もっと小さい鋳型もありました。

おそらく機械の部品でしょうから小さい物もありますよネ。



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以上、活気と熱気の溢れる鋳物師(いもじ)の仕事場がある

『キューポラがまだ生きている街』 でした。









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有難うございました。
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旅・はいかい | 11:16:09 | トラックバック(0) | コメント(0)
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