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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 世界文化遺産 金閣寺 ~
修学旅行の定番 『金閣寺』 です。

私自身も訪れるのは修学旅行以来です。

その当時はもちろん「世界文化遺産」ではありませんでしたが。

世界文化遺産に登録されたのは平成6年(1994年)です。




         DSC_金閣7546_01










正式名称は、臨済宗相国寺派の禅寺で鹿苑寺(ろくおんじ) と言います。

鎌倉時代の公卿、西園寺公経の別荘を室町幕府三代将軍の足利義満が譲り受け、

「北山殿」と呼ばれる大規模な邸宅を造営したのが始まりとされる。

邸宅とはいいながら御所に匹敵する大規模なもので、義満は応永元年(1394年)に

征夷大将軍職を子の義持に譲っていたが、ここで政治の実権を握った。

義満の死後、遺言により「北山殿」は舎利殿(金閣)を残して解体され禅寺となった。

禅寺の名前は義満の法名鹿苑院殿から二字をとって鹿苑寺と名付けられた。

この唯一残された舎利殿(お釈迦さんのお骨を祀る建物)こそが、通称「金閣寺」

由来する建物で、鏡湖池のほとりに建つその姿は世界的にも有名になった。




ここが定番の撮影スポットでしょうか。

沢山の観光客がカメラを構えています。半分近くは外国の方でしょうか。




DSC_金閣7547_01










「鏡湖池」に映る金閣寺ならこちらの方がベストスポットかも

当時考えられていた日本列島の形を模したとされる「鏡湖池」 は池泉回遊式庭園で、

国の特別史跡および特別名勝に指定されています。




DSC_金閣7550_01











裏から撮ってみました。

正面から見た時は気づきませんでしたが、小さな出部屋があったんですね。

足元を泳ぐ鯉でも見ながら和歌でも詠んだのでしょうか。

いくらなんでも、舎利殿でそんな悠長なことはしないか?


建物の内部は三層に分かれており、第一層は公家風の寝殿造り、第二層は鎌倉時代の

書院造風、第三層は禅宗様仏堂風の造りで、異なる三つの様式を組み合わせた建築は、

当時としても斬新だったそうです。なお、金箔は二層および三層のみに貼られています。




DSC_金閣7557_01











境内の数寄屋造りの茶席は、そこから眺める夕陽を浴びた金閣が美しいことから

「夕佳亭(せっかてい)」と名づけられています。




DSC_金閣7563_02











夕日が無くてすいません。




DSC_金閣7561_01











造営当時、舎利殿の周りにいくつか建物が作られ、舎利殿の北に作られた天鏡閣といわれる

建物とは、双方の二階で橋がかけられ廊下で往来が出来たそうです。今では天鏡閣の建物は

跡形も無く、そのあたりには「龍門の滝」とよばれる滝があり、龍門の滝を鯉がのぼり切ると

龍になるという中国の故事「登龍門」にちなんで名づけられました。




         DSC_金閣7558_01











金閣は創建後、幾度も修理を行ってきましたが、昭和25年の放火により全焼。

この事件は三島由紀夫の小説『金閣寺』や水上勉の『金閣炎上』の題材となりました。

現在の舎利殿は事件から5年後の昭和30年に復元されたものです。











以上、修学旅行以来の 『世界文化遺産 金閣寺』 でした。
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仏閣 | 21:09:20 | トラックバック(0) | コメント(0)
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