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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 神田界隈のプチ社散歩 Ⅱ~
想像した通り、路地裏に隠れたように鎮座していました。

しかし、それぞれにへぇーっというような歴史がありました。



【御宿稲荷神社】



外堀通り、鎌倉町交差点の近くに鎮座していました。




         DSC_御宿7074










千代田区教育委員会発行の書籍「千代田の稲荷 」によると、豊臣秀吉の命により徳川家康が

関東移封の際、宿をとったのが武蔵国豊島郡神田村、現在の内神田一丁目だった。

後年江戸幕府は、その宿となった邸宅に祀られていた祠を記念として 「御宿稲荷神社」

称して社地を与えたという。それがこの神社始まりです。

色々な始まり方があるんですネ。






         DSC_御宿7072





    DSC_御宿7073_01










社号の読みは、オヤド・オンジュク・オンヤド・ミジク・ミシュクなど、昔から様々に呼ばれていて、

正しく定まってはいないようです。

個人的には 「オンヤド」が気に入ってます。(だから何だ、ですけれども)


戦後、社殿を焼失しますが、御神体は無事で、昭和31年(1956年)二の午の日に落成。

現在の社殿は平成18年(2006)に新築されたものです。

コンクリート製で屋根は瓦葺。





         DSC_御宿7075











狐像は、右が子抱き、左が宝珠を抱えています。

高いビルに挟まれていますが、しっかり前を見据えています。




         DSC_御宿7076











鎌倉町の歴史

天正十八年(1590)、豊臣秀吉の命により徳川家康が江戸に入る。

当時の城は、室町時代の武将太田道灌が築いた城塞を後北条氏が整備しただけのもの。

慶長8年(1603)に征夷大将軍になった家康は、江戸に幕府を開き、江戸城改築と合わせ

町の整備を次々と実施した。

そのころからこの付近の河岸には多くの材木、石材が相模国から運び込まれ、

鎌倉から来た材木商たちが築城に使う建築部材を取り仕切っていた。そのための荷揚場が

「鎌倉河岸」と呼ばれ、それに隣接する町が「鎌倉町」と名付けられた。

築城に際し家康が近江から連れてきた甲良家は、鎌倉町内に宅地を与えられ、以後代々

この地に住み続けた。

甲良家は、大工方の大棟梁として、江戸城をはじめ増上寺、日光東照宮などの

幕府関連施設の建設に尽力した。

先日記した、善光寺もこの甲良豊前宗賀(こうらぶぜんそうが)の手によるものでした。

そんなつながりで、鎌倉町は大江戸八百八町の中でも、とりわけ幕府との関わりが深い町だった。




         DSC_御宿7077










社号    御宿稲荷神社

祭神    宇迦能御魂ノ神

創建    江戸時代前期

祭日    2月の初午か二の午の日

所在地   千代田区内神田1-6-8












以上 『神田界隈のプチ社散歩 Ⅱ』 ”御宿稲荷神社” でした。
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神社 | 05:22:28 | トラックバック(0) | コメント(0)
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