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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 旧開智学校 ~
日本最古の小学校 『旧開智学校』 に来ています。

松本城から500mほどのところにありました。

文明開化の香りを色濃く残す、時代を代表する擬洋風建築の小学校です。




DSC_開智6986_01









明治6年(1873年)筑摩県学(ちくまけんがく)を経て、学制による小学校

「第二大学区第一番小学校開智学校」として開校しました。

現在保存されている校舎は、明治9年4月に地元の大工棟梁・立石清重によって

建てられました。総工費1億1千万円の7割は、松本町民の寄付によるものだそうです。

県知事の給料が20円の時代ですからかなりの高額の工事費とその寄付と言えます。

当時の松本町民の方々の教育に対する意識の高さを物語っています。



DSC_開智6989_01







木造2階建寄棟造桟瓦葺、外壁はコーナーストーン及び石積みの腰壁を模した

漆喰塗大壁、中央上部に腰銅板張で回縁付の八角塔を持っています。

建物正面に中央玄関ポーチを特出させ、2階を破風屋根としている。

バルコニーの彫刻では、流水の上に龍が躍り、わき立つ雲の上でキューピットが

校名の額を支えている。

目立つ場所には高価な輸入品の色ガラスが使われている。

2500枚の色ガラスが使用された校舎は「ギヤマン学校」の愛称で呼ばれました。




         DSC_開智7003_01










龍の透かし彫りはいかにも和洋折衷「擬洋風建築」の象徴でしょうか




DSC_開智6991_01










1961年、明治時代の擬洋風学校建築としては初めて重要文化財の指定を受けました。

1963年まで女鳥羽川畔で約90年間使用された校舎は、

現在地に解体・移築され、教育博物館として公開されています。

年間約10万人が訪れてくるそうです。




DSC_開智6990_01










【1階廊下】




         DSC_開智6992_01











【一般教室】


当時の授業風景が再現されています。



DSC_開智6994_01











【2階廊下】


レトロではありますが、材料も吟味され一つ一つがしっかり造られています。




         DSC_開智7000_01











【広間】


何に使われたスペースでしょうか。

今で言う講堂のような使われ方をしたのでしょうか。




DSC_開智6995_01











【校長室】


歴代の校長の写真が飾られています。




DSC_開智6997_01






校長室ともなると扉も立派です。

まさに和洋折衷です。




         DSC_開智6998_01











以上、明治の人の文明開化への思いが色濃く残る 『旧開智学校』 でした。
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旅・はいかい | 22:15:05 | トラックバック(0) | コメント(0)
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