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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 箭弓(やきゅう)稲荷神社 ~
以前、参詣に来た時は駅前に大きな鳥居があったと記憶をしてます。

駅前再開発で撤去されてしまったようです。

再開発に反対するつもりはありませんが、歴史を見つめてきた鳥居は

残してほしかったですネ。

東武東上線東松山駅前に鎮座する『箭弓稲荷神社』です。




DSC_箭弓6994











社 号          箭弓(やきゅう)稲荷神社


所在地          埼玉県東松山市箭弓町2-5-14

主祭神          保食神(うけもちのかみ)

                ・宇迦之御魂神(うがのみたまのかみ)

                ・豊受比賣神(とようけひめのかみ)

社 格          県社・別表神社

創 建          和同5年(712年)

本殿様式        権現造

別 名          やきゅうさま

例 祭          9月21日











〖由緒沿革〗



平安時代の中頃、下総の国(千葉県と茨城県の一部)の城主・平忠常が謀反を起こし

またたくまに近隣諸国を切り従へ、ついにその威を関八州にふるい、大群を持って

武蔵の国(埼玉県と東京都・神奈川県の一部)川越まで押し寄せて来た。

朝廷は武門の誉れ高い源氏の棟梁の子・源頼信に忠常追討の任に当たらせた

しかし、多勢に無勢、さすがの頼信も苦戦を強いられた。

その時、頼信が本陣を張る「野久ケ原」にある小さな祠「野久稲荷神社」に

太刀一振、馬一頭を奉納し、夜を徹して祈願したところ、

明け行く空に箭(矢)の形をした雲が現れ、敵を射るかのように飛んで行った。

 頼信はこれぞ神の御加護と奮い立ち、自ら先陣に立ち敵陣に攻め入ると

三日三晩の激戦の末、神を信じて戦う頼信軍が勝利した。

 帰陣した頼信は、直ちに「野久稲荷」に戦勝報告を済ませると、御社殿の建て替えを

寄進すると共に「野久稲荷神社」を「箭弓稲荷神社」と改めるよう命じた。

 以来、松山城主、川越城主を初めてとして多くの人達の信仰を集めてきた。

そしてこの『箭弓稲荷神社』に由来して此の地も「箭弓村」「箭弓町」と名付けられている。











〖社号標〗




            DSC_箭弓6959_01











〖一の鳥居〗




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   ≪鳥居扁額≫




         DSC_箭弓6961











〖二の鳥居〗




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〖手水舎・手水鉢〗


東松山市指定構造物


4本の柱が、内へ向けて斜めに造られています。

重い屋根部の横揺れに対する「先人の知恵」でしょうか。




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すぐ横に、もう少し年代物の手水鉢も置かれていました。

そばに”御神水”も湧いていました。




DSC_箭弓6969





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〖きつね〗


やっぱり、稲荷神社は狐ですよね。

こちらの「きつね」は狛犬にちなんで「阿型」と「吽型」に造られていました。




     DSC_箭弓6973     DSC_箭弓6974











〖三の鳥居〗


6脚銅板葺き、弁柄塗りの立派な鳥居です。




DSC_箭弓6971









   ≪鳥居扁額≫

      扁額にも、銅板葺きの破風が施されていました。

      初めて見ました。

      しかも拝殿同様の彫刻が施されています。




 DSC_箭弓6975











〖拝殿〗


  天保6年(1835年) 建立

  無彩色ですが、立派な彫刻が施されています。

 一説によると ”国宝 妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)”の彫刻を終えた

  全国から集められた「彫り師」の一部の職人が故郷に帰らず、埼玉近郊の神社仏閣の

  彫刻を施した。ここもその彫刻の一つとされている。




DSC_箭弓6976











〖賽銭箱〗



拝殿の前に置かれた「賽銭箱」にも、歴史と風格が現れています。




DSC_箭弓6980












〖黄金の狐〗


拝殿の中を覗くと、鈍い光を放つ「狐」が鎮座しておりました。

”黄金の狐”です。




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〖箭弓〗



箭弓とは矢と弓のこと。

神殿の前にはしっかり祀られていました。




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〖本殿・幣殿〗



本 殿          正徳5年(1715年)建立

幣 殿          文化8年(1811年)建立



「本殿」「幣殿」「拝殿」と流れるような”権現造”です。

きれいですネ。




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〖末社  團十郎稲荷〗



  通称     穴宮

  御祭神    宇迦之御魂神(うがのみたまのかみ)





 7代目市川團十郎はこの稲荷神社を崇敬し、

社に籠り芸道精進、大願成就を祈願していました。

ある時の新春歌舞伎興行において、毎日札止めの大盛況を納めることが出来ました。

これはひとえに、御霊験あらたかなる事と感得し、文政4年(1821年)に

石造りの祠を建立奉献した。

 以来、江戸の役者や花柳界をはじめ、芸能・技術の向上を願う人々の振興が厚く

芸能・商売繁盛の守り神として広く崇敬を集めています。




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〖縁結びの木〗


「松の木」と「栴檀(せんだん)の木」とが根を合わせ寄り添って生えています。

この姿からいつしか「縁結びの木」と呼ばれるようになったそうです。




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〖雑 記〗


① 「稲荷神社」と言うと通常は読んで字のごとく”五穀豊穣”の神様として祀られますが

   ここ『箭弓稲荷神社』は、発祥のいきさつから”商売・勝負の神様”としてのほうが有名です。

② 「やきゅう」と言う、縁でプロ野球をはじめ野球関係者が多く参詣する事でも

   知られています。特に同じ埼玉に本拠地を構える「埼玉西武ライオンズ」の選手が

  頻繁に訪れるそうです。

③ この『箭弓稲荷神社』の崇敬者に、落語家の林家正蔵並びに林家三平兄弟がいます。

  『箭弓稲荷』は海老名家先祖代々からの守り神で、代々から手の平に乗るほどの
  
  「武州松山箭弓稲荷様」が伝わっているそうです。

  これをいつも肌身離さず持っていて、楽屋に入るたびに楽屋に祀って

  高座が旨く行くことを手を合わせて拝むそうです。











以上 『箭弓稲荷神社』 でした。
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神社 | 21:20:37 | トラックバック(0) | コメント(0)
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