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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 長命寺の桜もちと剣客商売 ~
向島の土手に来て、こちらに顔を出さないのは

江戸っ子じゃーござんせんでしょう。

向島の隅田川(当時は大川)の土手で300年の歴史を誇る『長命寺の桜もち 山本や』です。




DSC_2823.jpg









江戸時代の時代劇や時代小説の中に度々この”長命寺の桜もち”が登場します。


江戸時代、最高の土産、最高のご褒美、最高のスイーツといったら

”長命寺の桜もち”だったのでしょ!!

創業は享保2年(1717年)、奇しくも大岡越前が南町奉行になった年でもあります。


元々長命寺の門番だった初代山本新六が、桜の葉の利用法として考え付いて

門前で売り出したのが始まりです。

試行錯誤の上、塩漬けした桜の葉で、小麦粉生地を薄く焼いた皮で挟んだこしあんを

包んだ。もっちりとした触感と塩気が、江戸っ子の人気を呼んだ



その味が変わらず、今に引き継がれています。

製法も材料もほとんど当時のままだそうです。

店内に、江戸桜もちの元祖である証明書が掲示されていました。



         DSC_2824_01.jpg





テーブルに、できたての”桜もち”が正目の木箱に載せられて運ばれてきました。

桜の葉3枚に包まれています。

しかも、桜の葉が大きいですネ、餅がそっくり包まれています。


テイクアウトも出来ますが、やはり出来立てを店内で食べるのが一番です。



DSC_2830.jpg




DSC_2831.jpg



う~ん!! 旨い!!



もう一つ食べたかったナー!!







江戸時代の風物詩として、浮世絵にも書かれていました。

桜もちを土産に買って、大川土手を歩く美人画です。

当時は竹で編んだ駕籠に入れて運んでいたんですネ。

実は、なんと今でも頼めば、竹かごに入れてくれるそうです。




         sinise-502.jpg










「山本や」の販売風景を直接書いた浮世絵も有りました。

「江戸百人美女」の一人として描かれているのは

初代山本新六さんのお孫さんの「お豊さん」だそうです。

こんな美人が店先に立ってるなら、

”江戸っ子だったらいくらでも食ってやらー! べらぼうめー!!”



と、そんな訳でもないでしょうが、1824年は一年間で38万5千個の桜もちが売れたそうです。

いくら当時世界一の人口密度を誇った「お江戸」でも、この数字は驚異的

いかに『長命寺の桜もち』が江戸市民に愛されていたかが解かります。




         bijin1.jpg










江戸庶民だけではありません。

かの有名な「川端康成先生」も、どうしてもお茶会に”長命寺の桜もち”がほしくて

鎌倉まで運ばせたそうです。

その時の、お礼の色紙が店に飾られていました。




         DSC_2826.jpg











女将さんに、桜の葉っぱは食べるのですか、剥くのですか、と尋ねると

その質問が、一番多いんです。と言いながら

「どちらでもいいのですが、一年間塩付けしているので、できれば食べないことを

おすすめしています。食べるなら1枚だけにしてください」

とのことでした。








ここの土手を、隅田川沿いに少し登ると「鐘ヶ淵」と言うところが有ります。

隅田川が直角に曲がっているところです。

直角に曲がった淵だから「かねがふち」かと、勝手に思っています。

その川の形状のおかげで、江戸時代のその周辺の住民が堤防決壊による

水害に毎年あっていることで有名な土地です。

が、もう一つ「鐘ヶ淵」の名前を現代人に印象づけたものがあります。


時代劇ファンなら知る人ぞ知る、池波正太郎作「剣客商売」の主人公 秋山小兵衛

「終(つい)の住まい」とした隠宅が「鐘ヶ淵」にあるとされていました。

ここで、若女房「おはる」と暮らし、いろんな事件に遭遇すると言う設定です。

そして劇中では、かなり遠く離れたような設定になっている、おはるの実家「関屋村」は

実は「鐘ヶ淵」の直ぐ上、目と鼻の先なんです。




         DSC_4305 名前入り







「桜もちの山本や」と「鐘ヶ淵」の中間に「白髭神社」や「白髭橋」があります。

「白髭橋」を渡った橋の左麓が、小兵衛があしげく通った高級料理茶屋「不二楼」です。

「不二楼」を過ぎてしばらく行くと右手に「大治郎の道場」がある設定です。

したがって、テレビの劇中で大治郎が「不二楼」を出て、

「道場」に帰るとき、右に曲がって橋を渡るのは、設定間違いです。




作者の池波正太郎も駒形近辺の生まれなので、此の辺の地理、事情には詳しく

小説の中に、幾度も「長命寺の桜もち」を登場させています。








今日は『長命寺の桜もち』 一つで江戸時代にタイムスリップさせていただきました。



大変、 ごちそうさまでした!!
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旅・はいかい | 20:44:05 | トラックバック(0) | コメント(0)
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