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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 牛天神 北野神社 ~
文京区春日、「小石川後楽園」の北側に鎮座する

『牛天神 北野神社』 に来ています。




所在地   東京都文京区春日 1-5-2

主祭神   菅原道真公

創建     元歴元年(1184年)

境内社   太田神社  高木神社








〖由緒〗



寿永元年(1182年)の春、源頼朝が東国経営の際、船をこの台地の松につなぎ留め

まどろんでいた時、牛に乗った管神(道真)が現れ、2つの幸福を授けるとのご神託を受け

同年の秋、長男頼家が誕生し、翌年に平家を西海に追い払うことが出来た。

それに感謝して、元歴元年(1184年)この地に社殿を創建した。






外堀通り「牛天神下」の信号をくねくねくねと2度ほど曲がると入り口らしき

階段の端が見えてきた。

都会のど真ん中は、神社の入り口もせせこましい。










〖社号標〗

入り口の狭さを増幅させるような高さを持つ社号標です。

直ぐ後ろにある”鳥居擬き”と高さがそろっている。

それがどんな意味を持つのかは解かりません。




         DSC_牛0612











〖一の鳥居擬き〗



左右の柱は”御影石”でしっかり造られています。




DSC_牛0613




         DSC_0587.jpg










〖二の鳥居〗


本物の鳥居は階段を上がったところにありました。




         DSC_0589.jpg










〖手水舎〗


平成14年に奉納されたそうです。




DSC_0590.jpg





備前檜で造られた”手水舎”もさることながら

御影石で出来た”手水鉢と吐水口”が素晴らしい。

不揃いのヤシの実を二つ割りして中をくり抜いたような、

割り肌の荒々しさと力強さが、安堵感を抱かせてくれる。

100年もここにいたような、風格さえ漂わせている。

又吐水口が洒落ている、花びらを模したものだろうか。

これが、青銅の龍では面白くないよネ。

彫刻家 石田榮一さんの作だそうです。




DSC_牛0625




         DSC_0591.jpg













〖狛犬〗



「阿」も「吽」も強そうで、優しそうで頼りがいのある”ボス顔”をしています。


「阿」は子供に乳を飲ませています。




         DSC_0592.jpg







乳首を思い切り咥えてしゃにむに乳を飲む姿がほほえましく表されています。

それに、左前脚を見てください子供に触れていません。表現が細やかです。

素晴らしい。




DSC_0627.jpg










「吽」は毬などは持っていません、手ぶらです。


しかし、右前足は宙に浮いてます。

”こだわり”ですネ。


         DSC_0593.jpg




と、思いきや後ろに子供が隠れていました。

これも、ほほえましいですネ。




         DSC_0594.jpg









〖狛撫で牛〗



拝殿の前には狛犬ならぬ「狛撫で牛」がおりました。

よ~く見てください!!

彼らは「牛」と言えども自分の役目を心得ています。

「阿」と「吽」としてここに座っているのです。

「阿」は少し口を開け、舌を出して小さく「あ」と言っています。

「吽」は口を閉ざして「うん」とうなずいています。

寝ている訳ではないですネ。

”あっぱれ” です。




DSC_0604.jpg


                       「阿」






DSC_0605.jpg


                        「吽」










〖拝殿〗



コンパクトに綺麗にまとまっています。




DSC_0602.jpg




         DSC_0606.jpg










〖扁額〗




         DSC_牛0623










〖ねがい石〗



「由緒」の中に登場した牛に乗ってやってきた道真公が腰かけたと言う石が

拝殿の左横に置かれています。

撫でると願いが叶うと言われ、多くの人に信仰されています。

これが、全国の天満宮・天神社・北野神社の『撫で牛』の元祖と言われています。




DSC_0609.jpg





花崗岩ではなく安山岩でできているので、全国の『撫で牛』のような光沢が

出ていないのがちょっと残念です。











〖末社 太田神社・高木神社合祀殿〗




         DSC_牛0626








《太田神社の由緒》



太田神社にはかって、全国でも極めて珍しい『貧乏神』と言われる

”暗闇天女(弁財天の姉)”が祀られていました。



江戸時代、貧乏に苦しんでいた小石川に住む旗本の夢の中に「貧乏神」が現れ、

「長いことこの家にいたが、他所へ遷ることにした。三日の内に赤飯と油揚げを供えて

祀れば、礼として福徳を授ける」と告げられた。

旗本が言われた通りにすると、以降万事慶福事が続き豊かになった。

旗本はこの恩に感謝して、「神像」を彫り『牛天神』に奉納した。




DSC_0610.jpg










【桜の木】


水戸光圀から贈られた五本の桜の内の一本が元気に生きていました。




DSC_0614.jpg











〖お宝発見〗


神殿の中の神棚の前で、こちらをにらんで座っていました。

1809年水戸光圀が奉納した、平安時代後半から鎌倉時代前半にかけて活躍をした

伝説の仏師とも言える"運慶"作の 「金の狛犬」 です。


金色のたてがみをなびかせて。

たまたま見ることが出来ました。

写真でも観たことがありませんでしたが、初めてこの目で確認させていただきました。

この『北野神社』を知る多くの人が、私もそうであったように

外にいる石像の狛犬が水戸光圀が奉納した"運慶の狛犬"と思っていました。

大きな間違いでした。




         DSC_0621.jpg







         DSC_牛0620





漆と金粉を交互に塗って磨き上げられている。

未だにこの光沢をはなっているのは、その技術の所以であろう。

しかし、奈良、鎌倉の時代にこんな「漆喰」の技術があったのだろうか。

又、根拠のない全くの「素人眼」ですが

運慶の作と言われる”円成寺大日如来”や”東大寺金剛力士像”

とは、写実性で作風が違うような気がする。




           200px-Nio_guardians_by_Unkei_in_Nara.jpg


              《東大寺金剛力士像》







〚真贋考〛




            200px-Unkei_Rokuharamitsuji.jpg


             《運慶の肖像(六波羅蜜寺)》




現在世の中に「運慶作」ではないか?と言われるものが

「推定」や「説」を含めて沢山存在している。

ではこの『北野神社』の狛犬はどうだろうか?

X線等で検査検証すれば、真贋がはっきりする。

本物と判れば即「国宝」だろう。

しかし、神官さんは「するつもりは無い」と言い切った。



1809年に水戸光圀が奉納したのは史実だ。

水戸光圀と運慶は生存していた時代が違う。

水戸光圀も誰かにこれが"運慶"の作と聞かされて

それを信じて奉納したのだろう。

これをx線にかけるのは、光圀の心をx線にかけるに等しい。

水戸光圀が”運慶作”の”金の狛犬”を奉納した。

これだけで充分『国宝』に値する。

神官さんに ”あっぱれ!!”










〖中島歌子の歌碑〗



中島歌子は明治時代この近くで歌塾「萩の舎」を主宰していた。

門人には、樋口一葉を初め、1000人もの女性歌人がいたそうです。




         DSC_0595.jpg













参詣記念に「香付押し花栞」「自家製梅酒」を戴きました。




DSC_0634.jpg










いやーっ!!

今日はとても良い物を見せていただきました。

最高の発見でした。 今年はなんだか良いことが有りそうです。

歴史がいっぱい詰まった『牛天神 北野神社』 でした。










         DSC_牛0632




DSC_0633.jpg





この『牛天神 北野神社』 では、転売を防止する為に「御朱印」を発行しない

との風評があると聞きましたがそれはあくまで風評に過ぎないそうです。

ただし、「半紙」での発行はお断りしているそうです。

「御朱印」をいただく方は「御朱印帳」をお忘れなく!!








と言う訳で有り難く ”お神酒” をいただきます。




         DSC_牛0635





皆さまにとって今日も良き日でありますように!!

祓えたまえ! 清めたまえ!!
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神社 | 21:27:47 | トラックバック(0) | コメント(0)
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