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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 一般参賀2015 ~
今年も天皇誕生日の一般参賀に来ています。

まず、日比谷通りで出迎えてくれたのが「騎馬隊」の女性騎士

時代でしょうか「主馬班(しゅめはん)」にも女性騎士が誕生したんですネ。





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皇居内に入るには「皇居外苑」に整列をして入場の順番待ちをします。

しかし、その前に「手荷物検査」「ボディチェック」の

二つの検査を通過しなければいけません。

「手荷物検査」では、カメラはシャッターを押してカメラであることを証明します。

「ボディチェック」は主に金属探知機による検査です。




DSC_8769.jpg




















「外苑」での開門時間待ちの行列です。

日の丸の羽織にのぼり旗を持っている方達が先頭です。

何時から来て待っていたのでしょうか。

ご苦労様です。




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9時30分 いよいよ入場です。

「正門前石橋」を渡って「正門」から入場です。

ここから入れるのは「一般参賀」の時の参加者と

特に限られた”国賓”だけです。




DSC_8773.jpg










「正門前石橋上」から「正門」を見ています。


”立ち止まって写真を撮るのは危険ですのでやめてください!”

と、警備のスピーカーが盛んに喚起しています。

すいませーん!  一枚だけ! 

と心で叫んで撮らせていただきました。




DSC_8779.jpg








「正門前石橋」を横から見ると、このようになっています。




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この「正門前石橋」を未だに、まだ「二重橋」と勘違いしている人が大勢居ます。

間違ったまま写真を乗せている雑誌やポスターもあります。

これは「正門前石橋」です。「二重橋」ではありません。

この写真はその二重橋上から「正門前石橋」を撮っています。












こちらが本当の「二重橋」です。


”記念の写真”

を撮らせていただきました。



これは先ほどとは逆に正門前石橋上から「二重橋」を撮ってます。



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普段は「正門前石橋」までは行けますが、「正門」の先にある

「二重橋」には行くことが出来ません。

したがって「記念の写真」は「二重橋」をバックにして撮影します。




「二重橋」は今は鉄製で出来ていますが、江戸時代に木製だった時、

補強の為に、橋桁を二重に架けていたことから

「二重橋」と言われるようになりました。







「二重橋」を渡り「宮殿前広場」で”天皇御一家のお出まし”を待ちます。

この広場は4,500坪(サッカーコート約2面分)の広さがあり、

2万人が一度に「参賀」できるようになってます。

今年は、結構外国の方が来られています。

しかも欧米系の方達が多いようです。

やはり”皇室”と言うのは欧米人にとって珍しい存在なのでしょうか。





そして定刻通り10時20分にいよいよ”お出まし”です。

前の人の頭や、高く掲げた動画撮影の為のスマホで遮られ

ここの撮影にはいつも苦労します。




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特に旗が振られると全く”御一家”を見ることが出来ません。




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”ご挨拶”はいつも5分程度で、意外とあっけなく終わります。

御一家が退席した後は、自由解散で5つの門からそれぞれ選んで帰れます。


5つの門とは

  坂下門、桔梗門、大手門、平川門、北桔橋門(きたはねばしもん)です。


大手門は江戸城の正門です。

平川門は大奥の女中の通路や死人、

罪人を運び出す門で別名”不浄門”と言われていました。


北桔橋門は大奥に一番近くて敵が侵入しやすいので、堀も深く

橋は「跳ね上げ式」に造られていました。




人の流れに沿って歩き

「宮内庁」の前を通り「富士見櫓」へ来ました。

ここも、外国の方の格好の撮影スポットです。

沢山の外国の方がシャッターを切っています。




「富士見櫓」は1657年明暦の」大火で天守閣が全焼した後、

天守閣替りに使われた櫓です。

「江戸城本丸」は矢じりのような平面形状をしていて、その先端にあたる部分が

この「富士見櫓」です。



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「百人番所」の前で道が3方に別れます。




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「百人番所」

甲賀組、伊賀組、根来(ねごろ)組で構成された各組100名が

昼夜交代で詰めていた番所です。




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「白鳥濠」の前から、皇居東御苑内で一番お気に入りの

「二の丸庭園」に入ります。

「二の丸庭園」は江戸時代の名庭師 小堀遠州が造り三代将軍徳川家光が

改修させた名園です。



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天守閣のあった「天守台」です。

石垣だけが残っています。

この石垣は、明暦の大火の翌年加賀藩前田家によって再建されたものです。

御影石を使い当時の最高技術で築かれています。




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現存する天守で一番高いのが「姫路城大天守」で31.5mありますが

「江戸城天守」はそれよりもはるかに高い6階建てで44.8mありました。

天守台を加えると58mにもなります。木造建築では想像できない高さです。



いま、その「江戸城天守」を伝統工法で復元しようとする運動が注目されています。

360年の時を超えて「江戸城天守」が蘇ったら、日本の歴史と文化のシンボル

として世界に、そして後世に大きな遺産を残せるのではないでしょうか。


北京に「紫禁城」 パリに「凱旋門」 ロンドンに「ビッグベン」 

ニューヨークに「自由の女神」 世界の主要都市には必ず歴史と文化を象徴する

遺産・シンボルが残されています。

残念ながら我が東京にはそれがないんです。

是非、この「江戸城天守」を復元させて、

東京の歴史遺産・シンボルにしようではありませんか。




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「江戸城本丸」の図面です。

広いですね。時代によって増改築が行われたので面積は限定できませんが

世界一の広さのお城であることは間違いありません。



「江戸城本丸」は表、中奥、大奥の三つの空間に別れています。

表は、幕府の執務をする空間、中奥は将軍の日常生活空間、

大奥は、御台所と呼ばれた女性の生活の空間です。

大奥の女性だけでも2,000人が生活をしていたそうですから驚きです。






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「松の廊下」の跡も残されていました。




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「江戸城」には本丸の他に「西の丸」「二の丸」「三の丸」がありますが、

それだけにとどまらず、外堀を含めるとかなりの大きさになります。

ほぼ山手線内でしょうか。




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「皇居東御苑」で見つけた”秋の残り香”です。




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その他に見つけた小さな命です。

可憐に咲いていました。



「ムラサキシキブ」




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「マンリョウ」




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「サンボウカン」




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皇宮警察の前を通り「大手門」から退城です。




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以上『一般参賀 皇居の楽しみ方』 でした。
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旅・はいかい | 12:55:53 | トラックバック(0) | コメント(0)
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