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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 文七元結(ぶんしち もっとい) ~
テレビで”柳家喬太郎”の落語拝見させていただきました。

演目は大好きな演目の一つ『文七元結』です。




文七元結(もっとい) 001







落語は一人で演じるので、登場人物はせいぜい3~4人ですが、この『文七元結』は8人登場します。

そして話が長い、演者によっては1時間かかる事もあります。

又「人情噺」ですので、涙の中に笑いも入れなければならない。

そんなことから「難しい演目」とされていますが

逆に言うと、これが出来れば「一人前」とも言われています。

初代、三遊亭圓朝の創作落語です。


〖あらすじ〗


本所達磨横丁に住む左官の長兵衛は腕の良い職人だが、

無類の博打好きが高じ、仕事もせず借金まみれであった。




bunsiti_tizu.gif










今日も又、博打に負けて身ぐるみ剥がれて半纏一枚で長屋に帰ってくる。

すると十七になる娘「お久」の姿が見えないと女房が泣いてわめく。

夫婦で言い争いをしているところに吉原の女郎屋の大店”佐野槌(さのづち)”から使いが来る。

云われるままに”佐野槌”に行ってみると女将の横に「お久」がいた。

「お久」は自分の身体を、借金を返すための金、50両で買ってほしいと女将に頼む。

「お久」の思いを察した女将は、しっかり説教した上で「お久」を預かることにした。

一年経って、50両返しに来なかったら「見世」に出すと言う約束で50両貸し出す。

長兵衛が娘を質草にした50両を懐にして、長屋へ帰る途中吾妻橋に差し掛かった時

身投げをしようとする若者「文七」と出会う。

聞くと、掛取りの金50両を掏られたから身投げして詫びると言う。

すったもんだの末、身投げをさせない為に「文七」になけなしの50両を

そのいきさつを話した上で与えてしまう。




azumabasi.jpg









その50両を持って「近江屋」帰った「文七」は、50両を掏られたと言うのは勘違いだった事を

知らされる。50両は先様に忘れてきただけであった。

事情を聴いた主人の卯兵衛は

「通りすがりの方が、そんな大切なお金を下さったのか」と驚く



翌日、卯兵衛は文七を連れてお礼の酒と共に、50両返しに行く。

江戸っ子を自負する長兵衛は最初は受け取りを拒否するが、結局は受け取る。

そして、酒の肴も持参したので受け取ってほしい、

と卯兵衛が表から呼び入れたのが、今朝卯兵衛に身請けされ、

金襴緞子で着飾られた「お久」であった。

後に「文七」と「お久」は夫婦になり、”近江屋”から暖簾分けをしてもらい、

麹町に元結の店を開き大層繁盛したそうです。

と言う、めでたし、めでたしの噺です。




文七元結(もっとい) 002












喬太郎は50分程度で演じました。

頭の博打に負けて帰ってくるくだりや吾妻橋で50両渡すまでの葛藤など上手く演じてました。

さすが十八番(おはこ)の人情噺です。

何べん聞いても面白いです。





実はこの「文七」は、桜井文七と言って実在の人物がモデルになっています。

「元結」とは、髷(まげ)を結う時に、髷の根本を束ねる白い紐のことですが、

モデルになった桜井文七さんが、独自に工夫をし考案した「元結」が評判がよく

「文七元結」という名前で今でも、お相撲さんや時代劇のかつらに使われています。

そんないきさつから一見、噺の内容とは関係ないような演題が付いています。


又、この噺が創られたのが、幕末から明治にかけてのころですが、作者の”圓朝”は当時

薩摩、長州の田舎侍が我が物顔で江戸を闊歩しているのが気に入らず、

江戸っ子の心意気を誇張してみせる為にこの噺を創ったそうです。

そういわれて見るとなるほど言うところがあちらこちらに見えますネ。

”圓朝”も江戸っ子なんですネ。







今日はおもしろい噺聞かさせていただきました。感謝です。
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寄席・芸能 | 22:22:44 | トラックバック(0) | コメント(1)
コメント
大地、ご馳走でした!
また、楽しいお話待ってまーす。
2015-02-10 火 21:54:50 | URL | としちゃん [編集]
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