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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 安宅の関(あたかのせき) ~
いやー!!

久々の「歴史探訪」”れきたん”です。

歌舞伎十八番の一つ”勧進帳(かんじんちょう)”の舞台になった,北陸の地『安宅の関』に来ています。



        pict_091.jpg

           〖九代目松本幸四郎の弁慶  七代目市川染五郎の富樫 〗





               安宅の関 001







兄、源 頼朝の怒りをかった源 義経は武蔵坊弁慶ら、わずかな家来と共に、

京都から奥州 平泉の藤原氏のもとへと逃走をする。

その途中、一行は「山伏」の姿に変装し、この「安宅の関」を通り抜けようとする。




        安宅の関 011








ところが、関守の”富樫左衛門”のところには、義経一行が「山伏」に姿を変えていると言う情報がすでに入っていた。

「通行罷りならん」と言う富樫に対し

弁慶は、焼失した東大寺大仏殿再建の為の「勧進」の旅をしていると答える。

富樫はさらに、ならば「勧進のお願い書」や「勧進したときの功徳」が書かれた”勧進帳”を読み上げよと命じる。

弁慶はたまたま持っていた白紙の巻物を取り出し、いかにも”勧進帳”であるかのように装い、

朗々と読み上げた。(勧進帳読み上げ)

尚も疑う富樫は「山伏の心得」や「秘密の呪文」について問いただすが、

弁慶はよどみなく答える(山伏問答)




              安宅の関 004







さすがの富樫も通行を許すが、富樫の部下の一人が、

先ほどより何もしゃべらない、何もしない”義経”に疑いをかけた。

弁慶はそれが主君の”義経”であることがばれない為に、持っていた金剛杖で”義経”を激しく叩く。

富樫は弁慶の痛切な「主君を思う気持ち」をくみ取り、関所を通ることを許す。




               安宅の関 005









危機を脱した弁慶は、いかに主君の命を救う為とはいえ、無礼を働いたことを涙ながらにわびる。

そこへ、先ほどの失礼を詫びに富樫が酒を持って現れる。弁慶は舞を披露し(延年の舞)踊りながら

”義経”らを先に逃がす。その後富樫に目礼し、急ぎ”義経”の後を追う。(飛び六方)

と言ういかにも、日本人好みの心が休まる「ジャパニーズD・N・Aストーリー」です。

日本人の10人中10人が義経・弁慶の味方です。

義経の正式名は”源 九郎判官義経”です。

日本人、み~んな”判官びいき”ですよネ。





        安宅の関 003









『安宅の関』は源 頼朝が奥州へ向かう頼朝を捕らえる為だけに、

日本中の街道に造った臨時の「簡易関所」の内の一つとされている。

したがって、”義経”が囚われるか、所在がはっきりした時点で全て閉鎖となった。

実際に『安宅の関』が存在したかどうかは、明確になっておりませんが

”源 義経”を語る時になくてはならない「話」であり「場所」であることには違いない。

無かった事を証明するのは「歴史」と言う夢を無理やり「消しゴム」で消すようなもの。

いい大人が”野暮”なこと止めましょうや。




        安宅の関 002





又、富樫左衛門も当初は弁慶に騙された凡庸な人物として描かれていましたが後には、弁慶の嘘を見破りながら

騙されたふりをする好漢な人物として演じられるようになった。

”義経”と”富樫”を祀る「祠」もあります。




               安宅の関 010




        安宅の関 008












「歌舞伎」においても、”勧進帳”の三役は歴代の看板役者が生涯に一度は演じる歌舞伎の代表作となった。

”勧進帳”は二部構成で出来ていて、前半は疑いを晴らそうとする弁慶と

それをあやしむ富樫との掛け合い台詞劇(勧進帳読み上げ)(山伏問答)

後半は、巧緻(こうじ)さと豪快さを演じる舞踊劇(延年の舞)(飛び六方)

となっており見どころが多く、客を飽きさせないことから最も人気の高い演目となり、

何度も繰り返し演じられ、必ず客が入ることから

「困った時の”勧進帳”」「またかの関」と揶揄されている。




               200PX-~2


           〖七代目松本幸四郎の弁慶〗





               200PX-~1


        〖二代目市川猿之助の(飛び六方)〗








もう一つこの歌舞伎で感心するのは、その演目名となっている”勧進帳”です。

物語に出てくる「勧進帳」は単なる小道具です。

しかも「勧進帳」に見せたただの巻物です。 

偽物の勧進帳です。

それなのに演目名は「源 九郎判官義経」ではなく「武蔵坊弁慶」でもなく

まして「安宅の関」でもなく、なぜか”勧進帳”

「わけ」が解かる方がいたら教えて下さい。



江戸時代の「北斎」「歌麿」「写楽」達が浮世絵に描きだした”デフォルメ”の発想と同じなんでしょうか。

普段なんとは無しに見ている「部分」や「自然現象」「一瞬の瞬間」をクローズアップし、

そこにスポットライトを当てて誇張・強調・変形させる。

「粋」な江戸っ子の”洒落”なんでしょうか。

「勧進帳」確かに、物語の隠し味は出してるけど、主賓、主役じゃないよネ。

無くても物語は成り立つもの。

でも何故か耳に残る「音」だよネ”勧進帳”

やはり歌舞伎の台本を作る人の「江戸っ子センス」なんでしょうか。







『安宅の関』は日本海に面しています。

江戸時代には日本各地に富みをもたらした「北前船」の寄港地として繁栄しました。

この水平線の彼方を「北前船」が行き交ったのでしょうネ。


「誰か、此の辺で本物の『安宅の関』見かけた人、いませんかー!!」


「いたら連絡下さ~い!!」



        安宅の関 016









以上”勧進帳”の町、小松の『安宅の関』の探訪でした。

別に深くはなかったか。




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歴史探訪 | 05:58:50 | トラックバック(0) | コメント(0)
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