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~ 丸の内イルミネーション ~
こちらも「ミチテラス」に負けていません。

丸の内エリアの冬の風物詩として街を彩る恒例のイベント「丸の内イルミネーション2019」が

今年も開催されています。

ブランドショップが並ぶ約1.2kmにおよぶ丸の内仲通りの、220本を越える街路樹が

丸の内オリジナルカラー「シャンパンゴールド」のLED約100万球で彩られます。





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こちらのイルミネーションは、従来品と比べ1球当たりの使用電力を65%削減した「エコイルミ

ネーション」により、エネルギー使用量を削減し高効率化を実現してきました。

さらに2014年度より1球あたりの使用電力をさらに30%カットする「NEWエコイルミネーション」を

採用しています。

この取り組みが評価され、2016年度(第12回)「日本夜景遺産」としても認定されました。

今年度も、昨年に引き続き「NEWエコイルミネーション」を約68万球とし、従来の明るさや輝きは

変わらずに、使用電力を一層抑えます。

また、丸の内仲通りにおいて期間中に使用するすべてのエネルギーには、太陽光や風力などの

自然エネルギーで発電されたグリーン電力を使用しています。









そして、今年のテーマは2019年12月20日に公開の「スター・ウォーズ」の完結編、

『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』と連動したクリスマス・プロモーション

”スター・ウォーズ 丸の内ブライトクリスマス2019” です。

丸の内エリア各所には、映画の中に登場する惑星をイメージした空間など、スター・ウォーズの

世界観を体現したクリスマスオブジェが展示されています。






≪丸ビル  RISE CRYSTAL≫


銀河の世界観よりインスパイヤされたオブジェだそうです。





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≪新丸ビル KAWAii UCHŪ≫



KAWAii(カワイイ)をモチーフに、ピンク色を基調とした華やかなチューバッカや、キュートな

ドロイドたちも居ます。



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≪丸の内オアゾ HARMONY OF LIGHTS ~フォースを感じる

 光と癒しのクリスマス~≫




映画『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』で「レイ」が「ルーク」より教えを得る島「オク=トー」を

イメージし、ジェダイの象徴であるフォースを感じられるような空間が造られています。




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≪丸の内ブリックスクエア ETERNAL SNOW ~キラキラと輝く

  結晶、キャラクターとの競演~≫




雪の結晶をモチーフにオブジェが飾られます。




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仲通りには今年もオブジェが置かれています。

沢山あるので全部紹介は出来ませんが、印象に残った物を中心に紹介します。




〖ローマの公園〗



実際にローマのボルゲーゼ公園で見た光景をもとに制作されたそうです。

老女と若い娘がベンチに腰かけ語り合っている何気ない光景を切り取っています。




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〖Hard Boiled Daydream (Sculpture/Spook) #1〗


ステンレス・塩化ビニル系樹脂で造られています。

漫画の背景などにでてくる絵の「石」「粘土」「木」など彫刻作品の素材として使われるものを

抽出し構成した抽象彫刻だそうです。




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〖チコちゃん〗



NHKの人気番組「チコちゃんに叱られる」のチコちゃんです。

ラグビーボールを持っています




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〖Animal 2016-01B〗

〖Bird 2014-03B〗



作者の三沢 厚彦は、この十数年動物をテーマにした「アニマルズ」を発表し、支持を得ています。

ブロンズをほぼ等身大に彫り込み彩色をした動物たちが、圧倒的な存在感を放ち、見るものの

記憶やイメージを喚起させています。




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〖SPIRAL.UQ〗


三次元空間の美しい螺旋の形状を生み出すため、緻密な計算式でSIN曲線(サインカーブ、正弦波)を

数式計算して作製しているそうです。それを作家自身は「数字によるデッサン」と表現しています。




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〖リーチ・マイケル〗


今年のストリートギャラリーはラグビーがテーマになっているようで、色々な像がラグビー

ボールを抱えていますが、こちらは本家本元ですネ。この像は来年になると所有権が

リーチマイケル本人になるそうで、母校の「札幌山の手高校」に寄贈されるそうです。




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今年は、いつもと違って車道を横断して小ステージが造られていてコーラスグループによる

歌が演じられていました。透き通るようなハーモニーが仲通りに響き渡っていました。




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以上、 『丸の内イルミネーション』 でした。








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旅・はいかい | 11:17:01 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ ミチテラス2019 ~
年末の恒例となりました、東京駅レンガ駅舎前の「行幸通り」で開催されている

『ミチテラス2019』にお邪魔しています。





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今年の演出テーマは ”ひかりのアンセム” です。



「アンセム」とは賛歌、応援歌のことを意味します。

さまざまな国々の人々が集い、熱い声援を送り、感動を分かち合う。

その人々の声援の波がひとつの賛歌・応援歌 「アンセム」へと集結する態を

躍動する光と映像のインスタレーションで表しているそうです。


今年行われた、「ラグビーワールドカップ」の湧き出るような声援が賛歌になった様子が

蘇ってくるような、そして来年の東京五輪2020の想像を超える感動を彷彿させるような

テーマです。






「光のツリー」と「光のドレープ」が行幸通りの両脇に創出されています



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今年は、光と映像だけではなく「ひかりのライブパフォーマー」も会場を盛り上げます



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こちらにも「ひかりのライブパフォーマー」がおりました。




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「光のドレープ」が光の色や描き出される模様を変えながら波を打つように続き

幻想的な光景を創り出しています。




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以上、寒さを忘れるような熱気の 『ミチテラス2019』 でした。









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旅・はいかい | 10:31:02 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ キューポラがまだ生きてる街 ~
キューポラとは、吉永小百合さんのニックネームではありませんよ!

鋳物を造るときに使う、液体状になった鉄、溶湯(ようとう)を造る立型溶解炉のことを

言います。




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キューポラの煙突が屋根から突き出ています。

ここ川口市は以前鋳物工場が集中し、街並みの中にキューポラのシンボルとも言える

煙突がにょきにょきと沢山見えるので”キューポラのある街”と言われるようになりました。




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溶湯を造るには、原料となる銑鉄と溶かす火力となるコークスと不純物を分離する

石灰とを同時にカートで運び上げ、キューポラの上部から落とし込みます。

そして高温(1400~1500℃)になるように空気を送り込みます。

この温度管理に失敗すると、造ろうとした鋳物が全滅です。

鋳物師(いもじ)の経験と勘だけが頼りです。




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投入するコークスです。




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鋳物が出来るまでの手順図です。



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溶湯の出来上がりです。

塞がれていた炉の下部に穴を開けて、そこから溶湯が流れ出てきました。

なぜか神聖な神々しさを感じます。 感動です!




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川口市は、鋳物に適した川砂や粘土が搾れることから江戸時代より以前から鋳物師が

住み着き、日用品や農具などの製造を始め、後には梵鐘などの社寺用具を造るようになりました。

さらに江戸時代末期には日本中の多くの藩から、大砲や弾丸の依頼を受け川口鋳物師の名を

全国に知らしめるようになりました。明治、大正、昭和と技術革新や技術継承などを繰り返し

第2次世界大戦の最中の1942年、鋳物生産量日本一を達成しました。

又、終戦直後は不足していた鍋・釜などの日用品で生産が活況し、日用品がある程度行き渡った

30年半ばからは日用品に代わり、輸出の増加に伴う機械鋳物が急速に伸びてきました。

1947年になると、市内の鋳物工場数が700を超え、鋳物生産額が全国の3分の1を

占めるようになりました。

ということは、全部の工場とは言いませんが大方の工場がキューポラを持っていたとすると

川口の街の空に700本前後の煙突が立ち並んだことになります。

これはまさしく”煙突の街” ”キューポラの街”ですね。

1962年には吉永小百合の主演デビュー作映画 「キューポラのある街」が上映され

川口の町が全国的に注目されました。吉永小百合17歳高校生の時でした。

注目に後押しされるように、1973年には川口鋳物生産量が40万7千トンとピークになりました。

ところがそのわずか2年後1975年、いきなり需要が大激減し、鋳物業界は崖を転げ落ちるように

大不況の渦にのみこまれました。

その後、多くの鋳物工場が廃業し「マンション」に生まれ変わり川口は”キューポラのある街”から

”ベットタウンの街”に変わってしまいました。

時代の流れと言うものでしょうか。

ところで、ピーク時700前後あったと思われるキューポラが今はいくつ存在しているでしょうか?

もちろん”ベットタウンの街”になったとはいえ、鋳物師が全員居なくなったわけではありません。

ただし、残った鋳物師でも、キューポラをやめて温度管理の楽な「電気溶解炉」に変えて

しまった方も多いようです。

では、川口に現存しているキューポラの数の正解は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




たったの 6基 だけになってしまったのです。


紹介が遅れましたが、今日はそのたった6基の中の一つ

「河村鋳造所」 さんにお邪魔して工場を見学させていただいています。




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どうですか!

いい色しているでしょ! 外壁もアスファルトも

これが川口の街の色だったのです。  ”サビ色”です。よく言えば”セピア色”ですか。

やっぱり”サビ色の街川口”でしょう。

この飛び散った鉄粉のサビが街を潤した証だったのですから。

700もの鋳物工場があったのですから街中がこの”サビ色”に染まっていたことは

容易に想像できます。










工場内に戻ります。


鋳込み(いこみ)”通称”湯入れ”が始まります。



まず、注ぎ用のバケットに溶湯を取り込みます。




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出来たての溶湯が暴れて火花が飛び散っています。




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鋳型に”湯入れ”です。

”湯入れ”は建築で言うと「上棟式」と言うところでしょうか。

製作工程の中でも品質を左右する、緊張する作業の一つとされています。

一つ間違えば、爆発などの大事故にもなりかねません。

ガス抜き穴から炎が出ているのは、ガスを直に吸うと身体に良くないのであえて火をつけて

ガスを燃焼させています。





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”湯入れの爆発”と言うと、どうしても思い出すことがあります。

もう伝説化していると思われる”1964年東京オリンピックの聖火台”の製作エピソードです。



〖復習です〗

国は、1958年東京で開催の第3回アジア競技大会の聖火台を鋳物で造ろうと計画しましたが、

物が大きすぎる事、工期が短い事、費用が極めて不足していることなどから誰一人手を挙げる者が

いませんでした。すると鋳物師の意地と男気で「俺がやる」と損得抜きで川口の鋳物師

鈴木萬之助さんと三男の文吾さん親子がこの難行を引き受けました。

2か月かけて鋳型を完成させて、いよいよ”湯入れ”となりました。

しかし、その”湯入れ”の作業中にあろうことか突然鋳型が爆発をおこしたのです。

破損部分から溶湯が流れ出し、製作は無残にも失敗に終ってしまいました。

その時、聖火台の納期はすでに1か月を切っていました。

萬之助さんはしばしその場に立ちつくし、ショックのあまり心労でそのまま寝込んでしまいました。

そして容態は回復することなく8日後に息を引き取ってしまったのです。

しかし、そのことは動揺して仕事に差し支えが出るといけないとの家族の思いから必死で

再製作に取り組んでいる文吾さんには伝えられていませんでした。

葬儀の当日それを聞いた文吾さんは、仕事着のまま、あわてて自転車に乗り葬儀場に

駆け付けましたが、着いた時にはすでに萬之助さんを乗せた車は葬儀場を出てしまった

後でした。

父であり、師匠であり、この仕事のリーダーでもあり、相方でもあった萬之助さんを亡くした

文吾さんはその後、何か物にとり憑かれたように、作業に没頭し不眠不休の末、

2号目となる聖火台を たった2週間で完成させました。

まさしく、親子が命を懸けて造った”聖火台”の完成です

そして第3回アジア競技大会は何事もなかったように無事終了しました。

萬之助さん親子の尽力を伝え聞いた当時の河野一郎五輪担当相らがこの2号を東京五輪にも

正式聖火台として採用することに決めました。


ここで新発見の報告とお詫びの報告です。

ことあるごとに、そしてこのブログでも、その「東京オリンピックの聖火台」の記念のレプリカが

川口市の「青木町公園」の片隅に飾られています。と言ってきたのですが大きな間違いでした。

あれは、レプリカなどではなく爆発した聖火台の損傷部を修復した後、飾られた正真正銘の

”聖火台1号”だったのです。  まことにすいませんでした。

”聖火台2号”は本当は文吾さんの製作ですが、こちらの1号は真の親子の共同製作品です。





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川口青木町公園に置かれてある”聖火台1号”です。

横のラインは参加国・地域の数を表し、波線は太平洋を表しているそうです。













「河村鋳造所」さんに戻ります。




まだまだたくさんの鋳型が”湯入れ”を待っています。




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少し小さめの鋳型の”湯入れ”です。




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やはり、ガスを燃焼させています。




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枠の隙間からもガスが出ています。




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もっと小さい鋳型もありました。

おそらく機械の部品でしょうから小さい物もありますよネ。



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以上、活気と熱気の溢れる鋳物師(いもじ)の仕事場がある

『キューポラがまだ生きている街』 でした。









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旅・はいかい | 11:16:09 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 六義園 モミジ燃ゆ ~
お色直しです。

『六義園の紅葉』 がライトアップされました。



こちらでライトアップされた紅葉を観させていただくのは初めてです。

園内を見ている途中からいきなりライトアップされたのでちょっと衝撃的でした。

「山陰橋」あたりからライトアップの景色に変わりました。

燃えるような赤です。

突然別の世界へ引き込まれたようです。




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やはり「四阿」のあたりが絵になります。




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こちらからは「四阿」がほとんどモミジの赤に隠れています。


  ”モミジ燃えています”





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六義園の一番奥の水香江(すいこうのえ)と呼ばれる名所は、青の証明でライトアップされています。

ここは昔、蓮池があった場所なので、ライトで池を再現したものだそうです。

定期的にスモークも発生させており、幻想的な空間で紅葉狩りを楽しめます!

ただ現物より写真の方が少し青がきつく写っています。






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人気スポット「山陰橋」です。

ライトアップが始まると『六義園』の山側の大部分が危険防止の為「立ち入り禁止」になります。

写真を撮りたい場所に思うように行けなくて残念なのですが、良いこともあります。

昼間ならこの「山陰橋」の上はカメラやスマホを持った人たちで鈴なりになります。

写真に収めても、橋を撮っているのか人を撮っているのかわからない結果になります。

でも今は違います。通行止めのお陰で人のいないこんな写真も撮れました。




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「山陰橋」から「藤浪橋」までの岸辺にあるモミジです。

思わず ”なんでこんなに” と叫びたくなるほどきれいですネ。





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映り込みも幻想的です。

ライトアップもプロの方の仕事だと思いますが上手に演出されています。





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通行止めなので迂回をしながら「内庭大門」に戻ってきました。

門を潜る人達に”これでもか!”と言わんばかりです。




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「竹林」とのコラボも爽やかな景色を発信しています。




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「しだれ桜」の裏側です。




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『六義園』の紅葉を代表する景観は、庭園中央にある大きな池「大泉水」を

「出汐湊(でしおのみなと)」から観た景色とされています。




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さすがに凄いですネ。

関東でもわずか3ヶ所しかない特別名勝庭園に指定されているだけのことはありますネ。

江戸幕府5代将軍徳川綱吉の側用人・柳沢吉保(よしやす)が綱吉から拝領した約2万7千坪の

平坦な土地に土を盛って丘を築き、千川上水を引いて池を掘り、7年の歳月を費やして

元禄15年(1702)に完成させた回遊式築山泉水庭園です。

場所々により多彩な自然な景色を提供してくれています。

柳沢吉保自体は、江戸城松之廊下で刃傷沙汰を起こした浅野内匠頭を其の日のうちに、庭先で

切腹させることを綱吉に進言をしたり、奇しくもこの庭園が完成したのと同じ年、仇討ちを果たした

赤穂浪士四十七人全員を切腹させたりしたので江戸庶民にはあまり人気がありませんでしたが

この「回遊式築山泉水園」の造園力には感心させられます。

吉保の思いが今でも脈々と流れて残っているように思われます。

庭園完成以後、将軍綱吉のお成りが頻繁に行われるようになったそうです。

その回数は記録されているだけで58回もあり、この庭園自体が当時にあっても天下一品のもの

と評価されていたことが窺えます。









以上、燃えるような真紅のモミジが空を舞う『六義園 紅葉燃ゆ』 でした。








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旅・はいかい | 07:53:51 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 六義園 モミジ晴れ ~
「六義園」の紅葉が凄いと言う評判を聞いてやってきました。

いつも通り、染井門から入園です。

この門は普段は閉鎖されていて、特別なイベントの時だけ解放されます。

私はいつもここから入るのですが、それはイベントの時しか来ていないと言う証でしょうか。




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さっそく真っ赤に染まったモミジが野点の傘とコラボで迎えてくれました。

パチンコ屋の出台ではないけれど通りすがりに見たら引き寄せられますよね。

しかも、首をちょっと傾げて笑って手招きしているようにも見えるし!




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順路に沿って「内庭大門」の方へ向かうと、あちらこちらに真っ赤なモミジが顔を出します。

本当に顔を出して出迎えてく手ます。




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名物の”枝垂れ桜”の周りにも桜に負けじとモミジの大木が赤く染まっています。

ものすごい迫力です。

さすが、桜だけではないですね。 

東京一の紅葉と言われる所以でしょうか。




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和風大名庭園らしく灯籠ともコラボしています。

このモミジが一番赤かったでしょうか。

まさに ”真紅” でした。

衣服が触れたら、赤く染まってしまうのではないかと思えるほどでした。



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こちらは、ボリュウムは小ぶりですが、赤さはいい勝負でした。



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庭園中央にある大きな池「大泉水」に沿って”渡月橋”へ向かいます。

橋の麓も赤く染まっていました。




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『六義園』の代表する景色”渡月橋”です。

人気のスポットでもあるので、橋には通行人、手前には写真撮影者が居なくなるのを

待つのが大変です。 撮影の秘訣は焦らず、急がずです。




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裏の「ささかにの道」へ向かいます。

川の岸辺が赤く染まっています。




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「山陰橋」と「藤浪橋」の間が一面モミジ色に包まれています。






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この辺だけでも400本のモミジがあるそうです。

一番迫力があるのが「つつじ茶屋」周りでしょうか。

私の一番好きなところでもあります。

小さな四阿に赤いモミジがのしかかるように覆いかぶさっています。




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物凄い迫力でした。

埼玉の都心紅葉の名所「平林寺」に勝るとも劣らない紅葉でした。

特に回遊庭園としては「平林寺」にはない素晴らしさを持っていました。

今からライトアップが始まるようなので、あちらこちらが通行止めになって戻れなくなるようです。

残念ですが、この辺でいったん退散です。







以上、モミジ晴れの『六義園』 でした。


『六義園』はまだ続きます。









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旅・はいかい | 21:51:09 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 都会の灯(まちのあかり) ~
六本木ヒルズの展望台から見た”サンセット”です。




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富士山と太陽が少し離れすぎているのであまり富士山が浮かび上がりません。

これから12月22日(日)の冬至の日までまだ離れて行き、冬至すぎると又近づいてきて

2月8日(土)前後に”ダイヤモンド富士”になります。

ただしここは場所が狭いので大変な人ごみで写真がうまく撮れるかどうかはわかりません。




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正面が渋谷の駅前です。

高層商業施設にも灯が灯されてきました。

手前の西麻布近辺にも灯がともりました。



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ヒルズの横から渋谷駅に向かっている道路が首都高速3号線です。

道路が膨らんでいるのが「高樹町料金所」です。

長押しで光跡を撮ってみました。

あまり上手く撮れていませんが、上りと下りははっきりしています。

右側がヘッドライトで白い光、左がテールランプで赤い光です。




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新宿の高層ビル群です。

頭がとんがっているビルが「ドコモタワー」です。

やはり新宿あたりが灯が賑やかです。




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下に降りてきました。

「ケヤキ坂通り」定番の撮影スポットです。

ご丁寧に撮影台も造られていました。 ありがとうございます。

やっぱり”東京タワー”が主役でしょうか!

存在感は健在でした。





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しかし、タワーのない後ろも意外と絵になりました。

捨てたものではありませんでした。




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けやき坂通りに降りてきました。

下からの見上げも中々です。

こちらの方が”東京タワー”が身近に見えます。

ただし撮影は車に注意です。




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外壁も『都会の灯』 に一役果っています。




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以上、 六本木の夜を演出する 『都会の灯(まちのあかり)』 でした。









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旅・はいかい | 22:14:52 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 大嘗宮(だいじょうきゅう) ~ 
大嘗祭の中心的儀式「大嘗宮の儀」が行われた「大嘗宮」がほぼ儀式の時のままで

江戸城跡に一般公開されています。

おそらく、もう二度と見ることがないと思われるのでとりあえず駆けつけました。

考えることは皆同じなんでしょうか、予想通り会場になっている江戸城天守台前は黒山の

人だかりです。




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『大嘗宮』とは、大嘗祭のために仮設される祭場のことです。5日間で建てられ,

祭後ただちに撤去されると言われていますが、実態は材料の調達、技術的検討・検証等を

含め数か月かかって造営されたようです。

内部にメインとなる祭場、「悠紀院」「主基院」を設け,それぞれ正殿は黒木造 (皮つき柱)

掘立柱,切妻造妻入りで建てられ,屋根は青草ぶき,天井にはむしろが張られる。

ただし、今回の屋根は板葺きとなっています。

内部空間は室と堂の2室に分けられ,社殿形成期の神社の形式を示すものと

されています。




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儀式当日には、皇族以外の参列者が控えた幄舎(あくしゃ)があったところを

早々取り壊し今回の参観者の通路及び写真撮影エリアにしていました。

まずは、どうしても見ておきたかった『大嘗宮』の東西南北にある神門のうち正面玄関にあたる

”南神門”です。

北海道産のヤチダモを使った黒木造り(皮付きの丸太)の鳥居が造られています。

これは日本における最も古い形式の鳥居です。

それと、これは推定ですが、クロモジの木の小枝で造られたと思われる”柴垣”

と、そこに付けられている椎の和恵(しいのわえ)といわれる葉が付いたスダジイの小枝。

これらも、もっとも古い神社形式です。

ちなみに、外周垣は葭簀(よしず)張りです。





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これが見たかったのです。今ではほとんど見られない形式の神社様式です。

ですが、実はこの様式を一度だけ見たことがあります。

京都の嵐山竹林の入り口横に慎ましやかに鎮座する『野宮神社(ののみやじんじゃ)』 です。

『大嘗宮』 と同じく黒木鳥居と小柴垣に囲まれた清浄の地に建てられていました。

こちらの鳥居の材質はクヌギの木で造られていました。

『野宮神社』は代々、天皇の代理として伊勢神宮に仕える斎王が伊勢に赴く前に

しばらく滞在して身を清める場所であり、天皇家とはゆかりが深い神社でもあります。



こちらをを参詣した折、「この神社の様式は天皇陛下の代替わりの時に行う大嘗祭に造営される

仮設の神社と同じだ」と伺いましたが、まさかそれを現実に目にすることができるとは

思ってもいませんでした。ちょっと感動です。



【殿外小忌幄舎(でんがいおみあくしゃ)】


黒木鳥居の奥に見える切妻屋根の建物です。

祭祀の間、女性皇族が控える所です。




【衛門幄】


鳥居の両脇にある門を守る人達の詰所




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【庭燎舎(ていりょうしゃ)】



各神門を照らす庭火を焚いた建物

中央の穴に薪を入れて火を焚いたそうです。




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【悠紀殿(ゆきでん)】


メイン祭場の一つです。

ここで「悠紀殿の儀」が執り行われます。

悠紀とは日本を東西に分け、東の方の国という意味です。

まず先に、東の方の国の民の安寧(あんねい)や「五穀豊穣」などを祈り、引き続き

「主基殿(すきでん)」で西の国のために同じことを繰り返します。

ちなみに今回は11月14日の夕方から「悠紀殿の儀」が始まりました。



奥に位置するので見学用通路からは、屋根の「千木(ちぎ)」しか見えません。

悠紀殿の「千木」の先端は水平に切られているので「内削ぎ」と言います。




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【主基殿(すきでん)】



「悠紀殿の儀」に引き続き、11月15日の夜明け前、西の国のために「主基殿の儀」

執り行われました。

主基殿の「千木」は垂直に切られいるので「外削ぎ」と言います。

一般に「内削ぎ」は女の神様が祀られ、「外削ぎ」は男の神様が祀られていると言われる

ことがありますが、どうやらそれは迷信に近い事実とは違う言い伝えのようです。

内部の柱はすべて長野県産のカラマツ黒木で造られています。




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主基殿の棟に「鰹木(かつおぎ)」が3本ついています。

「千木」も「鰹木」も元々は屋根の補強の一つだったものが象徴的になり、神社建築に

残されてきたものです。

手前の鳥居は”西神門”です。

やはり黒木造りになっています。




一番手前の壁に”椎の和恵”がついている建物は神饌を調理する”膳屋(かしわや)”です。



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【風俗歌国栖古風幄(ふぞくうたくずのいにしえぶりのあく)】


悠紀・主基両地方及び国栖の歌を奏する建物です。

左右に一棟ずつ合計2棟あり、こちらは悠紀側のものです。



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【小忌幄舎(おみあくしゃ)】



祭祀の間、男性皇族が控える所です。

悠紀側の小忌幄舎です。




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こちらは主基側の小忌幄舎です。


手前にある灯籠は黒木丸太で造られた”黒木灯籠” です。




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【廻立殿(かいりゅうでん)】



悠紀殿、主基殿の北側『大嘗宮』の一番奥に設けられており、祭祀に先立ち、天皇が沐浴を行う

所です。

殿内は東西二間に仕切られており、西の部分を「御所」、東の部分を「御湯殿」となっています。


手前の葭簀(よしず)垣に囲まれた建物は悠紀・主基両地方から採れた新米を収納した建物で

”斎庫(さいこ)”と呼ばれています。




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以上、式場全体に霊気が漂うような雰囲気の『大嘗宮公開』でした。

尚、今回使われた材料は解体後、全て再利用される予定だそうです。



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旅・はいかい | 07:57:05 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 皇居秋の一般公開 ~
現在皇居では例年行われている.「秋の一般公開」と同時に先日行われた皇位継承にともなう

重要祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」の舞台となった「大嘗宮」の公開を行っています。

さっそく、見学に来ました。 まずは「乾通り一般公開」から

JR東京駅のレンガ駅舎を出て、まっすぐ皇居に向かいます。

最初に迎えてくれるのが、内堀通りに面した”和田倉門”のお堀に面した銀杏並木です。

高層ビルとの対比が面白いですね。




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「持ち物検査」「身体検査」を経て ”坂下門”から入場です。




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”坂下門”を潜るとすぐ左手に、一般参賀を行う”新宮殿”が見えます。

本日は立ち入り禁止です。




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お偉いさんが沢山勤務している”宮内庁庁舎”の前を通り”乾通り”に出ます。




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この”乾通り”が秋の一般公開のメイン会場です。

約70本のモミジやカエデが植えられています。




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皇居内の施設や石垣などとの対比も面白いですね。



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「冬桜」も可憐に咲いていました。




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”乾通り”の中程にありました。

お局さんの通る門でしょうか 「お局門」です。




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例年ですとこのまままっすぐに”乾門”に向かいそこから場外へ出るのですが

今日は誰一人として”乾門”には向かいません。

”西詰橋(にしはねばし)”を渡り”大嘗宮”の会場へ向かいます。

もちろん私も向かいます。

とは言うものの、今年は同時公開なので、ものすごい人出です。

公開初日は、約7万2千人の見学者が来たそうですが、これは去年の3倍だそうです。

しかしながら、宮内庁も考えましたね。

本丸跡にたどり着いてから「大嘗宮」にたどり着くまでを、見る時間より長い時間迂回させて

混雑回避の時間稼ぎをさせていました。




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以上、沢山の人で賑わう 「皇居乾通り秋の一般公開」でした。








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旅・はいかい | 22:08:33 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 太田黒公園モミジの宴 ~
東京都杉並区にある都市型公園『太田黒公園』に初めてお邪魔しています。

JR荻窪駅から徒歩で10分弱、住宅街の中にありました。

門構えは総檜で切妻づくり、屋根は棧瓦ぶき。左右には築地塀のあるどっしりした構えは

これから現れる庭が「日本庭園」であることを”前説”しています。




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門を潜ると石畳が続きます。

その両脇は、高く伸びたイチョウ並木が迎えてくれています。

黄葉途中のイチョウの葉を通して透き通るような木洩れ日が届きます。

『太田黒公園』のプロローグです。




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この中門からは、空が紅の世界に変身します。



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『太田黒公園』 は音楽評論家大田黒元雄の自邸を整備し、1981年(昭和56年)10月1日に

開園しました。

自邸の30%を公園にして欲しいという大田黒元雄の遺志に基づいて、遺族から杉並区に

寄贈された土地に、周囲の敷地を合わせて公園として整備したものです。




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可能な限り旧自邸の庭園の原形を残して、回遊式日本庭園として整備されており、

正門から延びるイチョウ並木をはじめとして随所に巨木が残るほか、従前からあった池が

再現されています。日本式の庭園技法が生かされた和洋折衷公園と言えます。

この巨木は、燃える炎のようにも見えます。




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この公園の見どころの一つは、期間限定で行われるライトアップにあります。

17時から行われるライトアップが始まる頃になると、池の周りが2重3重の人だかりで

池の全集が見学者で埋め尽くされます。

いよいよ、ライトアップです。




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漆黒の空に、真っ赤に染まった紅葉が浮かびあがります。




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その浮かび上がった紅がそっくり池の水面に映りだされます。




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クライマックスは、四阿を中心にした池のほとりに鮮やかに写り込む紅葉の美しさ

ではないでしょうか。

2003年から開始され、10年以上の歴史があるライトアップは、杉並区民のおなじみの

秋の風物詩となっています。ライトアップされて池に映り込むモミジの木々は幻想的で、

幽玄にさえ映ります。





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右側にわずかに映っているのが四阿です。





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水面に描かれた巨大で壮言な絵画を観ているようです。

しばし目を奪われます。

さほど広くない池の周りに人が重なるように集まる訳を水面の芸術が教えてくれています。




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以上、息を飲んで見つめるような幻想的な紅葉を見せてくれた

『太田黒公園モミジの宴』 でした。








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旅・はいかい | 21:58:45 | トラックバック(0) | コメント(0)