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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 神楽坂路地裏散歩 ~
江戸時代の面影を残し、昔と今が共存する町”神楽坂”にお邪魔しています。

その昔の面影を辿って路地裏を散歩してみたいと思います。

神楽坂(かぐらざか)とは、東京都新宿区にある早稲田通りにおける大久保通り交差点から

外堀通り交差点までの坂の地名です。

大久保通りとの交差点が「坂上」、外堀通りとの交差点が「坂下」となります。

江戸時代には、外堀に設置されていた江戸城の牛込門に通じる交通の要衝でした。



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神楽坂付近は、大正時代に隆盛を誇った花街で、飯田橋駅を背にした坂の右手に残る

花街特有の路地は、日本でもここにしかないと言われています。

また関東大震災によって、被災しなかった神楽坂には震災以後、日本橋・銀座方面より商人が

流入し、夜店等が盛んになった歴史を持っています。




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路地は、今でも愛称で呼ばれている小径があります。



〖かくれんぼ横丁〗



花街にお忍びで来た要人のあとを付けてきても、ひとつ路地に入られると解らなくなってしまう

ほど小径が入り組んでいることからそう呼ばれたそうです。




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〖兵庫横丁〗



戦国時代に武器商人が住み、「兵庫」(武器を入れておく倉庫)があったことから「兵庫横丁」の

名がつきました。




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正面に見える「和可菜(わかな)」は、かつて著名な小説家や映画監督がこの旅館に滞在し、

作品を執筆したことでも知られています。また映画の撮影などにも使われました。




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〖芸者小道〗



階段上の「見番横丁」からお座敷に行く前に、石段下の「熱海湯」へ向かう芸者さん達が

行きかう小道です。




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〖その他の路地〗




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路地にいる猫もどことなく「色香」を感じさせますネ。

なんとなく、三つ指ついて出迎えているように見えませんか?

でも、ちょっとご機嫌が悪いかな!




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〖神楽坂一番狭い路地〗


神楽坂通りから裏路地への入り口




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〖新しい街並みの路地〗



洋風の店舗が街並みを創っています。

昔と今の共存でしょうか。

路地の隙間から高層ビルが垣間見れます。




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最新の注目スポット、”la kagū(ラカグ)”は隣にある老舗出版社・新潮社の倉庫をリノベーション

した商業施設です。アパレル、雑貨、家具、書籍などハイセンスな商品が並びます。

木製の階段が印象的ですが設計は、新国立競技場の設計をした建築家・隈研吾(くまけんご)氏

によるものです。木の魔術師のようですね。




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神楽坂下の外堀の中にある「CANAL」 CAFE」 です。

四季折々のお堀の景色を楽しめます。

店の雰囲気、形態は近くにあるフランス大使館に勤めるフランス人の影響を受けているそうです。




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〖都市伝説〗



神楽坂は、全国的にも稀な逆転式一方通行となっています。自動車などの進行方向が

午前と午後で逆転します。午前中は「坂上→坂下」ですが、午後は「坂上←坂下」となります。

逆転式一方通行となった背景には、その昔「総理大臣 田中角栄」が目白台の自宅から

午前中永田町に出勤し、午後に帰宅する際に便を図ったからと言われていますが、

これはタクシーの運転手によって広められた都市伝説のようです。

しかしながら、彼ならいかにもありそうな伝説ですよネ、真相やいかに!









以上、 『神楽坂路地裏散歩』 でした。







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旅・はいかい | 22:41:23 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 花の雫 ~
ここ千葉の稲毛地区は、朝方雨が降っておりました、早々には上がっていたのですが

庭の花達に多少”雨の雫”が残っていました。

そこで、これと言ったメインの花もないので、同行した6人全員で 「花の雫撮り合戦」となりました。

本当に”暇で粋狂”ですいません! 

花についた水滴をアップで撮るならわざわざ千葉に来なくても良かったのに!

色々ご意見がおありでしょうが、結果がこちらです。




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 ≪言い訳≫


    雨が上がって、ちょっと時間がたっているので大きな粒の水滴が見当たりませんでした。






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水と、蜜を求めて仲間たちも集まってきました。

自然の小さな生態系の営みでしょうか。




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以上、急きょお邪魔させていただきました『千葉市花の美術館』 でした。









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旅・はいかい | 16:20:08 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 千葉市花の美術館 ~
千葉の稲毛海岸沿いにある『千葉市花の美術館』 にお邪魔しています。

現在の名称は、2013年からの命名権の取得により『三陽メディアフラワーミュージアム』 

なっています。






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時期的にクリアランスなのでしょうか、メインになる花はありません。

秋バラが少し咲いている程度でしょうか。

ちょっとがっかり!




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実は、本来ならば「コスモス」を撮りに立川の”国営昭和記念公園”に行くはずだったのですが

台風19号の大雨の影響なのか、園内にイノシシが出現して、入場禁止となってしまいました。

仕方なく、メインの花の確認もせず、急きょこちらの「千葉の花の美術館」にお邪魔した次第です。




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仕方ないので、温室内の探索とします。

温室の中に、滝が作られていました。




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背の高い熱帯植物もあるので天井は高く作ら得ています。




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小さくても綺麗な色の花を咲かせる熱帯植物もありました。




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と言う訳で、早めのランチです。

別棟に広めのレストランが併設されています。




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お決まりのビールです。




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無難にカレーです。




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とりあえず 『花の美術館午前の部』 は終わりです。

今日は、とても淡泊ですいません。








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旅・はいかい | 22:36:49 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ おかず横丁 ~
鳥越神社の境内横からまっすぐ230mほど伸び、江戸時代は裏参道だったと思もわれる

狭い路地。

そこの入口にはレトロな書体で”おかず横丁”と書かれた看板が掲げられている。

午後は車両進入禁止なので「歩行者・自転車天国」です。



         
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明治末期から大正にかけてバラバラに存在していた商店を、昭和24年に一本化して商店街が

生まれました。元々このエリアは、町工場が多かったエリアで朝から夜まで忙しく働き、

お腹をぺこぺこにして帰宅する職人が多かった。そんな時美味しいご飯が食べられるという

“おかず”を求めて人が集まりまりました。

現在は、当時ほどの賑わいはありませんが、まだまだ昭和の匂いをぷんぷんさせた

お店が残っています。






【高岡酒店】



関東大震災後に流行した店舗兼用住宅の一つで、木造2~3階建で外壁を簡易洋風仕上げ

にした典型的な「看板建築」です。外壁全体を看板キャンパスにします。

歴史を感じさせますネ。思わず「ガンバレ!」と言いたくなります。




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【郡司味噌漬物店】



こちらは”味噌の飛脚”と自ら称して、日本全国から選りすぐりの味噌を集めてきて

一同に揃えているお店です。

味噌だけでなく、べったら漬けなどの漬物類、醤油、それに全国の土地土地から集めた名産品も

揃っています。




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【入舟や】


戦前から続く、横丁の顔と言うべきお店です。

店構え、ショーケース、大皿盛、どれをとっても昭和のレトロぷんぷんですネ。




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見てるだけで美味しさが伝わってきますす。




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【魚米】



創業120年だそうです。

前の椅子には店主がど~ンと座っているんでしょうネ。




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【大佐和老舗】



本社を、湯島に持つ創業140年のお茶と乗海苔のお店です。




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以上、昭和のレトロが残る 『おかず横丁』 でした。










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旅・はいかい | 20:22:59 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 鳥越神社 ~
2度目の参詣です。

通勤で近くを通るのですが、いつでも来れると思うと中々寄れません。

振り返ると5年ぶりの『鳥越神社』 です。




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社  号          鳥越神社

鎮座地          東京都台東区鳥越2-4-1

主際神          日本武尊 (やまとたけるのみこと)

社格等          郷社

創  建         651(白雉2)

例  祭         6月9日   











【由緒・沿革】



651(白雉2)年5月の創建とされる。

日本武尊は東国平定の際、白鳥村と称していた当地に滞在した。

村民がその御威徳を慕い、福徳円満・恒久平和を念願し白鳥明神として奉斎したのが

はじまりとされる。

永承年間(1046~1053年)源頼義・義家親子に朝廷より奥州鎮定の勅命が下り、軍勢は東国に

向かう道中、武蔵の大川(現隅田川)の河口越えに難儀していた。

そこに一羽の白鳥が飛来し川の浅瀬に下り立ち、対岸に渡れる場所を暗示したといい、

これにより軍勢は無事対岸へ渡った。

義家は白鳥明神の御加護であるとして山頂の本社に参拝し、鳥越大明神の社号を奉ったという。

以後、当社は鳥越神社と称されるようになった。











【社号標】



社号標の文字は第52~54代内閣総理大臣・鳩山一郎氏の揮毫です。




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【大鳥居】


蔵前通りに面して立っていました。




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【裏参道鳥居】




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【手水舎】




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【参道】


綺麗に石畳が敷き詰められています。




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【狛犬】



ちょっと珍しい東大寺南大門型の護国系の狛犬です。




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【拝殿】




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   ≪拝殿扁額≫




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【本殿】




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【舞殿】




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【境内社】



    ≪福寿神社が≫




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    ≪志志岐神社≫




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    ≪祖霊舎≫




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【千貫神輿】



都内最大級の重量(重さ4トン)といわれる神輿で、大祭時に実際に渡御されている。

狭い下町の町内を渡御するので、大きな胴体に比べ太く短い担ぎ棒のために担ぎ手一人の

負担も大きくより重く感じるので、昭和の初めよりその重さから都内で最も重い神輿と言われて

います。

本社神輿の列の先頭には、猿田彦(天狗)や、手古舞連、子供たちの持つ五色の旗が歩き

神輿を先導し、夜8時過ぎの宮入道中では神輿の周りに提灯を付け、高張り提灯に囲まれて

宮入りします。その姿が幻想的で人気を呼んでいます。




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【御朱印】




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神社 | 20:13:55 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 神楽坂化け猫フェスティバル ~
今も江戸時代の頃の花街の香りを残す”神楽坂”に来ています。

今日はこちらで 『神楽坂化け猫フェスティバル』 なるものをやっていると言うので

お邪魔しています。

神楽坂は「吾輩は猫である」で知られる夏目漱石のゆかりの地であり、江戸時代から花街として

文化を支え、猫と縁の深い街として猫好きの人にも猫にも愛されてきました。

そんな猫の街ならではの街おこしとしてのお祭りイベントです。

私は初めての体験ですが、2010年から続いているそうです。

メインのイベントは、猫の化粧をして神楽坂通りを踊りながら練り歩くパレードです。

大人500円の参加料を払えばだれでもパレードに参加できます。

先着順のようですが、プロのメイクさんが猫の化粧もしてくれるそうです。




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                          【神楽坂化け猫フェスティバル HP】







ぼちぼちスタートの時間ですが、沢山の人だかりや道路をふさぐカメラマンが多くて中々

スタートが出来ないようです。

        
 【道路の真ん中で一番邪魔してるのはお前だろうが !!  すいませーん!】






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スタートしました。

太鼓や笛に合わせて踊りながらゆっくり練り歩きます。

このスピードならゆっくり撮影できます。

でも皆さん楽しそうですネー。




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男女も年令も国籍も関係ないボーダーレスな行列です。

決まりは ”猫” だけです。

だから、参加する方も見る方も楽しいですネ。

それは”猫メイク” も同じですね。

猫メイクしている方も、見ている方もどちらも楽しんでいます。




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撮影のためのモデルさんではないのに、こんなに被写体とカメラが近づける催しものも

珍しいですよネ。猫メイクをした方は撮影自由だそうです。

我々「カメラ小僧」にとっては、嬉しい限りです。




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こちらの方が一番元気に太鼓をたたき続けていました。

お疲れ様です。




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凝った化粧をしている方もいましたが、結構化粧の時間もかかったのではないでしょうか。

その点、手っ取り早いのは”被り物”や”お面” でしょうか。




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凝る人は、被り物やお面だけにとどまらず服装や持ち物までもコーディネートするんですネ。



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こちらはちょっと怒ってましたネ。

”ちょいと! そこら辺の「化け猫」と一緒にしないで

いただけますか!!

私は正真正銘の血統書付の 猫 ですからニヤー!!”





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でも、いつでもどこでもこの子たちにはかないませんネ!




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パレードの先頭が坂下から折り返してきました。

皆さん行儀よく離合しています。囃子もお互い少し控えめにしています。




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台風19号の影響で、首都圏の電車がほとんど動いていない中、普段の半分ほどの参加者

だそうですが、いつの間にか「神楽坂通り」はパレード参加者で満杯の人になっていました。




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主催者は台風の最中でもホームページ上で、少々の雨なら雨天決行と強気に言い続けて

織りましたが、その通り実行しました。初志貫徹ですね。

毎年毎年楽しみにしている方がいるのでしょうね。

そのホームページでは、もうすでに来年の開催日10月11日(日)のカウントダウン

が始まっています。 関係者の思い入れの深さを感じさせます。

勿論私は来年も来ますよ、今から楽しみです。








以上、街中が猫だらけの『神楽坂化け猫フェスティル』 でした。








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旅・はいかい | 22:45:51 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 東郷神社 ~
日露戦争(1904年〜1905年)では聯合艦隊司令長官として三笠艦上に

「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」とのZ旗を掲げ、

露国のバルチック艦隊を日本海において撃滅して世界の海戦史上空前絶後の完全な勝利を

成し遂げた”東郷平八郎” が祀られている 『東郷神社』に来ています。




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社  号          東郷神社

鎮座地           東京都渋谷区神宮前一丁目5番3号

主祭神           東郷平八郎命

社格等           府社 別表神社

創  建          昭和15年(1940年)

例  祭          5月28日











【由緒・沿革】



東郷平八郎が昭和9年(1934年)5月30日に亡くなると、全国から海軍省に東郷を顕彰する神社の

創建の要望と献金が相次いだ。当時の海軍大臣大角岑生が財団法人東郷元帥記念会を設立し、

寄せられた献金によって神社の創建が計画された。昭和12年(1937年)9月に地鎮祭、

昭和15年(1940年)5月27日(海軍記念日)に御鎮座祭が行なわれ、同時に府社に列格した。

昭和20年(1945年)には別格官幣社への昇格がほぼ決まりかけていたが、東京大空襲によって

社殿が焼失し、昇格は断念された。戦後になって復興の機運が高まり、昭和33年(1958年)に

奉賛会が結成され、昭和39年(1964年)に社殿が完成した。











【大鳥居】




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【南参道鳥居】




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   ≪鳥居扁額≫




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【神池狛犬】



神池側の参道にありました。

向かって左が「阿形」右が「吽形」でした。

比較的新しい狛犬です。




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〖手水舎〗


8柱があり頑丈で立派な手水舎です。

少々の台風では飛ばされません。




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≪手水鉢と吐水口≫


御影石が綺麗に磨かれています。




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〖神門〗




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〖拝殿〗


屋根の奥に本殿の「千木」が見えています。

端部が垂直に切られているのでまさに男の神様が祀られているのを表しています。




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〖拝殿前狛犬〗



こちらの狛犬は、通常通り向かって右が「阿形」左が「吽形」になっています。




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〖境内社 海の宮〗


東郷平八郎は生前「綜合艦隊司令官」を務めていたので、亡くなられて

海の神様になったのでしょうか。



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〖勝負の神様〗


当時世界一と言われていた「バルチック艦隊」を破ったことから、”勝負の神様”と

言われているので、大学の体育系クラブやスポーツ団体の勝利を願う「登り旗」の奉納が

多いようです。



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「原宿駅」から東郷神社に来るには、こちらの道を通るのが一番近いので、ここは元々

東郷神社の参道だったのではないでしょうか。

しかし、今は「我々オヤジ達」には理解不能な店が軒を連ねています。

そして、それらの店を訪れる為に、沢山の若者が集まり、毎日がお祭り騒ぎです。




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そうなんです!

今では”竹下通”と称して世界に名を轟かせていて、外国の方の観光スポットにもなっています。




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以上、喧騒のギャップを見事に克服して鎮座している 『東郷神社』 でした。




〖御朱印〗




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神社 | 08:10:39 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 巾着田 ~
17haの広大な土地に、500万本の彼岸花が咲き乱れる、日本一の彼岸花群生地

埼玉県日高市の『巾着田(きんちゃくだ)』 にお邪魔しています。




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床一面に赤い絨毯が敷き詰められているようです。



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昭和40年代に当時の日高町がこの『巾着田』を取得し、昭和50年代~60年代ごろに草藪の草刈りを

したところ、大規模なヒガンバナ (彼岸花、曼珠沙華)の群生が現れた。、

それをマスコミ等に報道されたため、一躍有名スポットとなり年々多くの見学者が

訪れるようになりました。

群生が出来た原因としては、河川の蛇行や氾濫により上流部から土砂と共に球根が運ばれてきて

この地に根付いたと推定されています。




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『巾着田』の名前の由来はこの地が馬蹄形に大きく湾曲した高麗川に囲まれていて

その形が”巾着”に似ている事から『巾着田』と呼ばれるようになりました。





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わずかですが、白い彼岸花もありました。




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公園の一番奥にあたる下流には、日本で最大級の木造トラス橋”あいあい橋”が掛っています。

この橋を見るだけでも一見の価値があります。

ふるさと創生事業の一環で平成8年に完成した「巾着田」の新たなシンボル的存在です。

橋長91.2m、最大スパン45.6m、幅員2.5~5.1m

幅員の数字を見てもわかる通り、3次元に湾曲をした特異な形状をしています。

橋梁にも”機能の美”を求める技術屋さんの心意気でしょうか!




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”あいあい橋”の下を流れる「高麗川」は流れが緩やかなので、子供たちの水遊び

にはもってこいの場所ではないでしょうか。




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その高麗川で投網掛けをして魚を取っている元気な方もおりました。

見ている方からは、拍手喝さいを受けていました。




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”彼岸花”と水滴は相性が良いですネ。

ちょっとアップで撮ってみました。




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≪行幸啓(ぎょうこうけい)≫・・・・天皇と皇后が一緒に外出すること        


   2017年(平成29年)9月20日に、上皇、上皇后が、在位中8度目の私的旅行として当地を

   訪れ、彼岸花を鑑賞されたそうです。

私的時間を使ってでも、巾着田の彼岸花を見ておきたかったのでしょうか。

これからは、日本中行きたい処に行かせてあげたいですネ。










以上、500万本の彼岸花とその鑑賞者で埋め尽くされた『巾着田』 でした。







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旅・はいかい | 22:09:48 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 小石川後楽園 彼岸花 ~
「彼岸花」が満開だと言うので、仕事のついでにちょこっとお邪魔してみました。

まあ、いつものことながら、過度の期待をすると失望も大きいから。

園内のあちらこちらに、そこそこ咲いていました。



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しかし、柵で囲われていて、彼岸花の群生に近づけるところがあまりありません。

寄って撮影ができるところが少ないのです。

花は、アップも撮りたいですよね!

もう少し、まとまって咲いていると良いんですけど。




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池の周りにはほとんど咲いてないですネ。

カルガモはいましたけど




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こちらのアオサギはいつも来ているアオサギと同じでしょうか。

結構人馴れしています、ある程度近づいてもさほど逃げる気配はありません。

とは、言う物の、ほどほどですよね。




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日本庭園の方には彼岸花はありませんでした。

しかも工事中です。




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今日一はこの程度で勘弁していただきますか。

すいません!




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今の時期、小石川後楽園の名物はこちらですかね。

水戸光圀公がお米を作ることの大切さ、大変さを武家の子供達に教えるために、造った

と言われる田に稲穂がたわわに実っていました。それを”案山子”が見守っています。

恒例の風景です。
 


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以上、 案山子と彼岸花で賑わう ”小石川後楽園” でした。











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旅・はいかい | 08:13:37 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 北区花火大会2019 ~
何度かお邪魔しようと思いつつ、中々予定が合わず、来ることが出来なかった

『北区花火大会』 に初めてお邪魔させていただきました。

今年は、第8回を記念して8,888発の花火が打ち上げられるそうです。

隅田川の花火大会の2万発には及びませんが、ローカル花火大会としては

まずまずの本数です。

打ち上げの場所は、赤羽の「岩淵水門」の横です。

この『赤水門』から下流が”隅田川”ですから「隅田川最上流花火大会」とも言えます。


『赤水門』はすでに水門としての役目を終え、悠々自適の隠居生活を過ごしていますが、

この水門を造ることを提議し、設計構築に携わった、パナマ運河の設計構築技師

”青山士(あきら)”も花火大会の場所として役に立つとは思いもよらな買ったことでは

ないでしょうか。  あの世で、この水門を造る工事で亡くなられた人たちと一緒に

苦笑いをしているのではないでしょうか。



この花火大会には、想像したよりはるかにバライティに飛んだ花火が沢山打ち上げられました。

そんな中まず、華麗に上がった花火から。




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綺麗ですよネ。花火の構成も工夫されています。

観る者を飽きさせません。すごいですネ。







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複数の花火の織り成す「グラデーション」が”ファンタジー”を感じさせますよね。




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『北区花火大会』 では、”ストーリー花火”と言うストリー仕立ての花火を打ち上げているそうです、

今年は、日本芸術花火協会所属の有名花火師が新一万円札の渋沢栄一翁の物語を

華麗な花火で演出していますが、どれがそのストーリーなのかちょっとわかりませんでした。

が、情熱的な花火は感じました。 

”パッション” です。




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赤羽の街が真っ赤に燃えています。




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中でも、お気に入りがこちらです。

花火師の燃えたぎるような情熱が伝わってくるようです。




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同じ構成の花火を色違い で演出されていました。

粋ですね。全く同じ衣装を色違いで着こなす。おしゃれです!




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ちょっと、”コケティッシュ”な演出でしょうか。




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賑やかで、情熱的で派手な花火ばかりではありませんでした。

静かで、古典的で清楚な「和花火」風のものもありました。

江戸時代、両国橋の袂にもこんな花火が上がっていたのではないでしょうか

なんとなく色気を感じさせますネ。    結構気に入ってます。



”た・ま・や~ッ!!”





では、その ”小股の切れ上がった和花火” をどうぞ。




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最後ですが、街の灯りと花火が一体となって、ひとつの景色になっている姿も中々気に入っています。

少し引いて町の灯りも入れてみました。




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とても堪能させていただきました。 

東京都の人気花火大会第2位と言うのも納得させられました。

もう、ローカル花火大会などと言えませんね。 失礼しました!


以上 『北区花火大会2019』 でした。


≪HITORIGOTO≫

   来年は、第9回だから9999+1発かな!

   そしたら、時間延長もあるかも?


   そして来年は、パナマ運河の構築に日本人としてただ一人参画し

   帰国後、この岩淵赤水門の構築にもたづさわった「青山士氏の物語」を「ストーイー花火」に

   していただきたいですネ。












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旅・はいかい | 10:08:01 | トラックバック(0) | コメント(0)
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