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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 本郷キャンパスの銀杏並木 ~
【旧加賀屋敷御守殿門(通称 赤門)】


文政10(1827)年建立

国指定重要文化財




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赤門の呼名で広く一般に知られているこの門は、元加賀藩上屋敷の表御門でした。

文政10(1827)徳川第11代将軍家斉の第21女溶姫(ようひめ)が加賀藩第13代藩主前田斉泰に

輿入れした際、溶姫を迎えるため建てられたものです。

中央は中心の柱から屋根が少しずれる薬医門の型式で、切妻造、本瓦葺となっています。

その左右に唐破風造本瓦葺の番所を置いていますが、このような例はあまり多くありません。 

さらに海鼠塀本瓦葦の繋塀が、左右に配されて、加賀百万石にいかにもふさわしい豪華な

構造と構成を誇っています。しかも、赤門の名が象徴するように、鮮麗な朱漆が若く華やかな

溶姫のイメージを象徴しています。


この次生まれ変わったらこの大学に入ってみようかなーと、思っています。

赤門入ったところにも校舎にしがみつくように銀杏並木がありました。




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こちらが現在の正門です。

どことなく赤門を意識して作ら得ているように思われます。

両サイドに警備員の詰め所があるのも同じです。




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正門を入るとまっすぐに「安田講堂」へ向かうメイン通りがあり

その両脇が銀杏並木になっています。

記念撮影をする方達で溢れています。




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こんな方もいました。

写真撮影用の貸衣装でしょうか。

あまり着物を着なれていない様子、佇まいでした。




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こちらの大学には、神秘的な通路も造られていました。




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昼間も暗いトンネルが断続的に続きます。




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育徳園心字池(通称三四郎池)です。

元和元年(1615)の大坂夏の陣の後、加賀藩前田家は幕府から現在の東京大学

(本郷キャンパスの一部)およびその周辺地を賜りました。

寛永6年(1629)4月、前田家3代藩主利常の時に、徳川3代将軍家光・大御所秀忠の

御成(訪問)があり、それに先だって豪奢な御成御殿や数寄屋を新築し、庭園を整備しました。

 その庭園が育徳園であり、池を心字池と名付けられた。

夏目漱石の名作『三四郎』は、ここを舞台としたため、「三四郎池」と呼ばれるようになった。




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でも、もう少し整備・手入れをした方がいいと思います。もったいないですね。










本郷キャンパスのシンボル安田講堂です。




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「安田講堂」の地下に、知る人ぞ知る、安くて美味しいと評判の「中央食堂」があります。

円形に造られた2階建てです。




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二階は、お茶、軽食をしながら学習もできるようになっています。




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あまり空腹ではなかったので、簡単に「濃厚煮干しラーメン」をいただきました。

半バイキング方式のセルフサービスです。

う~ん。 味はまあ、普通と言うところでしょうか。




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農学部の方にも大きな銀杏がありました。

たわわに光り輝いていました。




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以上、 『本郷キャンパスの銀杏並木』 でした。

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旅・はいかい | 23:45:37 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 御嶽渓谷の紅葉散歩 ~
御嶽渓谷の川岸に造られた遊歩道を歩き、紅葉を楽しもうと思います。

御嶽渓谷遊歩道は御嶽駅を中心に、多摩川の上流側と下流側に別れています。

その両方をハイキングするつもりだったのですが

    ① バス待ちに大幅に時間がとられた

    ② ケーブルカー待ちに予定以上に時間がとられた

    ③ 330段の石段と坂道が思ったより、堅固だった

    ④ 御嶽神社が思ったより見どころがあった

    ④ 昼食待ちに時間がとられた

などの理由により、スケジュールの大幅な予定変更を余儀なくされました。

    ① 上流側のフィッシングセンター方面の遊歩道ハイキングは却下

    ② 予定候補店での昼食は全て却下

    ③ 下流方面の、遊歩道ハイキングは「沢井駅」まで

    ④ 快速電車の使用は時間的な問題により却下鈍行電車使用

と言う訳で、中華料理屋さんで遅めの昼食後、

御嶽駅から下流の沢井駅に向けて遊歩道を 出発 です。

下流側の遊歩道は左岸側がメインです。




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玉堂美術館横の大イチョウは御嶽渓谷のシンボル的存在です。

見事な黄金色は御嶽渓谷に秋が来たことをを知らせています。





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御岳橋とその下を流れる多摩川とのコラボもぴったりです。

又、川の流れの中に置かれたように、点在する大岩も景色を彩る名脇役を演じています。




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銀杏越しに観える宿も大正レトロを奏でているように観えます。




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対岸の「もみじ」との相性もいいようで、御嶽渓谷のポスターにも

使われています。





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遊歩道の脇に可憐に咲いていました「ピンクの彼岸花」です。

初めて見ました。

 ”リコリス” と言うそうです。





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「もみじ」と小滝です。

せせらぎに落ちたもみじが舞っています。




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「もみじ」と「ススキ」の共演です。




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「鵜の瀬橋」近辺です。

「御岳小橋」と「楓橋」の中間にあります。

この辺は、川の両岸が遊歩道になっています。

「鵜の瀬橋トイレ」があります。




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ハート形の額縁ができていました。




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「皇帝ダリヤ」が天にに向かって、薄紫に咲いていました。

背丈は3メートル以上ありました。

背が高い為、風に弱かったり、寒さにも弱いので、見かけることが余りありません。




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沢井駅の前にある「楓橋」に到着です。

楽しそうな、景色に出会いました。

東京を代表する酒蔵「小沢酒造」さんが酒蔵の前で運営している

『清流ガーデン澤乃井園』です。





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これは、素通りはできないでしょう。

利き酒も出来るし、国道の下のトンネルを潜って「酒蔵見学」もできます。

国道の下に、プライベートトンネルを持っているとは、さすがに伝説の大地主さんですネ。




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青梅に来て「澤乃井」を飲んでいかないと、何しに行ったと呑み仲間から叱責されますね。

とりあえず、食券を買って空いたテーブルに着地です。




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酒は勿論「澤乃井 生酒』」 です。

トンネルを通って酒蔵直通なので、法的なラベル以外は貼ってありません。




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あまりにも美味しいので、時間のたつのも忘れ、乗るべき電車の時間ギリギリになってしまい

駅までの坂を全員ダッシュでした。 

それでなくても今日はだいぶ歩いて足が悲鳴を上げていたのに、最後のお仕置きでした。

そこで、坂に勝手に名前を付けさせてもらいました。

 ” 呑みすぎ坂 ”  もしくは  ”肝臓破りの坂” でどうでしょう。



とりあえず、電車の遅延のおかげで何とか電車に乗ることが出来ました。

終り良ければ全て良し!  でしょうか。








以上、 『御嶽渓谷の紅葉ハイキング』 でした。

旅・はいかい | 13:03:33 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 御嶽神社 ~
御岳山の頂上に鎮座する『御嶽神社』 です。




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社  号          武蔵御嶽神社

鎮座地           東京都青梅市御岳山176

主祭神           櫛真智命 
       
社格等           式内社、府社

創  建           伝)崇神天皇7年(紀元前91年)
  
本殿の様式         一間社神明造           

例  祭          春季大祭(3月8日)

               例大祭・日の出祭(5月7日・8日)
   
               大祓(6月30日)









【由緒・沿革】   


崇神天皇7年(紀元前91年)の創建とされ、天平8年(736年)に行基が蔵王権現を勧請したと

いわれている。

文暦元年(1234年)に大中臣国兼が荒廃していた社殿を再興し、以降は修験場として知られ、

関東の幕府や武士から多くの武具が奉納される。慶長10年(1605年)には大久保長安を

普請奉行として本社が、元禄13年(1700年)には幣殿と拝殿が建立された。

明治に入ると神仏分離によって、それまでの御嶽大権現から大麻止乃豆天神社に改称した。

これは当社が延喜式に載せられている「大麻止乃豆天神社」に比定されたためであるが、

同様に大麻止乃豆天神社であると比定される神社が他にもあったため、御嶽神社と改称した。

昭和27年(1952年)に現在の武蔵御嶽神社に改称した。

現在は神社本庁に属していない単立神社です。
  









【社号標】





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【一の鳥居】



ここから、地獄の330の石段が始まります。




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【手水舎】





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【随神門】




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≪扁額≫




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【二の鳥居】



背景の紅葉は綺麗ですが、石段は続く!




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【拝殿と330段目の石段】


最後のダメ押し石段、20段程ありました。

もう足が上がらない。




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【狛犬】



勇壮な狛犬です。




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【拝殿】



拝殿は五間社入母屋造の大き目の社殿で、朱塗りで鮮やかに彩られています。

元禄13年(1700年)に幣殿と拝殿が建立。




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   ≪拝殿扁額≫




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【本殿・幣殿】



本殿は一間社神明造で明治10年(1877年)に造営された。




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【おいぬ様】



武蔵御嶽神社は「おいぬ様」を祭っています。

その関係で、愛犬家が犬を連れてきて、愛犬の健康を願っていきます。

本殿の前に置かれた「おいぬ様狛犬」です。

個性的で印象深い形をしています。




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【御神木】



参道の途中に鎮座していました。

立派な風格と歴史を感じさせます。




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【御朱印】





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以上、紅葉に包まれた 『武蔵御嶽神社』 でした

神社 | 21:45:32 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 御岳山の紅葉 ~
空は、きりっと澄み上がった秋晴れです。

そんな青空に誘われて今日は気の合った仲間達と、カメラをぶら下げて青梅の

『御岳山』へ来ています。

高さ929mの御岳山がどんな秋化粧を見せてくれるのか楽しみです。

実は、ずいぶん昔に一度、青梅の友達に連れられて来たことがありましたが、

その季節がいつだったか,,どころかほとんど記憶が薄れてしまっている状態です。

もっとも、その友人ですらもうこの世の人ではなくなってしまいましたが,

遠い昔の思い出も無き話です。




しかし、今は秋真っ盛りのシーズンど真ん中とは言え、「御嶽駅」の狭いホームは

溢れんばかりの人出でごった返しています。身動きも思うように取れません、びっくりです。

やはり、みんな考えることはいっしょということでしょうか。

やっとのことで改札を出ると、今度は先ほどの人出のほとんどがケーブルカーの始発駅へ

向かうバスを待つ行列に大移動です。

その行列の最後尾、御嶽渓谷を背に並び、満員のバスに乗りおしこめられ、

やっとたどり着いたのがケーブルカー出発駅「滝本駅」です。




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ピストン輸送するケーブルカーを4~5台行列の中から羨ましそうに見送り、

やっとの思いでケーブルカーに乗り、終点「御岳山駅」の広場に到着です。

ここからは、山頂の「御嶽神社」まで歩きです。

青梅の町が小さく見えます。一番遠くに見ている山が「筑波山」だそうです。

先ほどまでの、ごった返しの喧騒がうそのような爽快感に浸っています。




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坂がだらだら続く「御嶽神社」の参道のところどころに、秋のしるしが飾らています。




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宿坊の前には、こんな冬に備える風物詩も置かれていました。

都会では中々見れない景色です。




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だらだら続く坂に、体が拒否反応を示しだしたころ、ダメを押すかのような急坂が

目に飛び込んでくる、この坂を登るのかと思うと心が折れそう。

するとその萎える気持ちを見透かしたように、待ってましたと茶店が現れ、ベンチが置かれている




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名前は「山楽茶屋 古狸山(さんらくじゃや こりさん)」完全に見透かされて、遊ばれている。

だが、体がどうしても、「休め」と叫んでる。

が、しかし、確かに串に刺さった「こんにゃく玉」は旨かった、休む価値はあった。



表札が無造作に掲げられている。

店名の通りの掲げ方になっている。

暗い店先に差すわずかな小春陽が ”されど峠の茶屋” とつぶやいているようだ。




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急坂が終わったと思ったら、今度は330段の石段が延々と続く。

息が切れて、足が上がらない。




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石段のわきには、ところどころにベンチが置かれている。

その、ところどころの全てにお世話になりました。




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足をもたつかせながら、何とか「御嶽神社」の本殿裏にある”御岳山頂上”の

ランドマークに到着です。




    ”御岳山頂上  九二九 米”




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境内にも”秋”が詰まっていました。




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狛犬も秋空に向かって、届とばかりに猛々しく構えていました。




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参道を下ります。

下りは体力的負担がさほどないので、周りの景色に目が行き届くと思います。






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空が燃えていました。





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「南天」も真っ赤に燃えていました。

それに「ススキ」がほほえましく寄り添っています。




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ケーブルカーで下山です。




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関東一の急勾配だそうです。

確か、高尾山は日本一の急勾配と言っていた。

どっちが、豪いのか。

やっぱり日本一の方か?





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以上 『紅葉の御岳山』 でした。

旅・はいかい | 22:52:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 花園神社 酉の市 ~
関東3大酉の市の一つと言われる『新宿 花園神社 酉の市』 が今年も盛大に

開催されました。




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浅草の「鷲神社」ほどではありませんが、それでもさすがの人出です。




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人出もさることながら、奉納された提灯の数にも圧倒されます。

さすが商売の街新宿ですね。

鳥居前だけでなく、拝殿前にもずらりと飾られ、圧倒されますね。




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酉の市とは、関東を中心とした神社で、11月の酉の日の酉の刻(午後5時~7時)頃から

開かれる露店市です。大酉祭(おおとりまつり)、お酉様(おとりさま)などともいわれます。

熊手や招き猫などの縁起物を買い、一年の無事と来る年の福を願います。

酉の日は12日ごとに回ってくるので、1回目を一の酉、2回目を二の酉といいますが、

11月に3回巡ってくる年もあり、三の酉まである年は火事が多いともいわれています。

そして、今年はその三の酉まである年です。

まあ、そうはいってもうるう年と違ってさほど珍しいわけではなく、だいたい一年おきに

めぐってきます。

又、埼玉では「おかめ市」と呼ばれることが多く、12月に行われています。



著名な酉の市の始まりは江戸時代後期。

「春を待つ 事のはじめや 酉の市」

と芭蕉の高弟の宝井其角が詠んだように、正月を迎える最初の祭りとされていました。

もともとは、現在の足立区大鷲(おおとり)神社の近くに住む農民が鎮守である

「鷲(おおとり)大明神」に感謝した収穫祭で、鷲大明神に鶏を奉納し、集まった鶏は浅草の

浅草寺まで運んで観音堂前に放したといわれています。

東京都内では、発祥の地とされる足立区の大鷲神社、台東区の鷲神社が有名ですが、

他にも30ヶ所以上の神社で市が立ち、賑やかな年の瀬の風物詩になっています。

一説には、「鷲神社」のそばには、”吉原”があり、「酉の市」にかこつけて、「吉原」に

居つ続ける亭主どもを、家に残しておくために女房どもが「三の酉」のある年は火事が多いと

言い出したと言われています。











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市での名物は縁起熊手で、金銀財宝を詰め込んだ熊手には、かくし絵のように縁起物が

盛り込まれています。長寿=鶴、当たる=矢、立身出世=鯉、福を呼ぶ=七福神、

お金が儲かる=打ち出の小づちなど・・・。

この熊手で運を「かっ込む」、福を「はき込む」といった江戸っ子らしい洒落の利いた

縁起物です。

翌年はさらに大きな招福を願って、年々大きな熊手に換えていくのがよいとされています。





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小判がざっくりです。

いかにも商売繁盛しそうです。



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狛犬が家内安全、商売繁盛、用心棒もしてくれそうです。

これは初めて見ましたネ。

狛犬もちゃんと「阿形」「吽形」に作られています。




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こちらも手が込んでいますね。

神輿を挟んで仁王様が置かれています。

これも「阿形」「吽形」に作られています。




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≪江戸っ子の粋≫




縁起熊手の取引は、値切れば値切るほど縁起がよいので、うんと値切って粋に買いましょう。

値段を聞く → 値切る → さらに値切る → もっと値切る → 商談成立

でも、これは売り手と買い手のやりとりを楽しむもの。値切った値段のまま安く買うのは

野暮 というもの。

最初に聞いた値段で払い、値切ったぶんのお釣りはもらわずご祝儀にする、

これが江戸っ子の粋だとされています。




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こうして、買った(勝った)まけた(負けた)と気風のいいやり取りをすると

威勢よく「シャンシャンシャン」と手締めが打たれ、

ご祝儀を出したお客はお大尽気分を味わい、ご祝儀を頂戴したお店は儲かった気分となり、

周囲の人達も手締めに参加してご機嫌になるのです。

そうして買った熊手は、大きな福をかき込むように高々と掲げて持ち帰ります。

それがまた、江戸っ子のいなせ な姿と言われています。




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花園神社の境内には、今はほとんど見なくなった懐かしの「見世物小屋」が立っていました。

最近んで見たのは「川越祭り」の蓮馨寺の境内ぐらいでしょうか。

中に入ろうかと思いましたが、中は撮影禁止なので、皆さんと「落差の共有」ができないと思い

止めました。




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その「見世物小屋」の横で、こんなお面だけ売っている露店がありました。

ベストポジションといえばベストポジションですけど。

何に使うお面でしょうか。




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以上、年の瀬の始まりを告げる『花園神社の酉の市』でした。

神社 | 21:38:30 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 旅のおわり ~
今度は、間違いなく乗りました。

一時間待って。

たった一つ残った旅の目的”わたらせ渓谷鐡道に載って紅葉を”を実現すべく。

列車は、「わたらせ渓谷鐡道」の始発駅「桐生」に向かっています。


処が、なんと順調に走っていた列車が「桐生」の3つ手前「足利」の駅に止まったまま

動かなくなった。


嫌な予感が頭をよぎる!

すると車内放送が「ただ今、桐生駅の手前の踏切で列車と自動車が衝突し、

レスキュー隊が現場に向かっているとの情報が入りました、安全の確認が取れるまで

この列車は、足利駅に停車します」
 と告げている。

/(^o^)\ナンテコッタイ!!

レスキュー隊が出張ると言うことは最低でも1~2時間はかかるのでは、との疑問が湧く。

最後尾の列車に行き、車掌に確認するも、情報が入ってこないので詳しいことは分からない

とのこと。なすすべもなく車内で待つ。

30分ほどすると又車内放送が「復旧のめどが立たないのでこの列車は始発駅の

小山に引き返します」
 と告げている。

ついに最後に残った目的”わたらせ渓谷鐡道に載って紅葉を”さえ

もぎ取られようとしている。



頭の中を”タラレバ”の走馬燈が回っている。

勿論”タラレバ”が何の役にも立たないことは、百も承知ですが、


もっと手早く「蔵の街」を廻っていたら。

待ち合わせ時間に遅れなかったら。

朝食を我慢していたら。

ファスナーがベンチに挟まれなかったら


おそらく別の旅行になっていただろうと。




足利にとどまってもしょうが無いので、とりあえず栃木にでも引き返して

最初に切り捨てた、”夜の、とちぎ秋まつり” でも観てみることになった。

捨てたものが、ブーメランのように戻って来たとは言え、何となく釈然としないのは

私だけでしょうか?






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何度この「栃木駅」に降り立ったでしょうか。

しかし「とちぎ秋まつり」の夜の部は6:15とスケジュールに書かれている。

後、4時間何をすればよいのだろうか。駅の周りには何もない。



喫茶店、デパートのフードコートで時間を過ごしやっとのことで、夜の部にたどり着いた。







〖泉町 諫鼓鶏(かんこどり)〗



市指定有形民俗文化財


倭町の「静御前」と同様「とちぎ秋まつり」の起源となった山車です。

「諫鼓」とは昔の中国で君主に対して諫言しようとする民衆に打たせるために設けられた

太鼓のことで、「鶏」は鶏鳴によって君主に善政を促し、人々を警醒する想像上の鶏である。

「諫鼓鶏」とは、善政であるため諫鼓を鳴らす必要がなく、上に止まっている鳥も逃げない

という意味である。

元和元年(1615)5月、大坂夏の陣に勝利して江戸へ凱旋した二代将軍徳川秀忠は、

日枝神社の大祭である6月の山王祭を前に「太平の世を祝って諫鼓鶏の山車を末代に

至るまで一番で渡せ」と上意を下し、それまでの「御幣猿」に代わって「諫鼓鶏」を先駆けとした

といわれています。





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〖万町 劉備元徳〗



明治26年制作

県指定有形民俗文化財




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〖倭町3町目 静御前〗


明治26年制作

県指定有形民俗文化財






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〖倭町2丁目 神武天皇〗


明治26年制作

県指定有形民俗文化財




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〖室町 桃太郎〗



明治38年制作

県指定有形民俗文化財




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〖ぶっつけ〗



複数のだしが向き合って、お囃子を競い合う祭一番の見せどころです。

山車の引手などが提灯を振りかざし、掛け声を掛けながら、お囃子を盛り立てます。

お囃子の調子がズレた山車が道を譲るのが約束です。

「川越祭」で言うところの”ひっかわせ”と同じですネ。

しかし、迫力はこちらの方があるように思います。



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元気の良いのは、男ばかりではありません。



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でも、やっぱりこちらには勝てないか。




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以上、『とちぎ秋まつり 夜の部』でした。


いやーっ、栃木尽くしの長い一日でした。

「タラレバ」をたっぷり背負って帰りましょうかネ。

しかし、もうじき夜の8時ですが、いまだに桐生~小俣間は不通の状態のようです。

「タラレバ」の一つでも起きなかったら、桐生に行けて「わたらせ渓谷鐡道」に乗ることが

出来たかもしれないが、戻ってくるのは不可能。

結果としてこれが一番よかったのかもしれません。

「人間万事塞翁が馬」 と言うことでしょうか。









以上、 『 旅のおわり』 でした。






旅・はいかい | 04:12:47 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ とちぎ秋まつり ~
一汽車後らしたおかげで、じっくり『 とちぎ秋まつり 』を観て廻ることが出来ました。

『 とちぎ秋まつり 』は栃木市のメインストリートである蔵の街大通りを主会場に行われます。

この祭は山王祭で引き回されていた「静御前の山車」や、宇都宮にあった「諫鼓鶏の山車」を

明治7年(1874年)に栃木の商人が買い取り、栃木県庁で行われた神武祭で披露したことを

起源としています。以来、各町が新たに三国志の人形の山車などを製作し、栃木で慶事が

ある都度にこれらの山車を市中で披露し、昭和12年(1937年)以降はほぼ5年毎に山車祭りが

開かれるようになった。この山車祭りを主催事とし秋に隔年開催としたのが「とちぎ秋まつり」で、

隔年11月の土曜・日曜に亘って2日間開かれます。







栃木駅前では、「和太鼓」が東京などからの祭観光客を出迎えて

祭の雰囲気を盛り上げています。




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〖倭町3町目  静御前〗


「とちぎ秋まつり」の起源となった山王祭で使われていた”静御前”の人形山車です。

嘉永元年(1848年)の制作です。

県指定有形民俗文化財




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伝統ある祭らしく、錫杖(しゃくじょう)を鳴らしながら手古舞(てこまい)が山車を先導しています。

正しい手古舞が出る祭として、山王祭や神田祭と共にこの「とちぎ秋まつり」も祭本に

列挙されています。

手古舞は元々は「鳶職」が行列を邪魔する者を避ける目的で先導していたのがはじまりです。

その鳶が、山車が方向転換する時に「てこの原理」を使って車輪の方向を転換していたことから

名付けられたと言われています。それが芸鼓さんに、そして子供にと変化してきました。




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「手古舞」の服装も古式にそっています。

袖口をすべて広げた「かます袖」

裾をすぼめて縛った「たっつけ袴」

これで、片肌脱げば本物ですがさすがにそれは無理のようですネ。

でも、着物の左側が白地の襦袢のような模様になっているのは

片肌脱いだ様子を模しているのでしょうか。











〖嘉右衛門町  仁徳天皇〗




市指定有形民俗文化財





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〖大町  弁慶〗


市指定有形民俗文化財





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〖万町1町目  劉備元徳〗



明治26年制作

県指定有形民俗文化財





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〖万町2丁目  関羽雲長 〗



明治26年制作

県指定有形民俗文化財





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人形の造りも精巧に造られています。

「関羽雲長」は「劉備元徳」に仕えた三国志に出てくる武勇の誉れ高い武人

見事な鬚髯(鬚=あごひげ、髯=ほほひげ)をたくわえていたため「美髯公(びぜんこう)」

などとも呼ばれていました。



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「関羽」にも負けていない元気な囃子手がいました。




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でも、やっぱりこちらの勝かな。




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一時間半の延長時間を「とちぎ秋まつり」で満喫した我々は、わたらせ渓谷鐡道の

始発駅「桐生」へ向かうべく、時は遅しと駅のホームで一汽車遅れの列車を待ってます。

程なくして待ちに待った列車がホームに着きました。

50分程の列車の旅なので、全員の席の取得を託されて我先にと列車に飛び込み席を確保。

がーっ!

続いて乗り込んでくるはずの仲間が一人も乗ってこない。

乗り口が違うのかと、左右を見渡したが、やはりだれもいない。

どうしたのかとホームを振り返ると

座っていたベンチを囲んでみんながあたふたと忙し気に動いている。

何をしているのか不思議な光景です。

声が聞こえてこないので

まるで、チャップリンのトーキー映画を観ているようなある意味滑稽な光景でした。

でも、まごまごしていると、電車が出てしまう。

仕方なく、席取の為に置いたものを撤収して仲間のところに向かうと

仲間の一人が、ベンチとベンチの隙間に挟まれたコートのファスナーをみんなの手を借りて

抜こうともがいている。引くも押すもままならない様子、勿論本人は必至です。

通りすがりの人の手も借りて、やっとのことファスナーのエンドを抜き取ることが出来ました。

その時、勿論すでに列車の姿はホームにはありません!

えーっ! 一時間半待った列車なのに!

その時仲間の声が、「大丈夫今度は一時間後には次の列車が来るから!」

なんのなぐさみにもなっていないでしょ!


仕方なく一旦駅を出て、駅の周辺で時を過ごすことに!

そして、必然的にスケジュールの変更を余儀なくされる。

せめて”わたらせ渓谷鐡道とその紅葉”は残そうと言うことになり、断腸の思いで

”温泉入浴”は却下。

”露天風呂と紅葉”もとても楽しみにしていたのに!

がっかり!!  (せめて温泉の水の色イメージしてみました)

まるで、壁に掲げてあったお気に入りの額の絵が突然シュレッターに

かけられて額から滑り落ちてきたような虚しさです。


皆、傷心の思いを抱え何処かへ行く元気もなく駅前で時の過ぎるのを待ちました。 

トホホ!








続きは次回の記事に。

| 12:23:41 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 蔵の街 栃木 ~
知りませんでした!

栃木が”蔵の街” だったなんて。

以前、栃木と宇都宮の中間にある壬生の”おもちゃの街”に住んでいたことがあったんですが

知りませんでした。勉強不足ですね。

”蔵の街”は川越だけではないんですね。


今日は、仲間たちと「渡良瀬渓谷の紅葉と渡良瀬鉄道」の写真撮影、そして温泉入浴を目的に

朝3時に起きでやってまいりました。

その途中の乗換駅「栃木」で街並み散策と朝食摂取のために、途中下車した次第です。

降り立って、初めて栃木が”蔵の街”であることを知らされました。





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又、栃木ではちょうど、2年に一度の伝統ある 「栃木秋祭り」が開催されている最中でした。

帰りにも、お邪魔をして夜の栃木秋祭りを堪能したいと思っています。


まずは、巴波川(うずまがわ)に沿って蔵の街の探索です。


蔵の街遊覧船船着場です。


遊歩道も綺麗に整備されています。


塀に付けられている竹は、遊歩道をLEDが組み込まれた竹筒のあかりで照らす

「うずまの竹あかり」です。

蔵の街を流れる巴波川の両岸に108灯の竹筒のあかりが続き、幻想的な散歩道を

演出しています。

栃木工業高校の生徒たちの協力で造られたそうです。






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夜になるとこうなります。

まさに、幻想の世界です。




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嘗ては北関東でも指折りの商業都市だったと言われる宿場町栃木。現在でも蔵をはじめ、

歴史的に価値のある建造物が数多く残っています。

栃木市のランドマークともいえる、幸来橋(念仏橋)から”塚田歴史伝説館”

建ち並びを観ています。


塚田家は江戸時代後期から巴波川の舟運を活かし、木材回漕問屋営んできた豪商で、

巴波川沿いに120mに及び巡らされた黒塀と白壁土蔵は栃木市を代表する景観と

なっています。




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対岸には、柳も植えられていて、「白壁土蔵」「蔵塀」「河」「鯉」「柳」の

河岸の情緒を醸し出す重要な役割を果たしています。




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幸来橋の架かる巴波川には、大きな鯉が驚くほど沢山遊泳していて、散策をする人々の目を

楽しませてくれています。

その、鯉の川を象徴するように、幸来橋の手すりには鯉のモチーフが透かし彫りされていました。

”蔵の街””鯉が群れる川”のツーショットです。





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幸来橋の橋詰めに、新しいような、でも歴史のあるような

”蔵の街”とモダンを上手に調和させた建物が建っていました。

正面の入り口の大部分を占める「葦簀(よしず)」に手書きで「宿」と書かれていなければ

何を商う建物なのかわかりませんよネ。


建物の中は「昭和」ですと訴えているようです。




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河岸にはまだまだ歴史がありました。

「横山郷土館」



横山家は店舗の右半分で麻問屋、左半分が銀行を営んでいた明治の豪商でした。

「両袖切妻造」と呼ばれる貴重な建物です。




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「岡田記念館」



岡田家は現当主岡田嘉右衛門をもって26代を数える栃木市屈指の旧家です。

古くは武士でしたが、帰農して江戸時代慶長の頃、士豪として栃木に移住し、荒地を開墾し、

地域発展のために尽くしました。以後代々の当主は嘉右衛門を襲名し、「嘉右衛門町」という

地名の起こりともなりました。また、日光例幣使街道の開通とともに名主役、本陣を勤め、

代官職を代行するなど要職を担いました。


入口の縦表札には「代官屋敷」とあります。



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「代官屋敷」の通用口には、景色とは場違いなピカピカに磨かれた”サイドカー”

ぽつんと置かれていました。

その対比が面白かったので、切り取ってみました。

一番奥に映っている郵便ポストが前の写真の郵便ポストです。




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「田楽あぶでん」


“油伝”創業天明年間の味噌屋です。

建物は明治時代の土蔵他5棟が国の登録有形文化財の指定を受けて

おり、その店舗の一角で味噌田楽店を併設しています。






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「栃木 歌麿館」



自らも筆綾丸の狂歌名を持つ歌麿は、栃木の豪商と狂歌を通じて交流を持ち、

歌麿の浮世絵版画の中には、栃木の狂歌師の狂歌が入ったものがいくつか見受けられます。

歌麿は、豪商釜喜の4代目善野喜兵衛(狂歌名:通用亭徳成)と親しく、

その叔父にあたる善野伊兵衛(初代釜伊)の依頼で、肉筆画大作「深川の雪」・「品川の月」

「吉原の花」を描いたと伝えられています。

 とちぎ歌麿館は、浮世絵師喜多川歌麿と栃木市のゆかりを中心とした文化情報を

発信するために、栃木市所蔵の資料館「古久磯提灯店見世蔵」を活かし、歌麿とその時代の

関連資料(浮世絵の復刻版など)を展示する「まちなか美術館」として設置されました。




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「とちぎ蔵の街美術館」



「とちぎ蔵の街美術館」は、およそ200年前に建てられた土蔵3棟を改修し、

平成15年3月に開館しました。

 通称「おたすけ蔵」として市民に親しまれてきたこの蔵は、栃木市に現存する多数の

蔵の中でも最古の土蔵群に属する大規模な蔵として、栃木の歴史を見つめてきた

記念碑的な建物です。

   善野家土蔵(通称 おたすけ蔵)

     善野家(釜佐)は、先祖が近江の出身で、江戸時代の延享年間(1744~48)に

     同じ町内の善野喜兵衛より分家し、その後、米などを扱うほかに大名などを相手とした

     質商も営んで、栃木を代表する豪商となりました。蔵の名称は、江戸時代末期に

     困窮人救済のため多くの銭や米を放出したことに由来するとも、また失業対策事業

     として蔵の新築を行ったためとも言われています。
      




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「蔵の家具屋 丸三」



「とちぎ蔵の街美術館」の横にありました。

200年前に造られた蔵です。

向かって左側が米蔵、右側が塩蔵だったそうです。

現在は古い家具の置き場として使われています。




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「とちぎ蔵の街観光館」



かっての荒物屋の見世蔵と土蔵群からなり、土蔵群は戦後になり「蔵のアパート」として

利用されてきました。現在「蔵の街大通り」に面した見世蔵では、観光案内と土産品販売

奥の土蔵群は食事処と土産品販売を行う蔵の街観光の拠点施設として活用されています。




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以上で 『栃木 蔵の街』 の散策は終了ですが、ここでちょっと問題が発生です。

栃木で待ち合わせした仲間との合流が遅れたことと、見どころがありすぎた蔵の街を

ゆっくり探索し過ぎたので、朝食を食べる時間が無くなってしまいました。食事抜きで予定通りの

電車に乗るか、食事をして一汽車遅らせるか、はたまた10分程度で食事を済まし

駅まで強行突破を試みるか。最初は全員朝早くから動いているので空腹には勝てず

強行突破を試みて”ココス”のバイキングに突撃しました。しかし、程なくほとんどのメンバーが

「挫折」を余儀なくし、電車を一汽車遅らせてもしっかり食事をすると言う選択に

主義変更することとなりました。

ここで、断っておきますが場所は「栃木」です、都会ではありません。

こちらで一汽車遅れると言うことは「一時間半」待つということにイコールなのです。

まあ、おかげでゆっくり朝食が取れ、再度”蔵の街”が散策出来ましたが、予定行動の中から

何かを削除、ジャンプさせなければなりません、協議の結果止無を得ず「夜の栃木秋祭り」

を削除。

「まあ、良いか! 散々昼間、「蔵の街」も「栃木の秋祭り」も観たから!」

が全員の共通した納得の感想でした。

しかし、実はこれが単なる不幸の序曲に過ぎなかったことを、

後で、全員が知ることになります。





続きは次の記事で!


旅・はいかい | 12:52:24 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ OMOTESANDO HILLS CHRISTMAS 2018 ~
また、今年もクリスマスイルミネーションの時期がやってまいりました。

そのトップを切って 『表参道ヒルズのクリスマスイルミネーション』が点灯しました。

『表参道ヒルズ』は旧同潤会青山アパートの建替事業として、2006年2月11日に誕生し、

約100軒の店舗、38戸の住宅で構成された複合施設です。

ファッション・アート等に関するイベントも多数開催し、最先端の情報を発信し続けています。...

設計は安藤忠雄が行い、 表参道の傾斜にあわせ、床をスロープ状に傾斜させているのが

特徴です。本館内部は地上3階地下3階の6層分の吹き抜け構造になっており、そのまわりでは

「スパイラルスロープ」と呼ばれる通路がらせん状につながっています。

その吹き抜け部分に、クリスマスイルミネーションが飾られていました。




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「オーロラ」がテーマのクリスマスイルミネーションです。

本館の吹抜け大階段には約6,000本の“つらら(アイシクル)”と称される糸状の光で

構成された「光のカーテン」が飾られています。

光を反射しながらキラキラと揺れ動く「光のカーテン」は、ハートやダイヤの形を描きながら、

優しく幻想的な空間を演出しています。

両サイドに放射線状に走っている通路が、安藤忠雄さん自慢の「スパイラルスロープ」 です。









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中央には「光のカーテン」と同様に、ハートやダイヤなどの形をあしらった高さ約7メートルの

クリスマスツリーが創られていて、緑、赤、シャンパンゴールド、紫の光を発しながら空間を

鮮やかに彩っています。




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20分毎に行われる特別演出では、音楽に合わせて“つらら”が光に照らされ、その輝きと

連動してツリーの色も緑、青、紫、ピンク、イエロー等、オーロラの色彩に変化します。

音楽が盛り上がるのと呼応するかのように、「光のカーテン」に映し出されたオーロラが

神秘的に揺れ動きます。




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イルミネーションのデザインを手がけたのは、東京とシアトルを拠点に活動する

クリエイティブチーム「ケイコ + マナブ(KEIKO + MANABU)」です。

北国の冬空の美しさからインスピレーションを得て、アートと建築、両方の視点から

空間を演出したそうです。





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以上、2018クリスマスイルミネーションの走り 

『OMOTESANDO HILLS CHRISTMAS 2018』

でした。 

旅・はいかい | 08:13:03 | トラックバック(0) | コメント(2)
~ 酒処 厨 再登場プレオープン ~
オヤジの身体の都合で、店を閉めて1年5か月、やっとのことで『酒処 厨 』 が再スタートです。

今日は、常連さんを中心にした、プレオープンです。

新しい店は、以前の場所の目と鼻の先。

しかし店内は、以前の店よりはるかに広い。

前の店と違って、のびのびとゆったり酒が飲めますネ。



L字カウンターは、12席です。

満席になると手が回るでしょうか。  心配です。




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 オヤジーッ!

手を動かせー!!




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4人掛けのテーブル席。

背中の壁には、お決まりの我が”浦和レッズ”の旗が、掲げられています。




       
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とりあえず、”恵比寿の琥珀生ビール”で乾杯です。




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懐かしい仲間達も集まってきました。




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早速、日本酒に取りかかります。

ここは、厳選の日本酒の品ぞろえも売りの一つ。

福井の銘酒   加藤吉平商店   「梵 GOLD 無濾過 純米大吟醸」


ワイングラスでおいしい日本酒アワード2016で最高金賞を受賞するなど、日本はもとより

世界中で愛されている酒でする。白山連峰の伏流水で山田錦と五百万石米だけを使い、

長期氷温熟成をしています。

特に「梵 GOLD 無濾過 純米大吟醸」はマイナス10℃で約1年間氷温熟成された生酒を、

出荷の直前にビン燗火入れしています。

凝縮された旨みは、濃厚な味付けの西洋料理にも合うと言われています。

すでに価格にはプレミアがついているものもあります。




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続いて、山形 富士酒造    「栄光富士」



安永7年(1778)創業の庄内の老舗蔵。

山形は「十四代」「くどき上手」など、全国レベルの酒蔵がひしめく中で、山形県ランキング4位は

立派です。




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   加藤吉平商店   「越前 純米吟醸酒 ぼん ときしらず」



濃醇・辛口 長期氷温熟成




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店、自慢の刺身の盛り合わせ  

マグロが光ってる。




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平貝と鯛




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席は、満席です。



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オヤジはもう仕事止めて、ホストしてるし!









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これで、我々の仲間は”居酒屋難民”から脱出できそうです。



以上、やっと再開した 『酒処 厨』 でした。

お酒 | 05:13:28 | トラックバック(0) | コメント(0)
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