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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 東京駅丸の内駅前広場 ~
東京駅の丸の内赤煉瓦駅舎が2012年に復元され

遅れていた駅前広場の再生工事が昨年12月に完成した。

折角駅舎が復元できたのに、その正面に工事用の仮囲いが5年間もドンと居座っていた。

写真を撮るにも、一苦労でした。

その仮囲いがやっと取れた。  早速やってまいりました。

「KITTE会館」の6階ルーフバルコニーより。




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曲線を描いた車道が、抽象画を観ている様で面白いですネ。











陽が落ちて、周囲のビルや駅舎に灯りが灯ると

こうなります。




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陽が落ちるのを惜しむような、夜の灯が灯しきるのが待ち遠しいような

微睡んだような不思議な表情をしています。








新設なった 『丸の内駅前広場』は

6,500㎡の中央広場を中心に、北口駅前に5,900㎡の交通広場、

南口駅前に6,300㎡の交通広場を配した構成になっている。

人の行き交う中央広場は皇居に続く「行幸通り」と連結し、

「行幸通り」とのデザインの調和を図って

車道以外の部分には、白を基調とした御影石が敷き伏せられている。










南口正面の「丸ビル5階 ルーフバルコニー」より

南口駅前広場です。




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景観的には、失礼ながら右端に少し見えている正面にドンと置かれた、

地下空調用の室外機置き場(?)の屋根が邪魔でしょうか!










「行幸通り」より




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工事中は、ここに工事用仮囲いがあって、視界を妨げていたんですネ。

今は、視界良好です。











「新丸ビル7階ルーフバルコニー」より


右側に見える超高層ビルが先ほどまでいた「JPタワーKITTE会館」です。

1~6階までが、今は亡き鳩山邦夫氏の提案(恫喝?)によって「東京中央郵便局」の

旧建物の一部が残されたまま新築なった「KITTE会館」です。

尚内装設計は、現在「新国立競技場」の設計を手掛けている

”隈 研吾氏”によるものです。






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北口前広場です。

こちらは、視界良好です。




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幻想的な、景色を見ながらルーフバルコニーでディナーなんてお洒落ですネー!

でも今は少し寒いですネ。

もう少し暖かくなってからにしましょう!

賛成です!!







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以上、新しくなった東京の玄関 『東京駅丸の内駅前広場』 でした。

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旅・はいかい | 20:21:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 上野東照宮 ~
牡丹のついでに、と言ったら「大権現様」の罰が当たるかもしれないが

『上野東照宮』にお邪魔させていただきました。




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社  号          東照宮 (他の東照宮と区別するために便宜上 上野東照宮

鎮座地           東京都台東区上野公園9-88

主祭神           徳川家康

               徳川吉宗

               徳川慶喜

社格等           府社

創  建          寛永4年(1627年)  











〖由緒・沿革〗


寛永4年(1627年)、藤堂高虎が上野の敷地内に創建した。

元和2年(1616年)、危篤の家康から自分の魂が末永く鎮まる所を作ってほしいと

高虎と天海に遺言された。











〖大石鳥居〗      重要文化財


石造神明鳥居  寛永10年(1633年)




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〖神門〗


本来は右横にあった「御水舎(おみずや)」の上屋を移設して門としてリユースした。 

そんなことから”水舎の門(みずやのもん)”と呼ばれている。




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   ≪神門扁額≫



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〖手水舎〗



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〖狛犬〗




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〖唐門〗          重要文化財


1651年造営

正式名称 唐破風造り四脚門(からはふつくりよつあしもん)

柱内外には、左甚五郎作の「登り竜・下り竜」の彫刻を筆頭に数々の彫刻が

なされている。




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〖登り竜・下り竜他〗




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〖透塀(すきべい)〗        重要文化財


1651年 造営

上段に野山の生き物と植物、下段に海川の生き物が彫られている。

金箔で彫刻を覆った上から絵具で彩色を施した豪華な彩色方法で修復が行われた。



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〖御神木・大楠〗


幹周囲 8メートル

高さ   25メートル

樹齢 約600年

東照宮創建前からこの地に存在していた。




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〖社殿〗


社殿は、拝殿、幣殿、本殿の部屋から構成される権現造りとなっている。

金箔がふんだんに使用されていることから”金色殿”とも呼ばれている。



≪拝殿≫




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≪幣殿≫




拝殿と本殿を繋ぐ「石の間」




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≪本殿≫




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以上、 白銀の景色の中、全面金色に包まれた『上野東照宮』 でした。

神社 | 22:13:02 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 雪の冬牡丹 ~
昼休み、職場を抜けて見に来ました。

雪を被った、『冬牡丹』 です。

昨日の雪が残り足元がおぼつかない中なので、人出はまばらではないか、と思いきや

なんと!!  びっくりですネ!

上野東照宮の「冬牡丹展」会場は、カメラを持った見学者でごった返しています。

やはり、「雪と牡丹のコラボを写真に」との思いは皆同じか!




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しかし、すでにお昼を廻っているので、残念ながら

菰の上にはほとんど雪が残っていませんでした。




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雪が、解けてなくなるのを嫌がって、

駄々をこねて菰にしがみついているように見えます。






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それでも、雪景色の中で咲く牡丹は可憐ですネ。




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そして、牡丹は”和”とも似合います。




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沢山のカメラレンズに疲れたのか、

あまり元気のない牡丹が多い中

元気に咲いている牡丹をピックアップしてみました。




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こちらは、牡丹ではないかも、でもなかなか元気がよかったから




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以上、カメラ小僧・カメラ娘で賑わう『上野東照宮 冬牡丹祭り』 でした。

旅・はいかい | 23:48:08 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 氷川女體神社(ひかわにょたいじんじゃ) ~
埼玉県さいたま市に鎮座する、ミステリアスな名前を持つ『氷川女體神社』です。

現代の新字体で書くと”氷川女体神社”

不思議ですネ。

又、多くの文化財が所蔵されていることから「武蔵の正倉院」「埼玉の正倉院」などと称されている

『氷川女體神社』 です。

最寄りのJR東浦和駅のロータリーには、神社ゆかりの”竜神”の石像モニュメントが

お出迎え!!




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社  号          氷川女體神社

鎮座地           埼玉県さいたま市緑区宮本2-17-1

主祭神           奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)

社格等           武蔵国一之宮

               郷社

創  建          崇神天皇時代(BC97年-BC30年)

社殿様式         三間社流造

例大祭           10月8日











〖由緒・沿革〗   


社伝により、第十代 崇神天皇時代(BC97年-BC30年)に創建と伝えられている。 

当社は江戸時代中期に開拓されるまで広大な広さの沼であり、 土着の神を祀っていた太古

の信仰であった見沼に隣接していた。従て当社も、古くは見沼の神を祀っていたと思われる。

第十二代景行天皇時代(71年-130年)、出雲族が当地に移住してきて、

「武蔵一宮氷川神社」に出雲の神である御祭神・須佐之男命(すさのおのみこと)を祀り  

そして当社には 須佐之男命の妻とされる神・稲田姫を祀った。

そのことから当社は『女體社』と呼ばれた。

見沼付近には、氷川信仰の神社が多数鎮座する。その中でも三氷川と呼ばれる神社がある。

氷川信仰の総本社「武蔵一宮氷川神社」

その南東に鎮座する「氷川女體神社」

2社を結ぶ直線上の中間点に鎮座する「中山神社(中氷川社)」

位置的なことや御祭神の関係から三社一体の「氷川神社」とされている。

その三社一体説により、大宮氷川神社と同様に『武蔵国一之宮』を名乗っている。











〖氷川女體橋〗


参道を横切って流れる見沼代用水には、「氷川女體橋」が掛けられている。




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〖鳥居〗




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   ≪鳥居扁額≫


江戸時代の当時も扁額に「武蔵国一宮」と書かれていたと云う。






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〖手水舎〗




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手水鉢の形がいいですね。

趣があります。

「大樋焼」の初代大樋長左衛門の代表作を彷彿させます。




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〖大樋柚    聖〗       初代 大樋長左衛門 作


   20070205012539_0(初代)











〖拝殿〗

徳川四代将軍家綱によって造営された社殿が現存されています。

3間社流造




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   ≪拝殿扁額≫




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〖本殿〗


”千木”が水平切られる「内削ぎ」で、棟に直角に乗る”鰹木”が偶数で

「女神」が祀られていることを表している。

壁も屋根も紅色で女体社らしい風情です。




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〖竜神社〗


見沼の竜神が祀られている。

須佐之男命が祀られる以前からの土着信仰の社です。

東浦和の駅前のモニュメントもこの神社の謂れによる。




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〖境内社〗


社殿の裏手には数多くの境内社が鎮座している。

御祭神不明なものも多い。




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〖磐船祭〗


「見沼氷川公園」の一角には、「磐船祭祭祀遺跡」が残る。

江戸時代から明治まで行われた「磐船祭」が偲ばれる。




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〖巫女人形〗


沢山の巫女人形が奉納されていました。




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〖全国一の宮 御朱印帳〗


以前から入手し難いと言われていた「全国一の宮 御朱印帳」

入手することが出来ました。ラッキーです。




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以上、神秘のパワースポットの杜に囲まれた『氷川女體神社』 でした。




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神社 | 16:25:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 須賀神社 ~
新宿区四谷の総鎮守 『須賀神社』 です。




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この階段は今、須賀神社に関わるものの中、一番有名で人気のあるスポットです。

さて?










社  号          須賀神社

鎮座地           東京都新宿区

主祭神           須佐之男尊(すさのおのみこと)

               宇迦能御魂神(うかのみたまのみこと)

社格等           郷社

創  建          寛永11年(1634年)

例大祭          6月上旬

境内社          天白稲荷神社

相  殺          大国社










【由緒・沿革】


寛永11年、元々現在の赤坂に古くからあった稲荷神社を、江戸城外堀建築のため、

四谷に遷座したのが始まりとされている。

その約3年後、日本橋の鎮守として神田明神の摂社として祀られていた

須佐之男命を合祀した。

須佐之男命は、日本における神仏習合の神である牛頭天王(ごずてんのう)としても

崇められているため、江戸時代には「稲荷天王」「四谷牛頭天王社」などと称され、

この地の人々に親しまれていた。

その後、明治元年に須賀神社と改称し、現代にいたる。

社名の「須賀」とは、須佐之男命が出雲の国で「八岐大蛇(やまたのおろち)」を

討ち払った際に述べたと言られる 「吾れ此の地に来りて心須賀、須賀しの故事に基づき

名づけられた名称です。








【社号標】 




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【鳥居】




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【狛犬】




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拝殿の右側にも、変わった狛犬がいました。

とてもユニークな狛犬です。




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【手水舎】




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【拝殿】




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   ≪拝殿扁額≫




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【神楽殿】



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【神輿庫】




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【境内社】



   ≪天白稲荷神社≫




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   ≪大国主命≫




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【三十六歌仙繪(さんじゅうろくかせんえ)】


天保七年に画かれた、三十六歌仙の絵と代表作一首が本殿内、格天井に書かれています。




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【聖地巡礼】


2016年に公開され、大ヒットを記録したアニメ映画 『君の名は』 のラストシーンが

この『須賀神社』 の階段が舞台になっています。




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感動のラストシーンです。

休日ともなると今でも、舞台になった現実の場所を求めて「聖地巡礼」をする人々で

賑わいます。




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ラストシーンと同じアングルにしてみました。

このように「君の名は」は現実の景色を写実した風景がふんだんに使われています。

何となくドラマに入り込んだような錯覚に陥りますネ。



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以上、神話とアニメの聖地に囲まれた 『須賀神社』 でした。 




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神社 | 21:36:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 市谷亀岡八幡宮(いちがやかめがおかはちまんぐう ~
大都会の真ん中、市ヶ谷のビルの隙間に鎮座していました。

『市谷亀岡八幡宮』 です。




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社  号          市谷亀岡八幡宮

鎮座地          東京都新宿区市谷八幡町15

主祭神          誉田別命(ほむたわけのみこと)

               気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)

               与登比売神(よとひめのかみ)











【由緒・沿革】


文明11年(1479年) 太田道灌が、江戸城築城の際に西方の守護神として鎌倉の

鶴岡八幡宮の分霊を祀った。 そして「鶴岡」に対して「亀岡」と名付けられた。

当時は現在の千代田区内にあった。しかし、その後戦火にさらされ荒廃していったが

江戸時代に入り寛永13年頃(1636年頃)に江戸城の外堀が出来たのを機に現在地に移転。

『市谷亀岡八幡宮』は三代将軍・徳川家光や桂昌院などの信仰を得て、神社が再興された。

境内には茶屋や芝居小屋なども並び人々が行きかい、例祭は江戸市中でも華やかなもの

として知られ、大いに賑わった。その後明治に入り、神仏分離令により別当寺であった

東円寺が廃寺となり、芝居小屋などは撤退し樹木が植えられかっての賑わいは

無くなっていった。

社号が「八幡宮」なので、武運の神”八幡神”をご祭神とする八幡系の神社で

総本社は大分県の宇佐市にある「宇佐神宮」にあたる。

誉田別命(ほむたわけのみこと)は応神天皇のことであり、”八幡神”とされている。

気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)は応神天皇の母であり

与登比売神(よとひめのかみ)は卑弥呼ではないかと言われている女神です。











〖社号標〗




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〖大鳥居〗

少し急な石段を登ったところにある”銅鳥居”は文化元年(1804年)に建造された

明神鳥居で新宿区指定有形文化財に指定されている。

総高さは460cmである。




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   ≪鳥居扁額≫


播磨国姫路藩主酒井忠道の筆による「八幡宮」の3文字が記されている。

八の字は「鶴岡八幡宮」と同じ「鳩」になっている。




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〖狛犬〗


   ≪鳥居狛犬≫


個性的でユニークな顔立ちです。

このような顔立ちの狛犬を奉納しようとした、当時のセンスが素晴らしい!!


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   ≪拝殿前狛犬≫


こちらは力強い写実的な出で立ちです。

ただ、阿も吽も髪の毛で目がふさがっています。




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〖手水舎〗




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   ≪几号(きごう)水準点≫


新宿区登録有形文化財

明治に入り新政府はイギリスの技術を導入した近代的測量を開始し、東京を中心に

測量基準点を記した、その「不」に字に似た「几号基準点」が水鉢台座に

当時のまま残されている。




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〖拝殿〗




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〖摂社・末社〗



   ≪茶ノ木稲荷神社≫

寛永13年に「亀岡八幡宮」が当地に移転いてくる前は、ここは「茶ノ木稲荷神社」の

境内で」あった。




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   ≪金刀比羅宮≫




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   ≪出世稲荷神社≫



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以上 『市谷亀岡八幡宮』 でした。




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神社 | 14:58:46 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 酔いどれ仲間の新年会 ~
いつもの酔いどれが集まって「新年会」です。

場所は、川口駅から約7分、産業道路沿いで

最近、人気の日本酒の店”酒場 わたなべ”のあるビルの2階

『あ楽た(あらた)』 です。和風料理居酒屋でしょうか。




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店内は、7人掛けの」カウンターと、4人掛けテーブル席、奥の座席は掘りごたつ式

全部合わせて44席、そこそこの広さです。




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今日は奥の6人掛け掘りごたつ式座卓席へ




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まずは、≪刺身の盛り合わせ+赤貝+関サバ≫

中々の鮮度です。

さすが店の売り、”こだわりの天然素材” に偽りなしですネ。




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特に、本日の期待の一品”関サバ”の身のしまり具合は

期待通り最高でした。

さすが  ”ぶんごぉ~ すいどぅぉー”



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ビールで乾杯の後は、芋焼酎 富の宝山




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良いかがやきですネ!!

心まで透き通るようです。




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店おすすめの「マグロ」です。

これも美味しいです。




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≪和牛の串焼き≫




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あっという間に、宝山2本が空に

続いて、全員大好き、知る人ぞ知る福井の銘酒

”梵 ときしらず”

蔵元は 創業 万延元年(1860年) 加藤吉平商店

さすが最高賞酒   うまいっすネ




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≪金目煮付け≫




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≪ふきみそ≫




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≪白子の天ぷら≫




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以上、  『酔いどれ仲間の新年会 IN あ楽た』 でした。

お酒 | 14:02:59 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 炉端 武蔵 新橋店 ~
呑んだくれサラリーマンの聖地 新橋

SLもネオン化粧しています。

なんか、博多の「花電車」を連想させて少し陳腐でしょうか。

やはりSLは重みのあるモノトーンが似合う。




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”烏森神社”の横にありました 『炉端 武蔵 新橋店』

そそりますねー!! ”278円均一”

思わず足が止まってしまいました。




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店内は、炉端を囲んだコの字のカウンターと小上がりとテーブル席。

一時のブームが去り、炉端焼き店もだいぶ数が減ってきました。

残っている中でも、焼き鳥屋に毛の生えたような店になっていたり

寿司屋のカウンターのようになって、食材がケースの中に納まっていたりするところが

多くなってきている中、こちらは炉端焼きの大道を貫いています。

「焼き職人」が火の前で正座し、そこをコの字に囲むように広い「ねた場」があり

その外に、いかにも囲炉裏端で呑むという雰囲気を出す低いタウンター造られています。

これぞ、炉端焼き です。




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注文品は、巨大しゃもじに乗せられて届きます。

このしゃもじが結構重いので、素早く受け取ってやらないとかわいそうです。




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テーブル席もありますが、炉端焼きに来たらカウンターが特等席でしょう。




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酒は、まず角ハイボールから




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アジのたたき




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モツの煮込み




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牛タン焼き




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桝酒 大関




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ホッケ




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鮟肝





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ぎんなん




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桝酒のお変わり



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以上、 トランディショナルで、コスパも素晴らしい炉端焼き 『炉端 武蔵 新橋店』 でした。

ただしもう少し、従業員へのサービス教育はした方がいいかも!

お酒 | 10:39:26 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 仕舞い詣 ~
初詣は人出が多くてゆっくり参拝が出来ないので、フライングして

『仕舞い詣』 に来ました。

”武蔵一宮 氷川神社”です。


参道は本日深夜から始まる”初詣人出”に合わせて準備播但です。






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社  号          武蔵一宮 氷川神社

鎮座地           埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407

主祭神           須佐之男命(すさのうのみこと)

               稲田姫命(いなだひめのみこと)

               大己貴命(おおなむちのみこと)

社格等           式内社(名神大)

               武蔵国一宮

               旧官幣大社

               勅際社

               別表神社

創  建          (伝)第5代孝昭天皇3年

本殿様式         銅板葺き 流造

例  祭          8月1日         











〖由緒・沿革〗


創建は第5代孝昭天皇3年4月。

平安時代の延喜式神明帳では、破格の社格が与えられ、鎌倉、室町、江戸時代には

時の権力者から尊崇された。

明治になると東京遷都に際して武蔵国の”鎮守・勅祭社”と定められ、明治天皇自らが

大宮に行幸し、最初の神祭が催行された。

社名は、神社付近を流れる”荒ぶる川”「荒川」を、八岐大蛇をシンボルとし出雲平野を

流れる「斐伊川(ひいかわ)」に見立てて「氷川」と名づけられた。

境内の東側には、江戸時代中期まで広大な広さの「見沼」が存在しました。

そんな関係から氷川神社は創建時より水と深い関わりがあった。

横浜山下公園に係留されている、戦前より唯一現存する日本の貨客船「氷川丸」の船名は

文字通り氷川神社に由来する。ブリッジの神棚には氷川神社の祭神が勧請され現在でも

祀られている。

第2次世界大戦中に建造された、大日本帝国海軍の大和型戦艦の二番艦「武蔵」は

船名からも明らかなように武蔵国を由来とし、広島・呉での竣工式には氷川神社の

神主が6名招かれ氷川神社が分祀され「武蔵神社」と命名された。

関東一円に280ほど存在する氷川神社の総本社であり、他の氷川神社と区別され

「大宮氷川神社」と称されることもある。

毎年初詣では200万人の参詣者を数え、全国のベスト10に入る多さを誇る。

氷川神社のある旧大宮市は”大になる宮居”と呼ばれた氷川神社から由来している。












〖社号標〗




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〖二の鳥居〗



明治神宮にあったものを移築したものです。





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「一の鳥居」ではなく、何故」「二の鳥居」」なのか

実は「一の鳥居」はここから2kmほど下ったところにあります。

JRの駅で言うと一駅違います。

と言う訳で、「二の鳥居」からスタートさせていただきます。

そして、この氷川神社の参道は日本一長い参道として知られています。

「二の鳥居」から振り返っても「一の鳥居」は見えません。




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〖三の鳥居〗




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〖狛犬〗


氷川神社には狛犬はありません。











〖神橋〗


毎年8月2日に行われる神幸祭(じんこうさい)の際、この橋の上で「橋上祭」が行われます。




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〖手水舎〗




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〖楼門〗




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〖舞殿〗


初詣客が殺到するので、フェンスで囲われています。




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〖拝殿〗


拝殿は初詣仕様に衣替されています。




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〖神楽殿〗




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〖額殿〗




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〖氷川だんご〗



参道にある「氷川だんご」です。

行列につられて、並んでしまいました。



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以上 『武蔵一宮 氷川神社』 でした。




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神社 | 21:33:49 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 大友家のおせち ~
毎年、正月は『大友家のおせち』で始まる。

大晦日にクール宅急便で届く。

ぶり刺の残りと貰い物の「がめ煮」





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おせちは参ノ重に分かれています。




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昨夜の残り「ぶり刺」




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雑煮



字のごとく、全くの「ざつに」です。





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酒は、正月につき奮発して「浦霞」




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猪口は、今年の干支に合わせて「戌」




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今年も皆様にとって良いお年になりますように願って乾杯です。

改めて  明けましておめでとうございます。  乾杯!!





今年も宜しくお願いします。

食べる | 12:40:57 | トラックバック(0) | コメント(2)
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