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~ 休暇村 乗鞍高原 ~
本日のお宿はこちら




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標高1600mに位置するホテル 『休暇村 乗鞍高原』 です。

全国に沢山展開する「休暇村」の中でも一番標高の高いところにあるホテルだそうです。



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【フロント・ロビー】


広々としたロビーです。




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【部屋】



廊下は片廊下で明るい日差しが差し込んでいます。




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屋内は、思ったより広々としていて、

内装は落ち着いたアースカラーで統一されていました。

そしてさすが名避暑地たるゆえんでしょうか、なんとエアコンが設置されていません。

部屋の大きさには不具合な大きさの扇風機が一台置かれているだけでした。

ところが泊まってみてびっくり、一度も扇風機すらかける必要もない涼しさでした。

ただし部屋風呂がないのがちょっと残念かな。




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【食事】


食事は最近流行りの「夕食バイキング」でした。

「朝食バイキング」は定番となっていて、馴れていますが

「夕食バイキング」は初めての経験です。

トレーの上の食材の置き方に、戸惑いと不慣れが現れています。





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飲み物は、地元に敬意を表して

キリンビールの”信州に乾杯”




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≪たこ焼き≫




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≪手羽焼き≫




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≪岩魚の骨酒≫


ここへ来たらやっぱりこれでしょ!

地元で獲れた岩魚を焼いて、熱くした地酒に浸し

浸したその酒をいただく、香ばしくて最高です!




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     ”い・た・だ・き・ま・す!!”




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≪海老≫




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骨酒を2度ほどお替りをして、バイキング会場は退散です。

人が行ったり来たりして、どうも落ち着きませんね。

後は部屋呑みと言うことでしょうか。











≪大浴場 天峰の湯≫


”乗鞍高原温泉”として日帰りの湯もやっているそうです。




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  「脱衣場」


程よい広さでした。




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  「内風呂・洗い場」




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  「露天風呂」


お湯の温度がぬるい、内風呂より温度が低いのはちょっと残念。

湯船の広さももう少し欲しい、庭の半分が何にも使われていないのももったいない。

お湯質自体はとってもいいお湯でした。




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≪朝食≫

やはりバイキングです。




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どう見ても、一感性のない食材の収集の仕方には問題があるような気がします。


焼き魚、玉子焼き、コロッケ、シュウマイ、ミートボール、がんもどき、鶏のから揚げ

卵焼、納豆、牛乳




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信州に来たら、これ!




  ”信州そば”  です。




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なんだかよく判らない意味不明な朝食でした。

ただの、「手当たり次第朝食」でしょうか。










以上、とっても涼しかった 『休暇村 乗鞍高原』 でした。

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旅・はいかい | 21:46:27 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 上高地 大正池 ~
『大正池』は1915年(大正4年)6月6日突然現れた池です。焼岳(やきだけ)が大噴火をおこし、

その際に噴出した多量の泥流により梓川がせき止められてできました。

水没した林は幻想的な「立ち枯れ」となり、神秘の景観をもたらしました。



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現在の大正池は、標高1490m、深さ3.9m、周囲2.4KM余

焼岳の噴火でできた当初の湖面積は3.9平方KMもあったそうです。

これは現在の2倍以上の大きさで、水面の立ち枯れの木は、昭和初期には2000数百本

ほどあったそうです。しかし現在は数えるほどしかありません。

池の中に立ち枯れた木が林立し、美しい景観を作り出していた大正池は、梓川の河床の

上昇、上流からの砂礫の供給、焼岳火山からの土石流の流出などにより、池の縮小と

浅化の一途をたどっています。

先ほどの、現在の数値データーがいつ頃のデーターか知りませんが、

地元の人の話では、すでに当時の5分の1になっているそうです。

少なくとも、単純計算で、あと7~8年もすれば池は埋まってしまうと考えられています。




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毎年東京電力が、浚渫船を使い土砂を搬出していますが、その費用が年間

1億4000万円程かかり、福島原発の後処理のこともあり

いつまで継続できるか疑問を持たれています。

しかしこの美しい光景は、後世の人にも残したいですネ。




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大正池のほとりに、「大正池ホテル」があります。

大正池がなくなったら、このホテルはどうなるのでしょうか。




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本当は、『大正池』の畔を歩いて”田代池”にも行きたかったのですが、

残念ながら宿泊予定のホテルに向かう時間になってしまいました。

これも次回の楽しみにしましょう、大正池がなくならないことを祈りながら。







以上 『上高地 大正池』 でした。




旅・はいかい | 21:01:28 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 上高地 明神池 ~
神秘的な静けさを漂わせることで人気の『明神池』は右岸道の明神橋の手前を

左に入ったところにあります。

そしてそこは、北アルプスの総鎮守「穂高神社」の広い境内(5.28ha)の中に当たります。

したがって、明神池に行くには、先ず「穂高神社」の鳥居を潜ることになります。




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社号標もありました。




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狛犬


かなり年期の入った狛犬です。




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先ずは、社殿に参拝です。




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参拝を済まし、拝観料300円を納めて『明神池』に入場です。


梓川の古い流路が明神岳の崩落砂礫によって堰き止められてできた池です。

明神岳から常に伏流水が湧き出ている為、冬でも全面凍結しない透明感あふれる水面が

青空やまじかにそびえる明神岳を映し出し静寂に広がります。




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池に配置された大岩石は自然が造りだした造形美そのものです。





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明神岳から湧き出る伏流水をオーバーブローさせています。




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凄い量の伏流水が、周囲の地盤を揺るがしながら流れ出ています。

この水量の多さが綺麗で鏡のような水面を創り上げている。

説得力のある水量です。




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明神池のそばに”嘉門次小屋(かもんじごや)”があります。

上高地を世界に紹介した「ウォルター・ウエストン」を北アルプスに案内した

”上條嘉門次”の山小屋です。

満席で、残念ながら名物の「岩魚(イワナ)の塩焼き」は食べれませんでした。




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そしてもう一つの残念は、時間の関係で 「明神池の朝靄」を観ることが出来ませんでした。

まあ、それは次回の楽しみに取っておこうと思います。

ちなみに、こんなふうになるそうです。

幻想的ですネ。




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以上、 『上高地 明神池』 でした。



上高地、まだ続きます。

旅・はいかい | 11:45:21 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 上高地 梓川周遊 ~
『上高地』は、春から秋にかけて年間150万人の人が訪れるそうですが、環境保護の為に

マイカー規制がもうけられています。

観光客は、沢渡(さわんど)か、平湯温泉からシャトルバスに乗ってしか訪れることができません。

そしてこちらがシャトルバスの終点のバスターミナル。




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バスターミナルから歩いて5分程のところに

『上高地』のランドマーク的存在の≪河童橋≫があります。


”穂高連峰”をバックに”梓川”に架かる≪河童橋≫

定番の撮影スポットですネ。




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1891年(明治24年)に初めて橋が架けられました。

全長37m、幅3.1mのカラマツ製の木造橋です。

≪河童橋≫の名前の由来は、その昔河童橋の下は深瀬で、その深瀬を「河童の淵」と、

呼んでいたからという説と、昔は橋が無かった為に川を渡るには着ているものを

頭の上に載せて水の中を歩いて行き、その姿が河童に似ていることからと言う説が

ありますが、真相は定かではないそうです。

4度の架け替えが行われ、現在は5代目の橋となります。




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≪河童橋≫から見た”穂高連峰”です。



正面に見えるのが「明神岳」と「前穂高岳」「吊尾根」です。

通年だと「前穂高岳」や「吊尾根」には残雪がもう少しあるようですが

今年は少なめと言うことです。




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≪河童橋≫を起点に”梓川右岸道(川上から川下を見て右)”を

時計回りで≪明神池≫を目指します。



途中の梓川支流に明神岳が映り込んでいます。

上高地の景色は穂高連峰のバックがよく似合います。



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川のせせらぎをBGMに、緑のベールが訪問者を包みこんでくれます。





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湿地帯などには歩行用の木道が敷設されています。

我々のような素人訪問者には有難いですネ。




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一時間ほど遊歩道を歩くと、再び梓川本流の河原に出ます。

正面には、Uターン予定の「明神橋」が見えてきました。

広い河原では、家族連れがそれぞれの水遊びを楽しんでいます。




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≪明神橋≫ です。


河童橋より少し長く出来ています。

ここを渡って、左岸道へUターンです。




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≪朝焼けの宿 神河内 明神館≫


明神橋を渡ったところにあります。

ちょっと名前が長いですが、それには理由があるようです。

ここ明神地区は、古来より「神河内徳郷(かみこうちとくごう)」と呼ばれ

上高地の始まりの地と言われています。明神館はその明神地区の一軒宿で

穂高岳の朝焼けを一番美しく見ることが出来る宿だそうです。

それで”朝焼けの宿”の冠が。




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上高地の名景色の一つ”明神池の朝靄(あさもや)”を

5分程で見に行くことが出来るそうです。

確かに、明神岳がすぐ傍まで迎えに来ているように見えます。





untitled明神館


                                             〖明神館HPより〗











これから、「梓川左岸道」を≪河童橋≫に向けて戻ります。

右岸道と違って平坦で整備された遊歩道が続きます。

確かに帰りが楽な方が、助かります。




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40分程歩くと≪河童橋≫が見えてまいりました。

訪問者は、それぞれに≪河童橋≫を楽しんでいるようです。




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橋のたもとで、優雅に写生をしている方がいました。

緑に包まれた穂高連峰が力強く描かれています。

上高地の景色と共に、悠久の時も描いているのでしょうか。

羨ましいですネ。




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とても素敵な森林浴と渓流浴に溢れた『上高地・梓川周遊』 右岸先回りでした。




本日の〖HURIMUKANAIDE〗




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上高地まだまだ続きます。

旅・はいかい | 08:38:33 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 深川八幡祭り(水掛け祭り) ~
江戸三大祭りの一つ『深川八幡祭り』通称”水掛け祭り”がやってきました。

今年は三年に一度の「本祭り」です。

例年30万人の観客が訪れ、威勢のよい「神輿」と「水掛け」で街中が盛り上がります。

『深川八幡祭り』は、江戸時代初期に、江戸幕府の命によって始められました。

江戸時代は、江戸城内まで神輿が渡御したそうです。

その関係もあって、現在でも皇居前まで神輿を担ぐ事があります。

その人気は、江戸時代より現代まで下町庶民により継続されています。

昔、隅田川にかかる「永代橋」が集まった観客の重さに耐えきれず

崩落してしまったこともあるそうです。











交通規制された「永代通り」は53基の神輿が来るのを今や遅しと待つ観客で一杯です。




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今日の祭のもう一方の主役でもある”水掛け隊”です。






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行列の先頭を切るのは、江戸っ子の代表”火消”の木遣部隊。

昔は”いなせ”だったのでしょうね? (失礼)



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こちらは、バリバリ現役の ”手古舞” です。

”錫杖”のシャンシャンとなる音が、何とも涼やかに響きます。




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いよいよ神輿の登場です。

渡御が行われる道路沿いのあちこちに「水掛け」の用意がされていますが

一番は何と言っても永代橋を渡って直ぐのところ

大型トラックの荷台にビニールシートを敷いて、消火栓から水を汲み上げ荷台満杯にし、

その水を20人掛かりで担ぎ手に投げつけるようにかけ続けます。

清めの水 です。




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担ぎ手は、神輿の重さと、水の圧力に耐えなければいけません。

暑さの中とは言え、これだけ掛けられると風邪をひかないか心配になります。






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大変なのは、担ぎ手だけではありません、水の掛け手も必至なんです。

勿論、掛けている本人もびしょ濡れです。




      
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神輿の上に”ビックウエイブ”が出来ています。

葛飾北斎も顔負けではないでしょうか。




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そして、ゲリラ豪雨 状態もあります。

視界不良!

勿論観客にも容赦なく水は降りかかります

濡れても良い服装が必要です。

近づきすぎた観客に、わざと水をかける方もいるようです。

特に、女性はご注意を!!



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戦い済んで!!


びしょ濡れで!!





『深川八幡祭り』の神輿を担ぐときの掛け声は、

古来の伝統を引き継ぐ『神様を和を持って背負う』 


”ワッショイ ワッショイ!!” です。




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でも、なんだかほっとしているような爽やか笑顔ですネ!!




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以上 『深川八幡祭り(水掛け祭り)』 でした。

| 05:52:36 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 戸田競艇場 ~
『戸田競艇場』に来ました。

競艇などやったことがないので、初めての来場です。




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ガラス張りの立派な建物でした。




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「舟券」を買ってレースを見るためではありません。

水しぶきを上げて走るボートを撮影するためです。




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この『戸田競艇場』は、東京オリンピックの為に造られた「漕艇場」の一角を使用して

造られています。人工的に閉鎖されたプール状の水面で、波は一年中穏やかです。

漕艇場としては十分な幅をもっていますが、競艇場としては日本一の狭さだそうです。

それに加えて、第一ターンの位置が、斜めに外側へ向かって(観客席側に近い位置)

設定されているため、インコースを走る艇はアウトコースの艇より長い距離を走らされた上に

窮屈なヘアピンターンを余儀なくされます。

したがって日本一インコースが勝てない競艇場と言われています。

ターンの状況です。

写真の右端に少し見えているのが第一ターンマークです。




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競艇は、やはりターンのところが醍醐味です。

水しぶきも一番上がります。

観ている最中でも、ターンの時外側へ大きく膨らみ防護板へ思いっきりぶつかり

救急船で運ばれた選手もいました。水中の格闘技ですね。




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競り合いも醍醐味の一つです。

ぶつかり合うこともあるのではないでしょうか




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水しぶきの上がるシーンは、単独でも絵になります。

特にボートが宙に浮きそうなシーンはわくわくします。




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以上、カンカン照りの日に、観ているだけで涼しくなる『戸田競艇場』でした。

旅・はいかい | 20:28:39 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 駅から三百歩横丁 ~
と言う訳で、鹿児島を離れ博多に帰ってまいりました。

飛行機の時間まで少し時間があるので、博多駅の地下街を散歩します。

昔は、”角打”などがあり、賑やかで楽しいところでしたが、どうなっているでしょうか。




大変様変わりしたようですが、楽しさは残っているようです。

こんな横丁が出来ていました。


『駅から三百歩横丁』




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この”横丁”と言うレトロな響きが、オジサン族の足を引き寄せますよネ。

”横丁”と聞いただけで、なにをするところか、オジサン族はすぐに解かっちゃう。

又、こんなネーミングを着けると、ほんとに三百歩で来れるのかヨ?などと言って

実際計ってみる暇な奴が必ず居るんですよね!


心配いりません!!

駅から床に埋め込まれた、歩数入りの足跡を辿ってくると、かぞえなくても

三百歩でこちらに到着します。




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看板(名前)に偽りなし!!











ここは2016年の4月にグランドオープンしたばかりだそうです。

新築の香りが残っています。

現在は11件の地元の人気店が入っています。




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取りあえず今日は、こちらへお邪魔します。


「しらすくじら」

元々は、「角打ち」のようですが、ここはテーブル席です。



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飲物は、ちょいと気取って「ハイボール」




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あげまき貝




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長崎産ヤリイカの姿造り


透き通るような白さです。やっぱり博多は鮮度が違うね

甘くてとても美味しかったです。




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げそは、天ぷらに

これもやっぱり鮮度が勝負

モンゴル塩で頂きます。




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帆立イカ下足バター焼き


お薦めメニューなので頼んでみました。




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今日は昼抜きなので最後の〆に何か少しお腹にたまるものがほしい

と尋ねると、優しく対応してくれました。




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倫歌ちゃん のお薦め


海鮮ライス


揚げたご飯に、イクラと刺身をのせて、かに身のあんかけをかけた、お茶付け風です。




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以上『駅から三百歩横丁』 でした。

此れにて、九州ともお別れです。

楽しい旅行ありがとうございました。

旅・はいかい | 19:15:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 仙厳園(せんがんえん)【磯庭園】 ~
ここ仙厳園は、万治元年(1658年)19代島津藩主 島津光久によって築かれた、別邸です。

その後も歴代当主によって改築が重ねられてきました。

桜島を築山に、錦江湾を池に見立てた借景技法を用いた素晴らしい景色と

広大なスケールで築きあげられた庭園が特徴です。

1958年に国の名勝に指定されている。


正式名称は 仙厳園 附 花倉御仮屋庭園(せんがんえん つけたり けくらおかりやていえん)

敷地面積は 50,000平方メートルです。




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幕末から近代にかけては、薩摩藩、鹿児島県の迎賓館のような存在でもありました。

幕末にはオランダ海軍将校や幕臣勝海舟、イギリス公使パークスが、明治以降になると

大正天皇、昭和天皇をはじめとする皇室方、ロシア皇太子ニコライ2世、

イギリス皇太子エドワード8世など国内外の数多くの要人が訪れています。

24代藩主 島津斉彬公もここをこよなく愛し、足繁く訪れたそうです。



迎賓館として使われた「御殿」です。




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幕末、斉彬は「迎賓館」としてだけではなく、東洋最大の工場群を築きました。

西洋に対抗すべく製鉄、大砲、造船、紡績、薩摩切子、薩摩焼、写真、電信、

ガス灯などの製造、研究を盛んに行ないました。

広い視野と先見性を持った政治家だったんですね




【鉄製150ポンド砲】


入口を入ると正面に置かれていました。




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【反射炉】


大砲を鋳造するための炉の後地に置かれている、当時の「反射炉」の縮尺模型です。





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【示現流展示室】


「チェスト!」の掛け声で知られる薩摩藩の御流儀”示現流”の映像が展示されている。

上段から振り下ろし、鎧ともども頭を切り裂く剣法と言われています。




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【正門】




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【錫門】


錫門は江戸時代正門として用いられていた門です。屋根は錫板で葺かれています。

江戸時代初め、藩内で錫の鉱山が発見され、鹿児島の特産品として

知られるようになりました。

かって、朱色の門を建てることは、位の高い人しか許されていませんでした。

実際、この錫門も当主とその世継ぎしか通ることが許されませんでした。




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【獅子乗大石灯籠】

立派な灯籠です。




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笠の上に「逆さ獅子」が乗っています。





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【鶴灯籠】




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そのほかにも珍しい形をした灯籠がありました。



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【御殿と池】




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【望嶽楼(ぼうがくろう)】


琉球国王から送られた建物です。




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【曲水の庭】

一段上がった丘の上ににも庭が造られていました。

この水の高さを使った水力発電用ダムの後もありました。

斉彬公は積極的に西洋の技術を取り入れようとしていたのが解ります。




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【尚古集成館本館】


斉彬公の急死によって「集成館事業」は一時縮小しましたが、29代忠義が再興し

機械工場(現、尚古集成館本館)を建設し、日本初の洋式紡績工場「鹿児島紡績所」を

設立しました。

旧集成館(史跡)や旧集成館機械工場を含む「明治日本の産業革命遺産」は、2015年に

世界文化遺産に登録されました。

日本を強く豊かにしたいという斉彬たちの熱い思いが世界に認められた結果となりました。




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幕末から明治にかけていかに鹿児島が、日本を引っ張っていったを足跡を知らしめてくれた

『仙厳園』 でした。










旅・はいかい | 22:19:11 | トラックバック(0) | コメント(2)
~ かごっまふるさと屋台村 ~
鹿児島中央駅から歩いて5分程の所にありました。

『かごっまふるさと屋台村』

”ふるさと やたいむら” 何とも響きが良いですね。

血が騒ぎますネ。




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2012年にスタートして現在は25件の店舗が営業しているそうです。

但し2020年までの期間限定の「屋台村」だそうです。

ちょっと残念ですね。

場所的にも駅に近いし、他に土地の活用予定があるのかもしてませんネ。



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それにしても、すごい活気ですネ。

若者だらけです。しかも女性が多い。

これも”ロッガッドー”の流れでしょうか

照国神社の人並みがそのまま、こちらへ流れてきたのでしょうか




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どの店も満席で座るテーブルがありません!

まさか、カップルの席に、相席する訳にいきませんよね。

この状態を見せられると、去年村全体で7億の売り上げがあったと言うのもうなずけます。

行列が出来ている店もあります。

席が空くのを待っているのでしょうか。




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これは、諦めてホテルへ帰って「部屋呑み」した方が賢いかも

帰りましょうか、日付も変わりそうだし。

足の動きもも”サウザンドバードウォーキング(千鳥足)”になっているようだし。

記憶も”アル酎ハイマー”だし、

帰りましょ!





その前に、本日の 〖YOKA OGOJYO〗


折角、可愛い顔でピースをしてくれているので、

編集なしでアップさせていただきました。

かわいいですよネ!!




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さあ、帰りましょう、帰りましょう!




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旅・はいかい | 11:15:22 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 本格焼酎Bar 礎 ~
鹿児島で、芋焼酎を呑むなら、 ここ!!

と言うお店があると言うので来てみました。

それは「天文館」に有りました。




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横通りはこんな状態になってました。

フードコートと言うより、ドリンクコートでしょうか。

「照国神社六月灯」の影響なんでしょうか、ほぼ満席状態です。




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天文館の名前の由来となった、天体観測がアーケードの天井にデザインされてます。




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その噂のお店がこちら 『 本格焼酎Bar 礎 』 です。





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カウンターに座ると、正面の棚に焼酎のボトルが ずら~ぁーと鎮座してました。




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1500銘柄そろっているそうです。

鹿児島の蔵元の焼酎は全部そろっているそうです。

後ろの壁パネルには鹿児島の地図と蔵元の所在地が判る様になってました。




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マスターは、SSI認定の焼酎ナビゲーターの講習会の講師をしたり、

鹿児島大学で行われたセミナーに「酒学講師」として招かれたこともあるそうです。

焼酎通と言うより、焼酎博士でしょうか!

ここまでくれば、さすがと言うしかないですね!










早速、焼酎といきたいのですが、今日は歩き回ったので喉が渇いてます。

取りあえず生ビールで肩慣らしいや、のど慣らし。




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いよいよ、マスターお薦めの焼酎をいただきます。




まずは、霧島町 万膳酒蔵の”真鶴”


白麹で造られ、上品な甘味がありました。

流通が少なく、入手困難な焼酎で”幻の焼酎”と言われているそうです。

価格の相場は1.8Lで、9,000~13,000 するそうです。

”いただきます!!”




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続いてのお薦めは、


同じく霧島 国分酒造  ”芋”

この焼酎は東京にも流通していて呑んだことが有ります。

しかし、その時は何も感じませんでしたが、マスターに説明されて呑むと

なんだか違う味がします。

普通、芋焼酎は蒸した芋に、米麹を混ぜて作るのですが、この”芋”は、「芋麹」を使い

丁寧に仕上げるそうです。

すると、日本酒で言えば「純米酒」に当たる「純芋焼酎」と言うことになるのでしょうか。

最初は中々上手くいかなかったようですが、試行錯誤の上、安田杜氏によって初めて

「芋麹」を使た焼酎造りに成功したそうです。


低温蒸留した軽やか味です。




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マスターに「やはり森伊蔵が一番値段が高いのですか?」と尋ねたら

色々紹介してくれました。

勿論、とっても実際に呑むことはできませんよ! 見てるだけ!!




川辺町 高良酒造  ”古八幡(いにしへはちまん)”    



黒麹  甕仕込  長期貯蔵       720ml    価格  6,000~10,000円




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霧島町 万膳酒蔵 ”喚火萬膳(かんかまんぜん)”



10年古酒  黒麹             720ml    価格 35,000円




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垂水市 森伊蔵酒蔵  ”森伊蔵 極上の一滴”




長期摘出熟成酒  かめ壺焼酎     720ml    ≒20,000円




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鹿児島市  鹿児島酒造  ”和で醸す 慶賀の雫”


総杜氏 黒瀬 康光  平成27年 黄綬褒章受章記念焼酎


無濾過仕上げ  38度  黒瀬康光原種      720ml    売り出し時 15,000円~?




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左の”ご縁に感謝”のラベルで、黒瀬杜氏と一緒に移っているのが、ここのマスターです。




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上には上があるもんですネ!!

目の保養させていただきました!



         



注)標記した価格は、あくまで聞き取り及び推定です。正しい価格は販売店等で

  お確かめください。
 






いやーっ、芋焼酎たっぷり堪能させていただきました。


以上 『本格焼酎BAR 礎 』  でした。

お酒 | 20:19:07 | トラックバック(0) | コメント(0)
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