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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 九州新幹線 さくらとみずほ ~
未だ、乗ったことがない九州新幹線に、やっと乗る機会に恵まれました。

“九州新幹線 さくら” です。

さくらに乗って鹿児島へ向かいます。




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車体は”のぞみ”で運行されているN700系を基本に、最新のテクノロジー進化させて

”日本の美しさ”をコンセプトにJR西日本とJR九州とで共同開発された。


車両は8両編成

1~3号車 自由席、4~8号車 指定席、6号車 グリーン車

全席禁煙  3、7号車に喫煙ルーム




         DSC_九5423_01









座席

1~3号車   2列+3列シート
4~8号車   2列+2列シート




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座席シート


濃菜種色をベースに遠山模様を施し、ゆったりとした座り心地です。

手すりやテーブルには、朱桜調の木を採用し、穏やかな雰囲気です。

中肘掛は幅広で可動式です。ボトルホルダーが外肘掛に付いており

リクライニング状態でも置いたボトルに手が届使い勝手が良い。




DSC_九5428_01



















グリーン車


               参考:グリーン車











【列車名の由来】


列車名は2008年、全国から公募された。

応募総数168,951通の中から、最多応募数がありコンセプトの”日本の美しさ”

とも合致することから”さくら”に決定した。









あっという間、ひと眠りしている内、

1時間30分ほどで「鹿児島中央駅」に到着です。

速いですネ。

一昔前は4~5時間かかっていたそうです。




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≪九州新幹線 みずほ≫


折角だから帰りは”みずほ”に乗ってみました。




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当初、山陽・九州新幹線の直通列車は「さくら」のみが設定される予定でしたが、

JR九州主体で「航空機を意識した、航空機対策の列車」として停車駅を絞った

再速達列車「みずほ」が新たに設定された。








車体は”さくら”と同じ N700系

座席シートも”さくら”と同様です。




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【列車名の由来】


”みずほ”の名は、公募ではない。

「みずみずしい稲の穂」を意味する”瑞穂”は実り豊かな国、日本を美称する「瑞穂国」

などに用いられており山陰・九州新幹線の直通運転を通じて、豊かな実りを提供する

意味が込められている。

”みずほ”の愛称は以前、東京駅~熊本駅、長崎駅間を走る夜行列車の名称として

用いられており、国鉄、JR の列車名としては2代目となる。










【”みずほ”と”さくら”の違い】


”みずほ”と”さくら”の違いは、途中停車駅の数の違い、

それに伴った所要時間の違いです。

東海道新幹線で言うと

”みずほ”が「のぞみ」、”さくら”が「ひかり」です。

”みずほ”が朝晩の時間帯しか走らないことから言うと

北陸新幹線の「かがやき」と「はくたか」に近いでしょうか。

所要時間で言うと

博多駅~鹿児島中央駅間で

”みずほ”が 約1時間20分

”さくら”が  約1時間35分  です。











それでは、鹿児島との別れを惜しみつつ、豊かな実りを感じつつ

旅の醍醐味”車中呑み”といきましょうか!


鹿児島に乾杯ビール

芋焼酎 白金の露 黒

つまみは、「さつま揚げ」しかないでしょう。




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以上、『九州新幹線 ”みずほ”と”さくら”の旅』 でした。

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旅・はいかい | 21:29:38 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 博多の朝 ~
先ほどまでの山笠の喧騒が嘘のような、別の国の出来事のような

静かな『博多の朝』です。

博多駅です。変わりました綺麗にお色直しが出来ています。




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「黒田節」の銅像が無くなっていると思ったら

移転して、残されていました。

これが無いと博多駅ではないよネ!




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エキナカの一番街に「朝食街」が出来ているようです。

「朝食」の袖看板があちこちに出ています。

和食から中華焼肉系、洋食系何でもあります

しかも全て一コイン、500円です。

それだけではありません。

店により「おかわり自由」「ごはん・辛子たかな食べ放題」などのサービス付です。

朝食どこに行こうか迷わなくても、ここに来れば選び放題です。

東京には中々ありません。



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その中でも一番人気なのがこちら



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牛タン定食の「たんやHAKATA」です。

開店までもう少し時間がありますが、すでに行列です。




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メニューはこちら

オプションで、セットが付けられるようです。

とろろセットは玉子と海苔が選択できます。




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20分超程待ってカウンターに案内されました。

牛タン朝定食にとろろセット(生玉子)を注文



思いのほか速めに出てきました“牛タン朝定食とろろセット” です。


確かにこれでワンコインは安い、私ならとろろと玉子でご飯を食べてしまいますネ。

行列の意味が解りました。




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牛タンも厚めでボリュウムたっぷりでした。

万福・満足です。




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以上、満足感、幸せ感たっぷりの『博多の朝』でした。

食べる | 10:24:54 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 博多屋台 あや ~
博多のもう一つの名物と言えば、

そう、屋台です。

以前何度か来たことのある屋台、まだやっているでしょうか?




有りましたね。やっていましたネ!

灯が点いてます。




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博多屋台 『あや』 です。




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こちらが大女将 です。

貫禄たっぷりです。味が沁みてるでしょ!



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と言う訳で早速ビールに

つまみはいか焼き




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ちくわの磯部揚げ




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同席させていただきました本日のスペシャルゲストがこちら



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フロム、ジャーマニーだそうです。

お父さんはインディア出身だそうです。

しかし3人とも我々に話かけてくる言葉はイングリシュでした。

3週間かけて、京都~金沢~博多などを観光旅行しているそうです。

そして今日は「YAMAGASA」を見に来たそうです。

大変いい心がけです!






お父さんが「煮込み」を指差し説明を求めていました。

そして、煮込みを注文したようです。

インドの方なので、念のために

「ジャパニーズ・ビーフシチュー」「ビーフOK」と念を押すと

OK!と返ってきました。

最初は、親子で訝しげにつまんでいましたが、それを食べ終えると

二人とももう一つずつ、お替りをしていました。

気に入っていただけたようです。

お母さんは、焼き鳥がお気に入りで何本も追加を注文していました。

アスパラベーコン巻がお口にあったようです。

最後は「YA・KI・TO・RI]を覚えたようでした。











以上、博多の国際屋台 『あや』 でした。


ほんとに、もうねなきゃ!寝る間が無くなる!!

お酒 | 09:35:51 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 並木 ~
久しぶりに、中州の夜をぶらつきます。

山笠の夜にしては少しさみしいかな。

以前は肩と肩がぶつかるくらいの人出でした。



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呼び込みの御姐さんも少し控えめですネ。

アベノミクスも中州までは届かないか。




元気なのはラーメン屋だけか!

以前は平屋だったのが、こんなに大きくなってました。

下から上まで全部”一蘭”だそうです。




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ラーメン屋が、そんなに伸びて商売になるのか?









気を取り直して、以前時々顔を出していたお店に顔を出してみます。

まだあるでしょうか。

覚えていてくれるでしょうか。






有りました。   『並木』 です。




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ママもマスターも覚えていてくれました。

とっても歓迎していただきました。



それにしても、相変わらず仲がよろしいこと!

まだ何も呑んでないけど  ”御馳走さん!!”




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店の中は「山笠」の匂いでムンムです。

明日の朝の「追い山」の相談でしょうか。

今年は”中州流”が「一番山笠」なので意気込みもひとしおです。

マスターは、寝ないで「追い山」に行くそうです。



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カラオケなんか歌っている人は一人もいません。

ここで今、唄うなら 「祝いめでた」 でしょうか。







それにしても、いちいち二人で来なくてもいいてぇーの!




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昔話もほどほどに、明日が早いのでお暇します。

皆さんお元気でよかったです。




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お土産に「山笠の扇子」をいただきました。




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     “山笠で礼儀習うて一人前”   ですか。


博多っ子らしい発想ですネ。

山笠の世界は上下関係が厳しいですから。

礼儀も言葉使いも、いやでも覚えますよね!








以上 “山のぼせ” のマスターが居る中州の 『並木』 でした。








お酒 | 20:20:48 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 博多味処 いろは ~
博多と言えば、取りあえず水炊きでしょうか。

と言う訳で、博多ではちょっと知られた『博多味処 いろは』に来ました。

「水炊き」と「すき焼き」のお店です。

場所は中州川端、今まさに「山笠」で賑う「櫛田神社」の直ぐ近くです。




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ここは、味もさることながら名物女将の魅力に引かれて

芸能人も数多く訪れます。しかも、何度もリピートして来るそうです。




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女将さん曰く「 ”お母さんただいま~”と言って何度も来てくれる」そうです。





その証拠は、店に一歩踏み入るとすぐに解かります。




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直ぐの壁に、女将と写した芸能人の写真がズラリと掲げられています。

何故か「携帯での撮影はお断りします」と書かれていますが

勿論、この写真は許可を得て撮影しています。

ここだけではありませんよ。

向かいの壁にもありますよ。




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まだまだありますよ!

食事をするところには、これでもかとばかりに、芸能人のサイン入り色紙が飾られています。

世の中の芸能人と呼ばれる人は皆ここへ来ているのではないかと思ってしまうくらいです。




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話を本題に戻します!!


オーダーは勿論「博多名物 地鶏水炊き(水炊きミンチ付)!」




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飲物は、喉を潤すビールをチョイス。

まずはビールと特製ポンズ、柚子胡椒の到着です。




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続いて、鶏の入った白濁のスープとです。




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最初に、塩と葱の入った湯飲み茶わんにスープを入れていただきます。

まろやかで、舌と胃袋と心のウォーミングアップでしょうか。




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大皿に盛られた野菜と鶏ミンチが到着

ミンチはスプーンで丸めて、鍋に入れられます。

野菜は、鍋には珍しいキャベツが入っていました。




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野菜もミンチも着水です。





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骨付きぶつ切り鶏肉と野菜

肉はとても柔らかで、骨からホロリとすり抜けます。

心地いい咬みごたいでした。






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続いてミンチです。

これもとても柔らかでした。




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最後の〆は”おじや”です。 

ちゃんぽんも選択できるのですが、やっぱり”おじや”でしょ!






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これが、又抜群に旨かった。

人気になるのが判るような気がします。

最近は酒飲んで、鍋食べたら〆は入らないので遠慮しているのですが

今日は、完食です。


  “美味い!!”



雑炊じゃなく“おじや”なんだよな!!










以上 “おじや” も美味い 『博多味処 いろは』 でした。

食べる | 20:48:55 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 博多祇園山笠 -山崩しー~
昔は、『山崩し』を観ずして山笠を観たと言うなと言われたほどの

「追い山笠」が終わった後の人気イベントでしたが、近年では「舁き山笠」を

美術館などで保存展示することが多くなったことと、安全性の点から

昔ながらの『山崩し』を行っているのは「西流」だけになってしまいました。




走り終えた西流の山笠が「山小屋」に帰ってきました。



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「祝いめでた(博多祝い唄)」を唄い、「手一本(博多一本締め)」を入れる

 


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「手一本」が終わると、「舁き手」が一斉に我さきにと「山笠」によじ登り、

勇壮華麗な山飾りを豪快に引きちぎり、壊して持って帰ります。



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蹴落とされる者もいます。

まさに格闘です。




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手に入れた飾りは家に持ち帰り飾ると一年間無病息災であると言われています。




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「手一本」が終わって5分ほどで山笠の台の上には何一つ残っていません。




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すごいです、あっという間です。

勇壮です。

この行事は残したいですね!




以上、これで博多市民の宝『博多祇園山笠』は終了です。

旅・はいかい | 20:48:55 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 博多祇園山笠 -追い山笠ー ~
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                     【櫛田神社 拝殿】



【追い山笠】


博多祇園山笠の本番、クライマックスの”追い山笠”です。

最終日の未明、7つの山笠が博多の総鎮守・櫛田神社前に集合し、

一番山笠が4時59分の大太鼓の合図とともに櫛田入りを開始します。

清道(旗)を廻ったところで、7つの山笠を代表して「博多祝い唄」を唱和し、

夜明けの博多市街へ駆け出していきます。

その後、5分間隔で残り6つの山笠の櫛田入りが次々に続き、

最後8番目に飾り山笠の「中州川端通」の櫛田入りが行われて櫛田入りが終了です。

櫛田神社を出た山笠は、「廻り止め」と言われるゴールを目指して約5kmの道のりを

全速力で駆け抜けます。















現在午前3時ですが、今年の「一番山笠」の”中州流”が今や遅しと

スタートの大太鼓が鳴るのを待っています。




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「舁き手」は、ウォーミングアップを兼ね、高まる気持ちを抑えつつ

山笠の周りをジョギングで足慣らしです。

一番気が荒いと言われている”千代流”の猛者達です。




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いよいよ、午前4時59分予定通り大太鼓の合図で,

「櫛田入り」がスタートです。




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〖一番山笠 中州流〗







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「舁き手」には”勢い水”と言われる水が沿道から掛けられる。

当然、沿道の最前列で観ている見学者にも降りかかります。




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【西流】







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【千代流】


「舁き手」が一番多くいる流です。




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後ろにも沢山の「舁き手」が付いています。




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【土居流】




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【恵比寿流】





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【大黒流】




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【東流】



あまりの”勢い水”に人形のお坊さんも目をつむり、首を竦めています。





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【廻り止め】




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ここがゴールです。

今は、全山笠がゴールしました。

タイムトライアルの結果は

櫛田入り          東流       31秒50

       (参考) 中州川端通      54秒52  

全コース          千代流      25分26秒



萬盛堂さんの外壁に結果掲示されています。




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写真の左に移っている、博多の老舗の和菓子屋・萬盛堂さんは

「廻り止め」にある和菓子屋として知られているだけではなく、

昭和52年、バレンタインデイに対抗して和菓子屋にも恩恵が来るように

自社商品である「マシュマロ」の色に因んで命名した、お返しプレゼント記念日

”ホワイトデイ”を全国に発信した和菓子屋としても有名です。











追い山笠の起源】

貞享4年(1687年)、土居流が東長寺で休憩中、石堂流(現在の恵比寿流)に

追い越される事件が起きました。この時2つの流れが抜きつ抜かれつの競争となり

「追い山笠」が始まったとされています。











以上、1日で100万人の観客が訪れる博多祇園山笠のクライマックス

 -追い山笠ーでした。

旅・はいかい | 10:15:36 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 博多祇園山笠ー流舁きー~
『博多祇園山笠』には祭の間のスケジュールが決まっています。

7月 1日         注連(しめ)下ろし

               ご神入れ

               当番町お汐井(しおい)とり

7月 9日         全流お汐井とり

7月10日         流舁き

7月11日         朝山笠

7月12日         追い山笠ならし

7月13日         集団山見せ

7月14日         流舁き

7月15日         追い山笠



そして今日は

【流舁き(ながれがき)】

それぞれの町内で山笠を舁き回し、本番への肩慣らしを行います。

本番さながらに「櫛田入り」の練習をする流もあります。



そしてなんと運のいいことに「土居流」と「西流」が櫛田入りが始まるところでした。

しかも本番では、決して入ることができないだろう「桟敷席」で観ることができました。

本番は女人禁制です。





≪清道≫

「櫛田入り」は神社の境内に入り「清道」と言われるこの旗の回りを一回りして

神社の境内を出ていく時間を競います。

一番山笠だけが、ここで山笠を降ろし「博多祝い唄」を唱和し、その後

博多の街へ駆け出します。タイムトライアルとしてはその分60秒が差し引かれます。

正面の横断幕のあるところが、山笠の入口です。




         DSC_山笠4963










≪土居流≫




山笠を迎える準備です。




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いよいよ櫛田入りです。

子供たちが、自分の町内の看板を掲げて走ります。

本番の「櫛田入り」ではこれはありません。




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山笠の舵取りをする”綱とり”を先頭に山笠が来ました。

掛け声は 「オッショイ!」「オイサ!」






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台に座っている人達は”台上がり”と言って舁き手の指揮を執る祭の華であり

博多男子の最高の栄誉でもあります。






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清道の回りを猛スピードでヘアピンターンです。

非常に危険な状況です。

同時に男気がさく裂する瞬間です。





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ちょうど境内を出ていくところですが通り過ぎた後には砂煙が上がっています。

後ろにも”台上がり”が座っています。





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≪西流≫


本番さながらの迫力です。




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【舁き手の正装】




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はちまき・手拭(てのごい)

     水法被着用時には必ず頭に巻く。色や柄で役職が細かく分かれている。


水法被(みずはっぴ)

     山の舁き手の正装で、流や町ごとに衣装が違い、一目で流や町が分かるように

     なっている。山笠の舁き手は必ずこの水法被を着用する。


腹巻(はらまき)

     水法被の下には、腹部の保護と転倒防止のためにさらしを巻く。

     さらしの端末は捻じって綱のようにしてあり、転倒時に第3者がこの綱を

     引っ張って助けられるようになっている。

     流や町によってはさらしを巻かないところもある。


締め込み(しめこみ)

     丈夫な綿でできた締め込み(ふんどし)で、3mもの長さがある。

     色は白や紺が多いが、流や町で様々です。


舁き縄(かきなわ)

     舁き手の必需品。長さ120~140cmのわら製の縄で舁き棒にかけて

     山笠を担ぐ時に使用する。毎年山笠の開催前に各町内で手作りされる。


脚絆(きゃはん)

     脛の保護のためにひざ下から足首にかけて巻く。

     地下足袋と同じ紺色が一般的。


地下足袋(じかたび)

     舁き手の足元を固める地下足袋。舗装されたアスファルトの上をを走るため

     ゴム底になっており、つくりも丈夫にできている。









【山笠の禁忌(タブー)】


≪胡瓜断ち≫



山笠に参加する者は、祭りの期間中は「きゅうり」を食べてはいけない。

理由は、輪切りにしたキュウリの切り口が山笠の祭神・祇園神(スサノオノミコト)の神紋である

木瓜(ボケ)の花に似ているところから、ご神紋を口に入れることは畏れ多いと言うことから

由来する。








【女人禁制】


博多山笠自体が女人禁制です。

「追い山」の時の櫛田神社は女人禁制。

直会の時の料理は女性が作るが、直会の場所に持って行くのは今でも男性です。

「中州流」に至っては料理を作るのも男性です。







【女人断ち】


山笠に参加する男達は、身を清めるため祭の間中、胡瓜と同様

女性との接触を避けなければならない。










祭の期間中、博多の住宅街を歩いているとこんな風景を見かけます。

この家には「舁き手」が3人居るということでしょうか。




         DSC_山笠5119_01

















以上 『博多山笠 ー流れ舁きー』 でした。




旅・はいかい | 11:44:49 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 博多祇園山笠ー山笠(やま)- ~
『博多祇園山笠』とは

福岡市博多区にある”櫛田神社”の770年続く夏祭りです。

期間は、7月1日から7月15日

町中が興奮の坩堝(るつぼ)と化し、男達は”山のぼせ”

の男気を全身からほとばしらせ、法被姿で街を闊歩します。


DSC_山笠4956








又、壮麗な「山笠」が造られることでも知られています。

現在は「飾り山笠(かざりやま)」と「舁き山笠(かきやま)」2種類の山笠に分かれています。

明治時代に電線が架設されて以降、高さ15mにもなる山笠を担げなくなった為

飾りの部分だけを「飾り山笠」として、7月1日から7月15日の午前0時まで14か所で

設置公開するようになった。

一方「舁き山笠(かきやま)」は、十数カ町で一組とする7組の「流(ながれ)」が、

担いで走ることを前提として造りあげてくる。

担いで走る「舁き手」は28人と決まっており、走りながら随時交代をして

ゴールへ向かって走る。

7月15日は本祭りに当たる「追い山笠(おいやま)」で、早朝各山笠が太鼓の合図で

一番山笠から順に櫛田神社に入る「櫛田入り」がありその後、上洲崎町の「廻り止め」

までの約5kmを全速力で駆け抜ける。

「櫛田入り」と「全コース」2種類の「短距離」「長距離」のタイムトライアル合戦となる。

「飾り山笠」の内“上川端通”だけは、「8番山笠」として

「追い山笠」の「櫛田入り」だけに参加」する。











〖飾り山笠(かざりやま)〗




≪櫛田神社奉納飾り山笠≫






         DSC_山笠4962





≪上川端通飾り山笠≫


この飾り山笠が「櫛田入り」だけ参加します。

山笠は裏と表の顔があります。





         DSC_山笠5079_01





         DSC_山笠5083_01










≪中州流飾り山笠≫




         DSC_山笠5085_01





         DSC_山笠5086_01










≪博多リバレーン飾り山笠≫




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        DSC_山笠5088_01




         





  
【 舁き山笠(かきやま) 】   




≪恵比寿流≫

各、流の当番になった町内に「山笠小屋(やまごや)」が造られ、

そこに山笠が納められています。




         DSC_山笠5115_01
 










≪西流≫




         DSC_山笠5116_01











≪土居流≫




         DSC_山笠5117_01











≪大黒流(だいこくながれ)≫




         DSC_山笠5120_01











以上 『博多山笠ー山笠ー』 でした。

旅・はいかい | 17:23:53 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 空の旅立 ~
連休と重なり、曜日回りも良いので久しぶりに“博多祇園山笠”が観たくなりました。

飛行機は、以前から乗ってみたいと思っていた

黒い機体の “スターフライヤー”です。




         スターフライヤ





「スターフライヤー」は北九州空港をハブ空港として運行している、

地場企業から支援された航空会社です。

社名はライト兄弟が初飛行した“ライトフライヤー号”に因んでつけられた。


コーポレートカラーを黒としたデザインは、デザイナーの松井龍哉氏の監修による

トータルデザインで、受付カウンターや運航機材のみならず、チケットや封筒などの

オフィースツールに至るまで一貫してコーディネートされている。









羽田空港では、北九や博多便はえてして、バス便で駐機場まで行きタラップで

搭乗することが多い。

バスを降りた時に機体の外装をまじかで撮影できると秘かに期待をしていたのですが

残念ながら、幸か不幸かボーディングブリッジからの直接搭乗となってしまいました。




DSC_スタ4946_01










まあ、旅と言うのは思い通りにいかないこともある、と自分に言い聞かせ

気を取り直して、搭乗ゲートを通過です。

便はANAとのコードシェアー便です。




DSC_スタ4950












機内は予想した通り満席でした。

座席シートは、黒の本革張で豪奢感満載です。

メーカー標準164席のエアバスを150席に減じて改造し、

ゆとりあるシート間になっています。

ANAの国内線仕様より12~15cm広く造られています。

又、シートにはそれぞれに個人型液晶モニターが装備してあり

こちらも1クラスアップの満足感に浸れます。




スタyjimage①     yjimageモニター





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離陸後、早速個人モニターの電源を入れて(離陸しないと使用できません)

大好きな寄席番組を見ながら睡眠です。

1時間20分あっという間のフライトでした。

無事福岡空港に着陸です。




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聞くところによると「トイレットペーパー」も黒と言うことでした。

それを確認できなかったのが唯一の心残りですが旅の始まりとしては

上々のスタートではないでしょうか。





以上、快適な旅の始まり 『スターフライヤー』 でした。

旅・はいかい | 09:36:19 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 椙森神社(すぎのもりじんじゃ)~
改修工事中がまだ終わっていませんでした。

日本橋の『椙森神社』です。




社 号          椙森神社

所在地          東京都中央区日本橋堀留町1-10-2

主祭神          五社稲荷大神

              恵比寿大神

創 建          931年頃

別 名          椙森稲荷

札所等          日本橋七福神(恵比寿)

例大祭          5月15・16日











【由緒・沿革】


平安時代前期の931年頃の創建とされる。

天慶3年(940年)藤原秀郷が平将門の乱鎮定のため先勝祈願し、戦後白銀の狐像を

奉納したとされる。文正元年(1466年)には太田道灌が雨乞いに霊験があったとして

山城国稲荷山五社大神を勧請して祀った。

更に寛文元年(1661年)、恵比寿大神を合祀している。

江戸時代には、烏森神社・柳森神社と共に”江戸三森”の一つに数えられ、諸大名や

庶民の崇敬を集め、花相撲や富興業等も多く行われていた。











【社号標】


東郷平八郎謹書




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【西鳥居】

東側にも鳥居があるが狛犬、手水舎があることからこちらが正規の参道かと思われる。




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【東鳥居】




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【狛犬】


昭和8年造

少し振り向きすぎていて参詣者の方を見ていない、それが面白い。




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                     ≪阿形≫





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                      ≪吽形≫









【手水舎】




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【拝殿】


昭和6年造

残念ながら改修工事中でした。




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【神楽殿】




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【大神輿庫】


大神輿は、昭和6年一千年祭を記念して作製された。

総体350貫(約1.4t) 渡御は3年に一度。



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【冨塚】

江戸時代盛んに行なわれた「富興行」を記念して立てられた。

富くじの興行は、限られた社寺にしか許されていなかったことから

当社の隆盛がうかがい知れる



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〖池州神社〗


ビルの谷間に鎮座していました。

日本橋は商人の町ですので、商売の成功を託して大小沢山の神社が鎮座しています。




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〖千代田神社〗


最寄りの地下「小伝馬町駅」に向かう途中に出会いました。

路地に面しておりますが、しっかり鳥居も立っています。




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以上、江戸の香りを残して佇む日本橋の神社『椙森神社 他』でした。





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神社 | 20:02:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 泣き相撲大会 ~
「御衣黄」「奉納舞」でお邪魔した“七社神社”で

恒例の『泣き相撲』が行われていると言うので三度目のお邪魔をさせていただきました。




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本郷通りに沿って立つ「一の鳥居」を潜って、「二の鳥居」に向かう途中

既に静寂を切り裂くような、子供の泣き声が聞こえてきました。




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境内には想像したよりもはるかに多くの、子ずれファミリーで溢れていました。

まずは、手を清めて参詣です。




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『泣き相撲』への参加資格は、首のすわった生後6か月から2歳半までの赤ちゃんです。

女の子でも参加できるのが良いですネ。

かえって、女の子の方が一生の記念になるのではないでしょうか。


相撲に先立って、本殿にて成長祈願の御祈祷を行い、御守が授与されます。

四股名は、自分で考えて申請し、四股名かぶとは記念品として持ち帰りです。




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舞殿前の庭に立派な土俵が造られていました。





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「匠嵐」の泣き勝ちでしょうか。






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「光太郎」対「いろ山」です。



化粧まわしも本格的で立派です。




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勝負は引き分けでしょうか。

いや! どう見ても負けた悔し泣きですネ!!




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どの赤ちゃんの顔を見ても、迷惑そうに泣いています。

どう見ても、幼児虐待をしているようにしか見えませんが。

「乳児から幼児へ、成長を祝い力強く泣くことで健やかに育つ事を祈願する神事」

と言う事で、赤ちゃんには少し我慢してもらいましょうか。












待っている時に、すでに泣いている子もいます。

子供にしたら相当体力を消耗するのではないでしょうか。




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「ハッケヨイノコッタ!」




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「泣いたかな?」




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「戦い済んで、一休み」




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以上、幼児の泣き声で賑う ”七社神社の泣き相撲大会” でした。

旅・はいかい | 21:49:27 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 赤坂 氷川神社 ~
高層ビルの立ち並ぶ赤坂のど真ん中で、鬱蒼と茂る杜に包まれるように

鎮座していました。

1000年の歴史を有する『赤坂 氷川神社』 です。




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社 号          赤坂 氷川神社

所在地          東京都港区赤坂6-10-12

主祭神          素盞嗚尊(すさのうのみこと)

              奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)

              大己貴命(おおんあむぢのみこと)

社格等          准勅祭社 旧府社

創 建          天暦5年(951年)

本殿様式        総欅造 銅瓦葺き 一間社流造

境内社          四合稲荷神社

              西行稲荷神社

              末廣稲荷神社

              稲荷社

              九神社

例大祭         9月15日











〖由緒・沿革〗


天暦5年(951年)連林僧正が霊夢を見て、奉斎したと伝えられている。

享保15年(1730年)、江戸幕府8代将軍 徳川吉宗の命により現在地に遷された。

江戸七氷川に数えられ、その筆頭とされている。






    





〖社号標〗  




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〖一の鳥居〗   




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〖一の鳥居狛犬〗 


左側が「阿形」になっていました。  




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       ≪阿形≫                        ≪吽形≫
 










〖二の鳥居〗  





参道の階段を登るとすぐにありました。

手前に、風格のある燈籠を従えています。




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〖二の鳥居狛犬〗


どちらも岩山の上に造られていました。

立派な造りです。

「阿形」は子供を背負い、毬を携えています。

「吽形」は身体を屈めて今にも飛びかかろうとしています。

「吽形」の岩山の途中に子供がいました。




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          ≪吽形≫                     ≪阿形≫






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〖三の鳥居〗




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〖三の鳥居狛犬〗




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        ≪吽形≫                      ≪阿形≫











〖手水舎〗




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〖桜門〗




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〖桜門狛犬〗



桜門の手前に小さな狛犬が無造作に置かれていました。

しかし、この狛犬が東京都で二番目に古い歴史を持つ狛犬です。




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         ≪吽形≫                      ≪阿形≫











〖拝殿〗




享保15年、徳川吉宗の命によって造られた社殿が凛として現存且つ使用されている。

東京都有形文化財に指定されている。




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     ≪拝殿内部≫


格天井には花鳥の絵が施されて壮麗な空間をが造られている。




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〖境内社〗




   ≪末廣稲荷神社≫



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    「狛犬」

  狐と狛犬が同居していました。




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   ≪四合稲荷神社(しあわせいなりじんじゃ)≫


四社を遷座合祀し、勝海舟により「四合稲荷神社」と命名された。




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    「狛犬」



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   ≪西行稲荷神社≫




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   ≪九神社≫



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〖浅野土佐守邸跡〗


氷川神社は備後国三次藩浅野家の下屋敷跡に造られました。

この浅野家には、赤穂藩主浅野匠頭の正室となった娘「阿久里」がいました。

浅野匠頭が、元禄赤穂事件の後切腹を命じられ、領地没収の上お家断絶となりました。

その為、阿久里は出家し「瑶泉院」と称し、生家であるこちらに引き取られ死去するまで

この地にて幽居しました。





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〖南部坂〗


  大石内蔵助が討ち入りの前日、瑶泉院の元を尋ねたが屋敷に吉良の」内通者が

  いることに配慮し、討ち入りのことは告げず別れの挨拶のみで引き上げた。

  屋敷を出た大石はこの雪の降り積もる”南部坂”で屋敷を振り返り、深々と頭を下げ

  あすの「討ち入り」の成功を誓う。

  所謂“雪の別れ”の坂が残っていました。

  

  登り口の石碑です。




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    昇り切ったところの標識です。




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以上、歴史の詰まった『赤坂 氷川神社』 でした。





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神社 | 23:26:24 | トラックバック(0) | コメント(0)

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