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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 白山神社と紫陽花 ~
白山神社に咲いていた紫陽花の紹介です。





   ≪本殿と紫陽花≫




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   ≪拝殿と紫陽花≫




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   ≪富士塚と紫陽花≫




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   ≪手水舎と紫陽花≫




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   ≪手水龍と紫陽花≫




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   ≪絵馬掛と紫陽花≫




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個々で綺麗に咲いていた紫陽花です。



   ≪ガクアジサイ≫




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「注連縄柱」を潜って直ぐの左手に有りました。

一番鮮やかなブルー色を放っていました。

それに加えて、中心の花の部分が「きらきら」と宝石のような輝いていました。




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白い縁取りが、躍動的で清涼感に溢れていました。




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うす紫と赤紫の対比がとても面白く、魅力的でした。




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初めて見る紫陽花でした。




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以上 『白山神社の紫陽花達』 でした。

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旅・はいかい | 20:19:39 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 白山神社 ~
神社と紫陽花つながりで、紫陽花の名所としても知られている『白山神社』に来ています。




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社 号          白山神社

所在地          東京都文京区白山5-31-26

主祭神          菊理姫命(くくりひめのみこと)

              伊弉諾命(いざなぎのみこと)

              伊弉冉命(いざなみのみこと)

創 建          天暦2年(948年)

社格等          准勅祭社 旧郷社

境内社         八幡神社  関東松尾神社  浅間神社  福受稲荷神社

              伏見稲荷神社  合祀社

本殿の様式      流造

例大祭         9月21日

              6月・あじさい祭り




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【由緒・沿革】


天暦2年(948年)、加賀国の白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)から勧請を受けて、

武蔵国豊島郡本郷元町(現在の本郷一丁目)に創建された。元和年間に

巣鴨原(現在の小石川植物園内)に移ったが、明暦元年(1655年)館林藩主

徳川綱吉(後の5代将軍)の屋敷が造られることになった為、現地に遷座した。

その縁から、綱吉とその母桂昌院の崇敬を受け、以後徳川将軍家から信仰された。





(小石川・白山)


当神社が、加賀国石川郡に鎮座していた「白山比咩神社」から勧請されたため

神社の近辺を「白山」、当地周辺を小さな石川「小石川」

と名付けられたと言われている。












〖社号標〗




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〖大鳥居〗




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〖手水舎〗


使い込まれた「手水鉢」の色合いが参詣者の多さを物語っています。




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〖狛犬〗

眼が大きく、黄金色になっているのが特徴的です。

「阿形」も「吽形」も、それぞれ形の違う『宝珠』を頭に載せて

神様にお尻を向け無い様しっかり横向きに座っています。

但し「白山狛犬」ではなく「江戸尾立型」でした。




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         ≪吽形≫                      ≪阿形≫











〖拝殿〗




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   ≪拝殿 扁額≫



「社号標」の文字同様彫りの深い立派な文字の扁額です。




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〖幣殿・本殿〗


当社の御祭神が夫婦の神様『伊弉諾命』『伊弉冉命』と

二人の争いを仲介したとされている女神の『 菊理姫命』の男神1体、女神2体ですが、

屋根の「千木」の先端は、男神が祀ってあることを示す様に垂直に切られていました。

それにしても紫陽花に浮ぶ本殿は綺麗です。




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〖境内社〗



   ≪八幡神社≫




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   ≪関東松尾神社≫




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   ≪合祀殿≫


五社が合祀されています。




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   ≪浅間神社・富士塚≫


紫陽花まつりの時は開放されていますが本日は立ち入り禁止でした。

紫陽花のピークが過ぎたからでしょうか。

まだまだ十分鑑賞に堪えれると思いますが。




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以上、紫陽花鑑賞を兼ねた参詣者で賑う 『白山神社』 でした。




本日は御朱印はいただけませんでした。

社務所のカウンターに置かれた”御朱スタンプ”です。




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神社 | 21:39:29 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 紫陽花散歩 ~
鎌倉の紫陽花と言うと、幾つかのお寺が頭に浮かびますが、

ここ「葛原岡神社」も紫陽花の隠れた名所の一つとして人気を呼んでいます。

紫陽花に埋もれたパワースポットでしょうか。




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集団で観るの紫陽花も良いですが、一つ一つを見ても優雅です。









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特に鮮やかで綺麗な色彩を放っていたのは、

こちら純白の紫陽花でした。

見るからに初々しい白さです。



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更に純白です。

触ったら壊れてしまいそうな”白”でした。




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紫陽花の鑑賞もほどほどにして帰途に付くことにしましたが、

ここ「葛原岡神社」に徒歩で来るルートは二つあります。

一つは、JR鎌倉駅から「銭洗い弁天」の前を通って来る”銭洗い弁天ルート”

もう一つは、JR北鎌倉駅から「源氏山ハイキングコース」を通ってくる”ハイキングコースルート”

来るとき”銭洗い弁天ルート”で来たので、帰りは”ハイキングコースルート”を

行くことにしました。

歩き始めて直ぐ、考えが甘かったこと、良く調べてから決定すべきだったこと

後悔の波が押し寄せました。




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アップダウン有り、道は狭くなり、雨上がりで足元は滑る

処処道は無くなるは、さんざんでした。




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やっとの思いで「北鎌倉駅」に到着しました。

ヒールの高い靴を履いている人は勿論、小さいお子さんのいる方

足腰に自信のない方は”銭洗い弁天コース”がお薦めです。




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以上 『紫陽花散歩・ハイキングコースルート』 でした。

旅・はいかい | 22:50:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 葛原岡神社 ~
鎌倉・源氏山の頂上に鎮座していました。




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社 号          葛原岡神社

所在地        神奈川県鎌倉市梶原5-9-1

主祭神        日野俊基(ひのとしもと)

創 建         明治20年

境内社        合槌稲荷神社











【由緒・沿革】

悪政を直そうと討幕を決意した後醍醐天皇のもと、”日野俊基”は最も信頼の厚い側近として

活躍をしたが、翌元弘二(1332年)幕府にとらえられここ、葛原岡にて処刑された。

明治天皇は俊基卿の足跡を明治維新の先駆けとして深く追慕され、明治20年にこの地に

敏基卿を祀った『葛原岡神社』を創建した。











【社号標】




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【石鳥居】




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【手水舎】




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【本殿】




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【日野俊基卿終焉の地の碑】




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【昇運の神龍】




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「手水舎」にも神龍がおります。



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【縁結びの石】


「葛原岡神社」は縁結びの神としても有名です。




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【ハートの絵馬】




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【境内社 ;合槌神社】




   ≪社号標≫



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   ≪鳥居≫




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   ≪祠≫




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以上『葛原岡神社』 でした。

神社 | 15:19:14 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 銭洗い辨天 ~
25年ぶりでしょうか。

鎌倉にある『銭洗辨財天』に来ています。

正式社名は『宇賀福神社』通称”銭洗い辨天”

源氏山の坂の途中、岩をくり貫いて造られている。



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社 名          銭洗い辨財天宇賀福神社

所在地          神奈川県鎌倉市佐助2-25-16

主祭神         本宮 :市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

              奥宮 :宇賀神(弁財天)

創 建          文治元年(1185年)

例大祭         9月白露巳日

境内社         上之水神社   下之水神社  

             七福神

             佐助稲荷神社











【由緒・沿革】


源頼朝が、巳年である文治元年の巳の月(旧4月)巳の日に見た霊夢に従い

佐助ケ谷の岩壁に湧く霊水を見つけ、そこに洞を堀り、社を建てて宇賀神を祀った。

同じく巳年の正嘉元年(1257年)北条時頼が、この霊水で銭を洗って一族繁栄を

祈ったのが銭洗いの始まりと言われている。











【鳥居】

源氏山の坂道の途中にありました。

鳥居を潜り岩の隧道をめけると境内があります。




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【手水舎】




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【裏参道】


第2次世界大戦のころ先ほどの隧道ができるまで、こちらが参道でした。




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【狛犬】




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          ≪吽形≫                     ≪阿形≫











【本宮】




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   ≪扁額≫




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【奥宮】




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≪扁額≫







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【銭洗い】





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【七福神社】




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【狛犬】




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【下之水神社】




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【拝殿】




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以上、沢山の参詣者の願いが込められた 『銭洗辨天』 でした。

神社 | 13:53:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 末廣神社 ~
日本橋人形町のビルの谷間に慎ましやかに佇む『末廣神社』

日本橋七福神のひとつ毘沙門天です。







社 号          末廣神社

所在地          東京都中央区人形町2-25-20

主祭神          宇賀之美多摩命(うがのみたまのみこと)・・・・・・・お稲荷様

              武甕鎚命(たけのみかづちのみこと)・・・・・・・・・・・毘沙門天

創 建          不明

例大祭          5月22日










〖由緒・沿革〗



元和3年(1617年)に幕府の許可の元、庄司甚左衛門らが、葭(よし)の茂る沼沢地を

開拓して造った遊女町 葭原(後に縁起を担いで吉原と改名)で、

末廣神社は氏神様として信仰を集めてた。

1657年、「明暦の大火」で吉原は焼失」し、浅草へ移転したが『末廣神社』は

当地に残り鎮座し続けています。

延宝3年(1675年)の社殿修復の際、本殿から中啓(末廣扇9が出たことから

これに因んで『末廣』の二文字を神社名に冠した。










〖鳥居〗




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〖手水舎〗


いかにも、・江戸っ子神社ですね。

元吉原のネーミングの元になった「葭簀(よしず)」に絞りの日本手拭がある「手水舎」




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〖狛犬〗



面構えも飾り気の無い江戸っ子気質「質実剛健」そのものですネ。




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〖拝殿〗




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〖 宇賀之美多摩命〗




御神木の足元に小さな鳥居がありました。

狐が居るところをみると「宇賀之美多摩命」を祀ってあるのでしょうか。




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〖は組〗



町火消「は組」の奉納でしょうか。



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〖毘沙門天〗


社務所の前に、小さいながらも「毘沙門天」もしっかりおりました。

何となく、「べらんめい調」でしゃべりそうな「毘沙門天」ですネ。




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拝殿も境内も良く手入れが行き届いていて、気持ちの良く参詣できました。

小さいながらも社務所に人が居られて、御朱印をいただくことが出来ました。




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『三光稲荷神社』から『末廣神社』に向かう途中、

ビルの谷間に鎮座する小さな祠に出会いました。




〖橘神社〗



鳥居もしっかりありました。




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狐がいますから祀っているのは「宇賀之美多摩命」お稲荷様でしょうか。




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以上『末廣神社』と『橘神社』でした。

神社 | 22:38:47 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 三光稲荷神社 ~
人形町のメイン通りから路地を入ったところに凛として鎮座していました。




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社  号          三光稲荷神社

所在地           東京都中央区堀留町2-1-13

主祭神           三光稲荷大神

               田所稲荷大明神

創建            不明











【由緒・沿革】


当地付近に居住していた絹布問屋田原屋村越庄左衛、木綿問屋建石三蔵の両家が

江戸時代初期に勧請したとも、中村座に出演していた大阪の歌舞伎役者関三十郎が

元禄2年(1689年)以前に伏見より勧請したとも言われています。

大正13年の区画整理で「田所大明神」も当神社に奉祀された。











〖鳥居〗


狭いスペースにコンパクトに整然と配置されています。



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  ≪鳥居扁額≫




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〖狛犬〗



「阿形」も「吽形」もしっかりとしたつくりになっています。

勇ましさを強調するためか、両方とも「血眼」に造られていて

「阿形」の口も朱に染められています。




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        ≪吽形≫                      ≪阿形≫   











〖手水場〗


横に有る水栓の頭を押すと、石の間から手水が出てきます。

中々凝った造りになってます。



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〖拝殿〗




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   ≪拝殿扁額≫



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〖失せ猫祈願〗



ここ『三光稲荷神社』は江戸時代から、猫が行方不明になった時、願掛けをすれば

無事に帰るという「失せ猫祈願」として有名なところでした。

今でも、いなくなった愛猫が見つかる様に祈願できるようです。

いなくなった愛猫が、見つかったお礼に、奉納された「招き猫」が沢山置かれています。




         DSC_末廣4335











〖三光新道〗


『三光稲荷神社』の前に狭まくて、全長100mほどの参道らしき道があり、

江戸時代より「三光新道」と呼ばれて庶民に親しまれた居ます。

「さんこうじんどう」と濁って発音します。

近くには、吉原や歌舞伎小屋、人形浄瑠璃小屋などがあり、それを背景にした

江戸落語の「天災」や「百川」などにこの「三光新道」が登場します。




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「三光新道」の入り口に”三光稲荷神社参道”と刻まれた石碑がありますが

東京帝国大学教授で文化勲章受章者 三島徳七氏が猫が見つかったお礼に

建てたものだそうです。




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江戸の町には、小さな神社や小路にも、われわれに繋がる色々な歴史が

刻まれているんですネ。古い建物や街を訪れるたびに、その歴史を知らされます。

通りすがりに寄った神社『三光稲荷神社』でしたが大変感動させられました。



神社 | 20:29:58 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 羽田の夜間撮影 ~
羽田空港に「夜間の流し撮り」の勉強に行って来ました。

で、結論から言うと 全滅!! 

初めての経験とは言え、全く手応え無し。情けない結果に終わってしまいました。

最初の計画は、ばっちりだったのですが。

まず、少し早めに行き、明るい内に「流し撮り」の練習をし、

「マジックアワー」を撮影した後、

陽が落ちたら工場群の灯をバックに夜間撮影の本番のはずだったのですが?

結果は、ぼろぼろ!!





まず、羽田空港第一ターミナルの様子です。

奥に見えるのが国際線ターミナルです。

撮影ターゲットはターミナルと平行して走るA滑走路

(ちなみに第2ターミナルのB滑走路は海がバックなので流し撮りには向いていません)





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≪昼間の離陸状況撮影≫


ピンボケ、フレームアウトが続く中、比較的

「流し撮りもどき」に近いものを無理やり抽出しました。











〖JAL〗




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〖ANA〗




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〖ソラシア航空〗


これが一番「流し撮り」に近かったのですが、残念ながら尾翼がフレームアウト。





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そして、やっとフレームに収まったと思いきや空の上、流れる背景がありません。


残念です!!



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〖シンガポール航空〗


ほとんど静止画像になってしまいました。




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〖スカイマーク〗




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≪夕暮れ時≫




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〖JAL〗



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〖ANA〗




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≪夜間飛行≫



今日のメインの「工場の灯をバックに飛び立つ夜間飛行撮影」

のはずだったのですが、待てども待てども飛行機が飛び立ちません。

直ぐ前の駐機場から出た飛行機も他の滑走路に向かいます。

おそらく、風向きが変わったのだと思います。

残念ですが、撮影断念です。

と言う訳でせめて”空港の夜景”だけでも!




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いやーっ!!

飛行機の流し撮りは難しいですね。

勿論、撮影技術もさることながら、

「背景選び」「天候選び」「場所選び」「時間選び」「風向き選び」

本当に難しかったです。

全滅の心の傷が癒えたら、又いつかチャレンジしてみたいと思います。









以上「羽田空港の流し撮りもどき」 でした。

旅・はいかい | 22:48:15 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 立ち寄り処 海ほたる ~
【トイレ&立ち寄り休憩】

東京湾アクアラインの丁度真ん中に位置するPA 『海ほたる』です。

長さ650m幅100mの人口島で、ここを境に川崎側がシールドトンネル(アクアトンネル)、

木更津側が陸橋(アクアブリッジ)となっており、『海ほたる』は構造上も、これを繋ぐ

重要な役割を果たしています。

ここを境に、木更津側を中、小型船舶が、川崎側を大型船舶が安全に航行できるように

なっています。


木更津側のアクアブリッジです。

この幾何学模様のようなラインが気に入っています。

残念ながら、トンネルは上から見えませんから



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4年ぶりぐらいの上陸(海ほたるは人口島です)でしょうか。

何度も傍は通るのですが、いつも混んでいるのでスルーしてしまいます。

今日は仲間で、初めての方が居るので、休憩も兼て寄させていただきました。

大方は変わっていませんが、内部の店舗が少し様変わりしているようですネ。





川崎側の先端です。

以前はこんなモニュメントは無かったような気がします。

地下に沈んでいるトンネルの内、唯一海上から見える通気口の

「風の塔」が薄らと見えています。




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船を帆を模しているいるのでしょうか。




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今度は、木更津側の先端です。

やはり船を意識したモニュメントです。

水平線の向こうに見えるのは「京葉工業地帯」です。

製鉄所の高い煙突や石油コンビナートの立ち並ぶタンクなどが見えています。




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こちらの水平線の向こうは、木更津・君津の町並みです。





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『海ほたる』自体は左右に分かれていてそれぞれに通路があり

中央が吹き抜けと昇降階段・エスカレーターのスペースになっています。




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二つの通路を結ぶブリッジも造られています。

海を背景にお洒落な空間を繋いでいます。




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以上、久しぶりに来てみた 『海ほたる』 でした。


これで ”南房総旅行珍道中” 終りです。

旅・はいかい | 20:34:40 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 日本寺と房総土産 ~
房総半島の屋根「鋸山」に日本一大きな仏像が鎮座する『日本寺』があります。

房総旅行2日目の午後は、その『日本寺』にお邪魔しました。

正式には『乾坤山 日本寺(けんこんざんにほんじ)」と言い、725年聖武天皇の勅詔により

行基によって開かれました。

そして日本一の大きさを誇る大仏とは、高さ31mの”薬師瑠璃光如来”の大仏です。

鎌倉高徳院の阿弥陀如来は総高13.35m、奈良東大寺の蘆舎那大仏は総高18.13m

なので、日本寺の大仏は鎌倉の大仏の2倍以上と言うことになります。

元々日本寺のの大仏は、1783年に大野甚五郎が門弟27人とともに岩を彫刻して建立

したものだったですが、建立当時は高さ37.7mまであったそうです。

今よりもっとおおきかったのですネ。

しかし、長年の風雨により浸食され、崩壊状態になったため、昭和41年から修復が行われ

昭和44年に現在の形、高さになり完成しました。




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優しい顔をしてますネ。

岩が砂岩で出来ているので、風化しやすいですね。

しかし、水分を含むので苔が生えやすく、それなりの趣を出しています。









大仏の手前には「お願い地蔵」がありました。

足元が明るい紅白で埋まっています。

沢山の人が願いを込めて小さな赤い地蔵を祀っているんですネ。




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売店でセラミックで出来た地蔵を購入し、裏に自分の名前を書き

願いを込めて足元に祀ります。

私も世界平和を願って、奉納してみました。




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広い日本寺の境内や鋸山には沢山の見どころがありますが

ここからは、長い急階段を幾つも登らなければいけません

何年か前に、体験し死ぬ思いをしました。

特に最上部にある「地獄覗き」は一度は見るべき絶景ですが

おそらく今回は、地獄を覗く前に地獄に落ちてしまうような予感がします。




厨会南房総 099





南房総 厨会091









「気力」「体力」の限界!!

全員一致で、登頂を断念。




お詫びに案内図と写真を添付します。











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”百尺観音”

  昭和41年山肌を削って造られた。

  高さは、名前の通り百尺(10m強)あります。




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”弘法大師の護摩窟と千五百羅漢”

 山中に1553体の「羅漢」が置かれています。

 それらの羅漢はどれ一つとして同じ表情のものは無いそうです。

 羅漢とは仏教における聖者を意味するそうです。




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”地獄覗き”

  石切り場の跡が絶壁状になっていたり、

  場所によってはオーバーハングになったりしています。

  下を覗くと足が竦む事から「地獄覗き」と言われるようです。

  本当は行きたかったですネ!!




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さて、いよいよ房総旅行も終わりに近づきました。

「お土産タイム」です。

房総の土産と言えば、必ず外せないのが「海産物」です。

と言う訳で「ザ・フィシュ」 で土産買いあさり。





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「金谷港」の隣にありました。




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残念ながら「活魚」はありませんでした。

しかし、日持ちを考えると良いのではないでしょうか。

皆さん、両手に沢山のお土産を持ってバスへ乗車でした。




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全員そろったところで、自宅へ向かって LET’S  GO !!

















旅・はいかい | 20:14:14 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 南房総旅行2日目 ~
〖道の駅 とみうら枇杷倶楽部〗



この『道の駅 枇杷倶楽部』は行ったことのある道の駅の中で、

お気に入りの道の駅です。

先ず建物の外観が周囲の自然に溶け込むように「フィット感」を醸し出していて

色合いも、枇杷の木に合せた、緑青色の屋根と山吹色の壁で構成されている。

何かホッとする安堵感のようなものも感じます。




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玄関を入るとコンパクトにまとめられたショップがあります。

勿論、枇杷に関連した商品が中心に並べられています。

「富浦」は長崎に次ぐ枇杷の産地ですから。




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「ショップ」から一段下がったところに「アトリュウム」と呼ばれる多目的な談話コーナー

があり、読書や軽食などさまざまな目的で使われています。




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〖テラス〗




アトリウムの外はテラスになっていて四季折々の花が咲く花壇や

そばを流れる川や春には菜の花が咲き乱れる川べりを見ながらの

食事は最高ではないでしょうか。

尚、このテラス席はペット同伴OKだそうです。




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〖漁師料理 かなや〗



ランチは「漁師料理 かなや」で”貝焼きバイキング”です。

最近人気の浜焼き、60分焼き放題、食べ放題です。





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1階がレストラン、2階がバイキングになっています。




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ソフトドリンクは、無料ですが、、

アルコールは自販機で食券を買って購入です。




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焼物は、トレーに入れてセルフで運搬です。




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浜焼きのコツは、バンバン焼いて、バンバン食べる!

網に隙間なく具を載せる

誰が載せたかではなくどれが焼けたかです。

焼けたところからバンバン食べる。




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鮪の煮凝りもありました。

5~6分焼いてから食べるようです。




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サザエと牡蠣は身を取り出すのに手間取ります。

手慣れた方が居ると早いですネ。

牡蠣は跳ねますからホイールに包んで焼いてください。










最後は ”寿司ネタ乗っけ放題海鮮丼”もバイキングで来るようになってました。




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と言う訳で制限時間が来る前に皆さん満腹のようでした。

めでたし、めでたし ・・と言うことでしょうか。

目の前には綺麗な海がひろがっていたのですが、

景色を見ている間はありませんでした。




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以上、南房総旅行2日目の『道の駅と浜焼き』でした。





旅・はいかい | 08:40:13 | トラックバック(0) | コメント(0)

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