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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 御苑のしだれ ~
「ソメイヨシノ」の咲くのが待ちきれず、来てしまいました。

『新宿御苑のしだれ桜』

毎年「ソメイヨシノ」に先駆けて咲いてくれます。




〖しだれ桜〗



連獅子の舞を見ているような、優雅な気分にさせてくれます。

幹の動きも力強い。




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日本画を見ているようでもあります。




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これが一番「しだれ」ぽいでしょうか。

色も品のあるピンクでした。



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この時期この『しだれ桜』が”新宿御苑”の中では一番の人気者です。

したがってこの桜の周りは黒山の人だかりです。

写真を撮るアングルに苦労します。




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〖陽光〗




しだれに負けず綺麗なピンクと香りを振る舞っています。

遠くからでもすぐに解かります。




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近づくと、妖艶な光を放っています。




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〖ヒマラヤ緋桜〗



一本だけ真っ赤に飾られていました。

まるで赤いさくらんぼがなっているようでした。




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〖大島桜〗



ご存じ「ソメイヨシノ」の母親です。




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可憐です。





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「大島桜」は葉も少し一緒に出るんですね。




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〖陽光&大島桜〗



重なると、やっぱり「陽光」が勝っちゃうか?




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鳥達も待ちきれないようです。






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〖OMAKE〗



小鳥の化身でしょうか。

桜の妖精でしょうか。

いずれにしても、とても”しだれ桜”にフィットしてました。




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以上 『新宿御苑のしだれ桜』 でした。           

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旅・はいかい | 22:37:34 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 羽生PA上り線 ~
鬼平犯科帳ファン、池波正太郎ファンとしては、

以前から是非一度来てみたいと思っていた『羽生PA上り線』の

”鬼平江戸処”にこの度、立ち寄ることが出来ました。




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ここは、池波正太郎の代表作「鬼平犯科帳」とコラボして

その当時の江戸の町を史実に基づき再現してあります。

江戸の繁栄を象徴する「日本橋の大店」下町の「本所深川」

江戸で一番賑った「両国広小路」の屋台など鬼平が闊歩した界隈が

緻密に再現されています。

おまけに「鬼平犯科帳」の中に登場する店なども置かれています。




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〖店並み〗




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〖五鉄〗


「鬼平犯科帳」の中に一番登場する店と言えば三次がオーナーシェフの

「軍鶏鍋 五鉄」を於いて他にないでしょう。

「五鉄」のモデルになったと言われれ、今でも人気店で親子丼発祥の店でもある

人形町 ”玉ひで”が提供しているようです。

「玉ひで」さんは、原作者 池波正太郎から「五鉄」を名乗ることを許された

唯一の店でもあります。


物語では、「五鉄」は鬼平と密偵の作戦連絡会議の場所になっていました。

今風に言うと”ほうれんそうの店”でしょうか。

車座に座った中心には「軍鶏鍋とひや酒」

いい会議ですねー! だから良いアイデアが浮かぶんです!!

その証拠にはほとんどの盗賊が、全員捕まっていますから。




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〖さなだや〗



”鬼平外伝”の「正月四日の客」の舞台となった店。

正月四日だけ、ネズミ大根をすりおろした、「さなだ蕎麦」を出す。

辛すぎて誰も食べに来ない中、年に一度その「さなだ蕎麦」だけを食べにくる客がいる

それが、大悪党の盗賊との噂を耳にし、「火盗」に密告するかいなかを悩む亭主。

面白かったですネー!!




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〖両国の屋台の連なり〗


当時は、食べ物屋から呑み屋、見世物小屋、御茶屋、風俗など何でもありでした。

鬼平が若いころ「本所の鉄」と異名を取り、暴れ廻っていたところです。





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〖女密偵達〗


「おまさ」は子供の頃から”本所の鉄”の世話をやいていました。

”鬼平”にとっては頭の上がらない母親のような存在だったのではないでしょうか。



「おまさ」が初めて物語に登場したのは「血闘」でした。

登場した時には、親戚に預けた7歳の子供がいると言う設定でしたが

それ以後、池波正太郎はこのことには一切触れていません。

この「血闘」で、忘れられない台詞があります。

盗賊に捉われた「おまさ」を助けに、鬼平が単身でアジトに乗り込む

5~6人の盗賊相手に斬り合いになるのですが

その時、盗賊が「こいつ あの女の色じゃねぇのか?」と言うと

鬼平が「だったらどうする 貴様ら外道の刀で、あの女の色が斬れるかっ!」 とタンカを切る。

影で聞いていた「おまさ」は涙を浮かべる。

良い台詞じゃないですか!! 粋ですねー!! 泣かせるネー!!

「貴様ら外道の刀で、あの女の色が斬れるかっ!」

かっこよすぎです。


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〖外観〗




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見世物小屋は、むしろだけで中は何もありません。

張りぼてです。




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ご丁寧に幟まで立ててありました。




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”鬼平江戸処” 良いですネー!

しかし、あえて注文つけるとすると、ちょっとスペースが狭いかな。

もう少しボリュウムがあって、もっといろんなものがあると良いのではないでしょうか。

例えば、テレビドラマのセットを再現したようなスペースがあっても良いのでは?

役宅で鬼平が執務をしている座敷があり、廊下と壺庭がある。

座敷の奥には、最愛の妻「久栄(ひさえ)」が座っていて、客はお茶や軽食ができて

廊下には、与力の佐嶋忠介、同心の木村忠吾などが座り

庭には、密偵の大滝の五郎蔵、小房の粂八、相模の彦十、おまさが膝まづいている。

こんな景色を見ながら、鬼平になった気分でお茶や軽食が出来たら最高じゃあないでしょうか。











いけない!!一つ忘れていました。

名物の「黒肉まん」を食べるのを忘れていました。

次回行った時にはごちそうになろうと思います。




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以上 『羽生PA ”鬼平江戸処”』 でした。

旅・はいかい | 20:45:43 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 宇都宮二荒山神社(うつのみやふたあらやまじんじゃ) ~
宇都宮のど真ん中にど~んと鎮座していました。

広い参道に高層ビルにも負けない程の高さを持った鳥居が凛々しく立っていました。


正式名称は『二荒山神社』ですが日光の「二荒山神社」との区別の為に鎮座地名を

冠して「宇都宮二荒山神社」と呼ばれている。

ただし、日光の方が「にっこう ふたらさんじんじゃ」と読むのに対し

宇都宮は「うつのみや ふたあらやまじんじゃ」と読む。




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社 号          二荒山神社

所在地          栃木県宇都宮市馬場通り1-1-1

主祭神          豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)

社格等          式内社(名神大)論社

              下野国一宮(しもつけのくにいちのみや)

              旧国幣中社

              別表神社

創 建          (伝)仁徳天皇41年

本殿の洋式      神明造

例 祭          10月21日











〖由緒・沿革〗

社伝では、仁徳天皇41年に毛野国が下野国と上野国に分けられた際、下野国国造に

任じられた奈良別王(ならわけのきみ)が曾祖父・豊城入彦命を氏神として祀ったのが

始まりとある。

「宇都宮」と言う地名は、この神社に由来するとされるが、一宮(いちのみや)の訛りと言う説

遷座(せんざ)したことから「移しの宮」の転と言う説、

「二荒山の神の現宮(うつつのみや)」と言う説等がある。












〖社号標〗



「式内大社」とは平安時代に神社の位付けを定めた『延喜式神名帳』による敬称です。






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〖大鳥居〗


栃木県産の樹齢400年のケヤキで造られた、高さ9.7m、幅13.8m

柱の直径90cmの大鳥居です。




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   ≪鳥居扁額≫


扁額も立派です。




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〖賽銭箱〗



長い参道や高い階段が登れない人に為に

鳥居の下に置いてあります。

年期が入ってますネ。

お札が濡れないようにでしょうか、立派な緑青葺きの屋根がかかっています。




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上で人を待たせているので、急ぎの為何段あるかは数えられませんでした。




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〖神門〗




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〖手水舎〗




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〖狛犬〗




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         「吽形」                          「阿形」











〖拝殿〗




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〖神楽殿〗




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〖末社〗


≪初辰稲荷神社≫




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≪女体宮≫




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以上、”二荒さん”と呼ばれ古くから地元に崇敬されてきた 『宇都宮二荒山神社』 でした。




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神社 | 11:17:14 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 宇都宮餃子 ~
宇都宮に寄って、餃子を食べることになりました。

宇都宮は、毎年静岡県浜松市と餃子消費量全国一位を争うほどの「餃子の町」です。

日本で唯一「宇都宮餃子会」なる組合が出来ている町でもあります。




〖餃子戦争〗

その餃子の町で”みやっこ”と呼ばれる地元宇都宮市民の人気を二分している

人気店が目と鼻の先で「しのぎ」を削っています。






≪宇都宮みんみん宮島本店≫


宇都宮を中心に13店舗を展開する有名店





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≪餃子専門店 正嗣(まさし)≫


50年の歴史を持つ老舗餃子専門店




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店舗が同じ通り沿いで100mと離れていません。

どちらも開店前から行列が出来ています。

そして噂によるとあまり仲が良くないそうです。

「みんみん」が立ち上げた、餃子組合には「正嗣」が頑として入っていないそうです。


手前が「正嗣の行列」先に見えるのが「みんみんの行列」です。

両方の行列に並び、餃子のハシゴをする強者も少なくないそうです。




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どちらに並ぶか迷いましたが、仲間と相談した結果、別れて両方に並び

早く入り口にたどり着いた方に入ろうと言うことになりました。

しかし、行列慣れしている若者もおりました。

「みんみん」のテイクアウト餃子は比較的並ばずに手に入るそうで

そのテイクアウト餃子を購入してきて「正嗣」の行列に並び

食べながら順番が来るのを待っていました。

なるほど賢いですネ。

「ハシゴ食べ」のショートカット戦法でしょうか。

待たされる方にも知恵が出てくるんですよネ!

しばらく並んでいると、どうも「正嗣」の方が早く入り口にたどり着く形勢となり

「正嗣」に合流。

合流してほどなく入り口にたどり着きましたが、それでも並び始めてから1時間程経ちました。




ところが、入り口に掲げられた張り紙を見てびっくり


   「当店には、ライスもビールもありません。

      店内で販売しているのは焼き餃子と水餃子だけです。」


なんと餃子しかない!! 

餃子って普通、サイドメニューじゃないの! 

ご飯の友とか、ビールの友とか、ラーメン餃子とか、贅沢に炒飯餃子とか!

餃子だけ食べるのは初体験です。  何となく罰ゲームの感覚です。

ビールと一緒に食べても、餃子の味は落ちないと思うけど。




取りあえず入店です。

店内はL字のカウンターのみ




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当然メニューなどはありませんので

この際、店の商品、全品食べてやろうと。

と言っても


「焼き餃子」「水餃子」だけですが、注文です。






〖水餃子〗


酢を上から二回りかけてから食べるそうです。

もちもちで美味しいです。




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〖焼き餃子〗

薄皮が上品な歯ごたえでGOOD でした。

具も野菜たっぷりで美味しかったです。




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〖餃子のタレ〗


これもさっぱりしていけますネ。

特に水餃子ぴったりでした。




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とっても美味しかったです。

宇都宮餃子中々やるね!

でもやっぱりビールがほしかった。

折角あんなに美味しいのに残念!!








「正嗣」と「みんみん」の対決、地元”みやっこ”間では、以前と違って「正嗣」が人気を

少しづつ挽回してきていると言う評判らしいです。

ですが今度来る機会があったら是非「宇都宮みんみん」にも言ってみようと思っています。

「みんみん」にはビールとライスはあるそうです。








以上『宇都宮餃子』 でした。

食べる | 15:14:20 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 戦場ヶ原&華厳の滝散歩 ~
“戦場ヶ原”



紅葉の時期には来たことが有りますが冬は初めてです。

雪の戦場ヶ原も見てみたくて向かいました。

「冬季通行止め」を心配しながら来ましたが、なんとか「戦場ヶ原展望所」前に到着です。

しかし、足元は雪が20センチほど積もっているので

転ばぬように、恐る恐るデッキの上に。




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さすがに一面雪景色です。

この景色はこの景色で中々の物ですね。

空の青さと競う様に純白が誇張されています。

山の稜線を覆う薄雲が、グラデーションの役目をはたしています。




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枯れたように見える木々達も良くみると、枝のあちこちに膨らみが芽生え

しっかり「春の準備」をしていました。




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モノクロでもとってみましたが?

やっぱり空の青さが伝わらないと冷たい景色になってしまいますかネ。




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たまたま今日は晴天でしたので、遠くまで綺麗に見渡すことが出来ましたが

さすがに小田代ケ原の”白い貴婦人”までは見えませんネ。

小田代ケ原に行く木道は雪に埋もれて通れませんので近づけません。

ですが、折角ですのでお近づきのしるしにお姿だけでもどうぞ




貴婦人untitled











“華厳の滝”





以前、お邪魔したのは30年以上前です。

記憶が薄れるどころか、全く記憶が飛んでます。

来てみれば思い出すかと思ってきましたが、期待外れです。


「華厳の滝」は「二荒山神社」を創建した勝道上人が発見したと伝えられていて

落差 97m 、滝幅 7mの日本3大名瀑の一つに数えられている。

真冬では、凍ってしまうこともあるようですが、今日は落ちているようです。




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寒さでしぶきが凍っています。

滝から落ちる水量は平均3t/分と言われていますが、滝壺からも下流へ向かい

勢いよく流れています。




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以上 『戦場ヶ原&華厳の滝思い出散歩』 でした。

旅・はいかい | 23:01:22 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 佐野ラーメン 赤見屋本店 ~
日光へ行く途中、お邪魔させていただきました。

『青竹手打ち麺 赤見屋 』 さんです。




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創業は、1954年(昭和29年)

佐野がラーメンの町として有名になる前から、ラーメンをはじめカツ丼、親子丼まである

大衆食堂として支持されてきたお店だそうです。

したがってラーメンも「中華そば」と呼ばれていました。





店内は、25人ほど入れるシンプルな清潔感のある造りでした。




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ポスターも店の雰囲気にぴったり、爽やかです。




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          (注) この方は店員さんではありません!











注文の「中華そば」が来ました。




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面は縮れ麺です。

手で捏ねて、足で踏んで、青竹で伸ばして包丁で切る、そして手揉した極細の縮れ麺です。

のどごしが最高でした。




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スープは鳥ガラベースのあっさりした和風風味の醤油味。

これにメンマと焼き豚、そして「なると」まさに昔ながらの”中華そば” でした。



GOOD!! です。










餃子です。




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羽根付でぱりぱり感があって美味しかったです。

あっという間に完食してしまいました。








11時半回転ですが、開店と同時に満員です。

お客さんの半数は地元の人、半分はラーメンマップなどを持った、

地元以外のビジターの方でした。




とっても美味しかったです。





以上、昔ながらの中華そば屋さん 『赤見屋本店』 でした。

食べる | 22:31:15 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 滝尾神社(たきのおじんじゃ) ~
日光の数多いパワースポットの中でも、最もパワーが強いと言われている

知る使途ぞ知る、隠れ家的パワースポット『滝尾神社』です。

「日光東照宮」や「二荒山神社」の裏手を30分程歩いた山の中にあります。




正式社号は 『二荒山神社別宮 瀧尾神社』




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弘法大師によって820年に創建された。

御祭神は、女峰山を神体山とする田心姫命(たごりひめのみこと)です。

日本神話に登場する”宗像三女神”の一人で、海の神、航海の神として知られています。

しかし、女神だけ単独で祀っている神社は珍しいのではないでしょうか。











〖運試しの鳥居〗


御影石   神明造り



元禄9年(1696年)三代将軍家光の忠臣、梶定良が奉納

鳥居の額束の丸い穴に小石を三つ投げ穴を通った数で運を試した。

思ったより穴が小さくて難しそうです。小石三つではとても無理ですね。



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〖楼門〗       重要文化財


こんな山の中に”重文”があるんですねー!!

しかし手入れは行き届いていました。

まあ、歴史の深さでは「国宝 陽明門」にも負けていませんから。




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〖拝殿〗       重要文化財




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〖本殿・唐門〗       重要文化財



ご神体、女峰山を遥かに拝めるように、本殿裏側に扉が付けられた

珍しい造りになっている。




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〖滝尾三本杉〗



『滝尾神社』の御神木として祀られているて、体内の悪いエネルギーを浄化してくれる

パワーがあるそうです。

弘法大師が、この山で修業をした時に”女神・田心姫命”が現れた場所として伝えられています。

心が汚れている方は是非、お参りに来てみてはいかがでしょうか。

”女神・田心姫”があらわれるかも!!





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〖霊石 安産子種石〗




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何やら奇怪な形をしていますが

この石の前で、子供を授かるようにと祈れば、その願いが叶うとされています。

言われて見れば、何か神が宿っている様に思えてきました!!

気のせいでしょうか?


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〖酒の泉〗



境内の一番奥にあり、日光の名水としてしられる湧水です。

酒の味がすると書かれてありますが本当でしょうか。

とりあえず、私は”下戸”なので試飲は止めておきます。




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〖滝尾稲荷神社〗


弘法大師が滝尾神社と同時に建立した。

朝のお供えを忘れると稲荷の神が化けて出て来るそうです。




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〖滝尾高徳水神社〗



1998年現在地に遷座




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〖白糸の滝〗


最後に素敵なプレゼントをいただきました。

”白糸の滝”です。

『瀧尾神社』の滝らしく、目立たず・はしゃがず、しかし力強いパワーを持った滝でした。

マイナスイオンも満載です。




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地続きの「日光東照宮」や「二荒山神社」では、改修工事竣工なった”国宝 陽明門”

見たさに沢山の参詣者が押すな押すなの状態ですが、ここにはほとんど参詣者が来ません。

正直私も「運試しの鳥居」のところに来るまで、以前テレビで紹介されていて一度行ってみたいと

思っていた神社であったことに気付きませんでした。

偶然ですが、来ることが出来て本当に良かったと思っています。

人気のない静けさが一層神秘の空間を造り上げています。

こんな素敵なスポットを、皆にも知ってもらいたいような、知られたくないような

不思議な思いですネ。









以上、神が宿り、伝説が眠る杜の中に静かに鎮座する女神の社 『瀧尾神社』 でした。

日光に来たらまた必ず来てみたいスポットです。

神社 | 20:27:42 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ) ~
「日光東照宮」の地続き『日光二荒山神社』です。

正式名称は、単に”二荒山神社”ですが「宇都宮 二荒山神社」との区別の為

地名を付して『日光 二荒山神社』 と呼ばれている。

二荒山とは、男体山の旧名です。












社 号       二荒山神社

所在地       栃木県日光市山内2307

主祭神       二荒山大神

              男体山(二荒山)  大己貴命(おおなむちのみこと)

              女峰山         田心姫命(たごりひめのみこと)

              太郎山        味耜高彦根命(あじすきたかねひこのみこと)

社格等       式内社

           下国一宮

           旧国幣中社

           別表神社

創 建       神護景雲元年(767年)

本殿様式     八連造

例 祭       4月13日、17日











〖由緒・沿革〗



二荒山神社は古来より修験道の霊場として崇敬された。

霊場は、下野国の僧、勝道上人が修行場を求めて当地に来たことから始まるが

その上人が、767年二荒山の神を祀る祠を建てたのが『二荒山神社』の始まりでもある。

江戸時代初め、徳川家康を祀る「東照宮」が江戸幕府によって創建されると

『二荒山神社』もまた重要視され、江戸幕府のみならず朝廷や諸大名、さらに民衆からも

厚い崇敬を受けた。

1619年には徳川秀忠によって本殿が再建された。

明治6年に国幣中社に追加列格し、第2次世界大戦後、神社本庁の別表神社となった。


社名「二荒山(ふたらさん)」の名の由来は諸説あるが、

観音菩薩があ住むとされる「補陀落山(ふだらくさん)」が訛ったものと言われ

後に弘法大師空海がこの地を訪れた際に「二荒」を「にこう」と読み「日光」の字を当て

此の地の名前にしたとする。

ただし、空海の来訪は伝承の域を出ない。












〖社号標〗




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〖楼門〗




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〖鳥居〗       重要文化財




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  ≪鳥居扁額≫




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〖手水舎〗




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〖良い縁狛犬〗



狛犬は獅子や犬に似た想像上の生き物とされていますが、

起源は、古代エジプト・メソポタミアで神殿を守るライオンとされています。

飛鳥時代中国を経て日本に伝わってから、色々形が変わってきました。

ここの狛犬は、飛鳥時代当初の獅子の形を掘ったものだそうです。




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〖拝殿〗       重要文化財



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〖神門拝殿側〗




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〖神楽殿〗




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〖神橋〗       重要文化財


参道の日光山内への入り口大谷川にかかる「日本3奇橋」の一つ”神橋”です。

古くは”山菅の蛇橋(やますげのじゃばし)”と称されたそうです。

「乳の木」と呼ばれる大木を両端に斜めに打ち込みその木に橋桁を持たせています。



一時通行禁止でしたが現在は渡り抜けることは出来ませんが

橋の途中までは行けるようです。




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以上 、伊勢神宮に次いで2番目に広い神域を持ち、

近年パワースポットとして注目されている 『日光二荒山神社』 

神秘&パワーイオン満載でした。

神社 | 23:47:13 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 日光東照宮  その2 ~
〖国宝 陽明門〗



日本を代表する最も美しい門と言われています。

いつまでも見ていても飽きないことから「日暮の門」とも言われています。

故事逸話などの500以上の人物が彫られています。

このたび改修工事が終了しました。

本当に綺麗です。絢爛というべきでしょうか。



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〖初層・上層 正面軒見上げ〗



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〖正面随身像〗




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〖背面獅子像〗




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         「吽形」                         「阿形」











〖陽明門 背面〗      国宝

〖神輿舎(しんよしゃ)〗         重要文化財


春秋渡御祭に使われる三基の神輿が納められている。




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彫刻にも迷彩色が施されています。

龍の彫刻は、キリンビールのシンボルマークのモデルになったと言われています。




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〖唐門・透塀(からもん・きべい)〗    国宝



全体が胡粉で白く塗られ、細かい彫刻が施されています。



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〖眠り猫〗     国宝



左甚五郎作と伝えられている。牡丹の花に囲まれ日の光を浴び、うたた寝をしていることから

「日光」に因んで彫られたとも言われています。

奥宮に通じる入口にあります。




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〖参道〗     石灯籠「附(つけたり)」指定物件




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以上、綺麗に修復なった『陽明門』 でした。

これだけ徹底して絢爛豪華になればかえって、爽やかささえ感じます。

日本が世界に誇れる建造物の一つではないでしょうか!




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神社 | 07:48:43 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 日光東照宮 その1 ~
平成第一期第三次改修工事の内”国宝 陽明門工事2が先日竣工した

と言うので何年かぶりで『日光東照宮』に来てみました。




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社 号         東照宮

所在地         栃木県日光市山内2301

主祭神         徳川家康公(東照大権現)

社格等         別格官弊社

創 建         元和元年(1617年)

本社様式       権現造

別 名         日光東照宮

例 祭         5月17日・18日











〖由緒・沿革〗  


徳川家康の死後、家康本人の遺言により、元和3年4月の社殿完成を待って

ここ下野日光に駿河国の久能山より改葬させれた。

寛永13年(1636年)には3代将軍・家光の命により今日見られる荘厳な社殿へ

大規模改築が行われた。

明治元年の神仏分離により、日光は神社の東照宮・二荒山神社、寺院の輪王寺の

二社一寺の形式に分立した。

明治6年に別格官弊社に列せられたが、昭和60年に神社本庁管轄から離れ

単立神社となった。











〖社号標〗




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〖大鳥居〗   重要文化財


高さが9mある石鳥居は日本最大の大きさを誇る。

福岡藩の初代藩主・黒田長政公によって寄進されたもので、

福岡藩内(現在の糸島市可也山)から海路・水路・陸路を使い15個の大石を運び

現地で積み上げて造られた。





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  ≪扁額≫



改葬時、徳川家康は朝廷から「東照大権現」の神号を受けた。





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〖五重塔〗     重要文化財



慶安3年(1648年)若狭の国 小浜藩主 酒井忠勝公によって奉納された。




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〖表門〗       重要文化財



随神門の中に、仁王様がいることから仁王門とも呼ばれている。




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        ≪ 吽形 ≫                    ≪ 阿形 ≫











〖上神庫〗     重要文化財




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〖中神庫〗     重要文化財




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〖御水舎(おみずや)〗     重要文化財



拝殿ではありませんヨ!

『東照宮』ともなると手水舎も立派ですネ。

手水鉢石と共に重要文化財です。

元和4年(1618年)佐賀藩主 鍋島勝茂公よって奉納された。




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〖二の鳥居(銅製)〗




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〖本地堂・鼓楼〗     重要文化財



奥に見える「本地堂」は帰属権をめぐって輪王寺と係争中です。




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〖輪蔵〗     重要文化財



この重要文化財も帰属権をめぐって輪王寺と係争中です。




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〖玉垣・逆さ狛犬〗



玉垣の見返りにひっそりといました。

”岩木山神社”の逆さ狛犬と似ています。



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〖神厩舎・三猿(しんきゅうしゃ・さんざる〗     重要文化財




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≪三猿≫

「見ざる、言わざる、聞かざる」

猿が馬を守る動物であると言う伝承から8枚描かれている猿の彫刻の中の一つです。

残念ながら現在修復中で、レプリカが飾られていました。




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以上『日光東照宮その1』 でした。

以下~その2~に続きます。

神社 | 11:44:30 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 休暇村 日光湯元 ~
今日の宿は、「湯ノ湖」を目の前に望む自然の中に佇む

『休暇村 日光湯元』 さんです。




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≪ロビー≫


フロントは3階建ての2階に有りました。


ロビーはコンサートやアクティビティー体験ができる様広めに配置されています。




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≪サロン≫



一階レストランの吹き抜けを通して、目の前の「湯ノ湖」を望みながら

くつろぐことが出来ます。

残念ながら今日は雪景色しか見えませんが。




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≪食事処 桂≫



出された夕餉は、日光名物”湯波会席”



先 付    日光名物 汲み上げ湯波


出来上がってくる湯波を箸で汲み上げながらいただきます。




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前 菜    鱒南蛮土佐酢ジュレ      鮪時雨煮 湯波和え

        生ハムとチーズ         揚げ巻湯波 もろみ味噌

        浅利酒盗             里芋チップ




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造 里    中トロ 豆乳とろとろ湯波




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    イワナの骨酒



肝心な物を忘れていました。

飲物は”イワナの骨酒”です。 (注 これは別注です)




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最高に旨かったです!!

”イワナは熱めのぉー 燗がいい~っ!!” てっかぁー。

”骨酒 おかわりーっ!!”










会席の話、続けます。


鍋 物    黒毛和牛の濃い豆腐鍋

         この豆腐も日光名物だそうです。           




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焼 物    黒毛和牛と湯波の石焼 オリジナル南蛮味噌ソース




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蓋 物    海老みぞれ蒸しカニ味噌三つ葉餡(あん)




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ビュッフェ


天ぷら・サラダ・漬物・御飯・汁物・水菓子はビュッフェスタイルです。


ここも大変充実していました。どれも美味しそうでした。

(ただし、くれぐれも取りすぎにはご注意あれ!! 

メインの料理が万福で食べられなくなります!! と経験者は語る・・・・・)












≪大浴場≫




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脱衣室




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露天風呂




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≪朝食≫



1階の吹き抜けレストランでバイキングスタイルです。




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和食バイキングをチョイス。




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いやぁー!!

ちょっと衝撃でした。 昔の「休暇村」のイメージと全然違いますね。

リーズナブルの伝統は残っているものの、サービスや接客、

特に出される料理には大満足しました。

”休暇村”恐るべし!!です。



以上、高原の神秘な霧に包まれた 『休暇村 日光湯元』 でした。  





旅・はいかい | 05:30:35 | トラックバック(0) | コメント(2)
~ 湯ノ湖・雪道散歩 ~
奥日光湯元温泉の麓 『湯ノ湖』 に来ています。

『湯ノ湖』は北東にある「三岳」の噴火で湯川が堰き止められて出来た湖です。

面積 0.32k㎡、周囲 2.8km、三方を山で囲まれた神秘的な雰囲気が漂う湖です。

それに加え、景色全体が残雪に覆われた白銀のベールを纏っているので

異次元の世界へ吸い込まれて行くようです。






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神話の世界を彷彿させます。

雪の精と湖の精が舞い降りて気そうですネ。




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『湯ノ湖』には、その名前の通り「湯元温泉」から、温泉が流れ込んでいます。

その部分だけが、他とは違う表情を魅せています。

湖の水面から湯気が立ち込めているのがわかるでしょうか。

この一画だけ水面が凍結していません。





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湖畔の貸ボート屋さんなどは冬季休業中です。

垂れ下がる氷柱と積もった雪がこの土地の寒さを表しています。




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そんな中で、雪に埋もれながら営業しているお店もあります。

頑張っていますね。




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『湯ノ湖』は温泉成分や山からの土砂流入で水深が浅くなっています。

一番深い所でも水深12m程度だそうです。

したがって冬季には水面が全面凍結します。

そしてその氷の上に雪が積もり、

水面がホイップクリームをかけたスイーツのようになります。

思わず近づいてすくいあげたい気持ちになりますが、

それは危険です!! 行と帰りの人数に変化が生じかねません!!




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『湯ノ湖』の南端に対岸に渡る橋が架かっていますが冬季通行止めです。




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橋の上から湯元温泉側を見ます。

手前側は、氷も雪もありません。

それは、直ぐ後ろが「湯滝」と言う滝の落ち口になっていて

水面に流が生じているからです。




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「湯滝」の落ち口です。

『湯ノ湖』の南端、戦場ヶ原との境に位置します。

高さ70m、長さ110mあるそうです。


もう少し近づいて、全景や滝壺の状況を撮影したかったのですが

雪が積もっていて近づけません。

ハイキングコースの木道も雪の中です。

落ち口から滝壺にかけて末広がりに滝幅が広がっているようです。



これでも、命掛けで撮影しました。


こわーっ!!



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お詫びに、正しい姿はこちらです。

勇壮で素敵な姿をしています。

雪のない時にゆっくり観てみたいです。




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以上、とても神秘的な湖の畔 『湯ノ湖・雪道散歩』 でした。

旅・はいかい | 05:39:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 元三島神社 ~
毎日通勤の電車の窓から見ていました。

鶯谷駅のホームのに背を向ける形で鎮座しています。

本殿の裏側や先端が垂直に切られ、男神が祀られていることを表す”千木”

空に向かって伸びています。

気にはなっていたのですが、鶯谷と言う駅にあまり縁がなくて、

初めての参詣です。






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社 号          元三島神社

所在地         東京都台東区根岸1-7-11

主祭神         大山祗命(おおやまづみにみこと)

社格等         村社

創 建          弘安4年(1281年)

境内社         稲荷神社











〖由緒・沿革〗




元寇の弘安の役の際に河野通有が伊予の国大三島神社に必勝祈願した後、

当地に分霊を勧請し、創建したと伝えられている。宝永7年(1710年)に浅草小揚町へ

遷座(せんざ)することになったものの、地元氏子の協議により当地にあった

熊野社と合祀(ごうし)して『元三島社』として残されて今日に至る。











〖一の鳥居〗




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一の鳥居の横に寒桜がきれいに咲いていました。




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〖鳥居狛犬〗




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          「吽形」                       「阿形」











〖手水舎〗




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水量を調整しているのでしょうか?

程よく滴っていました。




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〖賽銭箱〗


一の鳥居を潜り拝殿に向かうと少し急な階段があります。

この階段を上るのがきつい方の為に階段の手前に賽銭箱が置かれ

礼拝を行えるようになっています。




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〖二の鳥居〗


階段を登りきると二の鳥居がありました。




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〖拝殿狛犬〗




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          「吽形」                        「阿形」










〖拝殿〗




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≪拝殿扁額≫




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御朱印替わりのお土産です。




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以上 『元三島神社』 でした。

神社 | 18:15:33 | トラックバック(0) | コメント(0)
~大寒桜 ~
”上野のお山”でソメイヨシノの先陣を切って『大寒桜』が満開です。

主役が来る前の「露払い」でしょうか。

とは言ってもさすが”上野のお山”損所そこらの「露払い」とは違いますよ。

他へ言ったら「横綱級」ですよ。 

堂々と青空へ向かって胸を張ってます。


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春を待ちかねる「花見スト」達の心を誘っていますネ。

青空がバックだと、一層妖艶に見えます!!




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引き寄せられてきたのは、人間だけではありません。

鳥達(ツグミ?)も、甘い蜜を求めて集まってきています。




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でも、こんな『大寒桜』の華を見せられると、やっぱり本番が待ち遠しくなりますネ。

は~るよ来い、は~やく来い!! でしょうか。




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以上、”上野のお山”の春の先導師 『大寒桜』 でした。

旅・はいかい | 12:45:54 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 越生梅林(おごせばいりん) ~
水戸偕楽園、熱海梅林と並んで「関東三大梅林」と言われている

『越生梅林』に来ています。

現在「梅まつり」の真っ最中です。

駅で地元の方が言っておりました。

「越生の町が年に一度、一番賑やかになる時」だそうです。




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結構遠かったです。

初めて降り立った街でした。

「越生駅」はJRと東武東上線が共同使用をしている、珍しい駅でした。

ホームから階段を登り、線路を跨ぐ途中で一度、駅舎を通過するときに一度

合計二度改札を通らなければいけません。初めての経験でした。

(出入口は一つしかないのに!!)










ここ『越生梅林』は南北朝時代、大宰府より天満宮を分祀(ぶんし)する際に梅を植えたのが

起源とされています。

2haの広さの敷地に1000本の梅が植えられているそうです。

中には樹齢650年と言う古木もあるそうです。

梅が植えられているのは、この梅林だけではありません。

周囲の畑や庭で沢山の梅が栽培されています。

全部合わせると、なんと2万本程の数になるそうです。

すごいですね。






木によって多少の違いがありますが、6~7分咲き ぐらいでしょうか。




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梅林内にはミニSLが走る為の線路が敷設されていました。

残念ながら本日は運行しないようですが、設定日にはかって八高線を走っていた

国鉄9600形蒸気機関車の10分の1のモデルが子供達を乗せて走るそうです。




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梅林は、越辺川(おっぺがわ)沿いに造られていて、見学者があまり行かない

奥の方まで続いていました。




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奥の方は日当たりの精でしょうか、3~4分咲き程度でした。




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折角、梅林の中を川が流れているんですから、もう少しこの川を整備し”景色”に生かしたら

どうでしょうか。

水辺を歩けるようにしたり、渡れるように踏み石を置いたり

川岸に、菜の花を植えて梅とコラボレーションさせたり

色々な工夫で、梅だけではない違う景色が提供出来るのではないでしょうか。




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ここの梅林は梅の花の美しさもさることながら、個性的な形をした梅の木が多くみられます。

木の姿を見ているだけでも、わくわくします。




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ピンクが一番映えていました。




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古木の風格が染み出ていますネ。

ドンと構えています。

今風に言えば”ウメバウワー” でしょうか。



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宙に浮いている枝はなんでしょうか?




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枝垂れ梅




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この梅林の中で一番のお気に入りです。

話には聞いていましたが、初めて見ました。

 ”緑愕梅(りょくがくばい)”

白梅ですが、名前の通り愕が薄緑色をしています。

枝も、蕾も緑です。

”清楚”な薄緑を伝えられるでしょうか。




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では、梅の精の優雅な”梅の舞”




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以上、梅の香り漂う『越生梅林』 でした。






旅・はいかい | 20:52:55 | トラックバック(0) | コメント(0)

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