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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 箭弓(やきゅう)稲荷神社 ~
以前、参詣に来た時は駅前に大きな鳥居があったと記憶をしてます。

駅前再開発で撤去されてしまったようです。

再開発に反対するつもりはありませんが、歴史を見つめてきた鳥居は

残してほしかったですネ。

東武東上線東松山駅前に鎮座する『箭弓稲荷神社』です。




DSC_箭弓6994











社 号          箭弓(やきゅう)稲荷神社


所在地          埼玉県東松山市箭弓町2-5-14

主祭神          保食神(うけもちのかみ)

                ・宇迦之御魂神(うがのみたまのかみ)

                ・豊受比賣神(とようけひめのかみ)

社 格          県社・別表神社

創 建          和同5年(712年)

本殿様式        権現造

別 名          やきゅうさま

例 祭          9月21日











〖由緒沿革〗



平安時代の中頃、下総の国(千葉県と茨城県の一部)の城主・平忠常が謀反を起こし

またたくまに近隣諸国を切り従へ、ついにその威を関八州にふるい、大群を持って

武蔵の国(埼玉県と東京都・神奈川県の一部)川越まで押し寄せて来た。

朝廷は武門の誉れ高い源氏の棟梁の子・源頼信に忠常追討の任に当たらせた

しかし、多勢に無勢、さすがの頼信も苦戦を強いられた。

その時、頼信が本陣を張る「野久ケ原」にある小さな祠「野久稲荷神社」に

太刀一振、馬一頭を奉納し、夜を徹して祈願したところ、

明け行く空に箭(矢)の形をした雲が現れ、敵を射るかのように飛んで行った。

 頼信はこれぞ神の御加護と奮い立ち、自ら先陣に立ち敵陣に攻め入ると

三日三晩の激戦の末、神を信じて戦う頼信軍が勝利した。

 帰陣した頼信は、直ちに「野久稲荷」に戦勝報告を済ませると、御社殿の建て替えを

寄進すると共に「野久稲荷神社」を「箭弓稲荷神社」と改めるよう命じた。

 以来、松山城主、川越城主を初めてとして多くの人達の信仰を集めてきた。

そしてこの『箭弓稲荷神社』に由来して此の地も「箭弓村」「箭弓町」と名付けられている。











〖社号標〗




            DSC_箭弓6959_01











〖一の鳥居〗




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   ≪鳥居扁額≫




         DSC_箭弓6961











〖二の鳥居〗




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〖手水舎・手水鉢〗


東松山市指定構造物


4本の柱が、内へ向けて斜めに造られています。

重い屋根部の横揺れに対する「先人の知恵」でしょうか。




DSC_箭弓6965





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すぐ横に、もう少し年代物の手水鉢も置かれていました。

そばに”御神水”も湧いていました。




DSC_箭弓6969





            DSC_箭弓6968_01











〖きつね〗


やっぱり、稲荷神社は狐ですよね。

こちらの「きつね」は狛犬にちなんで「阿型」と「吽型」に造られていました。




     DSC_箭弓6973     DSC_箭弓6974











〖三の鳥居〗


6脚銅板葺き、弁柄塗りの立派な鳥居です。




DSC_箭弓6971









   ≪鳥居扁額≫

      扁額にも、銅板葺きの破風が施されていました。

      初めて見ました。

      しかも拝殿同様の彫刻が施されています。




 DSC_箭弓6975











〖拝殿〗


  天保6年(1835年) 建立

  無彩色ですが、立派な彫刻が施されています。

 一説によると ”国宝 妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)”の彫刻を終えた

  全国から集められた「彫り師」の一部の職人が故郷に帰らず、埼玉近郊の神社仏閣の

  彫刻を施した。ここもその彫刻の一つとされている。




DSC_箭弓6976











〖賽銭箱〗



拝殿の前に置かれた「賽銭箱」にも、歴史と風格が現れています。




DSC_箭弓6980












〖黄金の狐〗


拝殿の中を覗くと、鈍い光を放つ「狐」が鎮座しておりました。

”黄金の狐”です。




DSC_箭弓6981_01





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〖箭弓〗



箭弓とは矢と弓のこと。

神殿の前にはしっかり祀られていました。




DSC_箭弓6991_01











〖本殿・幣殿〗



本 殿          正徳5年(1715年)建立

幣 殿          文化8年(1811年)建立



「本殿」「幣殿」「拝殿」と流れるような”権現造”です。

きれいですネ。




DSC_箭弓6985





DSC_箭弓6988
   










〖末社  團十郎稲荷〗



  通称     穴宮

  御祭神    宇迦之御魂神(うがのみたまのかみ)





 7代目市川團十郎はこの稲荷神社を崇敬し、

社に籠り芸道精進、大願成就を祈願していました。

ある時の新春歌舞伎興行において、毎日札止めの大盛況を納めることが出来ました。

これはひとえに、御霊験あらたかなる事と感得し、文政4年(1821年)に

石造りの祠を建立奉献した。

 以来、江戸の役者や花柳界をはじめ、芸能・技術の向上を願う人々の振興が厚く

芸能・商売繁盛の守り神として広く崇敬を集めています。




DSC_箭弓6997





DSC_箭弓6998











〖縁結びの木〗


「松の木」と「栴檀(せんだん)の木」とが根を合わせ寄り添って生えています。

この姿からいつしか「縁結びの木」と呼ばれるようになったそうです。




DSC_箭弓6986











〖雑 記〗


① 「稲荷神社」と言うと通常は読んで字のごとく”五穀豊穣”の神様として祀られますが

   ここ『箭弓稲荷神社』は、発祥のいきさつから”商売・勝負の神様”としてのほうが有名です。

② 「やきゅう」と言う、縁でプロ野球をはじめ野球関係者が多く参詣する事でも

   知られています。特に同じ埼玉に本拠地を構える「埼玉西武ライオンズ」の選手が

  頻繁に訪れるそうです。

③ この『箭弓稲荷神社』の崇敬者に、落語家の林家正蔵並びに林家三平兄弟がいます。

  『箭弓稲荷』は海老名家先祖代々からの守り神で、代々から手の平に乗るほどの
  
  「武州松山箭弓稲荷様」が伝わっているそうです。

  これをいつも肌身離さず持っていて、楽屋に入るたびに楽屋に祀って

  高座が旨く行くことを手を合わせて拝むそうです。











以上 『箭弓稲荷神社』 でした。

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神社 | 21:20:37 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 十思(じっし)公園 ~
昼休み、ちょっと時間があるので昔懐かしい場所に散歩の足を延ばしてみた。

日本橋小伝馬町の『十思公園』 です。

昔、この近くに職場がありましたので、

朝食や昼食の場としてよく利用させていただきました。

”十思”とはあまり聞きなれない名前ですが、お隣の「十思小学校」の名から

付けられたのですが、唐の時代天子のわきまえなければならない戒めを記した

十か条のことで、この十か条を校風、教育理念として掲げた小学校だそうです。

その「十思小学校」も今はすでに廃校となっていました。寂しいです。

暮も押し迫ったころ、先生たちに頼まれて生徒の為の餅つき大会を手伝ったのが

つい最近の事の様に思い出されます。


又、曲面に造られた校舎の外観が特徴的で強く印象的に記憶にあります。

造られた当時としては、とてもお洒落でハイカラな校舎だったのでしょうネ。




        f0142606_21234380.jpg











ここ『十思公園』 は一見、見た目は都内のどこにでもあるような公園ですが




DSC_十0004





慶長年間から明治8年まで270年に渡って数十万人の囚人を収容した

”伝馬町牢屋敷跡”なんです。

ですから本来は”史跡”と言うべき公園です。

勿論、この『十思公園』だけでなく旧十思小学校、道路向かいの「大安楽寺」を含めた

2618坪の広大な敷地一帯が”伝馬町牢屋敷跡”です。

「大安楽寺」のあるところが”処刑場”にあたります。


当時の牢屋敷を俯瞰して観ると、こんな感じでしょうか




        rouyamitorizu1.jpg








さらに今の場所にラップさせると



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〖処刑場跡〗




DSC_十0003




         DSC_十6235










処刑された人達の霊を祀って建立されました。




      dr09.jpg






    




江戸時代は、懲役や禁固の処罰が無かったので「伝馬町牢屋敷」は今で言う

「刑務所」ではなく、死刑や島流しなどの刑が確定するまでの未決囚を収監する

留置所兼死刑執行場のような施設でした。




牢内は囚人による完全自治制がしかれており、牢屋役人ですら権限が及ばない

世界でした。 幕府が指名した牢名主を頂点とする厳然たる身分制度が敷かれていた。

牢内の人数が増え、生活するのに支障をきたすようになると「作造り」と呼ばれる

殺人が行われました。


    ① 牢内の規律を乱すもの

    ② 元岡っ引きや目明し  

    ③ いびきのうるさい者

    ④ 牢外からの金品による差し入れの無い者

が標的にされ、暗殺後は「病気で死にました」と届け出て、お咎め無し。

いずれにしても人間としての扱いとは程遠かったようです。





『十思公園』 の中に当時日本橋石町(現在の日本橋三越近辺)にあった時を告げる鐘

”時の鐘”が移築保存されています。

この鐘の音を合図に処刑が執行されたようです。




         DSC_十0005












   ” 身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 

                      留め置かまし大和魂 ”
   




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大老・井伊直弼による”安政の大獄” でここ「伝馬町牢屋敷」に収容されて

処刑された”吉田松陰”の辞世の句碑が公園内に置かれています。   







吉田松陰は、この「伝馬町牢屋敷」2度収容されています。

一度目は安政元年(1854年)にペリーが再来した折、米国船に乗って密航しようとして

失敗し、伝馬町送りとなった。

この時、収容されている牢仲間に学問を教えたと言う逸話もありますが、

半年程で出獄を許され、地元長州で蟄居(ちっきょ)の身となった。 

この時"松下村塾”を開いて、高杉晋作や久坂玄瑞と言った志士を育てた。



二度目は、井伊直弼が朝廷の勅許を得ずに日米修好通商条約を結んだことに憤激し

あからさまに幕府批判を展開したことを咎められ「安政の大獄」の網にかかり

橋本佐内、高野長英らと共に収容され、その後井伊直弼の逆鱗に触れ処刑となった。  





”松下村塾”の弟子たちが吉田松陰の死を悼み奉納した石碑も隣にありました。




         DSC_十0007
  









以上、江戸の歴史が残されている 

大切にしなければいけない史跡 『十思公園』 でした。

歴史探訪 | 21:23:48 | トラックバック(0) | コメント(1)
~ おやじの自由研究 ~
ひょんなことから、パーツを買ってPCを組み立てるハメになった。

何が原因なのか未だにわからないが。

子供の頃から、プラモデルを組み立てるのは好きだったので

結構組み立てた。

大人に成っても、最近はやりの組み立て家具を幾つか組み立てた。

どちらにしても、必ずどこかに不具合が生じて思うどうりにはいかないことが多かった。

その経験が頭をよぎる。もって生まれた星のせいだろうと、自分に言い聞かせてきた。

それがこともあろうに、全く苦手なPCの組み立てとは!

誘惑責任者が指導はしてくれるとは言うももの、気が重い。

出来合いを買った方が無難だと言う人もいた。その意見も捨てがたい。

逡巡と葛藤を繰り返す内に、約束の日が来て、約束の場所へ来てしまった。

おたくの街”秋葉原電気街”です。




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パーツを売っている専門店へ

カウンターのお兄ちゃんは、手慣れたように相談に乗ってくれる。




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予定していたパーツを購入し、早速自宅で組立です。





〖CPU取り付け〗



マザーボードCPUソケットCPU を取り付けます。



    マザーボード      ASUS H170-PRO

    CPU           インテル Cor i5 6500 BOX




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〖CPUクーラー取り付け〗



     CPUクーラー      クーラーマスター Hyper TX3 EVO PR-TX3E-28PK-J1




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≪問題発生 1≫


購入した「クーラーマスター」の足の寸法が、「CPUソケット」の寸法と

ほんの僅かずれが生じて取り付けできず。

止むを得ず純正のCPUクーラーを仮付けする。




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〖システムメモリー組み込み〗



    システムメモリー      CFD W4U2133PS-8G×2



ASUSのお薦めにより、4枚あるモジュールの内A2とB2(グレー)に取り付ける。











〖ケース組み込み〗


    ケース       PCK5WX

    電源        玄人志向 KRPW-N600W/85+

     SSD         SANDISK SDSSDA240GJ26C

    HDD         WESTERN DIGITAL WD20EZRZ-RT

     ビデオカード    玄人志向 GF-GTX750TiーLE2GHD

    光学ドライブ    パイオニア DVR-S21L




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         DSC_PCa6234.jpg











〖各所結線〗



所定のコネクターに結線する。

かなり細かい作業。

所定の文字が小さくて読めず、感に頼る箇所あり。











≪問題発生 2≫



4つあるファンのコネクターが3か所しか見当たらない。

まあ3つ動けばいいかとあきらめる。











〖仮立ち上げ〗



電源を繋ぎ、モニター、キーボードを接続し、PCを立ち上げる。





   モニター      EIZO FS2434R

   キーボード     ELECOM TKFCP080BK




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≪問題発生 3≫



オンボードLEDは点灯するも肝心のハードが起動しない。

再度結線の確認。

今度は、所定文字を何とか読み解き正常結線確認。

がっ!! 起動せず。原因不明!!


大分疲労もあるので、本日はここまでとし、後日再検討。




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〖1週間後 再組立て〗



CPUに電源が送られていないのではないか、と検討をつけながら

再度組立直す。





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CPUクーラーも寸法を調整し、当初予定したクーラーに取り付け直す。




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CPUの電源も確認し、コネクションカバーも取り付け

再度立ち上げ。




があっ!!以前ハード起動せず!!











〖翌日 秋葉原〗


仕方なく、そのままの状態で、秋葉原のパーツ購入先に持ち込む

「マザーボード」の不具合をチェック。

ところがマザーボードには異常がなし。

ハードが正常に立ち上がる。原因は接触不良だったのか?

ついでに、ファンの分岐コネクター増設しファンも4か所可動。




自宅へ持ち帰り、立ち上げてみる。


ハード起動!!


立ち上がり確認  !!








〖OSインストール〗

やっとのことでOSインストールに至ることが出来ました。



   

   OS     マイクロソフト  Windows 10 Pro






と言うことで、やっとPCが組立上がり、使えるようになりました。

長い道のりでした。



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以上、夏休み 『おやじの自由研究ーPC組立ー』 でした。




    おかげさまで ”サックサック” です。

戯れ | 20:31:42 | トラックバック(0) | コメント(2)
~ 粟又(あわまた)の滝 ~
せっかく君津の山中に来たので”養老渓谷”まで足を延ばしてみる。

その”養老渓谷”を代表する滝が養老川にかかる『粟又の滝』です。


正式名は”高滝”、地域名から通称『粟又の滝』と呼ばれ、

こちらの呼び方のほうが広く知られている。

又、河川名から「養老の滝」とも呼ばれていますが、

こちらはどちらかというと”リーマン”向けでしょうか。

いずれにしても、渓谷の少ない千葉県においては随一の名瀑と言えます。


”養老渓谷”のメイン交差点「老川十字路」をR178で養老川の上流へ向かいます。

5分ほど走ると到着です。ただし道幅が狭いのでシーズンの最盛期は渋滞に注意!

駐車場に車を止めて、R178を少し戻ります。

すると眼下に『粟又の滝』が見えてきます。




DSC_粟6727_01








滝の入り口を案内に従って川岸まで下りる。

こんな時、いつも頭に過るのは「行きは好い好い、帰りは恐い」

帰りの登りを考えると気が重い。

が、ここまで来ては、行くしかない。

川岸まで下りると滝の全貌が一望できる。






         DSC_6744_01.jpg











落差約30メートル、幅約30メートル、延長約100メートル

なだらかな流れが続く。

滝壺から下流の「小沢又の滝」まで約2キロメートルの遊歩道が整備されている。

時間があればゆっくりと探索したい。

次回の楽しみにとってきましょう。





         DSC_6750_01.jpg





          DSC_6751_01.jpg











現在午前7時少し前ですが、滝壺ではすでに何組かの家族が水遊びをしている。

今でも、人がフレームに入らないようにシャッターを押すのは極めて難しい。

後一時間もすれば、尚更だろう。 人気スポットでは避けられない現実です。

景勝地を撮影するのは大変な忍耐が必要です。

さきの『濃溝の滝』では、滝壺で遊ぼうとする家族に、カメラを持った撮影者が

撮影の邪魔だと大声をあげていたが、これはまったくお門違いであろう。

それこそ、カメラ小僧の傲慢の何物でもない。

子供達がどこで遊ぼうと、子供たちの自由だ。




DSC_6752_01.jpg








家族がフレームアウトするまで15分ほど待ちました。




DSC_6755_01.jpg









以上 『粟又の滝の朝』 でした。



*)このブログをアップする寸前にこの『粟又の滝』の滝壺で水遊びをしていた中学生が

  行方不明とのニュースがテレビで流れていました。

  このブログをアップすべきかどうか迷いましたが滝自体に

  問題があるわけではないのでアップさせていただきました。

  ただし「もう少し水量が多くて流れが急だと絵的にはおもしろいのに」は

  削除しました。

  行方不明になった方のご無事を心から祈っています。


旅・はいかい | 06:50:13 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 濃溝(のうみぞ)の滝 ~
インスタグラムに投稿された1枚の写真がきっかけで一躍時の人ならぬ”時の滝”に

なっている 『濃溝の滝』に来ています。

投稿された写真は、滝に差し込む朝日によって、神秘的な絶景が収められていて

国内だけに限らず、世界中で話題になっているそうです。



『濃溝の滝』は、千葉県の山間部の丁度真ん中当たり、

君津市の「清水渓谷公園」の中にあります。




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遊歩道に沿って歩くと、すぐに川のせせらぎが聞こえてきました。

この下が『濃溝の滝』です。




         DSC_6704_01.jpg











ここでお詫びです。

インスタグラムにあるように滝に差し込む朝日を取るべく

朝3時に起きて君津に向かう予定でしたが  

がぁ~ん!!

目が覚めると4時を回っていました。

慌てて出発しましたが「清水渓谷谷公園」に着いた時には

陽が高く上がってしまっていました。   残念!!










では、待望の『濃溝の滝』 です。




         DSC_6705_01.jpg





         DSC_6724_01.jpg











『濃溝の滝』は350年前、曲がりくねった川をショートカットして川の形状を変える

「川廻し」によって、岩をくり貫いて出来た人工滝です。

「川廻し」によってできた水位の落差が滝となっています。




         DSC_6719_01.jpg





         DSC_6713_01.jpg
         











『濃溝の滝』を含め「清水渓谷公園」は駐車場から歩いて直ぐですが、秘境に入り込んだような

不思議な世界を感じさせてくれる癒しの空間です。

今日は時間がないので撮影もほどほどに帰りましたが、公園をゆっくり回っても

15分ほどで1周出来るそうです。今度はじっくり「ジプリの世界」を体感したいと思います。



それでは、寝坊したお詫びに、yuzoooooさんがインスタグラムにアップロードして

話題を呼んだ一枚の写真を紹介します。


朝靄の中の透明感、神秘の世界、ジブリの世界ですネ。



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            出展  インスタグラム  by zuzooooo


旅・はいかい | 07:59:56 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ たたら祭りサンバパレード ~
たたら祭りのメインイベントの一つ『サンバパレード』です。

去年から、パレードコースが「オートレース場の前面道路変更になり、

場内とパレードを併用して見学できるので、便利になりました。

しかし、灼熱の炎天下では、日陰が少なくて演技する方も見る方も大変です。

始まる前に、日陰の争奪戦です。



いよいよパレードが始まります。

今年も、スタートは「アレグリア」です。






≪G.R.E.S.アレグリア≫


アレグリアは埼玉県戸田市を本拠地とし、国内最大級の規模とトップクラスの

パホーマンスを誇るサンバチームです。

浅草サンバカーニバル入賞の常連チームです。




タスキをかけて先頭で踊るのは、それなりの実力者なんでしょうネ。




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元気娘が続々現れます。




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素晴らしいリズム感でした。




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迫力ではこちらも負けていませんでした。




         DSC_6485_01.jpg











「アレグリア」の今年のテーマが ”温泉旅館 あれぐり屋” だそうです。

それでもって、こんなんになってます。

意味が良く判りません。

サンバとどこで繋がっているんでしょうか。




         DSC_6490_01.jpg





         DSC_6455_01.jpg











折角ですから ”ズームイン”




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≪ブロコ・アハスタォン≫


同じく「浅草サンバカーニバル」の入賞常連チームです。

チームカラーは「白と黒」




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私は”羽根になりたい!!”



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ただ激しい踊りだけではないですネ。

とっても、品が漂っていました。

ブラボーです。




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さっきのオネーさん、又来ましたネ。

サンバの踊りがが好きなんですね。

とてもいいことです!!


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前だけではありません。

後姿も素敵です。

しかし、良く焼けていますネ。

毎日踊っているのでしょうか。




         DSC_6603_01.jpg




でもやっぱ、前の方が良いかナ!!

思わず、手を伸ばして立ち上がりそうになりました。




         

         DSC_6606_01.jpg
         









”ズームイン”




顎から滴る”汗”が光ってます。




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”う~む!!”


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≪学生サンバ連合 ウニアン・ドス・アマドーリス≫



学生とは言え、こちらも浅草サンバカーニバルの常連です。






紫が痛いほど目に刺さります。




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≪RIO・BOCA≫


川口市の職員さん達だそうです。




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どこの部署を担当しているのでしょうか。



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”ズームイン”




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〖本日のお気に入りショット〗




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以上、とってもブラボーな『たたら祭りサンバパレード』 でした。

旅・はいかい | 05:50:22 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 鎮守 氷川神社 ~
「オートレース場」と向かい合うように鎮座していました。



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社 号          鎮守氷川神社

所在地          埼玉県川口市青木5-18-48

主祭神          素盞鳴命(スサノウノミコト)

              櫛稲田姫命(クシイナダヒメノミコト)

創建           応永年間(1397~1428年)

社殿           権現造



境内社         浅間神社   弁天社   磯前神社   天神社   三峰神社

              稲荷神社   古峰神社   不動尊堂











【社号標】  



         DSC_氷川6288
 










【鳥居】




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≪鳥居扁額≫




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【鳥居狛犬】 


力強い狛犬です。 「阿」というより、吠えてます「があー」でしょうか。





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〖手水舎〗




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〖参道狛犬〗

参道の途中にもありました。




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〖拝殿前狛犬〗


3対目の狛犬です。

年代と風格を感じさせます。




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〖拝殿〗  




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  ≪拝殿額≫



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  ≪幣殿・本殿≫




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〖境内社〗




  ≪浅間神社≫

江戸時代に「富士・浅間信仰」が流行したおり、富士山に行けない人の為

富士山を模した「富士塚」が設けられた。




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  ≪稲荷神社≫


”稲荷”は「稲成」「稲生」が語源であることから

”五穀豊穣・商売繁盛・工場安全・家内安全”の守り神




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  ≪古峰神社≫

御祭神は日本武尊




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〖御神木〗


2本の「椋(むく)」の幹が根元で一つに結ばれていることから

縁結びの木『夫婦椋』 として祀られている




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〖御朱印帳〗


素盞鳴命(スサノウノミコト)のシルエットを模った勇壮な表紙です。




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この御朱印帳とは別に、毎月10日に「横尾忠則さん」デザインの

御朱印帳が100冊限定で発売されるそうです。

横尾忠則流の 素盞鳴命(スサノウノミコト)の世界観を

感じて観てはいかがでしょうか





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〖御朱印〗


描かれている素盞鳴命(スサノウノミコト)のシルエットの色が

季節によって変わるそうです。 今は夏なのでです。




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神社 | 12:45:57 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ たたら祭り ~
またまた、今年も『たたら祭り』がやってきました。

祭の内容はほぼ毎年変わりませんので、サラッと紹介したいと思ます。

『たたら祭り』は、川口オートレース場とその周辺を使って行われます。




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これも何度か説明しましたが、再度復習します。

「たたら」とは、製鉄の時に風を送る「ふいご」ことを意味します。

「たたらを踏む」とは「ふいご」を足でばたばた踏みつけて風を送る動作の事です。

この作業はかなりの重労働だったので、その辛さを紛らわす為に「たたら節」などと言う

労働歌が生まれました。

また、俗に言う「地団駄」とは「地たたら」が転じた表現です。

悔しくて、足をバタバタさせている様が「地たたら」を踏む様子に似ているからでしょうか。


まあ、いずれにしても「鋳物の街、キューポラの街 川口」の祭にはぴったりのネーミング

ではないでしょうか。











「オートレース場」の正門を入った直ぐの広場に、いつものようにメインステージが

造られていました。




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炎天下なので、観客はまだ、まばらのようですが、若い女性歌手が一生懸命

歌謡曲を熱唱しておりました。

中々、お上手でしたよ。




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いつもは、しっかり閉ざされている「改札口」を今日は「フリー」で通り抜けると

場内には、これでもかと露天が軒を並べています。

どうやら、毎年ほぼ同じ方が同じところに店を出しているようです。

顔はともかく、売っているものの並びがいつも同じです。

これも「既得権」なのでしょうか。




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午後2時になると、全面道路が封鎖され歩行者天国となり、

路上で、イベントが行われます。

さっそく川口名物 ”川口初午太鼓”の演奏が始まりました。

”初午太鼓”もおさらいします。


川口は、鋳物の街・キューポラのある街です。

正確には「でした。」過去形でしょうか。

「鋳物の街」とは見方を変えると「火を使う街」とも言えます。

それぞれの鋳物工場にとって、あるいは町全体にとっても、

火事が一番怖い事故、一番避けなければならない事故でした。

そこで、それぞれの鋳物工場では一年の初めの「午の日」に稲荷神社に「ひぶせ」を願い

「初午太鼓」叩いて奉納しました。これが「初午太鼓」の始まりです。

この初午の日は、どこの工場でも太鼓を打ち鳴らすので荒川を越えて

対岸の赤羽まで響き渡ったようです。




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そんな歴史もある川口には、沢山の和太鼓演奏グループがあります。

毎年3月には「川口初午太鼓コンクール」が開催されています。

今年でなんと46回目だそうです。

キューポラは無くなっても、こんな伝統は残したいですよネ。




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幾つかのグループが、一緒になって演奏しているのでしょうか。

名前の違う法被を着ています。




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勇壮ですネ!


      アッパレ!! です。







以上 『たたら祭り』 と 『初午太鼓』 でした。

| 10:46:58 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 玉ひで ~
今日のランチは、久しぶりにこちらへお邪魔しました。

創業宝暦10年(1760年) 250年以上の歴史を持つ

軍鶏料理の老舗 『玉ひで』 さんです。

人形町の駅を出ると、大きな看板がいやでも目に止まります。




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『玉ひで』は軍鶏料理専門店ですが、親子丼発祥の店としても広く知られています。

明治24年、五代目女将「とく」が考案したそうです。

それが現在でも人気の「元祖親子丼」です。




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と言う訳で、昼時は行列が絶えることが有りません。

この行列は今では人形町の名物と言えるかもしれません。

11時20分が入店開始時間なので、今は第1陣が入店したばかりで

行列は少な目です。




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店内に入ると、下足を預けて座敷に上がります。

上り口には由緒ありげな看板が立てかけてありました。

名のある人の「書」でしょうか。




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しかし、廊下にも行列が出来ています。

行列の中ほどの右側の小さいカウンターで、並んでいる間に注文と料金の支払いを

済ませます。




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昼は、4種類ある「元祖親子丼」と「親子昼膳」だけの営業です。




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食事処は通路を挟んで、両側に4人掛けの座卓が置かれているだけで

意外とコンパクトです。

勿論、昼時は「相席御免」です。




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池波正太郎の時代小説”鬼平犯科帳”に出てくる軍鶏鍋屋『五鉄』との因果関係は

良く知りませんが、池波正太郎から「五鉄」「五鐵」「鬼平」の名を使用する事の許可を

貰っているそうです。




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案内された席に着くと、すぐに「鳥ガラスープ」が運ばれました。

「熱いうちにお召し上がりください」と言葉が添えられました。




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いよいよ、注文の「三昧親子丼」の登場です。

鮮やかな緑色の御新香が添えられていました。



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ふわふわ、とろとろ玉子 です。

勿論、箸ではなく朱塗りの木製スプーンでいただきます。

「手羽」「もも」「むね肉」の三種類の軍鶏肉も程よい歯ごたえでとても美味しいです。






いや~っ!!

あっという間に完食です。

美味しかったですネ。

並んでも食べたい「親子丼」

何となく判るような気がします。

そして、お替りする人もいるのではないでしょうか。

四種類の親子丼の食べ比べとか、それはちょっと大げさか。


以上、とっても満足の 『玉ひで』 でした。




  ごちそうさまー!!

食べる | 21:15:51 | トラックバック(0) | コメント(1)
~ 小網神社 ~
一枚の写真の中にほとんどの神社施設が収まってしまうような

極めてコンパクト配置された、しかしながら落ち着いた雰囲気を醸して鎮座している

神社がありました。

強運厄除の神様として崇められている 『小網神社』 です。

「鳥居」「拝殿」「神楽殿」「手水舎」「社務所」が写っています。


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社号       小網神社

所在地      東京都中央区小網町16-13

主祭神      倉稲魂神(うがのみたまのかみ)

          市杵島比賣神(いちきしまひめのかみ)

          福禄寿他

創建       不明

社格       旧村社










〖由緒〗



創建年代は不詳ですが、悪疫消滅鎮静の為に、恵心僧都が

文正元年(1466年)稲荷大神を勧請、時の領主太田道灌が「小網稲荷神社」と命名した。

江戸期は寺院の境内社として浅草新寺町にあったが、明治維新に際して復職、稲荷神社

とした後、明治2年に当地へ鎮座した。











〖強運厄除の由来〗



東京大空襲で周囲が丸焼けになる中、社殿を含む建物全部が戦災を免れたり

第二次世界大戦の際、この神社の御守をうけて戦地に赴いた兵士が全員無事帰還したこと

などから、強運厄除の神様として、崇められるようになった。











〖鳥居〗




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  ≪扁額≫




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〖手水舎〗




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〖狛犬〗




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〖拝殿〗




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〖社殿彫刻〗




    ≪昇り竜≫




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     ≪降り龍≫




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〖本殿彫刻〗




    ≪養老の滝≫




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〖万福舟乗弁財天〗



小網神社の弁財天は元は同じ境内にあった万福寺に安置されていたものを、

明治時代の神仏分離令の後に万福寺が廃絶になった為、こちらに遷座(せんざ)

されたものです。

同寺にちなみ、又像が舟に乗っていることから「万福舟乗弁財天」と称されている。




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境内の「銭洗いの井」で金銭を清め、財布などに入れておくと財運が授かることから

「東京銭洗い弁天」とも呼ばれています。

早速、財運を授かるべく、便乗させていただきました。

縁起物として財布に入れている「50円硬貨」です。




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〖まゆ玉みくじ〗



本物のまゆ玉の中に入っている珍しいおみくじがありました。

強い生命力を持つ蚕が作るまゆ玉は、多産・生命力を意味する縁起物だそうです。






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〖どぶろく祭〗



毎年11月には、五穀豊穣に感謝し、無病息災・強運厄除を祈願し

参拝客にどぶろくが振る舞られるそうです。

これは大事な、チェックポイントですネ。











〖御朱印〗



本日は「御朱印帳」を持参しなかったので、半紙書きをお願いしたところ

「当社は半紙書きは、いたしておりません」とのお断りをいただきました。

これから行かれる方は、くれぐれも「御朱印帳」はお忘れなく。







以上 『小網神社』 でした。

神社 | 23:10:50 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 日比谷神社 ~
以前、『烏森神社』を取り上げた時、

新橋駅の周辺には2つの神社あると書いたことが有ります。

JR新橋駅日比谷口に近いのが『烏森神社』

JR新橋駅烏森口に近いのが『日比谷神社』 と

その『日比谷神社』に来ています。

烏森口から徒歩で5分とかかりません。

JRの高架線路に、へばりつくように佇んでいます。




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社号      日比谷神社

所在地     東京都港区東新橋2丁目1-1

主祭神     豊受大神(とようけのおおかみ)

         祓戸四柱大神(はらいどのよつばしらのおおかみ)

創建      不詳

別名      鯖稲荷











〖由緒・歴史〗


創建時は日比谷公園内の大塚山に鎮座していた。

慶長年間、江戸城拡張に当たり、芝口(東新橋)に移され、明治時代は鉄道(東海道線)の

敷設に伴い新橋四丁目にそして、今度は道路拡張に伴い現在の東新橋二丁目に

2009年に遷座した。遷座の歴史です。

最後の遷座によって造られた通称”新虎通り”が平成26年3月に開通し、

沿道は「日本のシャンゼリゼ通り」と形容される街づくりが進められている。





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〖鯖神社〗


日比谷公園の中にあったころ、全国の苦しんでいる旅人達に神社の社務所を解放し、

無病息災の祈祷をうけさせたところ霊験が著しく表れ、旅人達から「旅泊(さば)稲荷」

と呼ばれるようになった。

新橋に遷った後は、当時は海がまじかだったことから鯖などが良く獲れた為、

いつしか「鯖稲荷」と呼ばれるようになった。

それと同時に、虫歯に苦しむ人が「鯖」を断って祈祷すると霊験があるとされ

成就すると鯖を奉納する習わしが生まれた。











〖社号標〗




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〖鳥居〗




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〖手水処〗




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〖本殿〗




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〖境内社〗



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〖狛犬〗


本殿には居ないのに境内社には狛犬がおりました。

しかも、稲荷社なのに「狐」ではなく「狛犬」でした。




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しかし、大都会の中の神社ですね。

後ろは新幹線をはじめ、沢山の電車がひっきりなしに行き来してます。

周りを見渡せば、ビル、ビル、ビル。コンクリートだらけです。

「鎮守の杜」では無く「鎮守のコンクリ」でしょうか。




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以上 『日比谷神社』 でした。





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神社 | 05:46:25 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ ふくしまの酒まつり ~
JR新橋駅西口「SL広場」で『ふくしま酒まつり』なるものが開催されていました。

これは素通りする訳にはいかないでしょう。

なんでも、「全国新酒鑑評会」で4年連続 日本一 に輝いたそうで

~ありがとうを伝えたい~ 

催しだそうです。

であれば快く、いただきましょう。

なんと、福島県の全ての蔵元58蔵元が100種類の銘柄を出品しているそうです。

予めチケットを購入して、そのチケットで酒やつまみを交換します。




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福島の特産を中心につまみも用意されていました。




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焼きたての「焼きとうもろこし」がワイルドに積まれています。

香ばしい香りが、酒欲をそそります。




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ステージではショーが始まりました。

福島出身の歌手の方だそうです。



〖越尾さくら〗




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とても声量のある歌い手さんでした。

あれだけ声を出して歌ったら、本人もとても気持ちいいのではないでしょうか。

宴会も盛り上がります。




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この後、100名分の振る舞い酒が配られ、会場全員で ”かんぱい” です。




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一人呑みの素敵な方もいらっしゃいました。




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ステージには、女性3人組みの素敵なユニットが登場しました。

スタートからハイテンションで迫力に圧倒されました。

全員が音大出身でソロとしても活動の実績もある実力派だそうです。

幅広いジャンルの楽曲をクラッシックをベースに斬新なアレンジで演奏し

全国でライブを展開しているそうです。




〖Modea(モーディア)〗




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                                一丸聡子オフィシャルブログ より






≪ヴァイオリン    石橋尚子≫




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≪ピアノ        田中 葵≫




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≪パーカッション   一丸聡子≫



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WBC優勝祝勝会や世界フィギュアスケート選手権大会表彰式や一流企業のパーティーなど

幅広いステージで活躍しているそうです。

また、テレビやラジオのテーマ曲などに数多く楽曲が採用されており、業界関係者の間では

テレビ、ラジオで「Modea」の曲を耳にしない日はないとまで言われているそうです。




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いやー!感動ですね。特にパーカションのパホーマンスにはびっくりです。

ほとんど素手で叩いているので、手がだんだん赤くはれていくのが解かりました。

座って叩いているのは、スピーカーですよね!!





と言う訳で今日は、美味しいお酒と、とても素晴らしい演奏を聞かせていただきました。

とってもハッピーな気分です。

”ふくしまさん”来年は5連覇のお祝いを又やりましょう。

又”Modea"呼んでください!!




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お酒 | 22:17:29 | トラックバック(0) | コメント(0)

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