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~ 鉄道博物館 大宮 ~
特に「鉄道マニア」ではありませんが、大宮に鉄道博物館が出来た時から

気にはなっていました。

と言う訳でその『鉄道博物館』通称”てっぱく”に来ています。

JR大宮駅から「ニューシャトル」に乗って一駅「鉄道博物館駅」で下車

改札を出るともうそこが”てっぱく”の入り口。




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流石JR。

入場手前では、しばらく並びましたが、入場口はスイカで「スイスイ」入場できました。

建物は3階建てで幾つかのゾーンに分かれていますが、

なんと言っても、本物の列車が展示されている「ヒストリーゾーン」がメインゾーンです。




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一見「ざった」に展示され散る様に見えますが、

実際に可動させる「ターンテーブル」を中心に放射線状に線路が場内に

所せましと引き込まれています。











エントランスゾーンから入ると最初に展示されているのが、こちら




〖1号蒸気機関車(150形式)〗


明治5年の新橋~横浜間鉄道開業にあたり、イギリスから輸入された

日本初の蒸気機関車です。

国の重要文化財に指定されています。




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≪創業時の客車≫


その1号機関車に引かれていた創業時の客車です。

丁寧な手造り感を感じさせます。




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〖辦慶(7100形式蒸気機関車)〗



1880年北海道初の鉄道開業にあたり、アメリカから輸入された蒸気機関車。

8両輸入された内の6両にそれぞれ歴史上の人物にちなんだ愛称が付けられています。

その内の一つ”辦慶”です。

ちなみに、1881年明治天皇が乗車した「お召列車」は相棒の「義経」が牽引しました。

車両形状はアメリカの典型的な古典スタイルで車両の先端には、

大きなカウキャッチャー(牛よけ)が付けられている。




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運転席の内装は木製で出来ていました。

何となく西部劇に出てくる、馬車を想像させられます。



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≪開拓使号客車≫


”辦慶”に引かれていた、北海道開拓時代の客車です。

北海道と言うより、アメリカの広大な砂漠を走り抜ける様子が思い浮かびます。




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〖9850形式蒸気機関車〗


唯一現存する「マレー式機関車」で、東海道本線御殿場越えで使用されていました。




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〖ED40型式電気機関車〗



車体を真下から見えるようになってました。




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〖C57形式蒸気機関車〗



ヒストリーゾーンの中央、転車台上に展示されています。

その優雅な姿から”貴婦人”と呼ばれています。

昭和12年から201両製造され、全国の主要路線で活躍しました。


この『鉄道博物館』では、1日に12:00と15:00の2回、転車台を回転させ、

”貴婦人” が360度回転する様子を公開します。


残念ながら今回は時間が合わず、「回転ショー」は見ることが出来ませんでした。




DSC_5507_01モ





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優雅さだけでなく力強さも兼ね備えています。

「シュッ!シュッ!」と言う蒸気を吐出す音が今にも聞こえてきそうです。




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後姿にも品がありますネ。

バックもシャンです。




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〖C51形式蒸気機関車〗



国鉄の前身鉄道院が1919年に開発した、大型のテンダー式蒸気機関車です。

従来の機関車と比較して、牽引力、高速性能、信頼性において飛躍的に性能向上を

実現した機関車です。

超特急「燕」の牽引や「お召列車」の専用機関車として使用された。




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〖クハ181形式電車  特急 とき〗



上越線経由で上野と新潟を結ぶエースとして活躍した。

「あずさ」や「あさま」と同型で、当時流行の華麗なボンネットスタイルです。




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〖ナハネフ22型式 あさかぜ〗



東京と九州を結ぶ夜行列車。

ブルートレインの元祖です。




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〖ED75形式電気機関車 あけぼの〗


上野~青森間を走る人気の寝台特急列車です。

何度も廃止を検討されたが、根強い人気の為継続されたのち2014年3月ついに

定期運行が終了した。しかし完全廃止のアナウンスは未だにされていない。

制度上は現在も運行中のようです。

そのヘッドマークもマニア間では、人気のようです。




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〖クモハ40形式電車〗




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〖EF55形式電気機関車〗



外国の新鋭車両に影響され、流線形(ストリームライナー)ブームの中、

1936年に製造された3両のうちの1号機です。

最高速度95㎞/h程度では流線形による空気抵抗低減効果がないことや

電気機関車であるにも関わらず、前後がある為終端駅では転車台による方向転換を

しなければならないことから3両で製造中止となった。

2,3号機はすでに解体されこの1号機のみが「準鉄道記念物」に指定され

復元されてここに保存されている。




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〖2階ロビー〗



2階ロビーから「日本食堂」を




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〖ジオラマ〗



日本一の大きさを誇るジオラマがありました。

階段状の観覧席が設けられていて、ショーを見るように腰かけて見学できます。




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蒸気機関車のパーツには、何か引き付けられるものがありますよネ。

必要なものは何も省かない美しさと

余分なものは何も足さない力強さとが混ざり合って造り上げられた

機能の美のようなものを感じます。




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以上、大人のハートもわくわくさせてくれる『鉄道博物館大宮』 でした。


今度新しくなった『鉄道博物館 京都』にも行ってみたくなりましたネ。

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旅・はいかい | 23:23:14 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 飛鳥の小路 ~
紫陽花続きです。

京浜東北線王子駅から、上中里駅に向かう線路沿い、飛鳥山の麓の小道

『飛鳥の小路』に去年に引き続き来ています。

毎日通勤のたびに、線路沿いに500m程咲き乱れる”紫陽花”を見せられると

どうしても、下車したくなります。




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昭和の時代に青春を過ごした方々には『飛鳥の小径』といっても

直ぐにはピンとこないかもしれません。

駅裏の、崖の下の怪しげな、”昭和のレトロ”をくっきり残した、

選ばれた人しか寄せ付けない、新宿の「ゴールデン街」「思い出横丁」と

同じような雰囲気を持つ、ディープな飲み屋街 ”さくら新道” 

と言った方が話が早いのかもしれない。

何処から何処までが「さくら新道」で、どこからが『飛鳥の小径』なのか解かりませんが

それを考えると眠れなくなります。しかしそれももうどうでもいいようです。

なぜならば、2012年1月21日の未明の火事により、ほとんどの店が、焼き出されました。

「呑み屋街」と言うには程遠い、僅かな店しか残っておりません。

当時、通勤の時にまだ火がくすぶっていたのを鮮明に覚えています。




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面白いですネ。

他の呑み屋街と違って、2階が道路に向かって「ハネ出し」ていたのですネ。

と言うより、お客を吸いこむように、1階が引っ込んでいると言った方が正しいのか。



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今日は、そんな歴史など無かったかのように”紫陽花”が晴れやかに咲き乱れています。

しかし残念なことに、それでなくても狭い小路に人が一杯で「写真撮影」どころか

通行もままになりません。

わたしもその野次馬見学者の一人なので、文句を言えた義理ではありませんが。

少なくとも、全体を撮ろうとすると、紫陽花の数より人の顔の数が多く移ります。




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この『飛鳥の小径』には40種類以上の紫陽花が植えられているそうです。

確かに電車の窓から見ただけでも色々な色の紫陽花が咲き乱れています。

又、近くによって見ると確かに、形の違う紫陽花が沢山咲いています。




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全種類見つけ出す訳にはいきませんので、せめて色分けをしてみました。

そして、せっかくの『紫陽花』ですので ”和名色” で表現してみました。






〖紺藍(こんあい)〗



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〖若草色・鶸色(ひわいろ)〗



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〖刈安色(かりやす色)+紺藍〗


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〖薄紅梅(うすこうばい)〗


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〖勿忘草色〗



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〖斑紅碧(まだらべにみどり)〗

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〖斑紫苑(まだらしおん)+石竹色(せきちくいろ)〗



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〖紫苑〗


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                                         「和色大辞典」参照







〖群生〗



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紫陽花の持っている色々な表情をアップで撮ってみました。




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今日一のお気に入りショットです。




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狭いスペースでしたが、とっても楽しまさせていただきました。


素敵な散歩路 『飛鳥の小径』 でした。


又、来年来ます。

旅・はいかい | 21:05:26 | トラックバック(0) | コメント(1)
~ 浄慶寺 ~
川崎市麻生区で

”柿生のあじさい寺”の愛称で呼ばれている『浄慶寺』に来ています。

開山の歴史は古く、元和元年(1615年)に麻生村の領主、三井氏によって

創建された浄土宗の古刹です。

山号を「麻生山」、寺号を「寿光院浄慶寺」と言う”尼寺”です。


小田急多摩線柿生駅から10分弱歩くと、小山の斜面の緑の中に

ひっそりと息をひそめて佇むようにお寺が有りました。

お寺と言うより少し大きな民家と言った方が近いかもしれない。

所謂、神社仏閣の建物とは明らかに違う。

”尼寺”たる所以でしょうか。

紫陽花のお出迎えが無かったら通り過ぎていたかもしれない。

しかし、とても柔らかさと温かみのある、好印象を与える佇まいです。




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5300㎡ある敷地のほとんどが斜面になっていてそこに3000株とも言われている

「ガクアジサイ」や「ヤマアジサイ」「西洋アジサイ」が所せましと咲き乱れています。

檀家の協力で昭和42年から植樹しはじめたそうですが、参道から境内、裏山へと広がり

群生している見事さは、圧巻です。





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このお寺の凄さ、楽しさはこれだけにとどまりません。

なんと、境内のあちこちに『羅漢像』が置かれているのです。

将棋を差したり、パソコンをしていたり、酒を酌み交わしたり携帯で電話をしていたり

どれをとっても、表情豊かにに造られていて

見ていてついつい笑みがこぼれてしまうような空間が創られています。




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参詣者にくつろいでもらう為に、ここの場を安らぎの場とする為においてあるそうです。

そしてこの「羅漢像」と紫陽花のコラボレーションも何とも言えぬ空間を創り上げています。




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紫陽花と灯籠




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続いて、圧巻の『紫陽花』の素晴らしさを




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境内に火の神様「秋葉神社」がありました。




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徳川家康の実母の菩提樹である東京小石川の尼寺「傳通院」から移された『狛犬』です。

優しい顔立ちはこのお寺にぴったりのようです。




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これは狛犬と遊んでいる「羅漢」なのでしょうか





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こちらにも紫陽花はふんだんに植えられています。




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以上、とても素敵な”あじさい寺” 『浄慶寺』 でした。

旅・はいかい | 23:06:42 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 金沢 百万石まつり ~
何年かぶりに 『金沢 百万石まつり』 を観に来ています。

新幹線の開通に合わせて、東京からの集客を見込んだのか

開催の曜日や時間が、変わっています。

メイン行事の「百万石行列」が日曜日から土曜日のしかも午後からとなっています。

まあ、そのおかげで見に来れている訳なので、取り合えず感謝でしょうか。




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『金沢 百万石まつり』 は、加賀藩祖 前田利家公が天正11年(1583年)に

金沢城に入城し、金沢の礎を築いた偉業を偲んで開催されています。

今年で65回目です。

豪華絢爛な「百万石行列」をはじめ、四百年余にこの地に受け継がれてきた

伝統行事が、賑やかに繰り広げられます。











〖加賀百万石 「盆正月」〗


藩政期には、前田家の嫡子誕生や官位昇進などの慶事を城下を挙げて祝ったそうです。

「まるで盆と正月がいっぺんに来たような騒ぎ」から名付けられたようですが

それを『百万石まつり』の中で再現したイベントです。


金沢城三の丸広場と北園地で行われていました。


まずは開始にあたり、観客に「振る舞い餅」が浴衣姿の女性から配られました。

幸運の餅でしょうか。


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有り難く、頂戴いたしました。

涼しげな「水菓子」ゲットです。




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  ≪八坂神社 彌榮太鼓≫




  毎年一月七日に「宇出津 八坂神社」に奉納する暴れ太鼓です。

  能登に伝わる伝統芸能の一つです。




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  ≪武将隊≫ -上杉おもてなし武将隊ー


上越市から来た、本人が上杉謙信に成りきった、戦国時代寸劇です。




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  ≪加能座≫  加賀能登新古典振興協会




石川県を中心に、殺陣、剣舞、三味線、和太鼓などの古典文化の振興と普及を目指す

芸能集団です。






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何か不気味な静けさを醸し出しています。

演技なのでしょうか。

それとも?




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  ≪獅子舞≫  水牧上村獅子方(小矢部市)




北陸地方には沢山の「獅子舞」が地域の伝統芸能として引き継がれて来ています。

極端に言うと、町ごとに、村ごとに「獅子舞」があると言っても過言ではありません。

その中でも、富山県は全国屈指の数を誇る”獅子舞県”です。

今日は、その富山県の仲でも最も「獅子舞」が盛んな小矢部市から

水牧上村(じょうむら)獅子方の方々が『百万石まつり』に参加されてます。

小矢部市だけでも60のグループがそれぞれの獅子舞を舞うそうです。

どんな獅子舞か楽しみですネ。




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出番前です。

何を思っているのでしょうか。

気になりますよネ。





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演目を4つ程演じてくれました。

今度は少しお兄ちゃん達のようです。




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〖百万石行列〗





≪出発式≫


金沢駅前で出発式が行われますが、ものすごい観客で近づけません。




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≪ミス百万石≫



綺麗ですね。

毎年、毎年何処から探してくるのでしょうか。




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≪獅子舞≫



石川県も富山県に負けないくらい、町々に”獅子舞”が存在します。




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≪加賀鳶≫



火消鳶の伝統は、脈々と引き継がれています。

行列の途中で「はしご登り」を披露します。

この後を引き継ぐ予定の「子供はしご登り隊」も40名程おりました。




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≪尾山神社御鳳輦(ごほうれん)≫


御鳳輦(利家公の分霊)の渡御行列です。




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≪珠姫御輿入れ行列≫


徳川2代将軍秀忠の娘『珠姫』が利家公の4男3代藩主利常公に輿入れした時の

行列を再現しています。

珠姫、利常役だけでなく、当時に習って遊び相手役も選ばれています。




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≪奴 行列≫



『百万石行列』の名物の一つです。

ただ残念なのは、行列の開始時間が観光時間合わせて遅くなり、

それに伴い「奴行列」の人数が減らされ短くなっていました。

当時を思わせる、奴同士の荷物の「投げ渡し」が観られなくなったのも

寂しいです。




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≪お松の方行列≫



今年の「お松の方」には女優の 笛木優子 さんが扮してます。

「お松の方」は12歳で利家公と結婚し、後年は家康による前田家への嫌疑を解くため

江戸城に人質として赴くなど、加賀藩の安泰につとめた。




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≪4,5代藩主行列≫




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≪前田利家入城行列≫




今年の利家公には、俳優の 袴田吉彦 さんが扮してます。

利家公は尾張の荒子に生まれ、織田信長の家臣の中核となって、「桶狭間の戦い」など

数々の戦いで武勲をたて「鎧の又佐」と呼ばれていた。

天正11年6月14日、金沢城に入場した。

以前は、この日の前後にまつりが行なわれていましたが、天候の具合もあって

現在の日にちになったようです。




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≪赤母衣衆(あかほろしゅう)≫



織田信長には、赤と黒の母衣衆がいましたが、利家公は赤母衣衆の筆頭として

活躍をした。

「母衣」は後ろからの流れ矢を防ぐ為に空気で膨らませた布袋を担いで馬に騎乗して

戦場に乗り込む。




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以上、 『金沢 百万石まつり』 でした。

| 22:58:24 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 白山比咩(しらやまひめ)神社 ~
全国に2,000以上ある白山神社の総本山石川県白山市に鎮座する

『白山比咩神社』に来ています。

昔から沢山の愛称で呼ばれています。

「白山(しらやま)さん」 「白山権現」 「加賀一の宮」 「白山本宮」




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社号      白山比咩神社

所在地     石川県白山市三宮二105-1

主祭神     白山比咩大神ー菊理媛神(くくりひめのかみ)と同一神

        伊弉諾尊(いざなぎのみこと)

        伊弉冉尊(いざなみのもこと)

社格     加賀一宮

封建     第10代崇神天皇年間

本殿様式   三間社流造 銅板葺

別名     白山権現

摂社     荒御前神社(あらみさきじんじゃ)

        水戸明神

末社     住吉社











〖由緒〗



広い平野から青く霞む山々の上に白く輝く白山は、古代から農作における水の恵みの神、

神体山として遥拝され、沖の漁と航海には目印であったと伝わっている。

創建は、神話の時代に近い崇神天皇7年(前91年)舟岡山に「まつりのにわ」が

祀られてからとされている。

まさに、神話の時代の話です。












〖北参道・大鳥居〗




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〖狛犬〗



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〖北参道・手水舎〗


歴史の重さを感じさせます。





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欄間や梁にも彫刻が施されていました。




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〖玉垣門〗




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ここには、北参道の他に、南参道、表参道の3つの参道があります。




〖表参道〗


鬱蒼とした、緑を潜ります。



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≪指定天然記念物の大杉≫



表参道の脇にそびえています。




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〖表参道・手水舎〗




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水を司ると言われている吐水口の龍です。

大きいですネ。



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〖表参道・二の鳥居〗




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〖表参道・三の鳥居〗




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≪指定天然記念物の大ケヤキ≫


三の鳥居と並んでそびえています。




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〖神門〗




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≪神馬舎の白馬木像≫




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〖拝殿前 狛犬〗


力強いですネ。

「阿」と言うより「うおーぅ」と吠えてます。

「吠」でしょうか。




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〖拝殿(外拝殿)〗




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〖幣拝殿〗



奥に見える「木像狛犬」は、重要文化財に指定されている狛犬でしょうか。




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「外拝殿」「幣拝殿」「本殿」と続く『三間社流造』です。




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≪社号額≫




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〖奥宮遥拝所〗




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〖摂社 荒御前神社(あらみさきじんじゃ)〗




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以上、パワーイオンたっぷりの『白山比咩神社』 でした。

この次は、表参道からじっくり参詣したいですネ。




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神社 | 22:26:42 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ くにくに展 ~
渋谷・東急Bunkamuraでやってる

『俺たちの国芳 わたしの国貞』 行ってきました。

相変わらず、終了間際です。



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「浮世絵」の良し悪しは良く判りませんが、江戸時代後半爆発的な人気を得た

二人の浮世絵師の人気の秘密の一端でも垣間見れたらの思いで来てみました。

「葛飾北斎」を見た時のような感動もちょっぴり期待しています。




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歌川国芳・歌川国貞は同門の兄弟弟子であり、ライバルでもありました。

江戸幕府がぜいたくを禁じる「天保の改革」を経て幕末を迎え、幕府としての威厳が

大きく揺らいでいくと同時に世間の価値観も揺らぎ始めた、激動の時期に生きた浮世絵師です。


ライバルであった二人ですが、結局兄弟子の国貞が師匠の名「3代目 豊国」を

継いで、歌川派のトップに立ちました。しかし、後世の評価は必ずしも国貞に軍配を

揚げた訳ではなかったようです。











〖歌川国貞(1786~1864)〗




人気役者が演じる、役者絵や美人画で絶大な人気を誇りました。

特に、人気歌舞伎役者の表情やしぐさをデフォルメした絵は、当時の女性の心を

掴んだ様です。




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各歌舞伎興行に合せた、5枚一組などの組浮世絵が、写真のなかった時代

今で言う「ブロマイド」代わりに飛ぶように売れたそうです。

まさしく「芝居」と「浮世絵」の息のぴったり合った相乗効果ですネ。




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一番お気に入りはこちら



≪東都両国橋 川開繁栄図≫



3枚続きの大作です。


「隅田川」とは、赤羽の”赤水門”が出来た大正後の名前なので

当時名で言うと”大川の川開き”の賑やかさを描いた名作ですネ。

両国橋の上は、人で溢れんばかりです。それは今とまったく同じです。

斜めに茶色の線が幾つも書かれていますが、これが花火のようです。

今と比べると少しさみしいですか。 勿論「スターマイン」など有り様もございませんが、

ただ、花火大会は夏の間、毎日行われていたようです。羨ましいですネ。



国貞らしい繊細な細かい表現がふんだんに表現されています。

沢山の人の形態が描かれていて、その表情や着きている着物の柄さえもが、

みんな異なっている。

こんな細かい複雑な絵を、もし国貞以外の絵師が彫り師、掏り師のところへ持ち込んだら、

”おとといきやがれ!!このすっとこどっこい!”

怒鳴られて終わりだったのではないでしょか。




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〖歌川国芳(1769~1861)〗





最初の頃はあまり世に知られた絵師ではありませんでしたが、30を過ぎた頃

「水滸伝」が爆発的なブームを巻き起こし、「武者絵」と言う新しいジャンルを確立しました。

そして、時代の寵児として一躍絵師としての地位を確保し、兄弟子国貞と肩を並べて

語られるようになった。




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「武者絵」に限らず、独特の世界観や大胆な構図の「妖怪図」「合戦図」など

従来の浮世絵の概念を大きく超える自由な作風で江戸中を熱狂させました。






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ちょっと気に成りました





≪相馬の古内裏(そうまのふるだいり)≫


これも3枚続きです。


山東京伝の読本 『善知(鳥)安方忠義伝』の一場面を描いたものです。

『善知(鳥)安方忠義伝』は大宅光国と平将門の遺児で妖術を操る滝夜叉姫

との仇討対決の物語です。

もし、先日「青森」に行ってなかったら、

もし、「青森」で”善知鳥神社”に行ってなかったら

もし、”善知鳥神社”で「善知鳥安方」の話を聞いてなかったら

もし、「善知鳥(うとう)」と言う鳥が、親子の絆の象徴だと知り得ていなかったら



この絵の前は、普通に通り過ぎていたかもしれない



こんな発想と構図を考える人が江戸時代の日本に居たんですネ。

驚きです。

妖怪"ガシャドクロ"と言うよりも『解体新書』を見ているような

正確な描写ではないでしょうか。


ひょっとして、国芳は 宇宙人。 





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一番のお気に入りです



≪讃岐院眷属をして為朝をすくう図≫



読本『椿説弓張月』の中の一場面を描いたものです。

嵐に襲われた源為朝親子を讃岐院(崇徳天皇)の眷属(けんぞく)である鰐鮫と烏天狗が救う。

助けているのが、家臣の魂の乗り移った「大鰐鮫」です。


参)眷属 :一族。家来



すごい迫力です。

浮世絵しか描けない独特の発想でしょうか。

今にも、波の飛沫がこちらにかかってきそうです。




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いやー。すごい迫力でした。力強さがありましたネ。

なにか、一瞬江戸時代にタイムスリップしたような感覚さえ持たせてもらいました。

一枚一枚の絵のすごさはもちろんですが、その数にもビックリさせられました。

これだけの浮世絵を集めた展覧会はなかったのではないでしょうか。

170組350枚あるそうです。

この人だかりと、あまりの数の多さで、途中少し「スルー」させていただきました。

すいません。

それから、音声ガイドの 中村七之助 さんの解説もソフトで解かり易かったです。

やはり、歌舞伎役者と浮世絵は切っても切れない仲なのでしょうか。






以上、とっても楽しい 『くにくに展』 でした。


  ちなみに、余談ですが、私は狛犬も含めた犬派です。

  国芳さんごめんなさい。

芸術 | 21:27:49 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 青森港界隈散歩 ~
〖青森港〗


その昔、ここから列車ごと青函連絡船で、北海道へ渡ったのですが、

あまりその記憶がありません。

函館の方は結構鮮烈に記憶に有りましたが、青森は記憶が薄いです。

すいません。帰りには青森で降りて、町を散策した記憶はあります。




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素敵なモニュメントも建てられていました。

ここが本州の玄関だったですから




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実はここでしんみりと、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」でも

一節歌おうかと思って来たのですが、あにはからんや

これでもかと大きな音量で、エンドレステープがガンガンかけられていました。




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”八甲田丸”



綺麗に整備されて保存されていました。

歴史的建造物ですよネ。




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〖ねぶたの家 ワ・ラッセ〗




お洒落な近代的デザインビルです。




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場内は照明を落として幻想的なムードを演出しています。




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広い空間に所せましと、ねぶたが展示されています。

迫ってくるような迫力を感じますネ。




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何が迫力を感じさせるかと言うと、やはりそこに描かれている

デフォルメされた人物の顔ではないでしょうか。

沢山の顔が展示されていました。




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〖AーFACTORY〗




青森県産のスイーツやフード、ドリンクを販売している商業施設です。

その中でも特に、青森県産のリンゴを使った、シードルやジュースの加工販売が

人気を呼んでいるようです。




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1階の中では、地元のFM放送のサテライトスタジオがありました。

放送中でした。




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この施設は2011年度のグッドデザイン賞も受賞しております。

夜間照明が点くとこんな感じです。




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〖のっけ丼〗   


青森駅から5分程のところにある、市場で始まった丼がブームになりました。




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丼によそったご飯の上に、市場を回りながら好きな食材を乗せていく

”のっけ丼” です。


「全国丼グランプリ」で金賞をとったそうです。




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仕組みは簡単で、先ず1,050円で食事券を購入し、丼にご飯をよそってもらい

後は、市場を回りながら、好きな具材を食事券で購入していくと言うものです。




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市場の中は「のっけ丼」のネタを扱っている店とそうでない店が混在しています。

「のっけ丼」の旗印が目印です。

お客さんの中にはネタを求めて、2~3回廻っている人もいます。




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人気のあるネタにはお客さんが集中します。

いずこも同じですかネ。




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で、出来上がりがこちら


いかがでしょうか。 〆て1,050円です。




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う~ん! びみょーう! でしょうか。

良いと言えば良いし、いまいちと言えばいまいち。

以前東京の「食の祭典」で食べた時には、もう少し食材の種類があったような気がするし、

ネタももう少しよかったかな。

まっ。本場で食べたと言うことで良しとしましょうか。











以上、 『青森港界隈散歩』 でした。
  

 まだ、夕べの酒とカラオケの歌が頭の中で渦巻いている ウ~ッ

旅・はいかい | 21:49:50 | トラックバック(0) | コメント(1)
~ スナック 池袋 ~
前の店で親しくなった、33年ぶりに日本に来た柔道家とその青森友達は

先にスナックへ行っているから、後から来てと誘われた。

けっこう酔っていたので、店の名前など覚えられないと思ったが

意外と覚えやすかった。

「ホテル青森」の前の『スナック 池袋』

青森と池袋のアンバランスが印象に残ったのかもしれない。

タクシーに乗ってそれを言うと、すぐに理解した。

そして、5分も乗らないうちに下ろされたのがこちら





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店内には、柔道家2人連れしかお客はいませんでした。

そしてそのニューヨークの柔道家がこちら



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現在の全日本男子柔道監督の井上康生も近くに来ると、自宅に泊まって行くとの事

33年ぶりに日本へ来た割りには日本語がスムーズですね聞くと

奥さんも日本人で、家庭内では一切英語は使わないそうです。



ただ、カラオケだけは困りました。

当然古い歌ですが、それも短いフレーズしか覚えておらず

それが、誰のなんて言う歌なのか探し出すのに大変。

でもさすが「ママ」ですね。何とか探し出していました。

○○の功でしょうか。







奥のカウンターにお客が入ってきました。

これが美人ママです。




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壁にこんな写真も飾ってありました。

ここは、芸能人や芸人さんも良く来るそうです。

壁のあちらこちらに直にサインが書かれています。



それにしても、着物が良く似合いますネ。

でもなぜ、洗面所で「宇崎竜童」とツーショット?




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もう1枚着物のの似合う写真を




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奥のBOX席にも地元の定連さんが来たようです。




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しかし、気持ちよさそうに歌ってますネ。

これだけ気持ちよかったら満足でしょうネ。




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これだけの客をママ一人で捌くのも大したもんです。

カウンターも一杯になりました。




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柔道家の連れの娘さんが迎えに来ました。

ボチボチ此の辺でお開きでしょうか。

ニューヨークへ来たら必ず泊まって行けとの約束をして

おやすみなさい!!




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     せめないわ~ぁ   せめないわ
    
     どおせ気まぐれ   青森のー夜の”池袋~”  ってか~ぁ!!





       とっても楽しい ”池袋の夜” でした。



お酒 | 21:35:42 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 御料理 はた善 ~
「善知鳥神社」の目と鼻の先、マンションの1階にありました。

新鮮な地魚をたっぷり食べさせてくれると評判の『御料理 はた善』さんです。




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本日も満席のようで、カウンターの隅になんとか座らせていただきました。

幸か不幸か、カウンターを挟んで「大将」と向かい合わせです。

忙しそうなので、無駄話は止めて”先ず、ビール でしょうか”




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お通しも間髪を入れずに、到着です。




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何を頼もうか思案していると、




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まずは、「これを食べてみな」と薦められたのが

こちら 「殻付うに」でした。



”今朝まで「海水浴」をしていたやつを、捕まえて来た”と解説付き

しかも、「生津軽弁」

”青森さ、来た~” の実感です。



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う~ん! 磯の香満載!!


”殻付、磯の香付、生津軽弁の解説付きのトリプル生うにでした











次に出てきたのが、青森の家庭料理でしょうか


”ほたて貝味噌焼き玉子とじ”


これも絶品でした。




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もう、”ポン酒タイム”でしょう。


で、やっぱり津軽の地酒でしょ。

大将お薦めの



青森 三浦酒造 純米吟醸 豊盃(ほうはい)


なんと、徳利は竹徳利でした。 

なかなかやりますネ。  涼しげです。








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〖煮シャコ〗




大きくて旨そうな「シャコ」が出てまいりました。




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がぁー。  ここで論戦勃発!


大将は、”シャコ”は青森が一番大きくて旨い。

と郷土食材愛。

しか、確かに「ホタテ」や「マグロ」「ヤリイカ」などの、北の食材ならともかく

近海ものなら、東京湾も負けてないですよ。

と、東京湾で産湯を浸かったものとしては、黙ってはいられない。

まして、シャコとなれば「江戸っ子」の食材。

「チャンチャラおかしいてーの。べらぼうめい」 (何故か、巻き舌)東京

湾は江戸時代から日本で一番裕福な人たちの生活排水が流れ込んでいるので

栄養豊富なプランクトンが沢山発生して、それに付いて近海物の小魚類が美味しく育ってきた。

「シャコ」なんかその典型です。

事実もっと大きなシャコが手に持ちきれないほど取れていた。 と言うと

な~に言ってんの。

江戸時代はいざ知らず、青森の「シャコ」は先年食材コンクールで日本一になった。と

どうしても、関東のシャコが旨いと言い張るなら、会計の値段が変わるよ、

と、今度は「脅し」作戦か





ここで〖ふぐの天ぷら〗




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大将の郷土食材愛は「シャコ」にとどまらなかった。

次々と郷土食材の話が続く。 もう止まらない!!

(余計なこと言うのではなかったと、後悔先に立たず、後の役にも立たず!!)




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発見)青森では「シャコ」のこと「がさえび」と言うのですネ。八珍にありました。







ここで、又大将お薦めのメニューにない特別な酒をいただく。

勿論地酒です。



鳴海醸造店 純米吟醸 生原酒 稲村屋 タンクNO 35




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実に旨い!!








〖鰹のたたき〗





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此の辺から、カウンターのお隣に居る33年ぶりに日本に帰って来たと言う方と

妙に意気投合してしまいました。

昔からの友人だったような感覚を覚えてしまいました。

ニューヨークで柔道場を開いているそうです。

柔道の話でも盛り上がりました。

なんと、共通の知人がいました。

その方との話の中で、「蟹が大好き」と言うと

又、大将が話に入ってきました。

「トゲクリガニ」を食べた事あるかと聞いてきた。

「そんな蟹見たことも聞いたこともない」と言うと

「この蟹を食べたことなくて、蟹が好きだなんて言ってはだめだ」と



で、「トゲクリガニ」がこちら




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太宰治がこよなく愛した青森の名産の蟹だそうです。

毛蟹とは違うらしい。

そういえば、店の暖簾の脇に無造作に積まれておいてありました。



まあ、いつか食べてみたいですね。太宰になったつもりで










〖イカソーメン〗


これも大将自慢の品だ。

北海道物より旨いそうです。




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う~ん。確かに旨い!








以上、とっても楽しい『御料理 はた善』 でした。

是非、もう一度言ってみたい店ですネ。

酒も、食事も、トークも素晴らしい、自慢できるお店です。

青森に行ったら是非行かれて見て下さい。  失望はしないと思います。


お~っと、 一番の名物忘れてました。

『はた善』 一番の名物がこちら




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名残惜しいっす!!

お酒 | 22:48:09 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 善知鳥(うとう)神社 ~
青森はその昔 「善知鳥村(うとうむら)」 と言われていました。

その「青森」発祥の地でもあり総鎮守でもある『善知鳥神社』です。



〖参照〗


   ≪ウトウ(善知鳥)≫




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    ・ チドリ目ウミスズメ科

    ・ 非常に個性が強く親子の情愛が深い

    ・ 北太平洋沿岸に生息し、北海道天売島には100万羽が繁殖し

      世界最大の繁殖地となっている。

    ・ 発音は「ウトウ」ではなく「ウトー」

    ・ 鵜(ウ)とは無関係


   《伝承(いいつたえ)》  

    ・ 子を奪われると親が鳴く

    ・ 親が「ウトウ」と鳴くと子が「ヤスタカ」と答えると言われ、

      別名「ウトウヤスカタ(善知鳥安方)」 とも言われる。          
      (親子ではなく、雄と雌の鳴き声と言う説もある) 












社名     善知鳥神社

所在地    青森県青森市安方2-7-18

主祭神    宗像三女神

           多紀理昆売命(タキリヒメノミコト)

           多岐都比売命(タギツヒメノミコト)

           市寸嶋比売命(イツキシマヒメノミコト)


創建     不明

本殿様式  神明造り



境内社    三光稲荷神社

        竜神宮

        弁財天




  






〖由来〗    



青森市が昔、善知鳥村と言われた頃、奥州陸奥之国外ヶ浜鎮守の神として

第十九代允恭天皇(いんぎぃうてんのう)の御世に日本の国の総主祭神

天照坐大御神(あまてらすすめおおみかみ)の御子の三女神を、善知鳥中納言安方

( うとうちゅうなごんやすかた )が

此の北国の夷人山海の悪鬼を誅罰平定して此の地を治め、

その神願霊験あらたかの神々を祀った。   














〖一の鳥居・参道〗 




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〖二の鳥居・境内〗



正面が「拝殿」です。




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〖手水舎〗



立派な手水舎です。

本殿に習って、神殿造り風、単層切妻造、銅版一文字葺き

柱は杉の丸太材、

ちょっと残念なのは、足元が腐食し始めています。

防腐処理をした後に、銅版巻などのカバーをされた方が良いと思います。






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 ≪手水鉢(水盤)≫


 黒御影で格調高く出来ています。




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〖狛犬〗




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〖拝殿〗




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拝殿内部です。


綺麗で、静寂としてまさにパワースポットです。



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〖本殿〗



戦後、復興のシンボルとして昭和30年にコンクリート造 神明造りで再建された




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〖竜神宮〗




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〖中之島奉納舞台〗




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〖うとう沼〗



昔は 「安潟」 と言われ、これに荒川、入内川が流れ込み、周囲は20~24Kmほどあった。

この潟に入った舟はいかなる暴風雨でも絶対に安全であった為、周辺の漁師に敬われた。

しかし、横内城主 堤氏が外敵を防ぐ為、荒川の流れを変え、堤川に流したことにより

次第に「安潟」は干上がり、干拓されてしまった。

その名残りがこの「うとう沼」です。




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〖辨天宮〗




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〖竜神の水〗




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以上、 北の歴史ロマンたっぷりの 『善知鳥神社』 でした。




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神社 | 21:50:45 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 浅虫温泉 ~
青森の奥座敷 『浅虫温泉』 です。




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平安時代に発見された温泉は、麻を蒸すだけに使われていました。

1190年、傷ついた鹿が湯浴みをするのを見て、人間も入浴するようになったそうです。

温泉名は「麻を蒸す」ことに由来し、「麻蒸」が「浅虫」となった。

後に、歓楽街としても栄えたことから「東北の熱海」と呼ばれたこともありました。

当時は年間50万人の人が訪れたそうですが今はその面影はありません。

日本中のどこの温泉場も同じですが、客の温泉へ求めるものが大きく変化してきました。

「湯治」から「歓楽」へ、そして今は「個人々の癒し」へ変わっています。

それに対応できないところは、消えていきますね。

「癒し」の中身も少しずつ変わってきています。

そんなニーズをつかまないと生き残れないのではないでしょうか。






町の路地裏に、昔の香が残されていました。

道路脇にある「温泉玉子場」です。

温泉街ならではの光景です。

地元の人の生活空間になっています。



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湧き出る温泉を飲む事も出来ます。




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『浅虫温泉』の由来も書かれておりました。

この掲示板も「年期」を感じさせます。

昭和61年に描かれたものでした。




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〖共同浴場 松の湯〗



温泉街に2つある共同浴場の一つ 『松の湯』で一っプロ浴びたいと思います。


温泉は「浅虫温泉配湯泉」なので、「泉質」は他の温泉場と同じなんですが

なんと、ここは共同浴場にして”源泉かけ流し” なんです。


今どきは、温泉を看板にしているところでも「循環&塩素入り」や「加水」が多い中

共同浴場で ”源泉かけ流し” は嬉しいですよネ。






住宅街の路地裏のような細い道を、地図を頼りに半信半疑で歩いて行くと、

有りました、住宅街の一番奥に、

しかも、何となく頼りなさげに!

普通、昔ながらの共同浴場と言うと「湯気抜き」の為、

別府の共同浴場「竹瓦温泉」とまではいかなくても




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高い天井と瓦葺きの高い三角屋根があると想像していましたが

佇まいは少し拍子抜けの「コインランドリー風」でした。





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が、内部は違ってました。

木の温もりのする、暖かい空間が造られていました。

しかも、広いトップライトから、沢山の”陽”を採りいれて。

緑もふんだんにあり、


      GOOD!!  です。




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「受付」と言うより「番台」に近いカウンターにおじさん(たぶんオーナー)が居て、

抑揚のない、横滑りするような「津軽弁」で色々親切に説明してくれました。

本人は、今日は特別に標準語でしゃべっていると言ってましたが

本当に申し訳ありませんが、相槌はうったものの半分以上は何のことか

さっぱりわかりませんでした。 ゴメンナサイ!




でも、この置物の良さは解かりました。

いい彫り物ですネ。

お気に入りです。もらって帰りたいですけど。

良い眼をしているでしょ!!

左側をあえて微妙に小さく造ってあるところなんか、にくいネ!!




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〖脱衣室〗



コンパクトですが、清潔感の溢れる居心地のいい脱衣所です。




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浴室には6人程先客がおりまして、一人のお客さんは浴槽の淵を枕に仰向けでお休み中です。

したがって、内部の撮影は遠慮させていただきました。


お客さんが居なければこんな感じです。




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お湯はとってもいいお湯でした。


”源泉かけ流しの津軽弁と温泉” 最高でした!!          







〖温泉データー〗


源泉名  浅虫温泉配湯泉

泉質    高等低張性ー弱アルカリ中酸性ー高低温泉

泉温    56.3℃




温泉 | 05:43:09 | トラックバック(0) | コメント(0)

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