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~ 岩木山神社 ~
「お岩木さま」として、広く地元の人に親しまれている、「津軽一宮」

『岩木山神社』に来ています。

参道は、「岩木山」の登山道でもあり、真っ直ぐ山頂へ向かって伸びています。




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社号     岩木山神社

所在地    青森県弘前市百沢字寺沢27

主祭神    顕國魂神(うつしくにたまのかみ)

        多都比姫神(たつひひめのかみ)

        宇賀能賣神(うがのめのかみ)

        大山祗神(おおやまづみのかみ)

        坂上刈田麿命(おおやまかりたまろのもこと)   


        以上をまとめて「岩木山大神(いわきやまおおかみ)」と呼ばれている。

創建     伝宝亀11年(780年)


本殿様式  三間社流造銅瓦葺


末社     白雲神社

        稲荷神社










〖由来・歴史〗


創建については諸説ありますが、宝亀11年(780年)岩木山の山頂に社殿を造営したのが

起源とされている。

江戸時代に入り、津軽藩の総鎮守とされ、歴代の津軽藩主の寄進により社殿等の造営が

進んだ。特に信義、信政のとき、現在の拝殿や本殿が再建された。




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                 ≪岩木山山頂の奥宮≫











〖国指定 重要文化財〗



   ・ 本殿  (昭和46年6月22日) 

   ・ 拝殿  (明治41年4月23日)

   ・ 奥門  (昭和46年6月22日)

   ・ 瑞垣  (同上)

   ・ 中門  (昭和61年1月22日)

   ・ 楼門  (明治41年4月23日)











〖重要無形文化財〗


    ≪お山参詣(神賑祭)≫

       岩木山の山頂にある「奥宮」を目指して、

       旧暦8月1日におこなわれる登拝の祭礼です。

       村ごとに団体で行われ、各村の産土神の社で一週間精進潔斎した後

       五穀豊穣を祈る為、白装束に身を固め「さいぎ、さいぎ(懺悔懺悔)と

       登山囃子を唱えながら、急坂をのぼりながら「お山参詣」を行う。




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〖社号標〗



「岩木山」をバックに「どうだ!」と言わんばかりですネ。




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〖一の鳥居〗



四本の太い控柱が堂々としています。




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〖二の鳥居〗



控柱がないだけで、造りは一の鳥居と一緒です。





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〖三の鳥居〗



三の鳥居までありましたさすが格式が違います。




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〖手水舎〗


立派です。

「岩木山」の湧水が御神水として、溢れ出ています。

これはすごい!

飲料しても問題ないそうです。




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柄杓で汲んで呑んでみました。

冷たくて、美味しいです。

”ミネラルゴットウォーター”  GOOD!!


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〖楼門〗  重要文化財


隋神像が祀られた「随神門」です。




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〖楼門前 狛犬〗


「吽」には角のような ”宝珠の玉” が付いています。




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                        ≪阿≫





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                        ≪吽≫











〖玉垣 狛犬〗



ここには、非常に珍しい「玉垣を登る狛犬と下る狛犬」がいます。

狛犬が逆立ちしているので「逆立ち狛犬」あるいは玉垣を昇り降りしているので

「玉垣狛犬」とも呼ばれています。

形態や顔つきは狛犬に見えませんが、しっかり「阿」「吽」になっていました。

貞享3年(1687年)から元禄7年(1694年)の大造営の時に造られたそうです。

こんな狛犬を造ろうと言う発想はどこから生まれるのでしょうか。

江戸時代の人の洒落の深さに感動です。


  


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                        ≪阿≫










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                         ≪吽≫





丁度この時、お孫さんを連れた中年のご婦人が、孫の男の子に「玉垣狛犬」

を指さし「ここにも面白い猿がいるよ」と呼びかけました。

すると、孫と思しき男の子は「本当だ変な猿がいる」と叫んでました。

これではあまりに「玉垣狛犬」がかわいそうなので、「これは猿ではありません。

神様を守っているれっきとした狛犬です」と言わなくてもいいことを、言ってしまいました。

ご婦人は、「え~っ。これでも狛犬だって!」と訝しげに言ってそそくさと立ち去りました。

こんな貴重な「狛犬」に向かって、ちょっと心外しましたが、

少し大人気なかったと反省しています。


   《参考》


       玉垣 : 神社の聖域を囲む垣根。荒垣(あらがき)、瑞垣(みずがき)とも言う。

             何重も囲いのある伊勢神宮などは、外側から内側にむかって

             荒垣、玉垣、瑞垣と呼んで区別している。









〖中門前 狛犬〗



こちらの狛犬も滑稽な顔をしています。

少し開けた「阿」の口が波打ってます。

青森の人は寒さの為あまり大きく口を開けてしゃべらないそううですが

狛犬もそうなんでしょうか。




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                         ≪阿≫





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                         ≪吽≫











〖中門〗  重要文化財




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〖拝殿〗 重要文化財




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拝殿の中は広々とした空間が造られていました。




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〖米俵額〗



扁額の替りに「米俵」が飾ってありました。

流石、農業の守護神たるゆえんでしょうか。




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〖神饌所〗




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〖本殿〗  重要文化財



脇の草むらを分け入って、本殿を拝ませていただきました。

感動です。

風格を漂わせる全面黒漆塗りに、色派手やかな彫刻が施され、そこかしこに

金の装飾金物が使われています。

これが、「日光の東照宮」を思わせる、「奥日光」と呼ばれる所以ですネ。

素晴らしいです。




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〖瑞垣〗  重要文化財




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〖末社〗



  ≪白雲神社≫




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「白蛇の池」

白蛇伝説を持つこの池に、伝説に合せて、池の中に玉子を投げて奉納する方がいるようです。

「玉子」は神前にお供えくださいとお願い書きがありました。




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≪稲荷神社≫




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狐ではなく、狛犬でした。

しかも、とってもキュートな狛犬でした。




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〖社務所〗



時代を感じさせる、風格のある社務所でした。




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以上、霊山 岩木山にふさわしい、パワースポット満載の『岩木山神社』 でした。




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神社 | 21:15:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 岩木山 ~
青森県で最高峰の山、弘前のシンボル「津軽富士」とも呼ばれる

「お岩木山」こと『岩木山』へ行ってみたいと思います。





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高さ1625mの『岩木山』の8合目までは、「津軽岩木スカイライン」が使えます。

「津軽岩木スカイライン」の入り口です。

残念ながら、先日の雪でロープウエイが使えないので山頂へはいけません。




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「津軽岩木スカイライン」には69か所のヘアピンカーブがあります。

しかも、そん所そこらのヘアピンカーブではありません。

日光の「いろは坂」のような8の字を書いたようなカーブではありません。

初めて鉛筆を持った赤ん坊が、いたずら書きをしたような「ギザギザ線」

のようなカーブです。



国土交通省の航空写真です。

いたずら書きではありません、実際の「津軽岩木スカイライン」の形状です。

カーブで対向車の姿が急に現れると、ちょっと緊張しますよネ。




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〖8合目〗



まだ雪がたっぷり残っています。




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ここから、山頂へ向かって雪山を登って行く「猛者」もいます。

すごいですネ。

その勇気と活力はどこから湧いてくるのでしょうか。

「トレッキングハイ」でしょうか?




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こちらは少し趣が違います。

「猛者」と言うより「哀愁」でしょうか。




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『岩木山』の麓に、「桜のトンネル」が出来ていました。

勿論 「ソメイヨシノ」ではなく、その親にあたる「大島桜」です。




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白樺の木との共演も珍しいです。





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〖岩木山と大島桜〗




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戻る途中、行列の出来ている「ラーメン屋さん」があったので、並んでみました。

「弘前ラーメン」の味を土産話に




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こてこての「魚粉系」でした。


美味しかったです。 行列が出来るだけのことはありました。












以上 『岩木山』 あれこれでした。

旅・はいかい | 11:22:18 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 大鰐(おおわに)温泉 ~
津軽の奥座敷,800年の歴史を誇る 『大鰐温泉』 です。

ここ「大鰐温泉」は、明治の後半ごろ、雪の様に白い肌と情け深い津軽芸者が

人気をはくし一流料亭が軒を連ね娯楽を求める人の為の花柳界が全盛を極めました。

しかし、時は移り今は、当時の面影をわずかに残しつつも、

湯治をする人の為の静かな温泉地となっています。




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「大鰐」の名前の由来は、遥か昔、大きな阿弥陀如来像があることから

「大阿弥陀」と呼ばれていたが、「大阿弥」が「おおあね」となり「おおあに」と変化し

大きなサンショウウオが棲んでいた伝説から「大鰐」となったそうです。

いかにも「津軽弁」らしい”変革活用”で面白いですネ。





大鰐1











大鰐温泉 不二やホテルです。




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フロントはコンパクトでしたがロビーは広々と造られていました。


昔は団体旅行などで賑ったんでしょうネ。




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入室間もなく、食事タイムです。

食事は、1階の宴会室のテーブル席でした。




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≪四季の間≫




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≪メニュー≫




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≪飲物≫



「郷に入れば郷に従い」で地ビールでしょうか


    ”津軽路”



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≪食事≫



献立のほとんどがすでにテーブルに用事されていました。




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≪鯛と鮪の刺身」≫




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≪メバル酒香焼き≫




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≪酒≫



肴がこれなら、もう日本酒を呑むしかないんではないでしょうか。

せめて、酒だけでも”津軽娘”戴きますか。




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≪新筍と牛ほほ肉の和風シチュー≫



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≪桜葛饅頭・菜の花山吹≫




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≪天ぷら≫


      蕨・細魚・こごみ・たらの芽・行者ニンニク




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≪鍋≫



弘前産長もやしと十和田ガーリック豚


大鰐温泉で育てた大鰐名物”大鰐もやし”ではないのかな?

聞き忘れました。




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≪大鰐産青森シャモロック茶飯≫


  (青森県産米 津軽ロマン使用)


残りは、いつも通り夜食用におにぎりにしてもらいました。 

(いつも食べた試しがないくせに!)




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酒も肴も御飯も

大変美味しかったです!!








もう一つの楽しみは”温泉”です。

しかも、ここは24時間いつでも入浴OKです。 これって温泉好きにはうれしいですよネ。


ですが、この撮影が一番疲れます。

のぼせてしまったり、冬だと風邪をひいてしまうこともあります。

好きで撮ってるから誰にも文句は言えませんが。





〖脱衣所〗


結構広めです。

「三種の神器」 体重計・扇風機・踏竹は置いてありました。



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〖内湯・洗い場〗




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〖露天風呂〗




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いい湯加減でした!!











≪朝食≫


夕食と同じところでした。

なんでホテルの朝食はごはんが進むのでしょうか。

未だに解決出来ていません。




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ごちそうさまでした!!










やっぱり、旅行に来たら 地元の温泉に入り、地酒を呑み、地の肴をつまみ

地の御飯をいただく。  これが最高ですよネ。







     ”大鰐温泉ありがとう!!”

温泉 | 13:16:19 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 白神山地の新緑 ~
「弘前城公園」の一画に「植物園」があり、ここにも多種の桜が植えられている

と聞いて、覗いて観ることにしました。

先ず出迎えてくれたのが真っ白な”雪やなぎ”です。

懐かしい、感覚が涌いてきました。子供の頃以来ではないでしょうか。

遠くから観るとまるで雪が積もっているようです。

とても新鮮な心地です。




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早速、桜が植えられている「さくらの園」へ向かいます。




〖手毬〗



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〖横浜緋桜〗




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〖八重紅しだれ〗




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〖桐ヶ谷〗




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〖船原吉野〗




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〖大提灯〗




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〖太明(ダイミン)〗




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〖咲耶姫(サクヤヒメ)〗




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〖一葉(イチョウ)〗




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〖しだれ山桜〗




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実は、この植物園に入った一番の理由はこちらへ来てみる事でした。

フェンスの外から何気なしに覗くと、木漏れ日の間から

光るような薄緑の林が見えたのです。

今までに見たことのないような淡い新緑の光でした。

しばらく立ち尽くして、見つめてしまいました。

それが下手な写真で上手く伝えられるかどうか心配ですが、こちらです




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ここは、日本で最初にユネスコの「世界遺産」に登録された”白神山地”の生態を

再現して造られた「ブナ林」です。

もちろん、四季折々に素晴らしい表情を見せてくれるのでしょうが

この「新緑」も最高です。

是非、本物の”白神山地”へ行ってみたくなったのは、私だけでしょうか。




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「ブナ林」に咲いていた花達です。




≪チューリップ≫



チューリップは球根ですから、自然に咲くはずはないですネ。

誰かが植えたのでしょうか。 だったらもう少し多く、綺麗に植えるのではないでしょうか。

まさか球根を鳥が運んだとか?



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≪シデコブシ≫




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≪ヤマブキ≫



まさに、鮮やかな「山吹色」です。


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≪ツツジ≫




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≪その他 不明≫




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以上 『弘前城公園 植物園』 でした。

旅・はいかい | 22:51:48 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 弘前さくらまつり ~
桜を追いかけて、ついに「弘前」まで来てしまいました。

天守の移動が無事終了した弘前城の『弘前さくらまつり』 です。




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例年ならば、今が満開の時期ですが、今年は他の桜名所と同様、一週間程早く満開を迎え

現在の「ソメイヨシノ」は5~6分程散り始めています。

したがって、楽しみにしていた名物の”花筏”はお預けです。




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                ≪辰巳櫓から杉の大橋≫









しかし、まだまだ遅咲きの桜は、満開に咲いているようです。

まずは現在の「弘前城公園」のメインゲート「追手門」から入ってみたいと思います。




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流石、痩せても枯れても、「弘前城」の門番桜、まだしっかり咲いていました。

意地とプライドでしょうか。




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〖追手門〗




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「追手門」を入って直ぐのところに、異様な木が目に止まりました。

ワインカラーに山吹色を混ぜたような、大きめの中木です。

今どき、もみじが紅葉するはずはないし怪訝に思い

その木の前でアイスクリームを売っているおばちゃんに尋ねると

「もみじ」ではなく「楓」だと言う。(もみじと楓の違いもよく判りませんが)

そして、「紅葉」ではなく「花が咲いている」のだと言う。

「秋には真っ赤に紅葉する」そうです。

「長い間、ここでアイスクリームを売っているが、花が咲いたのは初めて見た」

と付け加えた。

”花は毎年咲くものではないのか””どこの部分が花なのか”

いずれにしても、奇怪です。





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〖杉の大橋〗



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橋のたもとで「ソメイヨシノ」がしっかり咲いていました。

”アッパレ!!”




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〖南内門〗




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〖下乗橋〗




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「下乗橋」から天守



赤いのは「楓」でしょうか?

ここからは有料地域です。




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〖御滝桜〗



残念ながらすっかり散ってしまっています。

満開なら滝のように見える「しだれ桜」なのでしょう




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〖天守〗



石垣修復の為、石垣に接していた天守を本丸の中央へ「曳家」して移動させました。

石垣修復終了の後又もとの位置に戻すそうです。

現在の位置は、しだれ桜に囲まれて、満足そうです。




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〖天守と岩木山〗




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〖東内門〗




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〖日本最古のソメイヨシノ〗


「ソメイヨシノ」は成長が早く、咲き始めるのも早いが、その分寿命が短かくて

60~80年と言われている。

しかし、弘前城には100年を超える「ソメイヨシノ」が300本以上存在します。

その中でも、この「ソメイヨシノ」は明治15年植栽で、現存する「ソメイヨシノ」では

最古と言われている。





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『弘前城』では、「ソメイヨシノ」の他、今一番咲いているのは


〖枝垂桜〗 でしょうか。




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遅咲き桜の王様 〖関山〗




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一番綺麗に輝いていたのが、こちら


〖東錦〗




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「東錦」の下では、花見真っ盛りです。




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以上、『弘前城公園』の  さくらまつりでした。



今度は、「ソメイヨシノ」が満開の時に”花筏””花吹雪”を観に来ましょう。














旅・はいかい | 21:52:38 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 町内神輿巡行 ~
本社神輿との時間の都合が合わず、町内神輿巡行見学に予定変更。

『町内神輿巡行』 です。

「三社祭」は44町内、100基の町内神輿が繰り出すと言われています。

しかし、1町内で2基出しているところはなく、現実は44基+3本社神輿+子供神輿

で、50基弱ではないでしょうか。

そうは言っても、狭い道路で神輿同士がすれ違うのは、迫力があります。

ちょっと近づけないですよね。

又去年より”紋々”を着た方の参加は禁止されておりますので少しは安心ですけど。

とは言え、威勢の良さでは、他の祭の追従を許さないでしょう。




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また、最近の「三社祭りの神輿」を見ていると、

スカイツリーのバックがすっかり板についてきました。






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「三社祭」の名物”花川戸の女神輿”です。

女だと思って、なめていると怪我をしますヨ。




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楽しみなのは大人だけではありません。

子供達も待ちに待ったお祭りです。




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お待たせしました!

”三社祭の華の共演” です。




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何か悲しいことでもあったんでしょうか?




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やっぱ、祭りには”笑顔”が似合います。









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〖BESTSHOT〗




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以上、 『三社祭2016』 でした。

| 21:35:58 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 三社祭2016 浅草歳時記 ~
さあ~ッ!東京にがやってきました!

”浅草三社祭” です!!


浅草は、人 人 人 でごった返しています。




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まずは、神社に敬意を表しましょう。




〖鳥居〗


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〖社号標〗



仮囲いが造られていて、撮影距離が取れません。




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〖舞殿〗



神聖な舞殿も日陰の休憩所ですか。

しっかり腰を据えて何か食べている人もいます。



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〖参道 狛犬〗



大好きな狛犬の一つです。

ふてぶてしさが良いですネ。




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〖手水舎〗




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〖拝殿前 狛犬〗




ここには、拝殿前にもう一組の狛犬がいます。




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〖本社神輿庫〗



本社神輿は3基ありますが、3基とも渡御に出ています。





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本社神輿は3基とも、荒々しい渡御で有名です。

神様の載った神輿は、大きく揺すれば揺するほど、そこにご利益を振りまいて行く

と言われています。 したがってともすると、「暴れ神輿」になりがちです。

高価な金物で飾り付けられた3基の本社神輿は、その飾りを「暴れ神輿」で損傷させない為に

渡御に行く前に全てを取り外し、スケルトン状態にして

神輿の4本の柱にさらしを巻いて、ピンクの帯で締めつけてから出かけます

外された飾りものが、置かれています。




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街中が、祭り騒ぎです。




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”手古舞(てこまい)” はやっぱり、かわいい女の子じゃないと、

錫杖(しゃくじょう)の音も、涼やかに響かないよネ。(錫なだけに。シッケイ!) 

(見習えヨ!、シタヤマツリ!!)




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子供も頑張っています。




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浅草へ来たら、ここへ顔を出さないと、浅草に来た気がしませんよネ。


”ホッピー通り” です。




何処の店も、店内はもとよりテーブル・オンザロードも満席です。

空席を待っている人もいます。





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そして”ホッピー通りの王様 ”正ちゃん” です。


オールフリーの青空店舗です。

椅子がなければ、ビールケース。

テーブルがなければ、ベニヤ板、アスファルト。

何でもありです。  でも満席です。 (どこからどこが席だかわかりませんが?)





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では、別の”レアースポット”



”初音小路” です。


かぁ~っ!!

こちらも満席です。 

(なぜならば、足の踏み場もないから!)

注文しても、物が届かない!!


残念しごく!!



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かぁ~!!   そそりますよねー!!


我ら”酒場放浪記族” は、あーゆーフレーズに極めて弱い性質を持っている事に最近気づいた。



「浅草二丁目酒場」 「超高圧炭酸ハイボール」 「なでしこ牧場」




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が残念ながら、神輿との約束時間が、!!











〖Furimukanaide〗




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〖BestShot〗





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以上、 『三社祭浅草歳時記』 でした。

”三社祭り”は、まだまだ続きます。

| 13:31:49 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ おすもじ処 うを徳 ~
向島に来た目的の一番はこちらに伺うことでした。

『おすもじ処 うを徳』

「向島百花園」の向かいにあります。

道路に突き出た小ぶりの袖看板がなければうっかり通り過ぎてしまうところでした。

これから起こることが、全く想像できない地味な店構えです。




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「おすもじ」とは、室町時代から、宮中奉仕の女官が使う隠語言葉

「女房詞(にょうぼうことば)」で”鮨”のこと。

早い話が”寿司処”

古くから使われていた言葉を、いつまでも残していきたい思いからつけたそうです。



店内もシンプルでした。

全て上がり座敷で、5~6人座れるカウンターと4人掛けの座卓2つだけ

「金儲けの為に商売してる訳ではありませんよ!」感が漂っています。

「お客様に出す料理以外にこだわりはありません」と空気が言っている。




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ただし、カウンターはすごい。

檜の無垢板があしらえてある。

これは店のこだわりだろう。

これだけの幅と長さで、割れ一つ入っていないのは

ゆっくりと時間をかけて乾燥させた、上質の年期の入った檜材である証拠です。

まさしくこの檜舞台で、創られた料理がどんな味を演じてくれるのか楽しみですネ。











〖酒メニュー〗




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いずれも良心的な値段設定の様に思える。





まずは、呑みなれた”黒霧”を”江戸切子”のロックグラスでいただきます。

(「マイ”江戸切子”グラス」の方が少し勝ったかなと心の中でほくそ笑む。)




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〖食事メニュー〗




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メニューはこれだけ。

酒の値段からして、良心的な値段設定になっているような気がする。

何処やらの「家具屋」ではないが、”お値段以上”の物が出てきそうな予感。


なので、無難に真ん中をとって『幸』を頼んだような気がする。

間違っていたらごめんなさい!

これから先は何が出よう、お店任せです。










〖お通し・ほたるいか酢味噌和え〗




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〖金目の煮付花山椒〗




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〖鹿児島産 鰹のたたき〗




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〖みる貝(10年物)〗




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〖鯛の白子と玉子〗





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〖琵琶湖の天然鰻とささがき牛蒡のお吸い物〗




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〖鰆の藁焼き〗




大きな鰆でした。




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〖ヒマラヤの塩・フランスの塩・ポン酢醤油〗




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〖城下かれいと雲丹〗




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築地で一番高かった「雲丹」だそうです。




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〖山葵葉のニンニク醤油漬け〗




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〖北九州産 焼き筍〗




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≪にぎり≫





〖コハダ〗




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〖たらぎ貝〗




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この後幾つか「にぎり」が出てきたのですが、

記憶も記録もござんせん!!

めんぼくない!!











ガーッ!!  実に旨まかった、最高です!!

始めに予想した通りでした。

大将の食材へのこだわりも良く伝わって来たし

CPもこれなら大満足です。 又来たいですネ。



以上、お値段以上の味を出す店 『おすもじ うを徳』 でした。

食べる | 20:44:06 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 本社神輿渡御 ~
『下谷神社例大祭』今年は「本祭り」です。

したがって、本社神輿の渡御が観られます。

渡御とは、神様が載った神輿のお出ましと言う意味です。

渡御の当日は、午後に所要が出来たので、

残念ながら午前中のみの見学となります。

ならば!!いっそのこと、と言うことで

”宮出し” を見てみよう、となりました。

早起きをして、朝6時前に現地に着くと


がぁ~ん !!なんてこったい!!


浅草通りは通行止め、道路を横断して 黒山の人だかり!! 


大鳥居を潜るどころか、近づく事すらできません。

境内観戦はあきらめて、町内での渡御観戦に作戦変更。




と言っても、都内1,2を争う大きさの千貫神輿、町内神輿を越えた迫力が楽しみです。










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町内の狭い道路も練り歩くので、見学者が神輿と建物に挟まれたり、倒されたり

して、とても危険です。

観る方(撮る方)もある意味命がけです。




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下谷神社の本社神輿の渡御は、29ケ町の氏子地域を渡御します。

町内毎に担ぎ手が変わり、我こそはと揉みあいます。

揉めば揉むほど、神様の御利益があると言われています。

だからこそ、他の町内に負けじと張り切ります。




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今はまだ朝方なので、穏やかに進んでいますが、宮入が近づく夕方ごろになると

アルコールも多少入り、荒っぽい担ぎ様になってきます。

特に、ここの神輿は前回(2014)も前々回(2012)も担ぎ手どうしで喧嘩になり

警察沙汰となり、けが人も出て新聞紙面等を賑わしました。

荒っぽい渡御として名をはせています。





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ここまで観て、下谷神社の本社神輿渡御の担ぎ手と他の祭の神輿の担ぎ手との

どこか違いがあるのがお分かりでしょうか。









そうなんです。

はちまきの締め方が違うんです。

「ねじりはちまき」ではなく「平はちまき」なんです。

しかも、下谷神社の名前入りです。

これを絞めていない人は、神輿を担ぐことが出来ません。











最後に女性の頑張りもどうぞ。

他の祭りの神輿の様に女性用の軽い神輿ではありません。

男性と同じ千貫神輿を担いでいます。




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以上、下谷神社『本社神輿の渡御』 宮出し後、でした。

| 21:45:47 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 下谷神社例大祭 ~
『下谷神社』の例大祭に来ています。

1000年以上の歴史を持ち、東京に夏の到来を告げる伝統の祭りです。




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〖神社概要〗



社号     下谷神社

住所     東京都台東区東上野3-29-8

主祭神    大年神(おおとしのかみ)

        日本武尊(やまとたける)

創建     天平2年(730年)

境内社    隆栄稲荷社












〖由緒〗



天平2年(730年)峡田の稲置らが、上野不忍ケ岡の地に創建した。

寛永4年(1627年)上野山下へ、延宝8年(1680年)広徳寺門前へ遍座した。

明治5年「下谷稲荷社」を「下谷神社」と改称、

しかしながら、この周辺の地名は未だに「稲荷町」を残している。

昭和3年区画整理により現地へ遍座した。

東京では一番古い歴史をもつ、稲荷神社です。











〖寄席発祥の地〗




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馬喰町で櫛職人をしていた亰屋又五郎が「山生亭花楽」と名乗り

「風流浮世おとし噺」の看板を揚げ、下谷稲荷社(現下谷神社)の境内の架け小屋で、

一般の人を対象に木戸銭を取って落語を聞かせました。

これが江戸における最初の寄席興行と言われています。

それまでも落語はあったのですが、身分の高い人に1対1で聞かせていたそうです。

ちなみに 「山生亭花楽」の名前の由来は

「山椒は小粒でピリリと辛い」をかけてつけたそうです。

「山生亭花楽」は後に「三笑亭可楽」と名前を替えた。

現在の「三笑亭可楽」は数えて9代目にあたるそうです。











〖板絵着色雲竜図〗




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昭和3年、社殿を新築する際に、拝殿には後世に長くほこれるような絵を

天井に揚げたいと氏子一同の念願があり、近代日本画壇の巨匠 

横山大観に「天井絵」を依頼しました。

「朦朧体(もうろうたい)」と呼ばれるりっぱな絵が出来上がり

その費用を支払いに、大観のところへ伺ったところ

3度の飯より酒が好きだった大観は、「神に奉納するものにそんな金などいらん

それより、もっと大勢で両手に酒をぶら下げて出直してこい」

と言ったそうです。

後日大宴会が行なわれたそうですが、結局費用はその酒代だけで

絵の費用は払わずじまいだそうです。


いかにも大観らしい、豪快な後味の爽やかな話ですネ。












〖例大祭〗




下町で一番早い夏祭りとされている『下谷神社大祭』は1000年以上の歴史を持ち

本社神輿の渡御を行う「本祭り」と町内神輿の渡御だけの「陰祭り」が隔年に

行われています。今年は「本祭り」の年です。

本社神輿の渡御は、各町内会の延べ7000人担ぎ手によって次々と手渡しされ

一日かけて氏子区域内を巡行します。

又、本社神輿は、鳥越の千貫神輿と並ぶ千貫神輿なのでその勇猛さが

この祭りの見どころでもあります。




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〖大鳥居〗


上野駅と目と鼻の先、浅草通りに面して、ドンと構えています。






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〖東門〗




参道やその周辺には130軒ほどの露店が軒を連ねます。




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〖山門〗


大切な、過去からの預かりものです。

「千社札」などを張るのは止めましょう。




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〖手水舎〗



シンプルですが、欄間の彫刻は見事です。




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〖狛犬〗




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〖拝殿〗




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 ≪扁額≫




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〖舞殿〗



祭囃子を演奏中です。




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〖境内社  降栄稲荷神社〗




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以上、例大祭真っ盛りの『下谷神社』 でした。


祭はまだ、まだ続きます。

神社 | 22:54:02 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 長命寺の桜もちと剣客商売 ~
向島の土手に来て、こちらに顔を出さないのは

江戸っ子じゃーござんせんでしょう。

向島の隅田川(当時は大川)の土手で300年の歴史を誇る『長命寺の桜もち 山本や』です。




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江戸時代の時代劇や時代小説の中に度々この”長命寺の桜もち”が登場します。


江戸時代、最高の土産、最高のご褒美、最高のスイーツといったら

”長命寺の桜もち”だったのでしょ!!

創業は享保2年(1717年)、奇しくも大岡越前が南町奉行になった年でもあります。


元々長命寺の門番だった初代山本新六が、桜の葉の利用法として考え付いて

門前で売り出したのが始まりです。

試行錯誤の上、塩漬けした桜の葉で、小麦粉生地を薄く焼いた皮で挟んだこしあんを

包んだ。もっちりとした触感と塩気が、江戸っ子の人気を呼んだ



その味が変わらず、今に引き継がれています。

製法も材料もほとんど当時のままだそうです。

店内に、江戸桜もちの元祖である証明書が掲示されていました。



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テーブルに、できたての”桜もち”が正目の木箱に載せられて運ばれてきました。

桜の葉3枚に包まれています。

しかも、桜の葉が大きいですネ、餅がそっくり包まれています。


テイクアウトも出来ますが、やはり出来立てを店内で食べるのが一番です。



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う~ん!! 旨い!!



もう一つ食べたかったナー!!







江戸時代の風物詩として、浮世絵にも書かれていました。

桜もちを土産に買って、大川土手を歩く美人画です。

当時は竹で編んだ駕籠に入れて運んでいたんですネ。

実は、なんと今でも頼めば、竹かごに入れてくれるそうです。




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「山本や」の販売風景を直接書いた浮世絵も有りました。

「江戸百人美女」の一人として描かれているのは

初代山本新六さんのお孫さんの「お豊さん」だそうです。

こんな美人が店先に立ってるなら、

”江戸っ子だったらいくらでも食ってやらー! べらぼうめー!!”



と、そんな訳でもないでしょうが、1824年は一年間で38万5千個の桜もちが売れたそうです。

いくら当時世界一の人口密度を誇った「お江戸」でも、この数字は驚異的

いかに『長命寺の桜もち』が江戸市民に愛されていたかが解かります。




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江戸庶民だけではありません。

かの有名な「川端康成先生」も、どうしてもお茶会に”長命寺の桜もち”がほしくて

鎌倉まで運ばせたそうです。

その時の、お礼の色紙が店に飾られていました。




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女将さんに、桜の葉っぱは食べるのですか、剥くのですか、と尋ねると

その質問が、一番多いんです。と言いながら

「どちらでもいいのですが、一年間塩付けしているので、できれば食べないことを

おすすめしています。食べるなら1枚だけにしてください」

とのことでした。








ここの土手を、隅田川沿いに少し登ると「鐘ヶ淵」と言うところが有ります。

隅田川が直角に曲がっているところです。

直角に曲がった淵だから「かねがふち」かと、勝手に思っています。

その川の形状のおかげで、江戸時代のその周辺の住民が堤防決壊による

水害に毎年あっていることで有名な土地です。

が、もう一つ「鐘ヶ淵」の名前を現代人に印象づけたものがあります。


時代劇ファンなら知る人ぞ知る、池波正太郎作「剣客商売」の主人公 秋山小兵衛

「終(つい)の住まい」とした隠宅が「鐘ヶ淵」にあるとされていました。

ここで、若女房「おはる」と暮らし、いろんな事件に遭遇すると言う設定です。

そして劇中では、かなり遠く離れたような設定になっている、おはるの実家「関屋村」は

実は「鐘ヶ淵」の直ぐ上、目と鼻の先なんです。




         DSC_4305 名前入り







「桜もちの山本や」と「鐘ヶ淵」の中間に「白髭神社」や「白髭橋」があります。

「白髭橋」を渡った橋の左麓が、小兵衛があしげく通った高級料理茶屋「不二楼」です。

「不二楼」を過ぎてしばらく行くと右手に「大治郎の道場」がある設定です。

したがって、テレビの劇中で大治郎が「不二楼」を出て、

「道場」に帰るとき、右に曲がって橋を渡るのは、設定間違いです。




作者の池波正太郎も駒形近辺の生まれなので、此の辺の地理、事情には詳しく

小説の中に、幾度も「長命寺の桜もち」を登場させています。








今日は『長命寺の桜もち』 一つで江戸時代にタイムスリップさせていただきました。



大変、 ごちそうさまでした!!

旅・はいかい | 20:44:05 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 白髭神社 ~
「向島百花園」のすぐそば

『白髭神社』 です。




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社号      白髭神社

住所      東京都東向島3-5-2

主祭神     猿田彦大神

境内社     水神様

         三峯社

         諏訪神社


備考      墨田七福神の寿老神









〖由来〗


天暦5年(951年)に慈恵大師が関東に下った時に、近江国比良山麓に鎮座する

白髭大明神の分霊をここに祀ったとされる。

天正19年(1592年)には、時の将軍より神領2石を寄進された。

御神祭猿田彦大明神が、天孫降臨の際に道案内に立たれたと言う神話より

お客様をわが店に案内して下さる神としての信仰が生まれた。











〖社号標〗




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〖鳥居〗




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   ≪扁額≫




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〖手水舎〗




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〖狛犬〗



どことなくひょうきんでユニークな顔つきをした個性ある狛犬です。

山谷の料亭「八百善」として有名な「八百屋善四郎」と吉原の「松葉屋半左エ門」が

文化12年に奉納したものです。

いかにも、威厳とはかけ離れた客相手の商売人の顔をしています。

墨田区の登録文化財に指定されています。





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〖拝殿〗





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〖神楽殿〗




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場所柄でしょうか、こんな粋な方々が参詣しておりました。

並んで手を合わせていると言うことは、親しい間柄なんでしょうね。

親子では、なかったようでした。





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こちらの神社は”隅田川七福神”の『寿老神』にもなっております。


”隅田川七福神”を作ろうとしたとき、どうしても「寿老人」が見つかりませんでした。

その時、白髭なら白髭の老人の元締めだろうと、この『白髭神社』にお願いしたそうです。

そんないきさつもあり、”隅田川七福神”に限り、「寿老人」を「寿老神」と神の字を使うそうです。




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以上、下町の”粋のエキス”たっぷりの『白髭神社』 でした。






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神社 | 21:56:41 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 向島百花園 ~
江戸時代に発祥をもつ花園 『向島百花園』 です。

360本の梅の木を植えて1804年「新梅屋敷」として開園しました。

1809年「百花園」と呼ばれるようになってから江戸の文人墨客の社交の場として

利用されるようになった。

園内には「隅田川七福神」の発祥の地となった”福禄寿”が祭られています。


秋の七草時もも有名ですが

やっぱり人気は梅の時期なんでしょうネ。

初めての来園です。






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入場口にも、当時の面影が残されています。

遠くに和服連れのご婦人の姿も見えます。 

やはり、和服が似合います。

この、雰囲気が当時の文人墨客を惹きつけたのでしょう。




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入り口を入ってしばらく行くと、

毛氈が敷かれた茶処があります。

これも当時を偲ばせているのでしょうか。




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こんな井戸も残されていました。

この井戸から汲み上げた水を梅の木にかけていたのでしょうか。

”梅洞水”




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大名庭園を思わすような洒落た池もありました。

水面までも「新緑色」に染まっていました。




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園内には、当時の賑やかさを偲ばすように、あちこちに文人達の石碑、記念碑が

置かれていました。




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「隅田川七福神」の発祥となった『福禄寿尊堂』 です。




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では、園内に咲いていた「お姫様」達です。






今が旬でしょうか。

「つつじ」




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「菖蒲」




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「むさしのきすげ」




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「かざぐるま」




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「おどりこ草」




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「藤棚」




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「しらん」




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「日本紫陽花」




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以上、夏が来るのを待ちわびている 『向島百花園』 でした。

旅・はいかい | 21:57:13 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 曙橋 懐石 はらまさ ~
『曙橋 懐石 はらまさ 』

地下鉄曙橋駅から1分程の所にありました。

「フジテレビ」がまだ曙橋にあったころ、職場が近くでしたので、

よく此の辺で、遊ばせていただきました。

その当時から、ここ曙橋から荒木町にかけて

大人の隠れ家的な、お店が多かったように記憶しています。

この『はらまさ』の前も毎日通勤で行き来しましたが、当然当時はありませんでした。

大将が、大阪の料亭で修業して、1年半程前に開店したそうです。


評判を聞いて、場所の懐かしさもあって早速訪ねてきました。




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店内は7人掛けのL字カウンターと4人掛けのテーブル席一つ。

いたって、シンプルな、しかし清涼感溢れるお店でした。

ここは、お任せコース主体と言う事なので、コースをオーダー。

お酒は店主お薦めの中から 司牡丹の”船中八策”を

グラス酒で

本当にグラスで出てきました。




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≪筍の木の実和え≫




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≪蟹の茶碗蒸し≫




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酒が変わりました。



猪俣酒造 ”新潟清酒 大地の虎”




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≪鰹のたたき≫




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≪あいなめと蓬豆腐のお椀≫



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≪茄子と鯛の子≫




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酒が!!


”なぶら” いやその前に確か 菊姫の”先一杯”を呑んだはず。

まーいいか!。




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まだまだ、料理が続きます。




≪太刀魚の焼物≫


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最後は、本来ならばこちらの名物”トリュフご飯”ですが

ポン酒もあることですし、今日は、”鯛めし”

と言うよりも、「サイフ」の強い指示により、でしょうか。

しかし、これも又生のりの風味が効いて抜群に美味でした。




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残りは、おにぎりにしていただきました。

翌朝、完食です。






≪デザート≫



和風ババロアでしょうか




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以上、曙橋の和風大人の隠れ家 『割烹 はるまさ』 でした。

お酒 | 20:03:21 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 伊藤家のつぼ ~
八丁堀に巷で評判の寿司屋があると聞いてやってきました。

地下鉄日比谷線の八丁堀の駅を降りて直ぐのところに有りました。

『伊藤家のつぼ』です。




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カウンター12席のみのこじんまりした店でした。

当然、ほぼ満席です。

2時間程度で退席だそうです。

厨房は大将、接客は奥さん(たぶん)の役割分担のようだ。




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メニューを見ると、何となくこの店の目指すものが現れているような気がする。

早い話が、ちょっとレベルが高いかな。

ただの寿司屋ではなさそうだ。

この手造り感が何とも言えない。

いい味は出すけど、余計なところに金はかけない。

いいね!!

そうだ! 寿司屋が手造り嫌がってどうする!!




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いかにもなメニューですネ。

これから過ぎていく時間が楽しみです。



通されたカウンターに座ると、間髪を入れず「お通し」が来た。

いきなりのカウンターパンチだ。(カウンターだけに)


≪かますの南蛮漬け≫




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取りあえずに頼んだ、グラスビールを早々に飲み干して、

酒種を変える、やはりポン酒でしょ。




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”司牡丹の隠し酒”をオーダー

つまみはちょいと小粋に

≪昆布締めの盛り合わせ≫ お洒落だネー。



「サヨリ」「金目」「のどぐろ」「ヒラメ」




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生臭さが無くなって、まろやかで良い感じに〆られています。

これは好きですネ。







ネタケースの中を覗くとまだまだいろんなものがありそうです。




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江戸っ子らしく ≪シャコ≫といきましょうか。(千葉生まれですけど)

葦簀(よしず)の上で涼しそうですネ。




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やっぱ。シャコは江戸前だね。










≪キンキの煮つけ≫




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キンキは相模湾かな。









続いて酒は ”百楽門”




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焼き場が怪しげな、光を放っています。

それとも、こちらの目が怪しくなっているんでしょうか。

やかれているのは青唐辛子かな。

絶品の”昆布締め”をいただいた後のせいか

ガスの炎さえ”熟成”されている様に見えます。




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此の辺で、握っていただきます。





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    旨い!!

 

    ごちそうさまー!!








以上、味もCPもとっても満足の『伊東家のつぼ』 でした。

お酒 | 05:52:40 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 烏森神社例大祭 ~
初めて見させていただきました。

東京の夏祭は「下谷神社」がスタートと思っていました。

「神田祭」と入れ替りの2年に1度の本祭りとは言え、

この『烏森神社祭』が”皮切り”だったのですね。

失礼しました!




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”宮出”はJR新橋駅のSL広場からです。


すでにSL広場には、「本社大神輿」が飾られています。

東京に幾つかあると言われる”千貫神輿”の一つです。

名工と謳われた神田田代町の神輿師”だし鉄”こと山本正太郎の最高傑作と言われています。



四面ある屋根の各面に切り妻が載った「八つ棟型神輿」です。

極めて手の込んだ作品だと思います。

「八つ棟型神輿」でこれほど大きなものは他に無いそうです。




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もう一つの特徴は、屋根のてっぺんには他の神輿と同様「鳳凰」が載っていますが

蕨手には、社号にちなんでか「からす」が乗せられています。




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「宮出」まで少し時間があるので、先にお参りを済ませます。

ここの『烏森神社』にはもう一つ楽しみがあります。

例大祭限定の”御朱印”がいただけるんです。

元々カラフルな御朱印で、御朱印女子には人気がありましたが

例大祭限定となるとちょっとレアーですネ。

と言う訳で、神社に来てみましたが 

ビックリです!!






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右の行列が参詣の為の行列、左が御朱印をもらう為の行列です。

とんでもないことになってました。

御朱印行列はもっと後ろまで続いています。




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ここが御朱印行列の最後尾です。

これでは、いつ窓口にたどり着く事か解かりません。

神輿の「宮出」などもってのほかになってしまいます。

取りあえず、ここは諦めてSL広場に戻ります。




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「宮出」前のセレモニーとお祓いが始まります。

お偉いさんが勢ぞろいしました。




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この『烏森神社』には女性の神官さんが居るんですね。

巫女さんではありませんよ

しっかり祝詞も上げていました。




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剣舞の奉納です。




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「宮出」の為、神輿は退場です。

代わって和太鼓が「宮出」を盛り上げます。

この和太鼓はよかったですネ。

綺麗にそろっていました。 




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流石”新橋”でした。

意味がよく判りませんが?











いよいよ「宮出」です。




三基の神輿が出ます。

最初が女性専用の小さ目の神輿、次が男女混合の中型神輿

最後がお目当て”千貫神輿”です。

”千貫神輿”は迫力が違います。

大勢の担ぎ手が取り囲み、われ先にと担ぎ始めます。

したがって、蛇行しながら所謂「荒っぽい」渡御です。

普通の人は怖くて近づけません。  

けがをします。




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果敢にも女性の方も混ざっていました。

この神輿は他の祭りの担ぐ真似だけ、話に種に、とか面白そうだから、

などで担ぎ参加できる神輿と違いますので、とても勇気がいると思います。

怪我と隣り合わせです。




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あっぱれ!!









男だって必死です。

あそび気分だと怪我をします。




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でも、若者ははつらつとして外連味なく爽やかですネ。




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お待たせしました。


勿論、 新橋 ですから、おりますよ、綺麗処!!






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ちょいと、箸休め




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戻ります。




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以上、とっても威勢が良くて、とっても綺麗なおねーさんがいる



   『 新橋 烏森神社例大祭 』 でした。







勿論、お参りをして、御朱印いただきました。




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| 20:35:34 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 熊野神社+1 ~
大人に成りかけの頃、

「新宿中央公園」界隈で、仲間とつるんでよく遊びました。

「京王プラザホテル」はありましたが、都庁がまだ「淀橋浄水場」だったころです。

「十二社」に住んでいた、悪友と新宿で飲んで

「京王プラザホテル」に入る”住んでる世界の違う人種”を横目で見ながら

「淀橋浄水場」を過ぎて「新宿中央公園」で、遊び&悪戯などをして、

厚かましくも「熊野神社」に素晴らしい未来が来ることを願って、

十二社の悪友の塒に、しけ込んでいました。


今回、新宿駅から「熊野神社」に向かいながら、そんなことを思い出しました。

塒は、木造2階建ての2階の道路際、窓の真下にある「自販機」の

ひっきりなしに聞こえる缶の落下する音

それを手にした購入者のはしゃぎ声などを子守唄に寝入ったものでした。




そんな訳で、淀橋浄水場の跡地にこんな高い建物が建っていたので

入っても見ることにしました。

そういえば、展望室へ行くのは初めてです。




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高さ202mにある展望室です。




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展望室からの、下界の様子です。


すごいですネー。

天気のいい日はハワイまで見えるのではないでしょうか?




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周りも負けじと、高層ビルが連立しています。




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江戸時代、景勝地として栄えた”十二社池”や”十二社大滝”のあった

「新宿中央公園」です。

我々が遊んでいた当時と比べたらだいぶ綺麗に整備されています。

当時はまだ、背丈に近いぐらいの雑草などが生えていましたから




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BBQや子供の遊具などが整備され家族連れの憩いの場となっているようです。



目指せ! ”シルクドゥソレイユ”


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昔とは、だいぶ様変わりして面影もありませんが、とても懐かしい思いです。

生意気で、やんちゃで、理屈っぽくて金は無く。

時間だけはたっぷりあってそんな思いがたっぷり詰まった『新宿中央公園』でした。







以上、 新宿十二社回顧録 『熊野神社+1』 でした。







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旅・はいかい | 21:37:10 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 新宿 十二社 熊野神社(しんじゅく じゅうにそう くまのじんじゃ) ~
新宿中央公園の一角に鎮座する『新宿十二社熊野神社』に来ています。

東京都庁や新宿新都心のビル群のすぐそばに位置しながら

都心の喧騒が嘘のような静けさの中に佇んでいます。




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社号      熊野神社

所在地     東京都新宿区西新宿2-11-2

主祭神     櫛御気大神(くしみけみのおおかみ)

         伊耶那美大神(いざなみのおおかみ)

創立      応永年間(1389~1428年)

境内社     三社神社

         辨天社

         胡桃下稲荷神社







〖由緒・歴史〗



室町時代の応永年間に中野長者と呼ばれた鈴木九郎が、故郷である紀州の

熊野三山より十二所権現を移し祀ったと伝えられています。

鈴木家は、紀州藤代で熊野三山の祠官を務める家柄でしたが、源義経に従った為

奥州平泉より東国各地を敗走し、九郎の代に中野(現在の中野坂上から西新宿一帯)に

住むようになった。

九郎はこの地区の開拓にあたると共に、自身の産土神である熊野三山より

「若一王子宮」を祀りました。その後鈴木家は、家運が上昇し「中野長者」と呼ばれる

資産家となった為、応永10年熊野三山の「十二所権現」全てを祀った。

江戸時代は「熊野十二所権現」と呼ばれ、政府による社殿の整備や補修も行われた。

享保年間(1716~1735)には八代将軍吉宗が参詣するようになり、

滝や池を要した景勝地として賑った。




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       広重 ≪名所江戸百景≫に描かれた”十二社池”









明治以降は、『熊野神社』と改称し、

その周辺には、大きな料亭が立ち並び、花柳界として知られるようになり、

最盛期には料亭・茶屋約100軒、芸姑約300名を要したほかボート・屋形船・釣り・花火

などの娯楽も盛んに行われ、歓楽街として東京中に名をとどろかせた。



昭和43年にその池も埋め立てられて”新宿中央公園”となり、現在に至っている。











〖社号標〗



裏側の、新宿中央公園との境に有りました。

昔は、こちらが入り口だったのでしょうか。




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〖大鳥居〗



高層ビルも呑みこんで、威風堂々としております。




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〖手水舎〗




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〖狛犬〗



「阿」と言うより「ウォーッ」と吠えてます。




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「吽」は大人しげです。

頭上には、願い事を兼ねえる炎の形を表現した

”宝珠の玉”が載ってます。




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〖拝殿〗





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≪扁額≫




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神殿内は薄暗く、内部を見渡すことが出来ませんでしたが、

神棚の前に、キラリと輝く黄金色が目に留まりました。

なんと、”黄金の狛犬”がいるようです。


ストロボを所持していなかったことに、後悔の念が溢れてきました。

取りあえず、何とか内臓フラッシュでシャッターを押してみました。




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なんとか、黄金の輝きが確認できたでしょうか。

どちらも木製で

右側の「阿」が金色

左側の「吽」が銀色になっていました。



”びっくり!!” です。


輝き具合から推定すると、さほど古い物ではないようですが。


それにしても素晴らしい。



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後で確認したところ、平成5年に造られたそうです。










金銀の狛犬にも負けないカップルもおりました。

先ほど、金銀の狛犬を従えて、結婚式を挙げたばかりのお二人です。




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内掛けの裾の汚れとキズが気になるのは、育ちの貧しさのせいでしょうか。

まさか、使い捨てはないでしょ。










〖神楽殿〗




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〖境内社〗





≪弁財天≫




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≪三社神社≫




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≪胡桃下稲荷神社≫




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以上、新宿の森に秘かに佇むパワースポット 『新宿十二社 熊野神社』 でした。





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神社 | 20:27:29 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 海鮮丼 つじ半 ~
行列に並んでまでも、食事をする習慣も辛抱強さも持ち合わせていなかった。

ですが、今回は並ぶのを覚悟で来てみました。

いつも行列が絶えない店として、日本橋界隈で評判になっている『海鮮丼 つじ半』です。




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ラーメン屋の「つじ田」と天丼屋の「金子半之助」がコラボしてできたそうです。

だから 『つじ半』

解かりやすい。

開店がAM11時と言うので、10時20分に様子を見に来てみる




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すでに、30人ほどの行列ができている。

なるほど "行列ができる店"の看板は伊達ではなかった。

入口の前には行列者用のお茶と紙コップが用意されていて

店が行列対応慣れしているのが解る。

みなさんのお目当ては、"ぜいたく丼"なるものらしい。




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しかし、この行列に加わるのかと思うと、気持ちが萎える。

が、ここまで来て引き返すのも癪だ。

どれくらい待つのかは、判らないが勇気をもって、並ぶことにする。


メニューは三種類だけ。

ここ日本橋のど真ん中で三種類のみのメニューで商売が成立するとは

やはり、”ぜいたく丼”の中身を見てみたくなる。




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並んで待っていると、店員があらかじめ注文を聞きに来た

松竹梅の三種類の内「松」「竹」は「梅」にいくら、ウニなどををトッピングしたものだと言う。

だったらシンプルに基本の「梅」をオーダー。

ほとんどの方も「梅」をオーダーしていた。




3回転目に突入、1時間半ほど待ってやっと入店の暁を迎えることができた。

1時間半待ってランチをする。

人生における”パーソナル・レコード”達成の瞬間かもしれない。




店員に促されて入店する

店内はカウンター12席のみでこじんまりとしたつくりになっていた。

なるほど、これでは3回転目になるのも仕方がないところか、




指示されたカウンター席に座ると、

「おいしい召し上がり方」なる手引書が目に入る。

初めての入店なので、この手引書のサゼスチョンに従うのが常道だろう。




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ほどなく、ゴマダレのかかった「鯛の刺身」と「たまり醤油」が出てきた。

手引書によれば、この鯛の刺身は最後のために2切れ残しておくのが正しいらしい。




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さあ、いよいよお目当ての"ぜいたく丼・ 梅" の登場です。

丼ぶりの真ん中にタワーの様に積み上げられた9種類の魚介が

「どうだ!」 とばかりに目に飛び込んでくる。




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見た目でも食欲を誘う。

今どきは、ビジュアルも大切な要素の一つ。

醤油の中にわさびを丁寧に溶いて、海鮮にまぶす

なるほど、美味!!

大人の味がする。

店の思い入れが込められている。




あっと言う間に完食。

味に文句なし!!


丼ぶりが空になったら、ここからがこの店の本領。

板前さんに声をかけると、鯛だし汁のかかったお代わりのご飯が出てくる

ここで残しておいた鯛の刺身2切れを載せて〆めの鯛茶漬け。




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これも出汁が効いて、美味です。

満足ですネ。

この味で、このコスパなら日本橋でも合格ではないでしょうか。

ただ、1時間半待ってまで!はどうでしょうか。

その、待ち時間が無ければ、

そしてこのコスパなら、年に1~2度は食べてみたいですネ。





以上、日本橋で人気の『海鮮丼 つじ半』"ぜいたく丼"でした。













食べる | 06:43:04 | トラックバック(0) | コメント(0)

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