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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 王子稲荷神社 ~
JR王子駅から、線路沿いにしばらく東十条の方角を行くと『王子稲荷神社』がある。

落語の「王子の狐」の舞台となっていることでも有名で古くより庶民に愛されてきた。

関東の稲荷神社の総元締めに当たる神社です。

毎年大晦日の夜に、関東一円の稲荷神社から狐たちが集まって参詣したという伝承がある。



王子稲荷神社 012













道路に面して門があり、その門にはこのような看板が掲げてありました。


          王子稲荷神社 001



 国認定 重要美術品  『顔面著色鬼女図』  日本画家・蒔絵師  柴田是真作 とあります。

江戸時代に奉納された「絵馬」だそうです。


 『顔面著色鬼女図』 


「その昔,羅生門に出没していた「鬼女」を,ある武将が鬼女の腕を切り落として退治した。

その6日後、取られた腕を取り返すべく鬼女は武将の伯母に化けて武将の屋敷を訪れた。

鬼女は程よく腕を取り返すや否や、伯母から転じて元の鬼女に戻った」

その戻った場面を描いた図だそうです。

麗美な服装とグロテスクな面貌との対照が場面の凄味を高め、人々を慄然とさせ、柴田是真の名を

世に知らしめ、出世作となった。



          額面著色鬼女図



この絵馬の奉納者は当時の「砂糖問屋組合」の代表者で、

天保の改革で各方面の粛正を強いていた幕府に対し

取り上げられた商権を「切られた鬼女の腕」に例えて、復活の大願成就を籠めたものらしい。








門を入るとすぐ右側にこんな建物がありました。



          王子稲荷神社 002


元来は「手水舎」だったんでしょうネ。

さすが「お狐様」 幼稚園児の「砂場」に化けてます。

それにしてもずいぶん立派な「日射よけ」ですね。





階段の手前に摂社の「市杵島神社」がある。

鳥居もしっかり造られている。



          王子稲荷神社 003




          王子稲荷神社 004







やはり、狛犬ではなく「狐」ですネ。


          王子稲荷神社 005






階段を上がると、ありました屋根のない手清め水が




          王子稲荷神社 010


「母屋とられて、もらい水」ですか








【拝殿】です。

階段を上がってすぐ正面にあります。

立派の一言です。



          王子稲荷神社 006





          王子稲荷神社 008



輝いてます。

棟が多く、肩をいからしたような造りは「権現造り」でしょうか。






拝殿の天井には、幕府の御前絵師・谷文晁の「竜」の板絵があると聞いたので

上がらせていただきました。


          王子稲荷神社 007




これも立派な素晴らしい絵ですが、どうやら谷文晁の「竜」ではなさそうです。








拝殿の横に「舞殿」がありました。



          1本殿?








拝殿の横の階段を上がると

「本宮社」があります。


          王子稲荷神社 009





「本宮社」の横には「石祠」があります。



          洞窟





「狐穴」


          狐の穴
    




「お石様」


願い事を唱えながら持ち上げるそうです。


          お石様









大晦日に『王子稲荷神社』に参詣する狐たちは、まず近くにある「装束の榎」と呼ばれた大きな榎の下で

装束を整えてから参詣したそうです。

榎の下に集まった狐たちが灯す火(狐火)によって来年の作物の豊凶を占ったそうです。



          狐図Ⅰ





現在はこの模様を再現した「狐の行列」が、大晦日に地元の方々によって行われています。


          20.jpg





又「狐の嫁入り」も有名です。


          狐図Ⅱ





王子稲荷神社 013-crop






以上『王子稲荷神社』でした。



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神社 | 16:15:46 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 『日本橋今昔』 徘徊記 ~
日本橋室町に「COREDO室町」と言う大型商業施設が出来て『日本橋』界隈が賑やかになった。



日本橋界隈 038




元々江戸時代からの「老舗」が立ち並び、ある種独特の大人の雰囲気を醸し出していた。

「ライオンの守衛」が居る大型デパートは、平日にもかかわらず開店前から列ができている。



page.jpg





そこに若者好みの店舗が数えきれないほど参入してきた。

いつまで続くかは別として『日本橋界隈』が活気づくのはいいことです。

何といっても『日本橋』は日本の中心ですから。

「三越」「三井不動産本社」「三井タワー」などがあることから、

丸の内の「三菱村」に対して「三井村」と比喩されている。











201111_feature_head(日本橋100年)





魚河岸




『日本橋』は1603年(慶長8年)徳川家康によって架けられた。

その時すでに日本の5街道の「起点」として定められた。

明治維新まで10回の火事で焼け落ち、その都度架け替えられてきた。

1891年(明治31年)石造の橋として架け替えられ

現在の石造二重アーチ型になったのは1911年(明治44年)で、橋長49M、橋幅27Mとなり

その年に「国の重要文化財」に指定される。



200px-Nihonbashi_12(現 日本橋)






親柱には、当時の東京市の守り神として『獅子』のブロンズ像

中央の柱には東京市の飛躍を願い『麒麟』のブロンズ像が飾られた。

いずれも「彫刻家 村田長男」の作品です。

今見ても「力強く」「凛々しく」すばらしい。

伝説の生き物「麒麟」に翼が付いているのも個性的で「飛躍」の思いが伝わってくる。



日本橋界隈 011





日本橋界隈 004




日本橋界隈 005






日本橋界隈 006




日本橋界隈 009




素晴らしいですネ。

橋全体がギャラリーのようです。

いや、橋全体が芸術作品と言って良いのではないでしょうか。

日本の宝です。 大切にしたいですネ。










現在の4か所の橋詰にはそれぞれ名前が付けられ、都民の憩いの場となっている。



【花の広場(南詰)】


江戸時代当時の日本橋を模したレプリカですか。



日本橋界隈 013




日本橋界隈 014




日本橋界隈 016




「花の広場」の裏に休憩スポットがありました


日本橋界隈 026



「南詰 護岸」です。


日本橋界隈 017




古来から街道の起点として広く親しまれていることに加えて、日本橋から銀座にかけての中央通り一帯の

近代的街並みは日本経済の中心として活況を呈していることから

   ”日本の道100選”に選ばれている。


日本橋界隈 015














【滝の広場(南詰)】



本来壁を伝わって「滝」が流れていたのでしょうか。

今日は流れていません。

ここは「日本橋川」の「乗船場」になっています。

今日も沢山の方が出航時間を待っています。  すごいですネ。  びっくりです。




日本橋界隈 028




日本橋界隈 010



船着き場です。


日本橋界隈 029



今は静かですが、江戸時代はとても賑やかだったようです。



201111_feature_05_full(日本橋Ⅱ)


すごいです。今では想像もできません。






平成23年に現在の石造二重アーチ橋に架け替えられて100年経ったことを記念して、

江戸時代に行われていた興行にならい、坂田藤十郎丈と市川団十郎丈による「舟乗り込み」がされた。

それを記念して「双十郎河岸」と名付けられた。


日本橋界隈 027



201111_feature_07.jpg










【乙姫の広場(北詰)】



ここは江戸時代「魚河岸」があったところです。

江戸で一番活気があったところと言っても過言ではないと思います。

東京湾で漁をしてきた船が鈴なりに岸に繋がれていた事でしょう。




日本橋界隈 002




日本橋界隈 001




「てやんでぃ!!べらぼうめぃ!!」 

「ちゃんちゃらおかしいやい!」

「おとといきやがれってんだ!!」

雑踏の中から『一心太助』の声が聞こえて来るようです。










【元標の広場(北詰)】



『日本橋』の真ん中に埋められている「日本国道路元標」のレプリカです。



日本橋界隈 021



日本橋界隈 019







「元標」から計測した各都市までの「里程標」です。

札幌まで1,156kmですか。

江戸時代は”伊能忠敬”がここから「歩測」で測ったんですネ。

すごいですネ。

”伊能忠敬”は「歩測」と「計算」で丸い地球の大きさまでも、ほぼ言い当てたそうです。

最も当時の人は誰もそんな事信用しなかったようですが、

「数学者」でもあり、「天文学者」でもあり「土木学者」でもあった、

日本が世界に誇る天才の一人です。



日本橋界隈 020




日本橋界隈 024





日本橋界隈 023










【日本橋川に空を!!】


「日本橋川に空を取り戻す」 大賛成です。

これを反対する人はいないと思います。



日本橋界隈 025



日本橋界隈 012




確かに、いかにも「無粋」です。

でも、単に「景観」が悪いから「壊せ」でいいのでしょうか。

この「高速道路(首都高速)」を命がけで造った方々がいます。

誰の邪魔にもならない「川の上」に車を走らせよう。

高速道路を2階建てにしたら人々がもっと便利になるのではないか。

そんな思いを込めて昼夜を問わず、「突貫工事」をしてくれた方々がいます。

おかげで1964年無事「東京オリンピック」を開催することが出来たのです。

おかげで「東京」を「日本」を世界に認めさすことが出来たのです。

当時の日本が世界に誇る「土木技術」の集大成だったのです。







main01_2.jpg





確かに今の世の中は、求めているものが大きく様変わりしました。

「強く」「大きく」「広く」「速く」「より便利に」から「心のゆとり」「情緒」「安らぎ」「癒し」と

求めるものが変わってきました。 しかしそれは「高速道路」を命がけで造ってくれた人達の

功績・価値を下げるものではない。

その事実があったからこそ今があるわけで、過去をないがしろにすべきではない。

今こそ、過去の業績を尊重しつつ、新しいニーズにこたえていかなければいけない。

「知恵」を出しましょう。 地下がだめなら別の方法を。  日本人ならできますヨ。

がんばりましょう!!


以上『日本橋界隈徘徊記』でした。












旅・はいかい | 14:35:58 | トラックバック(0) | コメント(0)