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~金沢21世紀美術館~
金沢に今までなかったような新しい美術館があります。

img1.jpg




”金沢21世紀美術館”です。

場所は金沢の中心地「広阪」にあります。

隣には「名勝兼六園」「金沢城址公園」そして最近若い女性に人気の「しいのき迎賓館」などがあります。

徒歩圏内の近くには、繁華街の「香林坊」や「片町」もあり正に金沢の中心「へそ」の部分に位置します。

芸術関連施設においても、周囲には「金沢能楽美術館」「石川近代文学館」「石川県立美術館」

「石川県立歴史博物館」などテーマの異なる施設があり、一大文化ゾーンを形成しています。


 21世紀美術館


尾山神社 武家屋敷 21世紀美術館 037



敷地の周囲には、「塀」や「ゲート」などの視界をさえぎるものがありません。

芝生と散歩道があるだけです。

どこからでも敷地に入れます。

その為、美術館を訪れる人以外にもさまざまな人達の「憩の場」になっています。



建物は、地上1階、地下1階建で円形の総ガラス張りです。

尾山神社 武家屋敷 21世紀美術館 035




全くの円形なので通常の建物にある「正面性」はありません。

4か所あるエントランスの何処から入って何処から出ても自由です。

「敷地」に対する構成コンセプトと同じですネ。

建築設計競技(コンペ)で選ばれた設計者の妹島和也氏と西沢立衛氏はこの建築設計により建築界のノーベル賞と言われる「ヴェネツィア・ビエンナーレ」の金獅子賞を受賞しています。

このような建物を身近に持っている金沢の市民は幸せですね。


各展示室は、現代美術の展示にマッチした白い壁の空間(ホワイトキューブ)で構成され、独立した立方体として配置されています。


尾山神社 武家屋敷 21世紀美術館 045




誰でも、気が向いた時「フラット」立ち寄れる開放的な美術館です。

館内には「交流ゾーン」と言う無料の展示ブースやカフェ、ショップ等があるので気軽に市民に利用されています

尾山神社 武家屋敷 21世紀美術館 046


 21世紀美術館 044


尾山神社 武家屋敷 21世紀美術館 047




開放性から、外にいる人には中にいるような、内にいる人には外にいるような錯覚を起こさせるような空間があります。

尾山神社 武家屋敷 21世紀美術館 050




そしてその建物の形状から「まるびぃ」と言う愛称で呼ばれています。


尾山神社 武家屋敷 21世紀美術館 049



展示物は、現代美術を中心にその時折々に変わりますが、恒久的な展示物もあります。

その代表的な物が、レアンドロ・エルリッヒの”スイミング・プール”です。

 21世紀美術館 043


21世紀レアンドロ




1階の中庭からプールを覗くと、プールの中で自由に動き回る人々が見えます。

実は透明のプールの下部が人の行き交う事が出来る空間となっていて、そこにいる人があたかも水中で動いている

ように見えるのです。


img3.jpg



又、建物の周囲の芝生の中に奇妙なラッパ状の筒が12個立っています。

フローリアン・クラールのの”アリーナのためのクランクフェルト・ナンバー3”です。


imageラッパ


「ラッパに向かって声を発するとその声が地中の管を伝わり別の場所にある「ラッパ」から聞こえてきます。

どの「ラッパ」と繋がっているか探してみたり、いきなり聞こえて来る見知らぬ人の声を体験するのも

驚きです。


untitledアドパートナー21C


その他、ただ鑑賞するだけの美術ではなく、体全体で「感じる美術」が体験できます。

又、館内には、そんな体験をしている人うを、観ながらゆっくりとお茶、ランチが出来るレストラン

「Fusion21」があります。


f-01ふしおん21


untitledFusion




「美術館で第2の感動」と言うコンセプトに恥じない目にも鮮やかな彩の料理が用意されています。

180度外を見渡せる円形ガラスの解放感とバラエティあふれる「ランチ」は必見です。



この「金沢21世紀美術館」には、年間150万人の人が訪れるそうです。

又、この美術館を観るためだけに金沢へ来る人もいるそうです。

ぜひ一度訪れて「体感」してみてはいかがでしょうか。


  ”金沢21世紀美術館”でした。






















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芸術 | 20:00:17 | トラックバック(0) | コメント(0)
~潮風王国~
”潮風王国”です。

潮風大国 002



ここは南房総市千倉町です。

そして、千倉町漁業協同組合直営の「海産物販売所」です。

響きがいいですネ。「チョクエイ」

いかにも「新鮮」で安そうです。


潮風大国 017


「海から直送」

いいフレーズだ。

でも、ほんとかよ。 少なくとも「真あじの開き」は違うだろ。





”潮風王国”は海に面してあります。

外は子供の遊び場に解放されています。


潮風大国 001


店内は「活魚」中心の海産物、郷土土産のお店が並びます。


潮風大国 012


潮風大国 013



本日のお目当て「アワビ」「サザエ」です。


潮風大国 008


潮風大国 009



世話になった方のお土産に少し購入しました。

自分で食べるのには買えませんよネ。



潮風大国 006


これは手が出ません。すいません。

高級品でなくても美味しいものは沢山ありますヨ。


潮風大国 004


「しったか」です。煮付が美味しいですネ。



潮風大国 019


「くじらのたれ」これも千倉の名物です。

酒の肴にいかがですか。

潮風大国 014


潮風大国 020




これは何んだか判りますか。


潮風大国 011



ご当地ならではですが

「ユーホーキャッチャー」ならぬ「マリンキャチャー」です。

クレーンで「サザエ」を掴みあげるらしいです。

ほんとに上がるんですかネ。

「サザエ」も必至ですから。

一回200円か、買った方が安いのでは。





店内には、地の物を使った料理を出すレストラン、食堂もあります。

ぜひどうぞ。



潮風大国 015


潮風大国 016



と言う訳で、「森三中」に負けないように「千倉」を盛り上げましょう。












旅・はいかい | 13:11:25 | トラックバック(0) | コメント(0)
~涼を求めて~
涼を求めて、南房総の奥座敷「養老渓谷」へ来ました。


養老渓谷 003


以前から機会があれば来てみたいと思っていたんですが、なかなか来れませんでした。

やっと念願かないました。


養老渓谷 009



「養老川」と支流の「蕪来川」に沿った渓流全体を「養老渓谷」と言うそうです。

川の流れは全般に緩く、特に蛇行する「川だまり」は水深も浅くなっています。

小さな子供達にとっては、かっこうの「水遊び場」となっています。

したがって、小さな子供も居る、家族ずれが多いようです。


養老渓谷 008


養老渓谷 025



遊歩道が続きます。


養老渓谷 018


養老渓谷 016



釣りを楽しんでいる人もおります。

こんな浅瀬での流れのないところで釣れるんでしょうか


養老渓谷 012


「女 釣り師」も居ました。

なにか狙っていますネ。

「さすらいのアングラー」か

でも、竿は枯れた枝のようですけど。


養老渓谷 013



キャンプ場もあります。

バーベキュー場です。


養老渓谷 022


キャンプ場までは、かなり蛇行しながらの登りです。

荷物はこの方が便利です。


養老渓谷 010


養老渓谷 024




遊歩道をしばらく歩き「養老川」と「蕪来川」との合流地点あたりに

景勝地”弘文銅跡”があります。


200PX-~1弘文洞



昔は、蛇行した川を三日月形にせき止めて、開拓をする耕作方法を行ったようですが、その時の「隧道」の跡だそうです。今は上部が陥没して解放されています。




渓谷の入り口に朱色のアーチ型の橋があります。


養老渓谷 026


「出世観音」の入り口です。


養老渓谷 005


養老渓谷 004



無理です。

こんな登りを200mも

生きて戻ってこれるか判りません。

今更「出世」より「命」ですよネ。

と言う訳で橋だけ拝ませていただきます。

  ”なぁむぅ~”


養老渓谷 006







「養老川」を少し上流へ上ると(車で5~6分)”高滝”があります。

大多喜町粟又にあることから”粟又の滝”あるいは”養老の滝”ともよばれています。

養老渓谷を代表する名所です。

千葉県随一の名瀑とも言われております。


養老渓谷 033


落差 30m 幅 30m 延長100m あります。


水の流れは、岩面を穏やかに舐めるように流れたいます。

滝と言うより自然に造られた「ウォータースライダー」でしょうか。

子供達には、極めて好評です。

滝壺も広く「マンモスプール」と言ったところでしょうか。



養老渓谷 031



”粟又の滝”の上流も水遊びのメッカとなっています。



養老渓谷 027


養老渓谷 028



以上”養老渓谷”の散歩でした。

マイナスイオン伝わったでしょうか。























旅・はいかい | 05:19:34 | トラックバック(0) | コメント(0)
~”日蓮”のふるさとへ~
”日蓮聖人”のふるさと、安房の「小湊」に来ています。

ここ「小湊」には"日蓮"の生誕の地と言われる「鯛の浦」があります。

日蓮のふるさと 019


「鯛の浦」は、”日蓮聖人”生誕の際、鯛が海面に群れ集ったと言われた時から地元の人々が700年以上もの間「鯛の聖地」として守り続けてきました。

地元ではこの鯛を決して捕獲しない習わしが今でも引き継がれています。

そのせいか本来、深海性鯛遊魚で「群れ」をなさない「真鯛」が水深10~20mのところに群れて安住しています。

日蓮のふるさと 008


日蓮のふるさと 009


このような現象は、世界にも類がなく、未だに解明されておらず「特別天然記念物」に指定されています。

その群れている様子を観光客に見せるために「遊覧船」が出ています。

今は立派な船ですが、昔は、もっと小さな木造舟でした。

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その小さな木造舟の船べりを叩くと子供の手でも届きそうなところに大きな、黒光りするような「真鯛」が寄ってきて子供心をドキドキさせたものです。

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今は、「撒き餌」で呼び寄せます。型も小ぶりです。

そうは言っても天然の鯛を餌付けするとはびっくりです。



遊覧船は、「鯛の浦」を周遊します。


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此の辺が”日蓮聖人”の生誕地だそうです。

現在は海の底です。

”日蓮”は、ここの「漁師(もしくは、海女)」の子として生まれました。

そして、ここに”日蓮”の生誕を記念して”誕生寺”が2度建立されたが、2度ともその当時の「地震」「津波」によって、消滅してしまいました。

現在ある”誕生寺”は、3代目だそうです。


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”誕生寺”です。

正式名は、日蓮宗大本山 小湊誕生寺

”日蓮聖人”の生誕を記念して造られました。


「総門」です。


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「仁王門」へ向かう参道です。

燈籠がお行儀よく並んでいます。


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「仁王門」です。

宝暦の大火の最焼け残った誕生寺最古の建造物です。

県の指定有形文化財です。


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手水処です。

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「祖師堂」です。

入母屋造り、4面18間 高さ95尺

鬼瓦は畳21畳分もあり、世界一の大きさです。

中には”日蓮像”が安置されています。


日蓮のふるさと 052


image_a_15610-980784842-84178(祖師堂)




この”誕生寺”は「水戸藩」特に、「水戸光圀公」に保護されたようです。

本堂には「光圀公」寄進による「十界本尊木像」が安置されています。


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「鯛の浦」で網にかかってしまった鯛を祀る「鯛塚」です。

いかに「鯛」が大切にされているか判るような気がします。




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「総門」の横にある「大燈籠」です。

シンボルとなっています。

「残念」ですネ。まったく「残念」です。

上部についている「太陽光パネル」はなんでしょうか。

ただ、時代に迎合すればいいわけではないですよね。

興ざめしますよね。

「燈籠」を設計した人は泣いているのではないでしょうか。

「エコ」を取り入れたければ反対はしません。

発電した「電気」は「電線」により日本中どこへでも運べます。

よりによってエプロンのように使用するところに掛ける必要はないでしょう。

”日蓮”は日本で一番「かしこい人」になる為に、出家をしたと聞きました。

これでよいのでしょうか。




続いて”清澄寺(せいちょうじ)です。

「きよすみでら」とも言います。

どちらかと言うと「きよすみでら」の方が世間に知られています。

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1233年”日蓮”が12歳でこの”清澄寺”へ入寺・出家し「日本一の智者となさしめたまえ」と「虚空蔵菩薩」に祈り続けたとされています。

その後”日蓮”は鎌倉、比叡山などで学び32歳で再び帰山し、「日蓮宗」を立教開宗したそうです。


「本堂」です。

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なんか「けばい」ですね。

元は、「密教」の寺だからでしょうか。



「祖師堂」

こちらはおだやかです。


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「宝物館」です。

”日蓮”ゆかりのものが、多く置かれているそうです。


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境内にある「大杉」です。

「天然記念物」です。

この「大杉」の後ろを「旭ノ森」と言います。

”日蓮”はこの森に向かい初めて「南無妙法蓮華経」と唱えたそうです。


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この”清澄寺”のある清澄山は関東では一番早く「日の出」が見えることでも有名です。

元旦は初日の出を見る人々で、たいそうにぎ合うそうです。


又、関東の富士見100景として「国土交通省」から認定されているようです。

お役所にも暇な方がおられるんですね。

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以上,夏休み「自由研究」


”日蓮聖人”のふるさとを訪て、でした。

”合掌”










仏閣 | 09:30:32 | トラックバック(0) | コメント(0)
~気多大社にて~
能登半島の付け根、羽咋市(はくいし)に「万葉集」にも歌われた2100年の歴史をもつ”気多大社(けたたいしゃ)”が鎮座します。

”能登一宮”とも言われ「万葉」の時代から能登一圓に神威を有していたそうです。

まずは、「鳥居」です。


気多大社 010

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歴史と風格を示す堂々の鳥居です。

「鳥居」から「参道」「神門」「拝殿」「本殿」と北へ向かって一直線に配置されている。

参道の横にある「手水処」です。

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「手水処」にも品がありますネ。

「ししゃく」などにも手入れが行き届いています。


「神門」です。

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切妻造、四脚門、屋根は「檜皮葺」で国の重要文化財に指定されています。


「拝殿」です。


気多大社 018


入母屋造り、屋根は、同じく「檜皮葺」でトータルコーディネイトされています。

ここも、国の重要文化財です。

奥に「本殿」があり、三間社(3間×4間)と言う大きさで、類例の少ない「両流造」となっており、同じく国の重要文化財ですが、残念ながら一般の人は見れません。


「拝殿」の奥横にある「神庫」です。

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ここは、石川県指定文化財になっています。


「拝殿」の左側には「若宮神社」があります。


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「一間社流造」「檜皮葺」で国の重要文化財にしていされています。



右側には「白山神社」があります。


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三間社流造、檜皮葺、ここも国の重要文化財です。

気多大社は、合わせて5つの重要文化財を有しています。

また、本殿背後には、国の天然記念物となっている「いらずの森」と呼ばれる広さ3.3ha(1000坪)の常緑広葉樹の自然林が茂っており、古くから「神域」として一般人の出入りが禁止されています。

気多大社 024


「入いらずの森」の内には、「奥宮」と言う拝殿があります。しかし、一般の人は参拝できない。

”昭和天皇”が「気多大社」に行幸された際に、この「入らずの森」にお踏み入りになり、御製(歌)を詠んだそうです。

記念の石碑が置かれています。

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その他に、「入らずの森」に面して、いくつかの「摂社」があります。

「揚田神社」です。  社殿はありません。

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「大玉神社」です。

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「菅原神社」です。

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やはり合格祈願ですか。

困った時の「神頼み」




この「気多大社」には代々受け継がれた奇祭と言えるお祭りがあります。

それは毎年12月8日から12月16日に行われる「鵜祭(うまつり)」です。

12月8日に「鵜崖」と言う場所で捕えた「鵜」を「気多大社」に奉納するお祭りです。

「鵜」を献上する人々は、「鵜捕部」と呼ばれ、鹿渡島に先祖代々から住み、

現在までもその役に仕えているそうす。

麻糸を付けた竹竿で鵜を捕える手法は、一子相伝の秘伝だそうです。

献上された「鵜」は、社殿に放され宮司に導かれるが、その進み具合によって翌年の作物の豊凶を占なわれる。

「鵜」を背中に背負って運ばれる姿は、毎年のようにテレビに放映されます。


と、由緒と格式のある「気多大社」ですが、今は、「縁結びの神」の方が広く知られています。

なにせ、もともと「気多大社」の御祭神である「大国主神(大黒さま)」は、縁結びの神様ですから。


気多大社 014


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でも、ただ縁結びにご利益があるというだけではありません。

日本で唯一、縁結び専用の祈願所”気麗むすびどころ”があります。

何と6,400通の「縁結び成果」が奉納されているそうです。


「むすび松」もあります。

2本の松の木が根本で結ばれています。


気多大社 021



以上が「気多大社」の案内ですが、気多大社には、あと1つ変わった経歴があります。

それは”神社本庁離脱”です。

何回かの裁判の末、最高裁で神社本庁からの「独立」を勝ち取りました。

なんとなく「気多大社」の気骨を感じる一抹を垣間見るような経歴です。



神社 | 12:49:38 | トラックバック(0) | コメント(0)
~たたら祭りです~

”たたら祭り”に来てます。

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”たたら祭り”は川口市が市営オートレース場と市役所通りを使って毎年行っている市民祭りです。

今年で35年目になるそうです。

そして今年は市制80周年の記念も兼ねています。

観光協会や商店街が中心になって行う他のお祭りと違って市が主催ですので中身が多種多様ですので又違った趣があり色々楽しめます。

”たたら”とは、鉄を溶かすときに風を送る「ふいご」を意味するそうです。

元々の語源は、モンゴル語の「猛火」からきているようです。

「たたらを踏む」はあしをバタバタさせることですが「地団駄」も「地たたら」が語源だそうです。


「鋳物の街」川口にはふさわしいネーミングです。


たたら祭り 020





『宵祭り』の始まりです

まずは、「初午太鼓(はつうまだいこ)」


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粋ですネ

いなせですネ。

二の腕のタトゥーかっこいいですネ。

「ばち」を握った目つきが魅力的ですネ。




続いて、「たたら流し踊り」

ひたすら、「たたら音頭」を踊り続けます。


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「始まりますよー!!」

「ゲートイン!!」


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「オン・ユア・マーク!」


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「始まりましたー」


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「お遍路さんじゃないですよネ」

「大丈夫ですかー」


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川口市のマスコット「キュポラン」も参加しています。

みんなから握手をされています。 人気者ですね。

「キュポラン」の名はもちろん鉄を溶かす炉「キューポラ」からきています。



たたら祭り 043


こんな方もいらしてました。

黒服(SP)の方も5~6人いらっしゃいます。大変ですね。暑いのに

耳につけているのは「補聴器」ですか。  お若いのに、かわいそう

当の本人は、涼しそうに浴衣でみんなに握手を求めています。 人気者ですかネ。



それにしても沢山の人が踊っています。

38団体、6000人以上の人が参加しているそうです。

お年寄りが元気ですネ。

と言うより、お年寄りばっかりですネ。

川口市の「後期高齢者」が全員集まったのかと思いました。

オーッ、若い看護婦さんもいましたか。 ホッ。






さあ、宵祭りの最後は「サンバ カーニバル」です。


たっぷりご鑑賞を!!



たたら祭り 054


綺麗ですネ。 白い帽子が邪魔ですけど!



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「じゃまなんですけど!!」

「怒りますヨ ほんとに!」


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「目と目」は通じあってますよネ。


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おや!! 

こんなところで「内輪もめ」はやめましょう。

暴力はいけませんヨ。  皆が観てますヨ。

仲良くしましょうヨ。 仲良く。 

なんてったって、お祭りですから。


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良かったですネ!  仲直りできて!

さすが切り替えがはやいですネ。 

やっぱり、「笑顔」の方が綺麗ですヨ。 ビバ!!


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郵便配達の「親子」もいました。

うーむ。「姉妹」じゃーあないでしょ。

でも、なんでこんな時 郵便配達なんですかネ。


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「バンザイ!!」

私も「バンザイ!!」 「感激!!」



以上とっても楽しい「サンバ カーニバル」でした。




『オートレース会場』です。


たたら祭り 001


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「フリーマーケット会場」


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オートレース場に接する道路が「車両通行止め」となり、市民が持ち寄った「フリーマーケット」会場となっています。

すごい人出ですが、残念ながら今回は掘り出し物はありませんでした。



「子供チャレンジコーナー」です。


たたら祭り 011


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子供「初午太鼓」です。


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「空カン立て」です。

おかーさんの方が必死です。

親がビールを飲んでいる家の子は扱いが上手かも。



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「劇団ひとり」も居ます。  あ~「階段ひとり」か。


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お化け屋敷です。 愛嬌があります。



まだまだ子供の遊び場は沢山あります。





打って変わって「川口特産品コーナー」です。



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ベーゴマを唯一製造、販売している工場です。

まだ、あったんですネ。



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川口は「鋳物」の街ですが、鋳物を作るには、鋳型が必要です。その鋳型を造るためには「木工型」が必要なので自然と「木工」も盛んになったのです。




「ハイテクコーナー」もありました。


たたら祭り 106


川口の「機械技術研究会」が作った「蕎麦打ち機」だそうです。

試しに食べてみました。


たたら祭り 108


結構おいしかったです。

しかし「ハイテク」が「蕎麦打ち機」と言うのもどうでしょうか。

やっぱり美味しかったのは別に要因があったかも。


たたら祭り 109





「模擬店めぐり」


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一番人気は「関西流大だこたこ焼き」でした。

本当にうまそうでした。


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未成年はお酒を飲んではいけませんが「売る」のはいいんですよね。



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普通のたこ焼きです。



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「バザールコーナー」


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女性の下着売り場です。 なぜ下着売り場ですかネ。よく判りません。

なぜか男性の客が多いですネ。



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お祭りに「不動産相談」ありですかネ。

意味が解りません。


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今どき珍しいですネ。 本物の「金魚すくい」がありました。


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なんと、「ランチュウ」専門の金魚すくいもありました。

初めて見ました。感動です。



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たたら祭り 126


学校の耐震補強の必要性アッピールと「地震体験」をやっておりました。

家族ずれに人気のようです。

さすが「川口」やるネ。



たたら祭り 119


たたら祭り 121


一画に「和太鼓コーナー」もありました。

同じ会場の中で「和太鼓コーナー」が何か所か設けられています。



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市民ステージです。

市民が演奏や踊りを披露しています。


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ふくしコーナーです。


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お年寄りや施設の方々が普段の練習の成果を発表してます。



バイクコーナーです。


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人気の女性ライダーらしいです。

並んでサインをもらっています。

私は結構です。ハイ。



メインステージです。


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地元出身の方のライブのようです。

いまいち、盛り上がりに欠けているかな。

大宮が「コブクロ」で

川口がこの方だそうです。

大宮に住もうかな。


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やっぱり子供にはかなわないか


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市長さんの挨拶です。

張り切ってます。


たたら祭り 156


希望の風船飛ばしです。

でも風船っていつかは消えて無くなるんですよネ。「希望」はどうなるのでしょうか

不吉ではないですか。





待ってました、いよいよ「神輿巡行」です。


たたら祭り 151


たたら祭り 150


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巡行距離が短いのが残念です。

それと、仕方がないが、神輿が少し小さいですネ。

まぁ、気持ちですから良いとしよう。




でもって、「今日一のお気に入り」はこれです。


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お祭り会場の向かいでやっていたローカル(正確にはロートルだったかな)バンド演奏です。

懐かしい「ベンチャーズ」ナンバーのオンパレードでした。

「ハイボール」2杯飲んでしまいました。

エレキギターに合わせて「ベロベロベロベロベーン」でした。失敬。


これで”たたら祭り”は夜の「花火大会」を残すのみとなりましたが、全体を見て何か感じませんでしたか。

多くの方は「川口市民は何と和太鼓が好きなんだろうか」と思ったのではないでしょうか。

これには少し「わけ」があります。

その「わけ」は”初午太鼓”に起因します。

正式には、”川口初午太鼓(かわぐちはつうまだいこ)”と言います。

川口市は「鋳物の街」ですから、「鋳物工場」が沢山ありました。

「鋳物工場」では鉄を溶かす為に、高温度の「火」を使う危険な作業を行っています。

そこで「鋳物職人」は一年の初めの「午」の日に、稲荷神社に火伏を願い、奉納太鼓を叩いたのが

この「初午太鼓」の始まりだそうです。

初午の日は、どの工場でも太鼓の音が一晩中鳴り響いたそうです。

今は「鋳物工場」自体が殆ど無くなりつつありますが、この「川口初午太鼓」だけは、子供達に脈々と引き継がれ

て継続しております。 

素晴らしいことですね。

暖かい目で見守りましょう。



以上”たたら祭り”でした。

「花火大会」の報告は、またの機会に。
























旅・はいかい | 20:36:20 | トラックバック(0) | コメント(0)

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