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アル酎ハイマーはいかい士

Author:アル酎ハイマーはいかい士
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~いよっ!江戸っ子だってネェ 神田の生まれよォべらぼーめー!~
神田淡路町 010

神田淡路町 011
 

神田淡路町界隈には、まだ昔からの”老舗”がたたずまいをそのままに残っている。
おしるこ屋さん、フグ料理屋さん、あんこう鍋屋さん、鳥すき屋さん、みんなそれぞれ知名度のある”老舗”ばかりです。(先日「ボヤ騒ぎ」で結局建て直すことになった”藪蕎麦”さんには、本当に残念な事をしましたが、きっと”江戸の粋”を復活させてくれると思います。皆で応援しましょう)

神田淡路町 003


神田淡路町 009

神田淡路町 005

神田淡路町 006

神田淡路町 007


 突然ですが、ここで問題です。
 そんな”老舗”と軒を並べて”けむり”と言う屋号のお店があります。(上部写真)
さて、なんの商売をしているお店でしょうか?
(ヒント:煙草屋さんではありません。正解はブログの最後に)

神田淡路町 001


こんな淡路町を別名”老舗街”とも言うそうです。
そこに”神田 まつや”があります。
食通と言われた「池波正太郎」があしげく通ったと言われている手打ち蕎麦屋さんです。
11時が開店と聞いていたので、時間を調整しほぼ丁度に店の前に着いた。すでに先客が3~4組いる。最後尾に並んで先客の話を聞くとなんと第一陣はすでに入店したとの事。暖簾の隙間から店内を垣間見るとなるほど中は満員の客でごったがえしている。
待つしかない。

150x150_square_18954173店の前の蹲踞


店の前に蹲踞(つくばい)が置かれている。これも「江戸の洒落」か。昔はこれも生きていたのだろう。
今で言うところの”ビオトープ”か。
30分ほど待つと店の中に通された。夜の「居酒屋」とは違い回転は速い。
 一番奥の相席テーブルに通された。
そして、その客はそのテーブルの一番奥に座っていた。

1367548017987まつや


酒を飲んでいる。おそらく「ひや酒」だろう。
着ているものは、「藍染のちじみの甚平」足元は「素足に青イグサの雪駄履き」頭は今散髪屋から出てきたと言わんばかりの「職人刈り」テーブルの上には「豆絞りの手拭い」に「木札付の巾着」
”くぅわ~粋だね!”
つまみは「焼き海苔」(おそらく浅草海苔だろう、有明海だったら話が続かない)
無言で飲んでいる。
が、「もくもく」と飲んでいるわけではではない。「ぐびちびっ、ぐびちびっ」とだ。
酒の注ぎ方はと言うと、テーブルに置いた「おちょこ」に「とっくり」を近づけて傾ける。酒が「おちょこ」に届くと「すうっと」「とっくり」持ち上げる。酒が「おちょこ」と「とっくり」をつなげて「琥珀の糸を引く」酒があふれるまえに「さっと」「とっくり」を立たせる。そして、そのまま「とっくり」をテーブルの下へ持っていき、先ほどの「手拭い」で「とっくり」の淵に付いた「酒のしずく」をさりげなくふき取る。これの繰り返しだ。
”いなせだネ~”
”無駄なものが一つもねえや”
”粋”だね。粋を英語では表現できないと思うが、どうしてもと言えば”それこそ”クール江戸ジャパン”だろ。
”男はだまって”を地でいってるネ。

150x150_square_16299886焼き鳥

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150x150_square_13827681ビール


常連さんだと思うが、一言も店員に話しかけない、店員も自ら話かけない。
この「空気」は、なんだろう。するとその客は右手の親指と人差し指と中指を重ねて、頭の高さに挙げて離れた店員に「合図」を送った。店員は踵を返すと厨房にむかって「冷一本」と叫んだ。(やっぱりひや酒だったか)
間もなくテーブルに酒と「山かけ」が運ばれてきた。あの「合図」だけで分かったのか?
”江戸っ子は、すげーや!
”いなせだゼエ!”
仕事はひょっとして”火消し”だったりして。

150x150_square_18954030やまかけ

私が何を頼んで、何が旨かったかなどは、この際どうでもいいですよね。そんなレベルじゃないぜ神田は。
客がその店の”味”を教えてる。

今日は、ほんとに”江戸粋、いなせ”を堪能させてもらいました。
ちなみに、”いなせ”とは、「粋で男伊達なおあ兄さん」のことらしい。
江戸粋はまだまだ生きてますね。
眼と心の保養でした。最高でした。


そうそう、問題を出してありましたネ。正解を言いましょう。
正解は、”燻製料理屋さん”です。
「燻製」だから「スモーク」だから「けむり」三段論法ですかネ。
美味しいワインと美味しい燻製料理がいただけるそうです。組み合わせを聞いただけでも美味しそうですネ。
ぜひお邪魔したいと思います。やっぱりこれも粋な組み合わせですよネ。

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お酒 | 20:58:02 | トラックバック(0) | コメント(0)
~"南総里見八犬伝”in館山
 ”南総里見八犬伝”を訪ねて南房総の”館山”へ来ています。

館山駅 016

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南国の香りがします。「あか抜けない」「少し間の抜けた」”プロバンスの田舎町”といったところですか。
その代り、「つまらん喧騒」も「雑音」「束縛」もない。「ゆっくりとした時間の流れ」と「心地よい薫風」があるだけ。

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館山駅 013



 駅に降り立ちました。駅舎から真っ直ぐに伸びた道は”浜辺の波打ち際”へと続いている。碧い海を垣間見ることが出来る。ここに降り立った者をまずは、”浜辺”へといざなうのか。か~「ドラマ」仕立てだネ。

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 浜辺から少し登ったところに滝沢馬琴の読本「南総里見八犬伝」の舞台となった”里見城祉公園”がある。その丘の上に「天守閣」も近年造られた。もちろん観光用ですが、残念ながら今は改修工事中でした。

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”南総里見八犬伝”は室町時代の後期を舞台に、安房国里見家の姫と「神犬八房」の因縁で結ばれた”仁・義・礼・智・忠・信・孝・佛”のそれぞれの玉石を持つ八人の若者を主人公とする物語です。それぞれ別々のところで生まれた八人が見えない糸で手繰られるようにこの里見の地に集まり、亡き姫の願いであった「里見家のお家再興」の怨念を見事に晴らすという江戸時代に書かれた人気長編伝奇小説です。
 滝沢馬琴はこの小説を28年掛けて106冊で書き上げたそうです。途中「失明」し、後半は口述筆記だったそうです。ものすごい「気力」と「根気」と「忍耐力」ですね。小説の中身もさることながら、そちらに感心します。ご立派です。
 噂によりますと、どうも中国の「水滸伝」を意識して書いたのではないかと言われています。もちろん真意のほどは、本人に聞くしかありませんが。いずれにしてもすごいの一言です。

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 史実としては、里見家最後の当主であった館山藩主里見忠義は、徳川幕府によって「倉吉藩」に配流され(今でいうところの左遷配置換えですか)後にその地で没したそうです。その時「主君」の「死」を悼み、「殉死」した若者が八人いたそうです。そしてその八人の名には全員”賢”の字がついており、地元では当時「八賢士」と言われていたそうです。この方達の墓は今でも倉敷にあるそうです。
 では今、ここにある「八犬士」の墓はいったい誰の墓なのでしょうか。考えてみれば、小説の中の「架空の人物」ですからネ、墓などある方がおかしいやネ。観光用に造ったのかナ。観光のために墓まで偽造するか。それにしては手が込んでるぜ、コケまで生えてるし。(そう言えば「昭和」の時代にはこんなのなかったヨナ。と地元のおじさんが呟いていたっけ)
「やらせ」か、真意の程はとにかく
せっかくですから”南総里見八犬伝 平成「墓の怪」”と、しときましょうか。”おとなだネ”

せっかく館山へ来てますので、現在の館山も少し紹介します。
”潮の香りをどうぞ”

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この島は、房総半島の先端、東京湾に突き出た島”沖ノ島”です。
島なのに地続きです。地元の人に聞いたところ昔は「引潮」になると”道”が現れ、「満ち潮」になると道が海の中に隠れてしまう状態だったそうです。ロマンチックですネ。あったんですネ。こんな田舎町にも”ミニちんど物語”が。理由はわかりませんが、その状態の時のほうが、「アワビ」「サザエ」が沢山採れたそうです。特にs「サザエ」は身の締まった大柄のサザエが採れたそうです。

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”沖ノ島”の手前にある「東京湾」を外敵から守ってくれている”海上自衛隊館山航空基地”です。基地内部には本土決戦に備えた「地下壕」や「機密の軍事設備」が建設されているようです。元をたどれば、終戦後この基地が「海上自衛隊航空部隊」の発祥の基地だったそうですが、現在は「ヘリコプター専用基地」となっているそうです。であるなら”オスプレイ”を2~3台配置してもよかったかな、と思うのは「不謹慎」な発言ですネ。
 毎年10月になると”ヘリコプターフェスティバルIN館山”なる催しが盛大に行われるようです。ぜひ一度見てみたいですネ。いずれにしても、昨今の防衛事情から鑑みると”自衛隊のあり方・存在価値”を改めて見直す時期に来ているのではないでしょうか。
 ”本当に毎日ご苦労さまです”

                             -潮風薫る館山からでしたー




 
 























旅・はいかい | 08:17:39 | トラックバック(0) | コメント(0)
~海ほたる~
南房総の海の玄関アクアラインの”海ほたる”に来ました。

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 ”海ほたる”は、東京湾アクアラインの真ん中に位置する長さ650m幅100mの人口島PAです。アクアラインはこの”海ほたる”を境に、川崎側がシールドトンネル(アクアトンネル)木更津側が橋梁(アクアブリッジ)になっており、”海ほたる”は構造上もこれを繋ぐ重要な役割を果たしております。これによって川崎側を大型船舶が、木更津側を中、小型船舶が、安全に通行できるようになっております。この”海ほたる”やその周囲の通気口にあたる”風の島”も羽田を離着陸する飛行機の「飛航路」にもあることから、飛行機のレーダーを乱反射させない素材でできているそうです。

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 ここを造るにあたっては、総工費が一兆5千億ほどかかったそうです。しかし、せっかくシールドトンネルを掘るのであれば、シールドは円形ですので、少し費用はかかるが、下半分を使って「電車」も通してほしかった。
そうすれば、”東京湾環状線”となり、さぞかし川崎と木更津の「地図」が変わっていたであろう。

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 アクアライン開通にご尽力いただいた、今は亡き「お偉い先生方」にも、もう少し汗をかいてほしかったですネ。それにつけても、もう少ししたら「銅像」でも建てようなどと思う方が出ないことを祈ります。

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 PA内には、レストランをはじめ土産物ショップやゲームセンター、レストスポット等が充実しています。
食事処では、木更津から来る「海の幸」”木更津あさり御膳””ち~ば丼”などが人気があるようです。
土産のお薦めは、千葉の”南房総”にしかない”クジラのたれ”です。お酒のつまみに最高ですヨ。
 この”海ほたる”で関心することがもう一つあります。それは、この「潮風}の中で16年たって「鉄部」にほとんど「さび」が見当たらないことです。塗膜厚さもかなり厚いのでしょうが、塗装材料は何を使用しているのでしょうか。

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 それにしても今日は風が強い、風速計は20m/s前後を示しています。カメラのシャターが風でぶれてうまく押せません。おそらく年中このような「強風」が吹いているんでしょうネ。この「強風」を坂手にとって何か特徴のある「イベント」ができたらもっと「集客力」のある”海ほたる”が生まれそうですネ。通りすがりの「PA」ではなく、そこに行くのが目的の「PA」になったらいいですネ。

                      体をかがめなければ立って入れない”海ほたる”からでした。









旅・はいかい | 10:06:33 | トラックバック(0) | コメント(0)
~キューポラを訪ねて~
荒川の風に吹かれて「川口」に来ました。

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川口と言えば”鋳物の街”鋳物の街と言えば”キューポラのある街”
キューポラのある街と言えば”吉永小百合”ですよネ。
”吉永小百合”いい響きですよネ。団塊の世代の方々にとっては”聖なる響き”ですネ。
”綺麗”でしたよネ。もちろん今でも綺麗ですけど。
”かわいい”でしたよネ。もちろん今でもかわいいですけど。
”清楚”と言う言葉は”小百合さん”の為にある言葉ではないでしょうか、
”清らかに咲いた可憐な花”そのまんまですネ。
当時の男性はみんな”サユリスト”でした。

DSCN9121吉永小百合


 ”巨人・大鵬・卵焼き”の大鵬こと納屋幸喜さんも戴きました。”巨人のミスター”こと長嶋茂雄さんも戴きました。”国民栄誉賞”次はも~う決まってますよネ。”阿部ちゃん” 頼むよ!”晋ちゃん”
 話を本題に戻します。今日は”キューポラ”を探します。で、探してみましたが、予想通りと言うか、予想以上に見当たりません。ほとんどが「マンション」になっちゃてます。
 時代の流れと言えば流れなんででしょうが、何かもの悲しいですネ。
”キューポラのある街”が”ベットがある街・ベットタウン”になっちゃいました。シャレにもなりませんネ。
でも、、、諦めずもう少し探してみます。

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 ここでおさらいですが”キューポラ”とは、鋳物を作る時に鉄を溶かす「溶鉱炉」のことを言うのだそうです。その「溶鉱炉」には必ず「煙突」が付いており「溶鉱炉」の象徴として「煙突」を”キューポラ”とも言うそうです。昔はその「煙突」があちこちの工場の屋根から出ていたのでしょうネ。
 でも、今はその風景はありません。

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 でも何とか、いました”頑固者”が。ボロボロになりながら頑なに”鋳物工場”を営んでいる”頑固者が。
なんか外からでも「がんばれ」と声をかけたくなりますネ。まるでゴール寸前で、倒れそうに「よろよろ」ふらついているマラソンランナーのように。(そんなマラソンランナーが川口市の職員にいましたネ。彼もキューポラの血を引く頑固者か)
 昔、鋳物工場を探すときは「煙突」を探せばよかったのでしょうが、今は古ぼけて、壊れそうなトタンかスレートの工場を目指せば、それは、「鋳物工場」です。さみしいですね。しかし、わずかな光がありました。”キューポラ”そのものを造る工場があったんです。まだ”キューポラ”の需要があるということですよネ。少しほっとしてます。

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 川口の西に、野球場や陸上競技場を備えた「青木町公園運動場」がある。休日ともなるとスポーツを楽しむ人々でにぎわいます。その運動場の片隅に、人目を避けるかのように「逆三角錐」の形をした2メートルほどの高さの「鋳物」が置かれています。
 これは、1964年に開催された”東京オリンピックの聖火台”です。もちろん実物大の複製です。本物は代々木の国立競技場に大切に置かれています。ですが、あの時の”聖火台”が川口の鋳物工場で作られたと言うことは、川口にとって、大変な「誇り」なのでしょうネ。

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しかしこの”聖火台”を造るにあたっては、少し「いわく」があるようです。
この”聖火台”は「東京オリンピック」より前の「第3回アジア大会」の為に造られた”聖火台”だそうです。当時この”聖火台”の発注にあたっては、制作日数がなさすぎる上に、制作費用もかなり不足していた為、誰も「請け手」がいませんでした。それを聞いた川口の”鋳物師(いもじ)”の親子が、「日本の為」「川口の名誉の為」と採算を度外視して請け負ったそうです。
 作業は昼夜を問わず行われ、作業を開始して2か月後、やっとの思いで”キューポラ”から鋳型に鉄を流す「湯流し」に、こぎつけたそうです。「湯流し」とは建築で言うところの「棟上げ式」にあたる節目の行事でもあるそうです。ところがこの「湯流し」の作業を終えた直後、鋳型が爆発を起こし赤く焼けた鉄が工場内に飛び散ってしまったそうです。幸いけが人は出なかったそうですが、この光景を目の当たりにした父親でもある「親方」は、ショックのあまり倒れてしまいその後、起き上がることもなく、8日後に亡くなられたそうです。

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息子さんの方は事故後、早速制作を再開したそうですが、約束の納期までは、1か月足らずです。それこそ「寝食」を忘れて、父親の抜けたハンデとも戦いながら、制作に没頭したそうです。最初の時の意気込みとは裏腹に、間に合わなければ「日本の恥」「川口の恥」と念仏のように言い続けて歯を食いしばったそうです。そのため、
父親の亡くなったことも「葬儀」の日まで知らされなかったそうです。葬儀の当日知らされた息子は作業着のまま「自転車」で駆け付けたそうですが、葬儀場に着いた時には、「霊柩車」は無情にも出た後だったそうです。
 そんな苦労の甲斐もあってか、不眠不休の末、何とか納期に間に合ったそうです。
 そしてそんな「いわく」のある”聖火台”が日本の技術の象徴として、晴れて東京オリンピックの”聖火台”として再び採用されることになったそうです。
 日本中が「東洋の魔女」の偉業や「円谷幸吉」の快走に酔いしれている裏にはこんなエピソードが隠されていたのですネ。感動です。
 息子さんはもう亡くなられたそうですが、亡くなるまで毎年「東京オリンピック」の開催された10月10日には、「代々木の国立競技場」へ出向き”聖火台”磨いていたそうです。お父さんに会いに行ったんでしょうネ。
お父さんと昔話をしながら”聖火台”を磨いていたんでしょうネ。
 以来この”聖火台”のモニュメントは川口の”鋳物師(いもじ)の誇り”として今でも語り注がれているそうです。”深いい話”ですネ。
  やるね  ”川口”
  アッパレ ”川口”
  もの造り ”川口”
  やっぱりもの造りは”人造り””ハート造り”ですよネ。
 
そうだ。もし”吉永小百合”が”国民栄誉賞”をもらったら、川口駅前に”銅像”を建てよう。
いやいや、失礼しました。”鋳物”で建てよう。



  待ってろよ”川口の鋳物師達!!” 


と言うわけで、今日は”キューポラのあった街”川口 の散歩でした。








旅・はいかい | 19:22:28 | トラックバック(0) | コメント(0)
~金沢の旨・飲みどころ~
金沢に隠れた旨いもの何処(どころ)がある。
その店は、金沢の台所「近江町」をエムザ口から入り、まっすぐ進んだ一番奥にある。
”大友家”です。

大友家近江町 001

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大友家近江町 007

大友家近江町 062

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店構えは地味でめだたないが、中身は濃い。
この店の特徴は、まず豊富な「つまみ」メニューにある。
しかも、酒飲みが喉を鳴らしそうな「つまみ」ばかりだ。
新鮮な食材は「近江町」が後ろに控えている。
来るたびに何を頼もうか悩むのも客の贅沢な楽しみだ。
大方の客は、まずあれを食べて、これを食べて、次はそれ、最後の〆はこいつでいこう。などと今日の「筋書き」を考える。しかし隣の人の食べているものを見て、この「筋書き」がしばしば覆る。これも又、楽しみの一つだ。
客どうしで、新メニューの情報交換は、日常茶飯事だ。

大友家近江町 037

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ここの店の特徴はメニューの多さだけではない。
元は、親の代からの”惣菜屋”だったマスターが腕を振るって作る(注:別に厨房で、腕をグルグル回しているわけではありません)「創作料理」「季節料理」だ。
新鮮で旬な素材を使い、金沢でしか、そしてこの店でしか食べられない料理が次々と出てくる。
このレパートリーを生かし、昼は「定食」をやっている。「日替わり定食」は人気で「満員御礼」もめずらしくない。一度ご賞味あれ。
 その上ここは、全ての料理に「安さ」と言う「おまけ」が付いている。”グリコ”の時代から「おまけ」と言うのはいくつになってもうれしいもんです。特にこの手の「おまけ」はうれしくてよだれがでますネ。

大友家近江町 039

大友家近江町 029


お酒は北陸の美味しい日本酒が用意されてます。焼酎も色々ありますが、マイルドで飲みやすい芋焼酎の「大地」が人気のようです。常連さんは一升瓶でボトルをキープしています。カウンターの奥には「一升瓶のボトル」がずらっと並んでいます。

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金沢城 兼六園 大友 002


そのお店がどんなお酒と、どんな料理を出すかは「客筋」を見てもわかる。
観光客はあまり来ません。これは、一見”無愛想”に見えるマスターの外見に起因しているのかもしれない。(もちろん本人は強く否定していますが)
常連さんは、やはり地元の方が中心です。それと近江町で働く職人さん、転勤族、単身赴任族、独身族の方達です。特に毎日のように「新メニュー」が出るので、それを楽しみにしている「単身赴任族」「独身族」には人気があります。毎日のように来られる方も多いようです。
 以前マスターに尋ねたことがあります。
”観光客を採り来むために、近江町の他の店のように「海鮮丼」を出したらどうですか”と
マスターは渋顔で(元々生まれつきかもしれない)
”うちはしない””あんなネタであんな値段の物は出せない”
 そうかもしれない、確かにネタも器からはみ出ていますが、値段の方がもっとはみ出ている・
「観光客」はある意味だませても、食材のプロの近江町の職人はだませないやネ。
転勤族の中にも、全国を渡り歩いてきた方もいるようですし。
それが正解ですネ。

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毎年、暮になると注文制で「おせち料理」を作ってくれる。私ごとで恐縮ですが、去年の暮は実家の両親が体を壊しまして、「おせち料理」どころではなかったので、マスターにお願いして「おせち料理」を送ってもらいました。これが、両親には好評で大変喜ばれました。普段何もしない私ですが、「親孝行」の真似事が出来たような気がします。”感謝”です。両親は今年も期待しているようです。一緒に送ってもらった”ブリ”がまた最高でした。我が家の「なまくら包丁」でも「切り身」の角で手が切れると思うくらい”生き”のいい”ブリ”でした。
「刺身」「ブリしゃぶ」「ブリカマ」「ブリ大根の煮つけ」どれをとっても”デリシャス”まさに”かブリ付”でした。
 
お店は普段は、マスターと従業員と2人で切り盛りしていますが、週に1~2日マスターの奥さんが出るらしい。
この奥さんが又、名物”女将”のようです。”女将”作る「ハイボール」が格別おいしいとか。
しかし、常連客の間では、女将のことを”鬼嫁”と呼ぶ方がいるらしい。(私は決して呼んだことはありませんので誤解のなきよう!!)う~lむ、言われてみれば確かに”鬼嫁”の居る時のマスターの動きは、いつもとは違う。「やはりこの店を後ろで操っているのは、」と思うのは私だけでしょうか(もう店に入れてもらえないかもしれない覚悟で書いてます。手が震えています)
 以前この”鬼嫁”のお母さんが手伝いに来ていましたが、このお母さんはとても優しい人でした。(決して深い意味はありません、またまた、くれぐれも誤解のなきよう)
 いずれにしても、この店はお客さんも、お店の人も、みんなアットホームで笑いの絶えない、まさしく名前の通り”大友家””ビックフレンドハウス”な店です。









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お酒 | 07:45:19 | トラックバック(0) | コメント(2)
~小江戸川越ぶらり探訪~
 以前から一度来てみたいと思いつつなかなか機会がなかった”小江戸・川越”に来ています。
”小江戸”は”こえど”と読みます。決して”しょうえど”ではありません。ものの本によりますと、みなさんにもなじみの深い”小京都”も元来”しょうきょうと”ではなく”こぎょうと”と濁って読むのが正しい日本語だそうです。一説によると、あるテレビ局のアナウンサーが間違えて読んだのがきっかけで”しょうきょうと”と広まってしまったそうです。しかしそうは言っても「理屈」より「既得権」ですかね”しょうきょうと”のほうが通り相場のようですネ。現実の問題としても、今使用中の、この「日本語ワードプロセッサー」でさえ”こえど、こぎょうと”では変換してくれません。”しょうえど”と打って変換してます。
 ですが、せめて”小江戸”は”こえど”を守っていきましょう。
 ”アナウンサーにも気を付けましょう”

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最初の目的地”喜多院”に向かうため、JR川越駅から北へまっすぐ伸びている”クレアモール商店街”に来ています。さすが”小江戸の町”雨上がりにもかかわらず、にぎあっています。行きかう人々の肩が触れ合いそうです。
若者向けのこじゃれた店に混じって、「お菓子を売るみせ」「焼物器を売る店」等が軒を連ねます。


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 商店街を抜け、右へしばらく行くと”喜多院”に到着します。”喜多院”には”三代将軍徳川家光の誕生の間”や家光の乳母であった”春日局”の”化粧の間”が移築されていることで有名です。”春日局”はたかが家光の乳母であったと言うだけで、大奥のみならず”政(まつりごと)”にまで権力を発揮した。
そして今日に至るまで、ここにこれだけの観客を集めている集客力は大したものですネ。
”喜多院”の一角に徳川家康公を祀る”仙波東照宮”がありますが、残念ながら工事中で拝観することが出来ませんでした。しかしながら徳川幕府がいかにこの川越に重きを置いたのかが、わかるような気がします。

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”喜多院”で私が一番気に入ったのは、境内の売店の裏にある”五百羅漢の石像群”です。正確には535体あるそうです。現物を見るまでは、その辺にある「地蔵さん」が数多くあるぐらいにしか思っていなかったのですが、観てびっくりです。感動しました。全ての石像がそれぞれ表情。形態が違うのです。言い換えれば535の形態。表情を”お坊さんの石像”を通じて表現しているのです。これはもう「芸術」ですネ。全て現代通じる形態ばかりです。{経を読むお坊さん」「旅をしているお坊さん」「子供を抱いているお坊さん」色々ありますが、私のお気に入りは「横になってマッサージを受けているお坊さん」「「瓢箪に入った般若湯を飲んでいるお坊さん」「居眠りをしているお坊さん」「説教を受けているお坊さん」等です。いずれも自分を見ているようです。
 十二支を抱いている石仏もそれぞれありますのでご自分の干支を抱いた石像を探してみたらいかがでしょうか。
 充分満足して”喜多院”を後にしました。

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 ”喜多院”を出てしばらく歩くと次なる目的地”蔵造りの街並み”に着きました。まさに”小江戸”が小江戸らしいところです。蔵造りが400mほど続く街並みも綺麗に整備されています。蔵造りの中に「醤油屋さん」「薬屋さん」「ブリキ屋さん」「お菓子屋さん」みんな風情がありますネ。大正ロマンの香りのする洋館もあります。古いだけではなく「手入れ」も行き届いています。


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 街並みの中ほどに、街並みを象徴するシンボル”時の鐘”があります。この”時の鐘”は現在でも電動で「鐘」を鳴らしていて川越の人達にとっては、なくてはならない「鐘の音」となっているそうです。


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”蔵造りの街並み”の終わりの”札の辻”を右に曲がってしばらく行くと、市役所の先に川越城の本丸の中心部”本丸御殿”がある。太田道灌の築城と聞いて来てみましたがそうではなく「松平斎典(なりつね)」の構築だそうです。現存しているのは「玄関」と「家老部屋」ですが、埼玉県指定文化財に指定されているだけあって「風格」と「威厳」が漂っていました。

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 先ほどの”辻の札”を左に行くと、最後の目的地”菓子屋横丁”があります。名前の通りお菓子屋が軒を連ねています。お子さん連れには人気スポットのようです。子供でなくても思わずほしくなるようなものもありました。
私も1つ購入させてもらいました。

ここで、大発見のニュースです。
 ”池波正太郎”ファン
 ”鬼平犯科帳”ファン
 ”剣客商売”ファン の方は必見です。
一応、川越を見終わった私は、「疲れ」と「喉の渇き」と「空腹感」とで、一休みを兼ねて、”とある蕎麦屋”に入りました。15~6人入れば満員となるような、小さな「蕎麦屋」です。
 まず、喉を潤す為に「ビール」それとつまみを兼ねた「天ざる」を頼みました。注文の品がテーブルに届き「舌鼓」を打ち始めた頃、新規のお客さんが入ってきて「おろしそば」を注文しました。すると店主らしき人がその客のテーブルに行き「うちの大根おろしそばは、辛いけどよろしいでしょうか」と尋ねておりました。お客が了承すると、何やら食べ方の説明をしておりました。
 私は、よもやとは思いましたが、厨房に戻りかけた店主を呼び止め聞きました。
  「その辛い大根とは、”ネズミ大根”のことですか」
  「そうです」
  「エ~。今時”ネズミ大根”なんてあるのですか
  「はい。ございます」
  「それでは、ここの”大根おろしそば”は”真田蕎麦”ですか」
  「そうです」
  「信州の”真田蕎麦”ですか」
  「そうです」

 エ~ッ!!びっくり!!!


あの”鬼平犯科帳”の原点と言われた短編小説、池波正太郎原作「にっぽん怪盗伝」の中に”鬼平外伝正月4日の客”と言う物語があります。「時代劇専門チャンネル」等のドラマでもおなじみの”鬼平外伝正月4日の客”のメインテーマ。幻の”真田蕎麦”が現実にあるなんて。大発見です。
 お店の名前も場所もわかりますが、お店に迷惑がかかるといけませんのでここでは控えます。
ちなみに、店主らしき人物は、柄本明扮した「庄兵衛」のように無愛想であはありません。女将さんらしき人は、石毛良枝扮した「おこう」のように明るく「はきはき」した方でとても好感のもてるお店でした。

 そんな訳で、大収穫の大満足の1日でした。














旅・はいかい | 12:00:29 | トラックバック(0) | コメント(0)
~東京だよおっかさん~
 東京駅がリニューアルしたと言うので、皇居見学を兼て観に来ました。
「究極のお上りさん」です。
東京駅の外観、煉瓦作り綺麗ですネ。
聞くところによると5年半がかりで、総工費500億ぐらいかかったそうです。
すぐ、「お金」が気になるのは「育ちの悪さ」のせいですかネ。
でも、JRは「空中権」を周辺ビルに販売して費用を工面したそうです。
さすがですネ。


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「ライトアップ」が又最高ですネ。
あまりにも綺麗なので、それを眺める車で前面道路が渋滞し危険であることから、現在は「ライトアップ」はしておりません。
残念です。

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東京駅に正面玄関があったんですネ。
風格がありますネ。なんてったて「東京駅」ですから。
初めて見ました。
でも扉は閉まってます。
横にある”はとバス”通りは相変わらずにぎやかですネ。
かえって昔よりにぎやかなった気がします。

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内装も綺麗になりましたネ。
特に南北シンメトリーに配置された2つの8角形のドームは綺麗で豪華絢爛です。
内側に鷲と干支のレリーフが施されているそうです。
美術的価値も十分あるのではないでしょうか。


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東京駅は綺麗になっただけではありません。
改修にあたり構造も地震に強い”免震構造”にしたそうです。
この”免震構造”とは、地震の揺れるエネルギーを「ゆっくりとした建物の「横移動のエネルギー」変える魔法のような構造らしいです。地震の力を正面から「ガツン」と受けるのではなく「風にそよぐ、やなぎの枝」のように交わすらしい。なるほどそれなら「マッチョ」な筋肉はいらないわけだ。地震でやなぎの枝は折れたことないよネ。
言い換えれば、地震が”弁慶”なら免震構造は”牛若丸こと義経”「ひょい・ひょい」と攻撃を交わすのか。
じゃー免震構造は地震を家来にした事になるね素晴らしいよネ。
人間の「知恵」は無限だネ。
現実の話、例の「福島第1原発」では「免震棟」がなかったら、「日本の景色が変わっていただろう」とさえ言われていますから。これで東京駅は地震で倒壊することはないんだ。



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これが建物が水平に動いたときの「クリアランス」ですか、すると反対側にも同じような隙間があるってことだよネ。
上の蓋ぐらい壊れても、たかが知れてるってことか。
東京駅、よく考えてますネ。素晴らしい。
 でも東京駅にも他の悩みがあるそうです。
それは、「地下水の上昇」だそうです。
東京都は「地盤沈下防止」の為、地下水の多量のくみ上げを禁止しています。そのせいもあって、「地下水の水位」が上昇し、東京駅の建物自体が浮き上がってきているそうです。「鉄の重り」や固い地盤に向かって「アンカー」を打込むなどして対策をしてきたそうですが、なかなか効果が表れないようです。
 見えないところで色々苦労があるんですネ。ま~人間と同じか。

 東京駅が綺麗になって丸の内に名所が1つふえました。
東京駅を見ながらお酒を飲んだり、食事をしたりする「アウトドア・ガーデン」です。
そして又その人達を見ながら散歩する人です。
なるほど散歩する犬もおしゃれですネ。

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 それにしても今日は、いい「目の保養」させてもらいました。
 大正時代の初めにこのような素晴らしい建築物を設計した”辰野金吾さん”に感謝と拍手です。



東京駅の見学をほどほどにして、今日のメイン”皇居”に向かいます。
まずは”皇居”の玄関「和田倉門跡」です。今は門はありません。
和田倉噴水公園です。


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巽櫓、桔梗門と続きます。
皇居内に用事のある人は、この「桔梗門」から入ります。大きな荷物、大型トラック」は横の「大手門」です。
もちろんどちらも警備は厳重です。事前に許可を得てない人は入れません。それと「前科のある方」「政治犯」の方も入れないと聞いています。
そうすると、国会議員のなかにも何人か入れないお方が??
皇居内は、皇居内だけを警彌するために「皇宮警察」が設けてあります。この「皇宮警察」のための庁舎、柔道場、剣道場当も整備されています。生活のほとんどが「お堀」から出て行かなくてもいいように整備されています。もちろん中に「宮内庁」もありますし、宮内庁病院もあります。変わったところでは、特別な行事の時にだけ行われる「パレード」があります。その「パレード」に欠かせない馬車を引く「馬」を飼育、調教する”主馬班(しゅめはん)」という部署があるそうです。なんだか「牧歌」的な雰囲気のする仕事のようですが、とんでもありません。
「馬」は、音や色に敏感だそうですので、もしパレード中に”国家の要人”載せた「馬車」が暴走したら、パレードが台無しになるだけでなく「国家的問題」にもなりかねないので、「訓練」は毎日、緊張感の連続だそうです。
 しかし、東京のど真ん中にこんな広いのどかなスペースがあったんですネ。家族でハイキングをしている方、ジョギングをしている方、色々な風景がありますね。外国の方もたくさんおられます。

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感動でしばらく抱き合っている人たちもいます。


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”ここが””ここがー””二重橋~ぃ””記念ん~の”
「写真」はもう撮りましたョ。

ここで余談です。
これは、島倉千代子さんの代表作”東京だよおっ母さん”の一節ですが、この歌はNHKでは未だに放送されません
なぜでしょう。
 2番の歌詞に問題があったようです。
   やさしかった兄さんが、
   田舎の話を聞きたいと
   桜の下でさぞかし待つだろ
   おっ母さん あれが あれが 九段坂
   逢ったら泣くでしょ 兄さんも

の中の「桜」と「九段坂」が靖国神社を彷彿させる。しいては、愛国心を煽り立てるという「GHQ」と当時左翼のかたの多かった「NHK}が決めたらしい。
今考えるとくだらなすぎますよね。
そうは言っても未だにy「靖国問題」はくすぶってますけどネ。

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胸がいっぱいで言葉が出ません。”おっかさん・バンザイ!!”

皇居の正門です。さすが、警備が厳しい。

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日本人”テロリストの聖地””桜田門”を観たかったのですが残念ながら工事中、シートで覆われていました。
なんといっても、”明治維新”はここから始まったと言っても過言ではないと思っていますから。
”桜田門”の向かいの同じ町内会に「警視庁」があります。だから、口の悪いやつは「警視庁」のことを、”桜田門一家”と呼んでます。確かに、構成員の人数、組織力では「菱」や「稲」が逆立ちしてもかないませんネ。
日本一の「組織〇〇団」ですか。そんなことはないですよネ。市民の味方ですから。

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東京駅、皇居の周りにはまだまだ明治、大正、昭和の香りを持つ良き建築物が沢山あります。日本人の「宝」としていつまでも大切にしたいものですね。

                          以上~東京だよおっかさん~でした。




















 

旅・はいかい | 09:48:47 | トラックバック(0) | コメント(0)
~さいたまダービーっすぅー~
”大宮が熱いっす”
”氷川の杜が燃えてるっす”

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 今日は”大宮アルディージャ”VS”浦和レッドダイヤモンド”のさいたまダービーです。
さいたま市は、日本で唯一2つのプロサッカーチームを有している街です。しかもその2チームがいま”J1”で首位を争っています。
 今日その両チームがそれぞれの「名誉」と「誇り」と「意地」をかけて戦います。


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”NACK5スタジアム大宮っす” 

試合は、大宮アルディージャの本拠地”NACK5スタジアム大宮”で行われます。
 このスタジアムは、大宮氷川神社の広大な境内に隣接された大宮公園内にあり、以前は”大宮公園サッカー場”と呼ばれ、1960年に日本で初めて”サッカー専用スタジアム”として造られました。したがって、数々の外国の有名プレーヤーが来日した折にはプレーをした由緒あるスタジアムです。
 元々この「浦和・大宮地区」は「静岡の清水地区」に先んじてサッカーの盛んな地区として名をはせました。サッカーアニメの第1次ブームに火をつけた梶原一騎作”赤き血のイレブン”も浦和の高校(現、さいたま市立浦和南高等学校)のサッカー部がモデルです。実在の主人公モデルである”永井良和さん(初代ジェフ市原の監督他)”もこのスタジアムで青春を過ごしたのではないでしょうか。

akaki_1赤き血のイレブン


 この”NACK5スタジアム大宮”の特徴は、なんといってもピッチと観客席の近さです。選手の息遣いや表情がよく見え、あたかもゲームに参加しているような臨場感を覚えます。毎年、年の瀬から正月に」かけて行われる”全国高校サッカー大会”の準々決勝までの試合も、Jリーグが発足する以前からこのスタジアムで開催されていました。
 現在は”NACK5スタジアム大宮”として生まれ変わり、施設もピッチもリニューアルし、綺麗に近代化されており、選手もサポーターもサッカーをより楽しむ事が出来るようになりました。スタジアム名にある”NACK 5”とは、スタジアムのスポンサーでもある、地元埼玉の若者に人気のFMラジオ局(周波数79.5MHz)の名称です。

大宮アルディージャっす

”アルディージャ”とは、さいたま市のマスコットげある「リス」を表すスペイン語からきているそうです。
「同地区」で「後発」と言うこともあって”浦和レッズ”にはチーム、サポーター共に人一倍ライバル心をもって試合に臨みます。試合中には”順位なんか関係ない「浦和」だけには負けるな!!”などの過激な横断幕が張られます。実際、最近では順位に関係なく”大宮”は”浦和”に負けていません。それどころか、なんと現在Jリーグ17戦負けなし」のリーグタイ記録更新中です。つまり今日”浦和”に勝てば新記録達成となります。しかも”マリノス」に代って首位に躍り出る可能性があります。力の入れ様は一方ならぬものがあるようです。

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で、大宮の街っす

いつもは静寂で「学問の街」と言われている大宮・浦和地区ですが、今日は違います。”世紀の一戦”を控えて街中がざわついています。ことさらスタジアムへ向かう通りは、ごった返しています。スタジアムへ向かう道は”大宮氷川神社”へ向かう道でもありますので実は「抜け道」があります。大宮駅前にある「ロフト」の1階売り場を通って抜けるのです。”大宮サポーター”ならみんな知ってます。
 しかしながらこの「ロフト」も、もうじき移転し、レジャー施設に生まれ変わるそうです。この”アルディージャ通路”はどうなるのでしょう。(新事業主としては、残す意向らしい)今日は、その”引っ越し閉店セール(クリアランスセール)”と”さいたまダービー”が重なって「ロフト」の店内は大混雑です。

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”アルディージャ”通りっす

「ロフト」を抜けると通称”アルディージャ通り”です。
アルディージャのチームカラーはオレンジ色です、したがってこの通りは全て”アルディージャオレンジ ”一色です。「街灯」も「看板」も「そよぐ旗」も「排水溝の蓋」までも、”アルディージャオレンジ”です。
 そしてそこを通りぬけて「大宮氷川神社の参道」を行くといよいよ”NACK5スタジアム大宮”です。


が、その前に”大宮氷川神社”っす


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 ここに鎮座増します”大宮氷川神社”も”NACK5スタジアム大宮”以上に、由緒正しき歴史を持つ埼玉県民が誇る「大神社」です。関東近郊に200以上の「氷川神社」があるそうですが、その”総本山”であり、他の氷川神社と区別するために”大宮氷川神社”と称するそうです。さかのぼれば、そもそもこの地の「大宮」と言う地名もこの氷川神社を「大いなる宮居」と称した事に由来するそうです。
んで~!もう一つの驚きはこの”大宮氷川神社”の「お社」がなぜか”アルディージャオレンジ”なのです。アルディージャがあえて「お社」のオレンジをチームカラーに選んだのか、「お社」を塗る時”アルディージャオレンジ”に塗ったのか、はたまた単なる偶然か真意はわかりませんが「地域一丸」「神仏一丸」アルディージャの強さの一端が分かったような気がします。


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んでもってNACK5スタジアム大宮に着いたッす

スタジアムに到着しました。さすがの盛り上がりです。入り口周囲はごった返しています。
スタジアムの上部からは「歌」とも「雄叫び」ともつかない合唱が地響きのように聞こえてきます。
テレビクルーのインタビューにも熱が入っています。
 そしてここで予想はしていたことですが、「本日は、当日売りチケットはございません」の張り紙。
やはり、「個人販売促進係」から購入するしかないか。

んが~!雨が降ってきたっす! 

雨だ!!”気象予想士”の”朝のお告げ”より早く降ってきた。どうしよう。「チケットなし」「雨具なし」だもの。”世紀の一戦”の臨場感も味わいたいし。
”思案”の結果。


”酒蔵 力”に来たっす!

「スタジアム観戦」と「帰宅観戦」の間をとりました。日本人の大好きな”中間”です。
”レッズサポーターの聖地””力”です。
試合前、すでに満員でしたが、何とか入れてもらいました。


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定番の酎ハイです。セット3つに中6杯
「モツ煮」
「豚舌チャーシュー」
「カツオ刺」
「手作りメンチ」
        の間に

さいたまダービー終わったっす

”いい試合でした”
”両者ほぼ互角”
”大宮の守備の意識がよかったネ”
”両者守備と攻撃の切り替えが早かった”
”浦和は少し力んだかナ”
 で、スコアーは 1:0  

結果は”浦和の涙っす”
”大宮18連勝っす”


DSCF1247浦和の涙



以上”さいたまダービー”でした。
今度はスタジアムで会いましょう。



    See you again













お酒 | 07:53:10 | トラックバック(0) | コメント(0)
上野の森の桜の下で
”桜”が咲き出すと気持ちが「うずく」のは私だけでしょうか。「わくわく」するのは私だけでしょうか。
”桜”と言えば当然、言わずもがなの”お花見”ですよネ。
”お花見”は奈良時代からあったそうですから、これはもう日本人の>「DNA]じゃないでしょうか。
そんなわけで来てしまいました。
”上野の森の桜の下へ”天気晴朗、風さやか。気温17度春爛漫。

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桜は満開、気持ちも満開
”SAKURA~SAKURA~YAYOINO、SO~O~RA~WA~”ですか!
居ます、居ます、居ますネ同じ”DNA"をもったコードネーム”SAKURA・DNA”たちが。
それにしてもすごい人出です。”SAKURA・DNA”の洪水です。
早速、もう始まっていますネ。あちこちで「宴会」が。
ここは、メインの「宴会通り」きれいに区画整理されて、ラインが引かれています。
みんな、そのラインの中でお行儀よく「宴会」してます。
「昔人」としては、チョット物足りないか。
でも、緊急車両の進入のことを思えばしょうがない、ここは我慢か。

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 まずは、「お花見」の常道、「宴会酒」「花見酒」の王様”越乃寒梅”ですかネ。
ありましたネ。まだまだ伝統?は生きてますネ。
テーブルに載ってるだけで「ひーふーみー」10本はありますネ。”バブリー”ですネ。
オードブルもご立派だこと!。メンバーも紳士淑女「品」が漂ってます。
ただ、中央に座っている少しお年を召した”和服のおねーさん”とお酒を注いで回っている”こじゃれたおねーさん”は、気のせいか少しお顔が”ネオン焼け”か。正確には「科捜研」の分析結果を見なければわかりませんが、どうもその「ネオン」は”銀座系”の予感が
 だとすると、ここの会費は1年掛けて先取りされているのか。”銀座のBUTTAKURI分割先取り方式”てか。
”こわ~!”


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 秋葉原が近いせいからか、世相を反映しているからか(ドッチモ~)わかりませんが、”萌え~”な仮想をしている「紳士」も居ます。アニメから飛び出してきたようです。 "ミグー”  でもこれを「破廉恥」と言うなかれです。江戸時代から”花見”と言えば”仮装”が定番だったようですから。古き良き伝統っていうやつですか。
ー長屋の熊さんに聞きましたー
 ”するてーとなにかい。奴らが日本の伝統を引き継いでるてぇことかい。ほんとかよー!げせないねぇおいらには。べらんめ~!おとといきやがれってんだーうぃ~!                   -長屋のお花見から中継でしたー

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 おや、イスラムの女性達がいました。やっぱり”SAKURA・DNA”は万国共通ですネ。
イスラムの女性が大声で笑うのは初めて見ました。
楽しいですネ。中東のお偉いさん達をこの”桜陽(さくらび)”の下に呼んで、みんなで”お花見”しましょうよ。
ついでに「習 近平」も呼んで”老酒”と”越乃寒梅”の飲み比べといきましょうか。

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 正統派も居ました。格式高く、厳かに。礼儀正しく正座をしてお弁当をいただいております。
未成年の方も居られるようで”越乃寒梅”は鎮座しておりません。
わざと読みづらく書いたような「筆字」で”池の何がしの、なんとやら”と書いてあります。思うに、大手全国チェーンの”花家”さんの集まりかな。
”花”を使う商売だからといって、”桜”の枝を折って、持ち帰ってはだめですヨ。
 まあ、色々な人生があるように、色々な”お花見””宴会”がありますネ。今日は”桜”と”お花見””春”を堪能させてもらいました。


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 付け足しですが、この上野のお山には、”桜通り”の奥に”上野東照宮”があります。名前の通り”東照大権現”徳川家康公を祀ってあります。この他に、ここには日本人が決して忘れてはならないものが残されています。
それは”広島の原爆の火”です。原子爆弾の投下により、広島市内が炎に包まれて沢山の人が亡くなりました。その火種を”上野東照宮境内”に今でも大切に保存しています。私達は、決して忘れてはならないのです。世界で唯一”原子爆弾”を経験した民族ですから。私達は”忘れない”ぜひ一度”歴史の確認”をしに、こちらへ来てみたらいかがでしょうか。






旅・はいかい | 15:15:26 | トラックバック(0) | コメント(0)
2013芝桜
”満開”の噂に誘われて、”芝桜”です。
渋滞予想を宴会時間に見立てて余裕の”バス旅行”です。
朝の出発集合時間。
バスツアーラッシュ。沢山の人だかりです。バス会社もそれぞれ、しかもツアー名も”芝桜+〇”ばかり、考えることは皆、同じか。「爺」の選択は、”芝桜+炉端焼き+温泉”。
ちょっとよくばりか。
 取りあえず無事に「ツアー間違い」もなく定刻通り出発出来ました。


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 GWのど真ん中と言うこともあり、途中渋滞を挟みながらの進行でしたが、渋滞を”宴会””睡眠””車窓観光”で捌きつつ何とか予定の2時間遅れで目的地の「富士山の麓、本栖湖」に到着しました。
 世界文化遺産がほぼ内定された富士山を改めてよく観ると綺麗ですネ。月並みですが壮大で心が洗われますネ。

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と言うよりむしろ以前より胸を張っているようにさえ見えます。
頭の雲が少し邪魔ですかネ。
芝桜もきれいですネ。寝ころびたいですネ。それとも”平泳ぎ”でもしてみるか。
80万株あるらしい。誰が数えたんでしょうか。

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ここの芝桜は5種類あるそうです。
1つ1つの花をよく見ると”可憐”で綺麗です。

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しかし、”芝桜”に負けじと”人”も沢山います。
日本中からきてますネ。
花を愛でる”日本の心”ですか。






しかし、一番混んでいるのは、食券を購入する為の列です。場内に何か所かあるのですが、いずれも”長蛇の列”
帰る時間を考えるととても並ぶ気にはなりません。
食事はあきらめて(ほうとうだけでも!!!)ひたすら、お花の見学。
一時間ほどあればみれます。


次はお楽しみの”炉端焼き”
こ洒落た”古民家”でした。

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味はそこそこでした。
”付けダレ”はいけましたヨ。少し甘いので子供でも大丈夫
お供はやっぱり”お酒”でしょう。
でも、別途料金でした。(当たり前か)


旅行の最後の〆はやっぱ、”温泉”ですよね。
と言うわけで、こちらです。


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内湯も露天も広くて綺麗で大変結構な御手前でした。
てなわけで無事”ほろ酔い”加減で帰途につきました。

”お疲れ!!”

























テーマ:国内旅行記 - ジャンル:旅行

旅・はいかい | 16:20:58 | トラックバック(0) | コメント(0)

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