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~ 新・北斎展 HOKUSAI UPDATED ~
六本木ヒルズの一角 「森アーツセンターギャラリー」で、北斎の研究に生涯をささげ

昨年まだまだ若くして世を去った永田生慈(1951~2018)の研究と作品発掘の集大成として

氏によって企画された『新・北斎展 UPDATED』が始まりました。

早速お邪魔しました。




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森アーツギャラリーの玄関口です。

階段かEVで3階に向かいます。




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3階にあるここのブリッジを渡り、エレベーターで六本木ヒルズ森タワー52階の会場

「森アーツセンターギャラリー」へ向かいます。




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場内には、年代ごとに整理された、北斎の作品がこれでもかと展示されていました。

北斎ワールドに吸い込まれたようです。

「北斎オタク」にとってはたまらない世界ではないでしょうか。

私は、確かに北斎は好きですが、信州の小布施まで作品を見にも行きましたが

「オタク」ではないですネ。

まあ、にわか北斎ファン程度でしょうか。それでも今回の展覧会はわくわくしますネ。

沢山作品がある中で、目についた作品を紹介します。

北斎は、引っ越しの回数もさることながら、画号の数も30ほど改号しました。

作品と画号と合わせて紹介します。









【春朗期】      安永8年~寛永6年(1779~1794)  20~35歳


   勝川春朗と名乗り、20歳で浮世絵界にデビュー。

   役者絵や挿絵本を手掛けた。

   北斎の原点と言える時期だったのではないでしょうか。





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       ≪花くらべ弥生の雛形≫   天明4-5年(1784-85)










【宗理期】      寛政7年~文化2年(1795~1805)36~46歳



    勝川派を離れ、琳派の俵屋宗理を襲名した北斎は、浮世絵派とは一線を画した活動を

    展開するようになりました。優雅な刷物(非売品の特性版画)や狂歌絵本の挿絵

    肉筆画などを多く手がけます。やがて「宗理美人」と呼ばれる楚々とした女性像を

    創造するなど、独自の様式を築きました。

    あまり数が多くない所謂「大首絵」を描いたのもこのころではないでしょうか。

    




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  ≪「風流無くてなゝくせ」  ほおずき≫  享和年間(1801-04) 



洗い髪の女はほおずきをかむ癖、もう一人は手鏡を見る癖ですか。

今で言ったら、ガムをかむ癖とスマホを見る癖ですか。これは昔も今も

変わりないようですネ。










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   ≪円窓の美人図≫     文化2年(1805)    











【為一期】         文政3年~天保5年(1820~1834) 61~74歳   



   文政3年(1820)、61歳となった北斎は、号を「為一(いいつ)」

   改めました。そして70歳すぎると、「富嶽三十六景」をはじめとした北斎を代表する

   錦絵の揃物を次々と生み出していきました。風景画、名所絵はもとより花鳥画や

   古典人物画、武者絵、さらに幽霊などその関心はあらゆる対象に向けられました。

   驚くべきことに、世界を圧巻し世界に葛飾北斎ありと知らしめたこれらの色鮮やかな

   錦絵の出版は、70歳を過ぎたわずか4年ほどの間に集中していました。




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  ≪通称 グレートウエーブ 富嶽三十六景 神奈川沖浪裏≫   天保初期(1830-34)






すごい迫力ですネ。ベネシャンブルーが輝いています。

この迫力が「グレートウェーブ」「時間を止めた男」と言われる所以なんですネ。



この浮世絵には8色の色が使われています。

その色ごとに「版木」が彫師によって彫られます。その8枚の「版木」とその刷り上がり絵が

手順に沿ってわかりやすく掲示されていました。

おかげで錦絵の出来上がりの手順を理解することが出来ました。親切な掲示でしたネ。

それにしても、彫師はどのようにして彫り上げるのでしょうか。

今でしたら、原図を8枚カラーコピーしてそれぞれの版木に張り付け、必要なところだけ

浮かし彫にすれば、比較的容易にできるでしょうが、当時はカラーコピーは

ありませんから、誰かが「トレース」したのでしょうか。

しかも、「版木」ですから裏返して左右逆に彫らなければいけないのですから。

絵師もさることながら、彫師も刷り師も熟練のプロなんでしょうね。












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     ≪富嶽三十六景 凱風快晴≫     天保初期(1830-34)












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     ≪百物語 こはだ小平二≫     天保2-3年(1831-32)










【画狂老人卍期】     天保6年~嘉永2年(1835~1849) 75~90歳



    最晩年の北斎は肉筆画制作に傾注し、描くテーマも古典に取材した作品や花鳥

    静物、宗教的な題材など浮世絵の世界から離れ、独自の画境を追い求めていきます。

    長寿を願い100歳まで生きれば「神妙」の域に達し、さらに描く対象の「一点一格」が

    生き生きとしたものになると信じ、筆を休めることはありませんでした。

    嘉永2年(1849)4月18日朝、北斎は90歳で生涯を終えます。





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        ≪弘法大師修法図≫      弘化年間(1844-47)


疫病を鎮めた弘法大師を病魔である鬼が襲うシーンを描いた、縦150㎝、横240㎝の大作。

鬼と犬がにらみ合うなかで毅然と祈禱を続ける大師の姿は、達観した北斎最晩年の姿を

自ら描いているのでしょうか。




それにしても驚きですね。とても89歳の作とは思えませんね。

この迫力、力強さには感動します。

長野県小布施の上町祭り屋台天井図『怒涛図』や岩松院の『八方睨み鳳凰図』

同じころに描かれた力作です。

人間の思考をはるかに超えた、何か通じるところがありますね。










北斎は、号を変える度に、色々な「画力」を学び習得していったように思われます。

ある時は琳派に学び、ある時は洋画に学び、又宗教に学び景色に学びその都度画力と

絵師としての幅を成長させてきた。

まさに、今回の展覧会のサブテーマ”UPDATE”にふさわしく、現状に満足することなく

いつでも自分をUPDATEし続けたのが北斎ではないでしょうか。



北斎は、息を引き取る間際

    「天我をして五年の命を保たしめば 真正の画工となるを得(う)べし 」

と言って息を引き取ったと言われています。

「天があと5年の間、命保つことを私に許されたなら、必ずやまさに本物といえる画工になり得たであろう」

と言うことですよね。

ものすごい執念ですネ。まだ未熟と思っているんですね。まだまだ成長できると思っているんですね。

この言葉こそが、北斎が死ぬ間際まで自分をUPDATEし続けた証ではないでしょうか。

頭が下がります。  

合掌 !!



イヤー!!感動しましたネ。





北斎に、熱くさせられたので、隣の”毛利庭園”でクールダウンして帰りましょうか。




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以上 『新・北斎展 HOKUSAI UPDATED』 でした。

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芸術 | 23:13:57 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ フェルメール展 ~
 《真珠の耳飾りの女》(1662-1665頃)をはじめ、《牛乳を注ぐ女》(1660頃)などの作品で

広く知られる17世紀オランダの画家、ヨハネス・フェルメール(1632〜1675)。

その日本美術展史上最大規模の展覧会が東京・上野の森美術館で開催されている

と言うので、やって来ました。




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現存する作品が35点とも言われているフェルメール作品のうち8点が展示され、日本初公開の

作品も2点あると言うことなのでわくわくしながらやって来ました。

以前、2度程見に来たときは、たいへんな行列で入場までだいぶ待たされた挙げ句

お目当ての作品の前は、黒山の人だかり、遠くから見るのがやっとでした。

今回は、欧米では普及していると言う「日時指定入場制」方式を採用し、事前に希望した日時で

指定されたチケットにより入場する仕組みになっていました。

初めての経験なので、どんな様子か判らないので指定された時間の20分前に入場口に来てみました。

するともうすでに30人程の人が並んで列を作っていました。

まあ、そんなものか、それでも前回と比べたら雲泥の差か!

と写真撮影もほどほどに、最後尾に並びました。




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たまたま、持っていた雑誌に目を通しながら時間をつぶし開演5分ほど前に

後ろを振り向くと、なんと、なんといつの間にか300mほどの列ができているでは

ありませんか。 びっくりです、たった15分程の間に!

皆さん私と同じで、時間指定のチケットを持っているから、時間ぎりぎりでも

大丈夫と踏んでおっとり刀で来たようですネ。

そしてあわてて並んだ模様です。

今回の入場システムの唯一の欠点を見ました。いつもならこれだけ並んでいたら

「では、日を改めて」となるところですが、今回ばかりは「日時指定」今並んででも入らなければ

チケットが、無効になる可能性があります。




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とりあえず、思ったよりはすんなり入場できました。

そして、入場時、フェルメールを200%理解してもらうためにと言う理由で

無料で入場者全員に音声ガイドが渡されました。

良い試みですね!

それだけではなく、展示された全作品について解説された小冊子が配られました。

とてもわかりやすく書かれ、後からでも読み返して確認でき、素晴らしいサービスだと思います。

関係者全員に”あっぱれ!” です。








展示場の中は、6つの章に分けられた流れの構成で造られていました。



       第1章 オランダ人との出会い:肖像画

       第2章 遠い昔の物語:神話画と宗教画

       第3章 戸外の画家たち:風景画

       第4章 命なきものの美:静物画
 
       第5章 日々の生活:風俗画

       第6章 光と影:フェルメール
  



1~5章は、ハブリエル・メツー、ピーテル・デ・ホーホ、ヤン・ステーンらオランダ同時代の

絵画と合わせた約50点を通して、17世紀オランダ絵画の広がりと独創性を紹介しています。

そして、最後の6章が、お目当てのフェルメールの作品です。

今回来日した、フェルメールの作品の全てが「フェルメールルーム」と称した一部屋に

集められていました。

このような景色は、フェルメール本人も見たことが無いだろうと関係者自身が表されていましたが

確かにそう思います。本人も見たら感動するのではないでしょうか。












では「フェルメールルーム」から



「光の魔術師」とも称されるフェルメールの、わずか35点とされる希少な現存作品のうち、

国内過去最多の8点が展示されています。

そのうちの1点が開催の途中で入れ替わる予定の様なので

都合9点が展示されることになります。









【マルタとマリアの家のキリスト】



1654-1655年頃 | 油彩・カンヴァス | 高158.5×幅141.5cm

スコットランド・ナショナル・ギャラリー



聖書に取材した唯一の作品

姉のマルタは給仕に忙しいが、妹のマリア「はキリストの話」に聞き入り手伝わない。

マルタはその不満を、キリストに訴えると

キリストは平然とマリアを指さし「マリアは良い方を選んだ」と。

名言ですネ、使わしてもらいます。




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【朱い帽子の娘】



1665-1666年頃 | 油彩・板 | 高23.2×幅18.1cm

ワシントン・ナショナル・ギャラリー



日本初公開


窓は絵がかれていませんが、ちゃんとフェルメールビームは描かれています。

「真珠の耳飾りの少女」を彷彿させう様な瞳、耳飾りの真珠、鼻の頭に光の粒が描き込まれ、

少し開いた口元はつややかに輝いています。

技術的なことは、良くわかりませんが、写真であれば明らかな失敗作となる

ハレーションを、巧みな視覚効果として生かした劇的な作品となっているそうです。

フェルメールの作品は、ほとんど「左からの光」をかいているのでサウスポーかと思って

いましたが「右からの光」も描くのですね勉強になりました。

今回の、フェルメール展の作品の中では、「牛乳を注ぐ女」「真珠の首飾りの女」に次いで

お気に入りの作品です。





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【ワイングラス】


1661‐1662年頃 | 油彩・カンヴァス | 高67.7×幅79.6cm

ベルリン国立美術館


日本初公開



この作品も「赤い帽子の娘」同様お気に入りの作品です。

ワインを飲み干そうとしている女性にすぐにでもワインを注ごうとしている男の

うす笑いの唇が、その下心を良く表していると思います。

ほとんどの男性は、他人ごとでは無く捉えたのではないでしょうか。




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【手紙を書く婦人と召使い】



1670-1671年頃 | 油彩・カンヴァス | 高71.1×幅60.5cm

アイルランド・ナショナル・ギャラリー



この作品もとても魅力的で素敵な作品です。

品のいい婦人が、落ちた赤い封印やスティック状のシーリングワックス(封蝋)などに

気づかず一心腐乱にラブレターでも書いているのでしょうか。

書いている姿勢や目線から、おそらく綺麗な文字で書いていることが、想像させられます。

思わず「ちょっと、顔をあげてもらえませんか」と声をかけたくなりますね。




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【手紙を書く女】



1665年頃 | 油彩・カンヴァス | 高45×幅39.9 cm

ワシントン・ナショナル・ギャラリー



17世紀のオランダでは郵便制度の発達に伴い手紙でのやり取りが盛んに行われた。

フェルメールも手紙をテーマに6点の作品を描いています。

机に向かい手紙を書く女性が、ふとこちらに顔を向けて微笑む。

「あら、いらしてtんですか」とか「いつから見ていたんですか」などの会話が

聞こえてくる様です。

モデルの来ている「黄色い毛皮の上着」はフェルメールがお気に入りの様で

「リュートを調弦する女」や「真珠の首飾りの女」にも描かれています。

フェルメールの財産目録にも記されていたそうです。




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【リュートを調弦する女】



1662-1663年頃 | 油彩・カンヴァス | 高51.4×幅45.7 cm

メトロポリタン美術館



窓の方に視線を向ける様子は見る者の想像力をかき立てます。

壁の絵は、愛する人が遠い彼方にいることを示唆する地図だそうです。

こちらも、「黄色い毛皮」です。




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【真珠の首飾りの女】



1662-1665年頃 | 油彩・カンヴァス | 高56.1×幅47.4 cm

ベルリン国立美術館



室内に立ちすくむ女性は真珠の首飾りを結ぼうとリボンを手に、壁にかかる小さな鏡を

見つめています。かすかにほころぶ口元と宙を見るような甘い眼差しはこの後起こるであろう

出来事への期待でしょうか。身支度にいそしむ女性が見せるふとした表情をフェルメールは

静寂の中に繊細に描き出しています。

「黄色い毛皮」がより鮮明に描かれています。




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【牛乳を注ぐ女】



1658-1660年頃 | 油彩・カンヴァス | 高45.5×幅41cm

アムステルダム国立美術館 



フェルメールの代表作の一つですネ。

女性が牛乳を注ぐのに没頭している様子を写真家がシャッターで切り取ったように描いています。

「注がれる牛乳以外のすべてが静寂に包まれている」と言う解説がありましたが

まさにその通りです。

何と言うこともない日常の所作をさりげなく切り取り、光を自由に操り名画に仕立て上げる

まさに「光の魔術師」の真骨頂ではないでしょうか。

又、女性のたくし上げた一の腕の太さ、力強さと日焼けの後、その腕に当たる光の濃淡だけで

彼女の普段の仕事を想像させる描写力にも関心させられます。





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イヤー!! 感動しましたネ!!

終わるまでに、もう一度見にきたいですネ。

出来れば、入れ替わりで来る「取り持ち女」が来てからにしましょうかネ。




以上、上野の森美術館 『フェルメール展』 でした。

芸術 | 04:43:32 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 信州小布施 北斎館 ~
画狂老人 葛飾北斎

の肉筆画ワールド 『北斎館』 として昭和51年に町内に遺されている北斎作品を公開

するための美術館として建てられました。


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入り口では、杖を突いた画狂老人が出迎えです。




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時代ごとの浮世絵の変革や

小布施滞在中に描いた肉筆画40点余の他、

北斎が、天井画を描いた祭屋台が常設されていました。




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その中でも、圧巻なのは祭屋台の天井図です。

祭屋台ごと展示されていました。

部屋の中央に展示されていて、ぐるりと周りを巡って全体が鑑賞できるようになっていました。

この2台は長野県の「県宝」です。

驚いたのは、実際の祭屋台の天井には、レプリカが取り付けられていて

直筆は、屋台から取り外され、近い距離から鑑賞できるように下に建てかけられています。





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【龍・鳳凰】



天保5年(1844年) 東町祭屋台天井図



「龍 図」




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「鳳凰図」




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【怒 涛】



弘化2年(1845年) 上町祭屋台天井図


浪の魔術師の本領はっきですネ!



「男 浪」




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「女 浪」




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『北斎館』では、岩松院の『八方睨みの鳳凰』同様2017年5月に開かれた

大英博物館・北斎特別展 「北斎ー大波の彼方へ」の出展依頼を受け、

祭屋台天井絵4点を含めた合計13点を出展し、イギリスの方々に博物館でも

行列ができると言うことを知らしめて来たそうです。









以上、観る者の心を引き付けてやまない北斎がいる『信州小布施 北斎館』 でした。

芸術 | 22:39:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 小布施に来ちゃいました ~
長野で一番小さな町『小布施』に来ています。



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「神奈川沖」で時間を止めて、世界を驚嘆させた男、”葛飾北斎”「八方睨み」を観に

『小布施』に来ました。




葛飾北斎は、信州の豪商「高井鴻山」の招きで83歳で初めて信州・小布施に訪れて

その後、89歳まで幾度となく訪れて滞在し、晩年の絵の集大成に没頭しました。

”八方睨み鳳凰図”は北斎の肉筆画です。

北斎は40代後半までは、肉筆画を描いていましたが、

「冨嶽三十六景」などの風景画が評判となり、浮世絵版画中心の時期が続きました。

その後、人気絵師としての活動が一段落した北斎は、80歳を過ぎて再び肉筆画に取り組み

中国や日本の故事と古典に基づく作品や自然を主題にした肉筆画の創作に没頭しました。

高井鴻山は屋敷の敷地内に北斎専用のアトリエを建てるなどして、その肉筆画の創作を

全面的にバックアップした。

そのおかげで、ここ小布施には北斎の肉筆画が多く残されています。







”八方睨み鳳凰図”のある 『曹洞宗 梅洞山 岩松院』 です。






〖仁王門〗




運慶の「金剛力士像「」とはいかなかったようです。




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〖本堂〗



この本堂内の大間の天井に”八方睨み鳳凰図”が書かれています。




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〖八方睨み鳳凰図・原図〗




天井絵の元となった原図です。

 縦 40cm・横・ 50cmの 軸物です。

江戸末期の嘉永元年(1848年)北斎89歳の時の作品です。







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北斎の”神奈川沖浪裏”を所蔵する大英博物館が2017年5月から

開催した北斎特別展「北斎ー大波の彼方へ」への出展を依頼され、

この『八方睨み鳳凰図・原図』を展示することになり、約3か月間展示された。

その結果、この原図の前は、鑑賞者の列が途切れることが無いほどの人気を呼んだそうです。










〖八方睨み鳳凰図・天井図〗



小布施滞在の最後に手がけたのが、鴻山にすすめられて描いた

原図の100倍、21畳もの大きさの岩松院の天井画「八方睨み鳳凰図」です。

一年がかりで描き上げた。

岩絵具は、中国より輸入した辰砂・孔雀石・鶏冠石などの鉱石を用い、

その費用は当時のお金で150両にもなったそうです。

スポンサーがいればこその結果でしょうか、

言い変えれば鴻山との共同作品ともいえます。

又、金箔を4,400枚使用した色彩光沢は、現在でも少しも変化していません。

北斎晩年の最大の作品と言われています。




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〖八方睨みの拡大図〗



顔の部分を拡大しました。

確かに、八方にらんでいます。

ルーブルの”美しきナーニ”とは違い、どこから見ても鋭い眼球がこちらを睨んでいます。




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〖鳳眼と鶏冠(とさか)〗



まなじりがが深く、朱を含んだ鳳眼は北斎が鶏冠と共に

思いを込め、一番力を注いで描いた部分です。

すごい、ど迫力ですネ。

どう見ても、90歳近い人間の仕業とは思えませんネ。

まして江戸時代の時の90歳ですから、今なら何歳位に当たるだろうか。

想像するだけで鳥肌が立ちます。




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ここ「岩松院」には、北斎天井図以外にも見るところがありました。



【福島正則の霊廟】



豊臣秀吉の重臣として、又広島城五十万石の大大名として君臨していた「福島正則」は

徳川幕府の謀略により、この信州の四万五千国の小大名に国替えさせられた。

失意の底にありながら、領主となった正則は領主内の改革に取り組み

新田開発などを行い、領民から明君として親しまれました。




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【小林一茶】



本堂の裏庭にある小さな池は、桜の咲くころになると「ヒキガエル」が集まり

求愛をする「カエル合戦の池」として有名です。

一年の内5日間、昼夜を問わず約100匹のカエルの”くくみ声”が聴こえるのは

静かな山寺の春の風物詩となりました。




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俳人小林一茶はこの「カエルの鳴き合戦」を見て、代表作と言われる

” やせ蛙 負けるな一茶 これにあり ”

の句を詠みました。


     病弱な長男 千太郎への声援の句ですが、その願いもむなしく

     千太郎は生後 一ヶ月足らずで他界してしまいました。




その句碑が池の奥に建立されています。




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小布施には一茶の句碑が30ほど建立されています。

その中で3基だけが一茶の直筆です。

岩松院のこの句はその3基の内の一つです。

句碑には


”痩かへる まけるな一茶 是に有” と書かれています。












以上、大満足の 『岩松院 八方睨み鳳凰図他』 でした。

芸術 | 22:45:19 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ ルーブル美術館展 ~
『 ルーブル美術館展―人は人をどう表現して来たか』を観に来ました。

展覧会は3ヶ月あまり開催しているのですが、こんな長期間開催している催し物は、

そのうち行こうと思っているうちに、気が付くと終了していたと言う間抜けな経験を

何度かしているので、今回は心してやってきました。

とは、言うもののほとんど終了まじかですが。




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開催場所は、お馴染みの「国立新美術館」 です。


ここは、何となく個人的に気に入っています。




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チケット購入の際、ただ今30分待ちです。

と言われたのですが、それぐらい仕方ないかとチケットを購入しました。

しかし、会場の入り口へ行って ”びっくり” 

「ジャバラ状」に並んではいますが、長蛇の列です。

とても30分待ちとは思えない。

先にここを見ていれば、絶対今日はパスしていたと、後悔の思いが湧いてきましたが

すでにチケットは購入済、仕方なく最後尾と書かれた看板の前に並ぶ。




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お盆ウィークとは言え、平日なのによくこんなに人が集まるものですネ。

外国の方も結構います。

しかし、予想に反して45分程の待ちで入場出来ました、良しとしましょうか。





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「ルーブル美術館」の展覧会を日本で開催するのは5回目だそうですが

今回のルーブル展のテーマは「肖像芸術」

ルーブル美術館の8部門から厳選された「肖像彫刻、肖像画」が110点も

展示されていました。今までにない数の多さだそうです。

その中から気になったものを紹介します。









まずは、ルーブルの顔、一番の人気で、ポスターにもなっています。

ヴェロネーゼ《女性の肖像》、通称《美しきナーニ》です。

多くの人が彼女を観に来たと言っても過言ではないでしょう。

ルネサンス最盛期のヴェネツィアで大活躍した巨匠・ヴェロネーゼ。

中でもルーヴル美術館が所蔵するこの作品は、同館の所蔵作品の中でも

屈指の名作と言われています。

どこかをさまよっているような視線は、「モナリザの微笑」とは逆に鑑賞者がどこに立っても、

彼女と目を合わすことができないと言われています。


確かに合いませんネ!





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こちらも、ルーブルの顔の一人です。


パンフレットの巻頭も飾っている、フランス史上最高の権力者

ナポレオン・ボナパルトを描いた

アントワーヌ=ジャン・グロ 《アルコレ橋のボナパルト》


権力者の肖像画なので、真実の顔に近いかどうかは、別問題のようですが。





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ナポレオンのデスマスクも展示されていました。

こちらは、さすがに真実の顔に近いのではないでしょうか。

1821年5月5日、ナポレオンが息をひきとった数日後、イギリス人の主治医バートンが

石膏でデスマスクを作成しました。




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作者であるフランツ・クサファー・メッサーシュミットが、自分をモデルに様々な表情の

奇妙な頭部像を製作した全69点のうちの1点です。

フランツ・クサファー・メッサーシュミット 《性格表現の頭像》

精神的に病んでいた自分自身を治療する目的で製作したとされています。

だから、彼は生前これらの作品群を一切発表しませんでした。

没後にアトリエでまとめて発見されたのです。

苦悶に満ちた表情はリアルで切実なのですが、なんとなくおかしみもあって、

絶妙の味わいがある頭像でした。

音声ガイドを担当した高橋一生もこの作品が一番気になったと解説していました。




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この作品は私のお気に入りです。

マリー・アントワネットが自身の肖像画家として特に優遇したヴィジェ・ル・ブランが

ロシア皇帝に招かれて描いた

エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブラン

《エカチェリーナ・ヴァシリエヴナ・スカヴロンスキー伯爵夫人の肖像》


この作品の前には≪美しきナーニ≫に勝るとも劣らない人だかりができていました。

思いは皆一緒でしょうか。


美人ですものネ!




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最後に気になったのが≪春≫と≪秋≫の2つの作品の内の一つ
 
ジュゼッペ・アルチンボルド 《春》

だまし絵的で発想が面白い「肖像画」です。


なぜか心がホッと和みます。




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肖像画の紹介は以上ですが、大好きな”国立新美術館”なので

「黒川紀章」に代わって館内を紹介します。




〖一階の吹き抜け風除室〗




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〖一階吹き抜け広場〗




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〖中央エスカレーターから広場〗





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〖3階通路から1階広場〗




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〖3階レストラン〗




フランスの3つ星レストランです。





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以上、”国立新美術館”の 『ルーブル美術館展―人は人をどう表現して来たか』 でした。

芸術 | 22:25:28 | トラックバック(0) | コメント(0)
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