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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 軽井沢 諏訪神社 ~
”旧軽井沢銀座”の横、鬱蒼とした緑に囲まれて鎮座していました。

軽井沢地方開拓当初、信州一宮諏訪大社から分霊勧請されれ、

軽井沢郷の鎮守産土神として地元の人に親しまれてきました。




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【社号標】




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【鳥居&参道】


参道は、石畳敷きになっていました。




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【狛犬】


近代風の真新しい狛犬です。

最近奉納されたものではないでしょうか。




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【手水舎】





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【本殿】



守護神は、建御名方神(タケミナカタノカミ)。

風の神様です。




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   ≪しめ縄≫




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【御神木】




ミズナラの木樹齢不明




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【社 叢】



多種の木々に囲まれた社叢は、軽井沢町指定文化財に指定されている。




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鳥居の足元に置かれていました。





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以上、 旧軽井沢の隆盛を見守ってきた『軽井沢 諏方神社』 でした。







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神社 | 21:29:41 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 日枝神社 境内社他 ~
【境内社】


日枝神社は歴史ある大きな神社ですので、境内社も大きな神社が鎮座しています。です。




≪麁香(あらか)神社≫




     旧藩時代は、富山藩江戸屋敷内にありましたが日枝神社に境内に移され

     藩が直接維持し祭儀を行うようになった。

     主祭神は度量衡(どりょうこう)の祖神(おやがみ)ともされ、数の原理を

     司り、工匠のみならず、諸工業商業に携わる方々の崇敬が篤く、戦前より

     崇敬講が行われ、現在も続いている。





     御祭神      手置帆負神(たおきほおいのかみ)

                彦狭知神(ひこさしりのかみ)
 
   


     社号標





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   狛 犬


     しっかりと造られた狛犬が置かれていました。





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    鳥 居


参道もしっかり整備されています。

麁香(あらか)神社への思い入れが伝わります。




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    拝 殿




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    干支石像



       参道には、干支の石像が建立されている最中です。




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≪稲荷社≫

   御祭神 - 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)

≪水天宮≫

   御祭神 - 安徳天皇(あんとくてんのう)

≪春日社≫

   御祭神 - 天児屋根命(あめのこやねのみこと)









   鳥 居





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   狛 犬





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   拝 殿





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   安産犬




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    ≪弁慶石≫



源義経が奥州落ちの途中、岩瀬あたりを通過の時弁慶が怪力をふるって

この石を転がして、義経の腰掛にしたと伝えられている。




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    ≪針の碑≫



富山県和服裁縫組合の寄進により建立されました。

12月8日に針裁暮祭が盛大に行われている。




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以上 『日枝神社境内社他』 でした。

神社 | 04:38:50 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 日枝神社 富山 ~
地元の人から「富山山王さん」と呼ばれ親しまれている『日枝神社 富山』 に来ています。

富山で神社と言えばこちらの日枝神社と言っても過言ではないでしょう。

富山市の中心部に鎮座していました。




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社  号          日枝神社


鎮座地           富山県富山市山王町4-12


主祭神           大山咋神(おおやまくいのかみ)
     
               大己貴命(おおなむちのかみ)

社格等           県社・別表神社

創  建          不詳

例大祭           6月1日、2日











【由緒・沿革】


創建の年代は不詳。

古くは越中国新川郡針原に広い境内地をもって鎮座していたのを、

南北朝の1335年(建武2年)桃井直常が北条時兼を追討した際、敗走する時兼が防戦のため

社に火を放ったので、戦乱を避けて神体は旧上新川郡大山町隠土、旧上新川郡中野村と

各地に遷座した。

1367年(正平22年)以降、旧婦負郡藤居村(現在の富山城跡)に遷した。天正年間、

佐々成政が富山に入城の際、城内にあった藤居山富山(ふせん)寺鎮守山王権現を

現在地に遷し、富山の産土神とした。成政の越中退去後、1587年(天正15年)、

前田利長が富山城に入城して以降は、富山前田家の産土社に定められ、

新たに社地・社殿が寄進された。

1873年(明治6年)に郷社に列した。1875年(明治8年)、天照大御神を祀る北神明社、

豊受大御神を祀る中神明社を合祀した。1899年(明治32年)、境内地に新県庁を

建設するのにあわせ、かつて鎮座していた縁で富山城跡内に遷座し、同年8月2日

県社に昇格した。しかし同年8月12日に市街全域を焼く大火があり、社殿を焼失した。

1901年(明治34年)、現在地に本殿・拝殿を再建した。

1945年(昭和20年)8月1日富山大空襲により全社殿その他建物の全てを消失したが、

御神体は、本殿土壇の特設の防空壕に直前にお移しして被災を免れた。

戦後は被災にあった本殿・拝殿・社務所等が氏子崇敬者の御浄財により次々とご復興し、

神域は見違えるように旧に勝る威容を誇るに至った。

1968年(昭和43年)、神社本庁の別表神社に加列された。

2006年(平成18年)には、本殿の修復、幣殿の増築、廻廊の新築工事が行われた。












【社号標】



社格を表すような立派な社号標です。





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【鳥居狛犬】





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【一の鳥居】

【表参道】




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【手水舎】



表参道の突き当りに造られていました。




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【二の鳥居】



手水舎を右に曲がると拝殿を包むように建てられていました




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【拝殿狛犬】



とてもユニークな表情をした狛犬です。初めて見ました。

両方が口を開けているのも珍しいですが左側の狛犬の口の中には宝珠のような玉を

咥えています。中国(満州)から伝わってきたものです。





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正面だけでなく後ろ姿もユニークです。

右側は、まともに神様にお尻を向けています。

左側は、やや斜めにお尻を向けています。




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【拝 殿】


平成18年に修復されました。




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内部も広々としています。




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   ≪拝殿扁額≫




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拝殿の上り口にこんな手水鉢も置かれていました。

駐車場の利用者の為でしょうか




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【神 馬】


拝殿の前に置かれています。




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【御朱印】




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以上『日枝神社 富山』 でした。

「日枝神社」 境内社が続きます。

神社 | 03:32:32 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 素戔嗚尊神社(すさのをのみことじんじゃ) ~
大阪の吹田に緑に囲まれて、通称 ”江坂神社”と呼ばれて鎮座していました。




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社  号          素戔嗚尊神社

鎮座地           大阪府吹田市江坂町3丁目68-11

主祭神           素戔嗚尊

創  建          元暦元年(1184年)

社格等           旧村社


別  名          牛頭天王社

               感神院
  
               感神宮

               江坂神社

社殿様式         権現造

例  祭          5月15日(春祭)

               10月15日(秋祭)


境内社           岩本稲荷社












【由緒・沿革】



榎坂村広芝の神祠と小曽根村寺内の神祠を併合して、牛頭天王社・感神院と呼ばれた。

「神社明細書」(1952)には、元暦元年(1184年)5月創立し、京都八坂神社の分霊を迎え、

嘉吉2年(1442年)に現在地に奉遷したとある。

元禄16年(1703年)に社殿を再建。

明治元年(1868年)の神仏判然令で社名を素盞烏尊神社に改める。

明治5年(1872年)、村社に列す。明治42年(1909年)6月、神饌幣帛料供進社に指定される。

昭和44年(1969年)、社殿を改築。












【社号標】





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【大鳥居】



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   ≪鳥居」扁額≫



銅板の浮かし彫りですが

「感神宮」と書いてあります。

それにしても、緑青の緑が歴史を物語っています。




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【手水舎】




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井戸が併設されていました。

なんだか湧き水が湧いているようで気持ちのよさそうな手水場です。




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【狛犬】





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【拝殿】





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【本殿・拝殿】



本殿と拝殿を幣殿で繋げる”権現造り”

上から見ると「エ」の形になっているのが特徴です。

本殿の屋根の上には「千木」「鰹木」が置かれている。




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【北参道 社号標】





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【北参道 鳥居】





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   ≪鳥居扁額≫




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【北参道 手水舎】




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【家形石棺の蓋 】


7世紀初頭の竜山石製石棺の蓋。明治初年に出土し、石碑のように立てられています。




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【伊勢神宮遥拝所】




伊勢信仰のあった江戸時代にはあちらこちらに設けられていたようです。




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【境内社】



    ≪岩本稲荷社≫




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【御朱印】





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以上、吹田の杜に静かに鎮座する 『素戔嗚尊神社』 でした。

神社 | 20:09:41 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 戸隠神社・奥社 ~
以前より、いつか尋ねてみたいと思っていた『戸隠神社』の参詣が

やっと念願かないました。

日本の神話と深く関わりのある霊場ともいえる「戸隠山」の中腹にに鎮座する

戸隠五社のうちの『戸隠神社・奥社』 と『九頭龍社』を訪ねます。




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まずは「JR長野駅」です。

昔”善光寺”に参詣に来たときはバスだったような気がします。

初めて、降り立った「長野駅」です。

善光寺を意識した木調が前面にだされています。




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そして「戸隠高原」へ向かうためのバス停は、駅ロータリーの正面にある

7番乗り場。 バスは去年も「上高地」でお世話になった「アルピコ交通」




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一時間ほどの乗車で、目的地の”戸隠奥社入り口”に到着です。

初めての土地でのバスの一時間はあっという間です。

ここからは2kmの参道を歩いて奥社に向かいます。




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社  号          戸隠神社奥社

鎮座地          長野県長野市戸隠奥社

祭  神         天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)

創  建         紀元前 210年











【由緒・沿革】




  日本神話にある、天照大神が天の岩屋にお隠れになった時、無双の神力をもって、

天の岩戸をお開きになった天手力雄命を戸隠山の麓に奉斎した事に始まります。

創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社です。

その起こりは遠い神世の昔、「天の岩戸」が飛来し、現在の姿になったといわれる

戸隠山を中心に発達し、祭神は、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々を

お祀りしています。

平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆のころは

戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山、高野山と共に

「三千坊三山」と言われるほどに栄えました。

江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、一千石の朱印状を賜り、東叡山寛永寺の

末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。

山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、

広く信仰を集めました。











【社号標】



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【大鳥居】




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新緑に包まれた参道を湧水の流れる小川のせせらぎを聞きながら

奥社へと向かいます。これだけでも心が清められる思いがします。












【狛犬】




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【随神門】



参道の中ほどに、忽然と朱色の門が現れます。

茅葺の屋根についた苔が歴史の深さを物語っています。




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随神が祀られていました。




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【杉並木】


随神門を潜ると景色が一転します。

天然記念物の樹齢400年を超える杉並木が参道に多いかぶ去るように続き、

神秘的空間が広がります。




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JR東日本「大人の休日倶楽部」のコマーシャル「戸隠編」で

女優の吉永小百合さんが歩いていたのはこの辺でしょうか。

この杉並木が500メートルほど続きます。



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「杉並木」が終わると、石段が続きます。

これが結構きついです。

トレッキングをするような感覚です。

奥社につくまで2度程休ませていただきました。

それはそうですよね。修験者が修行する山ですからなめてはいけませんネ。




そんなこんなで、やっとの思いで奥社に到着です。




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【手水舎】




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【狛犬】



どちらも「宝珠」を頭に載せています。

格好も面白いですネ。飛び掛る寸前でしょうか。



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【二の鳥居】



鳥居を潜っている和服の方、長野駅からご一緒でした。

服装からして、奥社まで登ってくる方とは想像できませんでした。

聞くと、今日は特別の日なので、和服、草履で来るように神主さんに言われたそうです。



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【奥社】




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   ≪社殿扁額≫




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【戸隠大神】


奥社の横に祀られていました。




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【九頭龍社】



ご祭神       九頭龍大神

由緒・ご神徳   鎮座の年月は不詳。

           天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)が奉斎される以前に

           地主神として奉斎され、特別な信仰を集めた。

           また、古来より水の神、雨乞いの神、虫歯の神、縁結びの神

           として尊信されていた。




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【道標】



「戸隠古道」の道標です。

「九頭龍社」の横に記されていました。




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【飯縄大明神】



参道途中の石段の左側に鎮座していました。

飯縄山(いいづなやま)の山岳信仰の発祥の神とされている。

一般に、”戦勝の神”として信仰され、足利義満や上杉謙信、武田信玄などの戦国武将達の

間でたいへん信仰されました。

特に上杉謙信の兜の前立が”飯縄権現像”であることが知られている。




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【八水神】


石段を登り終え、参道が終わるところに小さな滝がありました。

その滝に打たれているのが水を司る「八水神」でした。

修験者もこの滝に打たれて修行したのでしょうか。

今日は水の量が少し多いのでしょうか、打たれている「八水神」の文字が見えません。




         DSC_戸1914_01











ここ戸隠神社は奈良時代より修験者の修行の場として全国に知られていますが

今でも、修行僧はいるのでしょうか。

杉並木が終わったところでこんな方とすれ違いました。




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再度、今でも修験者はいるのでしょうか。

実はほかのところで、何度も沢山の修験者にお目にかかって言います。

ですから、現在も沢山の修験者の方はおられます。

しかしこの方は、どうでしょう?

ほら貝まで持って、姿かたちがきれいに整い過ぎていると思いませんか。

いかにも、修験者の理想の姿をしています。


衣装を着ただけの”ナンチャッテ 修験者では” と思えたのは

私の修行が足りないせいでしょうか?










【御朱印】




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以上、神話の世界に引き込まれるような霊験あらたかなパワースポット神社

 『戸隠神社 奥社・九頭龍社』 でした



神社 | 21:29:55 | トラックバック(0) | コメント(0)
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