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~ 牛込総鎮守 赤城神社 ~
神楽坂散歩の〆は『牛込総鎮守 赤城神社』 です。

地元の方からは”赤城さん”と呼ばれて古くから親しまれてきました。




赤城神社 004


                                           ≪2015.01 撮影≫











社  号          赤城神社

鎮座地           東京都新宿区赤城元町1-10

主祭神           岩筒雄命(いわつつおのみこと)

               赤城姫命(あかぎひめのみこと)

社格等           旧郷社

創  建          伝・正安2年(1300年)

社殿様式         流造

例  祭          9月19日











【由緒・沿革】 



鎌倉時代の正安2年(1300年)、上野国赤城山の麓から牛込に移住した大胡彦太郎重治により、

牛込早稲田の田島村に創建されたと伝わっている。

寛正元年(1460年)、江戸城を築城した太田道灌により牛込台に移されその後、弘治元年(1555年)

大胡宮内少輔により現在地に移される。

江戸時代には徳川幕府によって江戸大社の一つとされ、牛込の鎮守として信仰を集めた。












【鳥居】




s-神楽坂散歩DSC_6779_01





   ≪鳥居扁額≫




         s-神楽坂散歩DSC_6780_01











【手水舎】




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【狛犬】



おかっぱ頭で、スフィンクスのような変わった顔立ちの狛犬です。

”白山狛犬” と言います。




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 ≪白山狛犬≫


 北陸地方や飛騨地方を中心に多い白山神社に見られる狛犬で、越前(福井)で採掘される

笏谷(しゃくだに)石という細工しやすい柔らかい石で作られており、色がやや青白いのが

特徴です。青森、京都、愛知でも同型の狛犬が見られます。これらは北前船以前に全国に

運ばれていたようです。

 ちなみに、白山狛犬(上杉千郷氏、小寺慶昭氏)三国湊狛犬(橋本万平氏)、

越前禿(かむろ)狛犬(鐸木能光氏)、笏谷石狛犬(鐸木能光氏)などと様々な名称で呼ばれて

いるようです。

<特徴>

・かなり小型(もともとは殿内に置くための石造りの小さな狛犬だった。)

・おかっぱのような頭

・後脚の間がくり抜かれていない

・たてがみの毛先は内向きにカールしており、尾は細く背中にくっついている

・牙や眉がはっきりと彫られている

・両肩に小さな翼のような模様があるものもある




赤城神社 009











【拝殿】




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   ≪拝殿扁額≫




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【境内社 蛍雪神社】



平成17年に「北野神社」を「蛍雪神社」として再興しました。




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【境内社 赤城出世稲荷神社】

【境内社 八耳神社】

       八耳様とは、同時に八つのことを聞き分ける”聖徳太子”のことです。

【葵神社】

       三つ葉葵。徳川家康公を祀ってあります。




赤城神社 011











【赤城神社再生プロジェクト】



平成21年から22年にかけて「赤城神社再生プロジェクト」と銘する工事が行われました。

老朽化した赤城神社の「社殿全体」を建て替えるにあたりその費用ねん出の為、

境内の一部に70年の定期借地権を設定し

神社の建て替えと共にデベロッパーが分譲マンションを建築・販売する。

その建物内に、ホール、ギャラリー、社務所などを併設する。

「定借」の期限が来たらマンションを解体し、元の神社の杜に戻すと言うプロジェクトです。

いずれにしても都会だから出来るプロジェクトですネ。

設計監修は、神楽坂に在住し、同神社の氏子でもあり、国立競技場の設計を手掛けて

注目を浴びた建築家の”隈 研吾氏”です。

この建物は2011年度の『グッドデザイン賞』を受賞しています。




         赤城神社 003

                              

                                  ≪2015.01 撮影≫














以上、 都会の神社に生まれ変わった『牛込総鎮守 赤城神社』 でした。









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神社 | 21:42:51 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 筑土八幡神社 ~
神楽坂の路地を出たところ、小高い丘の上に慎ましやかに鎮座していました。

『筑土八幡神社』 です。





         s-神楽坂散歩DSC_6761





以前、九段にある”将門伝説”にゆかりの深い「筑土神社」を参詣しましたが

鎮座地は離れていますが、こちらの「筑土八幡神社」ともゆかりがありました。

しかし、こちらの慎ましやかな姿とは違い、あちらは近代的なコンクリートで出来たハイカラな

鎮座風景でした。



         s-築土DSC_2906_01

            
                   ≪九段下 筑土神社の扁額≫

                     











社  号          筑土八幡神社

鎮座地          東京都新宿区筑土八幡町2-1

主祭神          応神天皇

              神功皇后

              仲哀天皇

創  建         809年-823年

例  祭         9月15日











〖由緒・沿革〗



当神社は嵯峨天皇の時代(809年 - 823年)に、付近に住んでいた信仰心の厚かった老人の夢に

現われた八幡神のお告げにより祀ったのが起源であるといわれています。

その後、円仁(慈覚大師)が東国へ来た際に祠を立て(850年前後)、伝教大師(最澄)の作と

言われた阿弥陀如来像をそこに安置したという。その後、文明年間(1469年 - 1487年)に

当地を支配していた上杉朝興によって社殿が建てられ、この地の鎮守としました。

元和2年(1616年)にそれまで江戸城田安門付近にあった田安明神が”将門伝説”を持ったまま

筑土八幡神社の隣に移転し、津久戸明神社となりました。その後、1945年に第二次世界大戦による

戦災で全焼し、明神社の方は、同じく”将門伝説”を持ったまま千代田区九段北に移転し

先に説明した 「築土神社」 として現在に至っています。

一方、八幡神社の方は「筑土八幡神社」として現在でも当地に鎮座しています。











〖鳥居〗



享保11年(1726年)建立

当時常陸国下館藩主であった黒田直邦によって奉納されました。

新宿区最古の鳥居

新宿区登録有形文化財




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   ≪扁額≫


扁額の風景も「筑土神社」とは対照的です。




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【手水舎】




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〖狛犬〗




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【社殿】




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【御神木】




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【境内社 宮比神社 】


古くから下宮比町一番地の旗本屋敷にあったものを、明治四十年に現在地に遷座しました。




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以上、古くから神楽坂付近の鎮守として町を守ってきた 『筑土八幡神社』 でした。










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神社 | 22:30:23 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 鳥越神社 ~
2度目の参詣です。

通勤で近くを通るのですが、いつでも来れると思うと中々寄れません。

振り返ると5年ぶりの『鳥越神社』 です。




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社  号          鳥越神社

鎮座地          東京都台東区鳥越2-4-1

主際神          日本武尊 (やまとたけるのみこと)

社格等          郷社

創  建         651(白雉2)

例  祭         6月9日   











【由緒・沿革】



651(白雉2)年5月の創建とされる。

日本武尊は東国平定の際、白鳥村と称していた当地に滞在した。

村民がその御威徳を慕い、福徳円満・恒久平和を念願し白鳥明神として奉斎したのが

はじまりとされる。

永承年間(1046~1053年)源頼義・義家親子に朝廷より奥州鎮定の勅命が下り、軍勢は東国に

向かう道中、武蔵の大川(現隅田川)の河口越えに難儀していた。

そこに一羽の白鳥が飛来し川の浅瀬に下り立ち、対岸に渡れる場所を暗示したといい、

これにより軍勢は無事対岸へ渡った。

義家は白鳥明神の御加護であるとして山頂の本社に参拝し、鳥越大明神の社号を奉ったという。

以後、当社は鳥越神社と称されるようになった。











【社号標】



社号標の文字は第52~54代内閣総理大臣・鳩山一郎氏の揮毫です。




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【大鳥居】


蔵前通りに面して立っていました。




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【裏参道鳥居】




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【手水舎】




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【参道】


綺麗に石畳が敷き詰められています。




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【狛犬】



ちょっと珍しい東大寺南大門型の護国系の狛犬です。




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【拝殿】




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   ≪拝殿扁額≫




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【本殿】




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【舞殿】




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【境内社】



    ≪福寿神社が≫




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    ≪志志岐神社≫




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    ≪祖霊舎≫




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【千貫神輿】



都内最大級の重量(重さ4トン)といわれる神輿で、大祭時に実際に渡御されている。

狭い下町の町内を渡御するので、大きな胴体に比べ太く短い担ぎ棒のために担ぎ手一人の

負担も大きくより重く感じるので、昭和の初めよりその重さから都内で最も重い神輿と言われて

います。

本社神輿の列の先頭には、猿田彦(天狗)や、手古舞連、子供たちの持つ五色の旗が歩き

神輿を先導し、夜8時過ぎの宮入道中では神輿の周りに提灯を付け、高張り提灯に囲まれて

宮入りします。その姿が幻想的で人気を呼んでいます。




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【御朱印】




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神社 | 20:13:55 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 東郷神社 ~
日露戦争(1904年〜1905年)では聯合艦隊司令長官として三笠艦上に

「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」とのZ旗を掲げ、

露国のバルチック艦隊を日本海において撃滅して世界の海戦史上空前絶後の完全な勝利を

成し遂げた”東郷平八郎” が祀られている 『東郷神社』に来ています。




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社  号          東郷神社

鎮座地           東京都渋谷区神宮前一丁目5番3号

主祭神           東郷平八郎命

社格等           府社 別表神社

創  建          昭和15年(1940年)

例  祭          5月28日











【由緒・沿革】



東郷平八郎が昭和9年(1934年)5月30日に亡くなると、全国から海軍省に東郷を顕彰する神社の

創建の要望と献金が相次いだ。当時の海軍大臣大角岑生が財団法人東郷元帥記念会を設立し、

寄せられた献金によって神社の創建が計画された。昭和12年(1937年)9月に地鎮祭、

昭和15年(1940年)5月27日(海軍記念日)に御鎮座祭が行なわれ、同時に府社に列格した。

昭和20年(1945年)には別格官幣社への昇格がほぼ決まりかけていたが、東京大空襲によって

社殿が焼失し、昇格は断念された。戦後になって復興の機運が高まり、昭和33年(1958年)に

奉賛会が結成され、昭和39年(1964年)に社殿が完成した。











【大鳥居】




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【南参道鳥居】




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   ≪鳥居扁額≫




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【神池狛犬】



神池側の参道にありました。

向かって左が「阿形」右が「吽形」でした。

比較的新しい狛犬です。




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〖手水舎〗


8柱があり頑丈で立派な手水舎です。

少々の台風では飛ばされません。




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≪手水鉢と吐水口≫


御影石が綺麗に磨かれています。




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〖神門〗




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〖拝殿〗


屋根の奥に本殿の「千木」が見えています。

端部が垂直に切られているのでまさに男の神様が祀られているのを表しています。




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〖拝殿前狛犬〗



こちらの狛犬は、通常通り向かって右が「阿形」左が「吽形」になっています。




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〖境内社 海の宮〗


東郷平八郎は生前「綜合艦隊司令官」を務めていたので、亡くなられて

海の神様になったのでしょうか。



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〖勝負の神様〗


当時世界一と言われていた「バルチック艦隊」を破ったことから、”勝負の神様”と

言われているので、大学の体育系クラブやスポーツ団体の勝利を願う「登り旗」の奉納が

多いようです。



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「原宿駅」から東郷神社に来るには、こちらの道を通るのが一番近いので、ここは元々

東郷神社の参道だったのではないでしょうか。

しかし、今は「我々オヤジ達」には理解不能な店が軒を連ねています。

そして、それらの店を訪れる為に、沢山の若者が集まり、毎日がお祭り騒ぎです。




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そうなんです!

今では”竹下通”と称して世界に名を轟かせていて、外国の方の観光スポットにもなっています。




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以上、喧騒のギャップを見事に克服して鎮座している 『東郷神社』 でした。




〖御朱印〗




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神社 | 08:10:39 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 阿佐ヶ谷神明宮 ~
2度目の参詣です。

3年ぶりでしょうか。 JR阿佐ヶ谷駅から歩いて2~3分ほどのところに鎮座しています。




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社  号          阿佐ヶ谷神明宮

鎮座地           東京都杉並区阿佐谷北1-25-5

主祭神           天照大御神(あまてらすおおみかみ)

               月読尊(つくよみのみこと)

               須佐之男尊(すさのおのみこと)

社格等           村社

創  建          建久年間(1190~1198年)

例  祭          9月8日











【由緒・沿革】



寛政12年(1800年)に著された『江戸名所図絵』によると、日本武尊が東征の帰途阿佐谷の地で

休息し、後に尊の武功を慕った村人が旧社地(お伊勢の森と称される現在の地に一社を設けた

のが当宮の始まりといわれております。 建久年間(1190~1198年)には土豪横井兵部(一説には

横川兵部)が伊勢神宮に参拝したおり、神の霊示を受け、宮川の霊石を持ち帰り神明宮に

安置したと伝えられ、この霊石は今も御神体として御本殿の奥深く鎮っております。











【社号標】




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【大鳥居】




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【手水舎】




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【隋祥門】


参道には歩くのがはばかれるような綺麗なほうき目が描かれていました。




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【拝 殿】




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【本 殿】



元は、一体となっていた拝殿を切り離し移設し、拝殿から3つの本殿が拝めるようになりました。

3つの本殿に祀られているのは、『古事記』『日本書紀』において、「三貴子(さんきし)」と

呼ばれる3柱です。中央に天照大御神(あまてらすおおみかみ)、向かって右に月読尊

(つくよみのみこと)、左に須佐之男尊(すさのおのみこと)を祀っています。

「三貴子」とは、『古事記』で、黄泉の国から帰った伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が穢れを

落とした際、最後に生まれ落ちた神々のことです。伊邪那岐命が、自らの生んだ諸神のうちで

最も貴いと定めたため、この名がついたとされています。日本国内多くの神社がありますが

「三貴子」をそろって祀る神社は、ほとんどありません。

非常に珍しい貴重な神社といえます。

また、本殿の前にある木製の鳥居は、もともと伊勢神宮で使われていたものです。

平成25年の式年遷宮(しきねんせんぐう)の際、伊勢神宮がそれまで使っていたものを各地の

神社に分け与えており、そのひとつがこの鳥居です。

平成27年秋に、この場所に建立されました。




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【能楽殿】




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【夫婦欅】



もともとは別々だった二本の若木が長い年月の間風雪に耐え、夫婦のように寄り添いやがて

しっかりと一つに結ばれしたそうです。良縁成就また夫婦円満のご利益があると言われてい

ます。




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【末社 猿田彦神社】




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【末社 北野神社】


手前にある5角形は「合格鳥居」だそうです。受験者が潜ると合格するそうです。



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【御朱印】




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十五夜の時だけいただける御朱印だそうです。




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以上、駅前の喧騒が嘘のように静かな杜の中に鎮座する 『阿佐ヶ谷神明宮』 でした。










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神社 | 22:01:55 | トラックバック(0) | コメント(0)
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