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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 三社祭 2019 ~
浅草の街に  がやってきましたーっ!

それを待ちかねたように、人々が三社祭に繰り出してきています。




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今年は、時間の都合で本社神輿を中心に見ていこうと思います。

町内神輿を観ながら、南回り本社神輿の撮影スポットへ向かいます。




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今年の南周りは ”一之宮”ですかネ

そこの撮影スポットは、比較的安全に至近距離から俯瞰して神輿を観れるので

お気に入りのスポットになっています。

本来、神様が乗っている神輿を上から俯瞰するなど不届きな行為とは判っているのですが

この日だけは、毎年勘弁願って上から目線で撮影させてもっています。




その近辺を場所取りして、神輿の来るのを待っていると、後ろの方でざわめきが聞こえます。

振り返ってみると、斜め後ろのマンションの4階ベランダから煙が立ち込めています。

どうやら「ボヤ」が発生したようです。

正面の、「雷門通り」は、半円を描くように人だかりが出来てきました。

その内、一人のお巡りさんが(たぶん交番の)消火器をもって消火に当たっているようです。

下の野次馬達の中から「おまわりさん!」コールと手拍子が湧きあがっています。

しばらくして消火し終わったお巡りさんが、下の野次馬にに向かって手を振って

会釈を繰り返していました。

それはそれで、完結してよかったなと思った矢先、急にサイレンが鳴り響き渡り

数台の消防車と救急車、そしてパトカーがけたたましく道路に入ってきて車道(神輿渡御道)を

占拠してしまいました。

”火はもうとっくに消えとるっちゅうに!”

そしてなんと、私の撮影予定地の目の前、1メートルほど離れた位置に駐車されました。




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”なんてこったい!! 折角場所取りしたのに”

”よりによって、目の前に留まるなっ!!”

”これでは、カメラを構えても お先 真っ赤 じゃないですか”



しかも、この不法侵入車(者)は30分たっても、40分たっても引き上げようとしません。

これでは神輿も来ないわと、あきらめてその場を去ることにしました。

残念!!


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きっと、各御輿もルート変更を余儀なくされたのではないでしょうか。

さすがにこれ以上、探し歩く元気が湧いてこず、手短の神輿を撮影します。



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『三社祭』は威勢のいい江戸ッ子を代表する祭です。

当然のことながら「喧嘩」「いざこざ」が付きものでしたが、

今年は、なんと江戸の華の一つ「火事」までついてきました。

喜んでいいのか、悲しんでいいのかわかりませんが、とりあえず

改号元年、『令和元年の三社祭・火事付』 でした。








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有難うございました




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| 05:33:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ とちぎ秋まつり ~
一汽車後らしたおかげで、じっくり『 とちぎ秋まつり 』を観て廻ることが出来ました。

『 とちぎ秋まつり 』は栃木市のメインストリートである蔵の街大通りを主会場に行われます。

この祭は山王祭で引き回されていた「静御前の山車」や、宇都宮にあった「諫鼓鶏の山車」を

明治7年(1874年)に栃木の商人が買い取り、栃木県庁で行われた神武祭で披露したことを

起源としています。以来、各町が新たに三国志の人形の山車などを製作し、栃木で慶事が

ある都度にこれらの山車を市中で披露し、昭和12年(1937年)以降はほぼ5年毎に山車祭りが

開かれるようになった。この山車祭りを主催事とし秋に隔年開催としたのが「とちぎ秋まつり」で、

隔年11月の土曜・日曜に亘って2日間開かれます。







栃木駅前では、「和太鼓」が東京などからの祭観光客を出迎えて

祭の雰囲気を盛り上げています。




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〖倭町3町目  静御前〗


「とちぎ秋まつり」の起源となった山王祭で使われていた”静御前”の人形山車です。

嘉永元年(1848年)の制作です。

県指定有形民俗文化財




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伝統ある祭らしく、錫杖(しゃくじょう)を鳴らしながら手古舞(てこまい)が山車を先導しています。

正しい手古舞が出る祭として、山王祭や神田祭と共にこの「とちぎ秋まつり」も祭本に

列挙されています。

手古舞は元々は「鳶職」が行列を邪魔する者を避ける目的で先導していたのがはじまりです。

その鳶が、山車が方向転換する時に「てこの原理」を使って車輪の方向を転換していたことから

名付けられたと言われています。それが芸鼓さんに、そして子供にと変化してきました。




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「手古舞」の服装も古式にそっています。

袖口をすべて広げた「かます袖」

裾をすぼめて縛った「たっつけ袴」

これで、片肌脱げば本物ですがさすがにそれは無理のようですネ。

でも、着物の左側が白地の襦袢のような模様になっているのは

片肌脱いだ様子を模しているのでしょうか。











〖嘉右衛門町  仁徳天皇〗




市指定有形民俗文化財





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〖大町  弁慶〗


市指定有形民俗文化財





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〖万町1町目  劉備元徳〗



明治26年制作

県指定有形民俗文化財





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〖万町2丁目  関羽雲長 〗



明治26年制作

県指定有形民俗文化財





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人形の造りも精巧に造られています。

「関羽雲長」は「劉備元徳」に仕えた三国志に出てくる武勇の誉れ高い武人

見事な鬚髯(鬚=あごひげ、髯=ほほひげ)をたくわえていたため「美髯公(びぜんこう)」

などとも呼ばれていました。



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「関羽」にも負けていない元気な囃子手がいました。




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でも、やっぱりこちらの勝かな。




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一時間半の延長時間を「とちぎ秋まつり」で満喫した我々は、わたらせ渓谷鐡道の

始発駅「桐生」へ向かうべく、時は遅しと駅のホームで一汽車遅れの列車を待ってます。

程なくして待ちに待った列車がホームに着きました。

50分程の列車の旅なので、全員の席の取得を託されて我先にと列車に飛び込み席を確保。

がーっ!

続いて乗り込んでくるはずの仲間が一人も乗ってこない。

乗り口が違うのかと、左右を見渡したが、やはりだれもいない。

どうしたのかとホームを振り返ると

座っていたベンチを囲んでみんながあたふたと忙し気に動いている。

何をしているのか不思議な光景です。

声が聞こえてこないので

まるで、チャップリンのトーキー映画を観ているようなある意味滑稽な光景でした。

でも、まごまごしていると、電車が出てしまう。

仕方なく、席取の為に置いたものを撤収して仲間のところに向かうと

仲間の一人が、ベンチとベンチの隙間に挟まれたコートのファスナーをみんなの手を借りて

抜こうともがいている。引くも押すもままならない様子、勿論本人は必至です。

通りすがりの人の手も借りて、やっとのことファスナーのエンドを抜き取ることが出来ました。

その時、勿論すでに列車の姿はホームにはありません!

えーっ! 一時間半待った列車なのに!

その時仲間の声が、「大丈夫今度は一時間後には次の列車が来るから!」

なんのなぐさみにもなっていないでしょ!


仕方なく一旦駅を出て、駅の周辺で時を過ごすことに!

そして、必然的にスケジュールの変更を余儀なくされる。

せめて”わたらせ渓谷鐡道とその紅葉”は残そうと言うことになり、断腸の思いで

”温泉入浴”は却下。

”露天風呂と紅葉”もとても楽しみにしていたのに!

がっかり!!  (せめて温泉の水の色イメージしてみました)

まるで、壁に掲げてあったお気に入りの額の絵が突然シュレッターに

かけられて額から滑り落ちてきたような虚しさです。


皆、傷心の思いを抱え何処かへ行く元気もなく駅前で時の過ぎるのを待ちました。 

トホホ!








続きは次回の記事に。

| 12:23:41 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 川口神社神幸祭 ~
『川口神社例大祭神幸祭』 にお邪魔しています。

初めてのお邪魔です。

境内では、各御輿の担ぎ手が、出陣を今や遅しと腕撫して待ってます。




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出陣式が始まりました。

「お祓い」 です。 参加者全員が拝殿へ向かって”二例二拍手” 一例です。





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神主を先頭に出陣です。




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続いて、「稚児行列」ですが、しっかり保護者にガードされ、まともな写真が

中々取れませんでした。




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いよいよ一番神輿の出発です。

川口神社では、本社神輿は無く、13の町内神輿です。

ちょっと淋しいですがしょうがないですね。




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山門を潜り、鳥居を潜って、町へ繰り出します。




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どの町内の神輿もやや小さめです。

その分他の例大祭の渡御と比べると少し迫力に欠けます。

川口神社周辺の13の町内ですから、そんな大がかりな、神輿は調達できませんし

担ぎ手も準備できません。

仕方のないところですね。13の町内が協力しているだけでも良しとしなければいけないのかも。




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駅前の「本町大通り」を通行止めにして13基の神輿が行列を作り駅前の「キューポラ広場」へ

向かうのですが、それに先立「川口市立本町小学校の鼓笛クラブの演奏が行われました。




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神輿の行列が本町大通りに姿を現しました。




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途中には、和太鼓の演奏がお出迎えです。

川口を中心に活動している和太鼓チーム「和太鼓 楓」サンたちです。



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神輿に負けていない元気さです。

気持ちいいですね。




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続々と神輿がやって来ます。

小さい神輿とはいえ、担ぎ手は必至です。






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以上、少し地味なお祭 『川口神社神幸祭』 でした。

| 04:48:37 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 三社祭 2018 ~
今年も700年以上の歴史を持つ『三社祭』が浅草にやってきました。

100基以上の神輿が練り歩く壮大な様は『三社祭』ならではの光景です。

雷門通りは、行き交う神輿と、その祭囃子で賑やかです。

三年前までは、あちらこちらで全身刺青のお兄さん達が下帯一つで神輿に乗って

町内神輿を先導し、挙句の果てには喧嘩沙汰を起こすことも珍しくありませんでした。

それゆえに三社祭は”やくざ祭”と比喩されていましたが、

現在はは「暴対法」によりそれもなくなり、丸金の法被を着た方々もいなくなり

さらに今年からは、「担ぎ棒」も神聖な神輿の一部とみなされ、人命救助等の緊急事態以外は

休憩時といえども、「担ぎ棒」に足を掛けて乗ることが禁止となりました。

そんなことで、より一層一般市民が安心して『三社祭』に参加、見学しやすい環境になりました。




それではまず、町内神輿です。




男性に交じって威勢がいいですネ。

と言うより男性がおとなしすぎるのかも。



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こちらは、少しお澄ましすぎ、もっとパーッとはじけなきゃ年に一度の祭だから!

 せいやっ、そいやっ!




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こちらは少しお疲れ気味でしょうか。

スカイツリーが後ろから応援してますよ。

お父さん、前の人に抱きつくのはやめましょう。



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まあ、そうはいっても「ハナ」を担ぐのは結構疲れます。

がんばれ!




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こちらは、至って元気ですネ!

やっぱり祭は明るく陽気じゃなきゃ‐ネー \(^o^)/

明るく、陽気に、いきましょうー!






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これはすごい写真じゃないですか!

担ぎ手の間に入ってしまってます。

しかも、しゃがんでるし!。

怖ーっ!! (*゚ロ゚)(*゚ロ゚)(*゚ロ゚)

実は、怖・楽 かも !!


でも危ネーし!!


やっぱ、危険なことはやめましょう! ミ☆⌒ヽ(*゚ロ゚)ノ






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少し、路地に入ってみます。

大好きな「ホッピー通り」です。

どの店もほぼ満席ですネ。 (゚д゚)

今日は暑いから、ビール、ホッピーが売れてるでしょうネ。

良いことですね!!  景気の底上げは、まず「ホッピー通り」から!








角付の「大国さん」がいました。

顔は笑顔ですけれど寄付の集金集めです。

ご用心、ご用心!




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奥の方の町の様子が、様変わりしてました。

露店などがなくなり、大きなホテルが建ってます。

でも残ってましたね! 人気NO1の「正ちゃん」

良かったですね。

しかも相変われず満席で、道路が青空食堂に。




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しかし、一番奥の”初音小路”は解体されてビルの建設中でした。

又、ホテルにでもなるのでしょうか。

残念ですネ。 昭和は遠くなりにけり か!!












本社神輿が雷門通りにやって来ました。

三つある本社神輿の内の”三之宮” です。

渡御している神様は、”三社”の名前の由来となった3人の神様の内の

桧前竹成命(ひのくまたけなりのみこと) です。




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重さは、「二之宮」と同じ1000kg

町内神輿と違って、重さ、大きさもさることながら担ぎ手の迫力が違います。

担ぎ手の数が違います。

3つの本社神輿を担ぐのに、担ぎ手が1万人必要と言われています。

神田明神の本社神輿は、一基で2000人の担ぎ手が必要と言われていまが

「三社」は一基あたりでも神田明神の本社神輿を凌ぐことになります。



まず、は担ぎ手の数から




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すごいでしょー!

ここに写っている人のほとんどが担ぎ手です。

雷門通りが担ぎ手で埋め尽くされています。

見学者は危ないので両脇の屋根のある歩道に揚がっています。

勿論、かく言う私も怖いので歩道の上です。






では「三之宮」の暴れぶりをどうぞ!



担ぎ手を無理やりはがしたり、押し込んだりしています。

勢いがついているので周りに居る担ぎ手も逃げ惑っています。



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2枚の写真の神輿の方向が逆になっています。

右に行ったと思えば、左

前に行ったと思えば、後ろ

と思えばUターン

要するに、進行方向制御が不能になっています。

とても危険です。 

先頭に居る誘導責任者はスピーカーで声をからして、方向を支持していますが

神輿は、どこ吹く風、唯我独尊です。


押し倒されて、転ぶ人もいます。

隣の人に縋り付いている人もいます。

担ぎ手同志で小競り合いも起きています。

町内神輿と比べてみてください。

笑っている人など一人もいません! 真剣勝負です。

どうやら、反対側の歩道に突入したようです。大丈夫でしょうか。




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何とか、向かうべき方角を向いたようです。

担いでいる人も方向を調整している人も必死です。

それでもさすがに今年は担ぎ棒に乗っている人はいませんネ。

通達が聞いているようです。










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何とか、”馬のある場所(担ぎ手の引き継ぎ場所)”に到達したようです。

100メートルを一時間程かかりましたかネ。



ヨォーオ! 

 しゃしゃしゃん しゃしゃしゃん しゃしゃしゃんしゃん お疲れーぃ!!




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お互い無事で良かったです。

さすがに今日は危険を感じて怖くなりましたネ。

私も逃げました。

凄い迫力です。


さすがに女性の担ぎ手は見かけませんでしたネ。




とりあえずまた来年も、見にきたくなりました。


以上 『三社祭2018』 でした。




     ソイヤー !!

| 05:35:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 下谷神社例大祭 ~
江戸の夏祭りの走りの一つ、1000年の歴史を持つ『下谷神社祭』です。

今年は、本社神輿の渡御が行われる「本祭」です。


「宮出し」が終わったばかりで、一時の静寂流れる『下谷神社』の境内です。




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舞殿では恒例のお囃子が演じられています。




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参詣後、早速境内に掲示された「本社神輿渡御道筋図」に基づき

本社神輿の後を追う。

ほぼ予定通りの時間に予定通りの場所を「渡御」していました。



まず先導役の猿田彦(さるたひこ)一本歯の高下駄が凄いですね。 

日本神話に登場する神様です。

今はちょっと休憩です。




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千貫神輿といわれるだけあって、大きいですネ。

その千貫神輿が、下町の狭い路地を渡御するので、かえって迫力が増します。





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男性に交じって女性も担いでいます。

祭の神様は、相撲の神様みたいに度量が狭くないですネ。




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担ぎ手が多い分だけ、迫力も増します。

特に下谷神社神輿の渡御には新聞沙汰になるようなケンカ、トラブルがつきものです

撮影もひやひやしながら撮っています。

では、超接近映像を

命がけです!!


足がぶつかっているんですけど!!





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渡御は、町内ごとに担ぎ手がその町内の担ぎ手と変わります。

これは1000年続く伝統です。

都営地下鉄上野検査場です。地下鉄の電車が地上で見える珍しい場所です。

ここで神輿とのコラボを撮りたかったのですが

残念ながらmタイミングが合いませんでした。




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粋な御姉さんも神輿の来るのを待ってます。




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担ぎ手が変わりました。

先ほどより少し元気がありますかネ。

沢山の担ぎ手が我よ我よと寄っていきます。







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行列の最後は、馬に乗った神主さんです。

中々格式がありますね。

さすが千年の歴史です。



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以上 『下谷神社大祭 神社神輿渡御 』 でした。


| 22:53:50 | トラックバック(0) | コメント(0)
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