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~ ふくい軒 ~
JR神田駅、新日本橋から歩いて3分「日銀通り」沿いにありました。

東京メトロ三越前駅からも4~5分です。

名前の通り、福井の酒と郷土料理を出してくれる店 『ふくい軒』 にお邪魔しています。




ac870fe7-s.jpg











店内は、細長い奥行の中に40席のテーブルと、主にランチ時に使われる

壁付カウンターがあります。





写真正面が入り口です。

奥の左側が主にランチ時に使われる壁付カウンターです。





DSC_ふくい2659





手前のテーブルには、今日は団体さんの予約が入っているそうです。




DSC_ふくい2639








酒ケースの中には、福井の酒が沢山入っていますネ。

美味しそうです。 楽しみです。



         DSC_ふくい2646_01











と言う訳で、まずはお酒です。

ここは、やっぱりいきなり日本酒でしょう。



【酒】


福井県    黒龍酒造       黒龍 吟醸 ひやおろし




全国日本酒ランキング          55位

福井県日本酒ランキング          1位





秋になるまでタンクの中で熟成し、熱処理をしないで(冷で)出荷する(卸す)から

”ひやおろし” すっきりとした、軽い味は季節ものでしょか。




         DSC_ふくい2637










【お通し】




帆立の煮付け




DSC_ふくい2638











【竹田の油揚げ】



福井の名産、丸岡町竹田の「油揚げ」 です。

「谷口屋本店」製でしょうか? 

谷口屋の「おあげ」はもう少し正方形に近い形をしていたかな?



いずれにしても、新潟の栃尾揚げよりやや小ぶりですが、味は負けていませんヨ。

厳選大豆と白山から流れる清水、天然のにがりで作られる木綿豆腐を、

じっくりと油で揚げ ていますから。ジューシーです。




DSC_ふくい2642










【鯖の燻製】



福井と言えば、鯖ですか。

これは、甘味があって美味しかったですネ。

酒を飲む為だけに存在する食べ物と言ってもいいんじゃないでしょうか。




DSC_ふくい2645











【酒】



福井県   加藤吉平商店     純米吟醸   梵 ときしらず



全国日本酒ランキング        94位

福井県日本酒ランキング        2位 


日本酒アワード2016で最高金賞を受賞
   




長期氷温熟成

大好きなお酒です。

辛口濃厚で、香り良く後に残る旨味が最高です。




DSC_ふくい2649











【鯖のヘシコ】



福井の代表的名産物

酒飲みにはぴったりです。

美味しいです。あまりしょっぱくなく、今まで食べたヘシコの中で一番美味しかったです。

これを食べると何杯でも、お酒が進むので「ハーフ」にしてもらいました。



DSC_ふくい2651








良い色してますネ。

旨いっ!を色にするとこんな色になるのでしょうか。

何か、風格さえ感じます。




DSC_ふくい2654











【酒】



福井県    一本義久保酒造    一本義 秋之純米酒 ヒヤオロシ



福井県日本酒ランキング  8位



心地よい甘みでしょうか。

 2018日本酒アワード 最高金賞受賞酒 




         DSC_ふくい2656











〖さきイカの燻製〗



板さんから頂きました。




         DSC_ふくい2658











お昼は、福井のソウルフード ”ソースカツ丼”と”おろしそば”を中心にした

ボリュームたっぷりのランチが人気を呼んでいます。

特にソースカツ丼は独特の食感で、癖になりますネ。

店名の「ふくい軒」も”ソースカツ丼”の元祖と言われる 福井の”ヨーロッパ軒”

に対抗してつけられたのでしょうか。

そう考えると、入り口の上部に大きく店名を表示するところや、両サイドに

ソースカツ丼の幟がひらめき、立て看板が無造作に置かれている所などは

”ヨーロッパ軒総本店”の入り口を彷彿させますネ。




     150x150_square_55213387.jpg













こちらのオーナーは、以前ブログにもアップしたことのある、日本橋の橋のたもとにある

越前おろしそばの店 ”御清水庵 清恵(おしょうずあん きよえ)”のオーナーでも

あります。どちらかと言うとそちらに居ることのほうが多いようです。




         DSC_越前8344_01






福井愛たっぷりの大将ですが、自身の出身校である「福井商業」

のOB、OGが来店すると大変テンションが上がるそうです。

福井出身者、特に「福井商業」出身の方は是非一度行かれてみてはいかがでしょうか。

大歓迎していただけるのではないでしょうか。









以上、福井愛 たっぷりの『ふくい軒』 でした。

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お酒 | 21:39:09 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 目黒のさんま ~
御存じ、落語の「目黒のさんま」をヒントにして、目黒駅前の活性化を目的として始まった

「目黒のさんま祭り」が今年も開催されました。

今年で23回目だそうです。毎年毎年テレビでは見ているのですが、初めての参加です。

今年はさんまも大漁と言うことで、ちょっと期待してきました。

主催は、 「目黒駅前商店街振興会青年部』 通称” め組 ”です。

                                    


         omote30.jpg

                        ≪目黒駅前商店街振興会HPより≫
                                        






10時から開始ですが現地に着いたのは10時15分前後です。

まあ、早すぎでもなく、遅すぎでもなく適切な時間かと思いきや!!!

着いて、現状を目にしてびっくりです。

目黒通りの片側2車線を使い横10~12人並びの行列は、目黒駅から首都高速2号線の高架下まで

約500メートルほどは続いています。(実は首都高を右に曲がってまだ続いていた)





DSC_さんま7120_01






5,000人程の行列ではないでしょうか。驚きです。

これは、いかに大量に一気にさんまを焼いているとは言え、

1時間や2時間の待ちではすまない。

たかが、さんま一匹食べるのに使うべき時間ではない!

これなら、帰りにスーパーにでもよって、さんまを買って、家で焼いて食べた方が

はるかに有意義な時間を過ごせる。

私だけではなく、皆さんそう思うのではないでしょうか。

では、今ここに平然と並んでいる人は、どんな考えを持った方々なのでしょうか?







とりあえず、焼いているところと食べているところを

目させていただいて帰りましょうか。




DSC_さんま7128_01






それにしても、この方々はいったい何時から並んだのでしょうか。

始まって15分ほどで、2時間以上の待ちになっていると言うことは

2時間以上前から待っていたということか。


神様・仏様・さんま様 と言うことでしょうか。




         DSC_さんま7124_01










とりあえず、帰りにスーパーへ寄ることとし、帰り支度を始めたのですが。

スーパーで買った”さんま” では、写真にもブログのネタにもならないかー!

”目黒のさんま”は”目黒のさんま”でないと意味ないか!

なんとなく、再度最後尾の方に足を向ける。

最後尾の位置は先ほどとほとんど変わっていない。

う、う~ん !!




DSC_さんま7164_01







時間がたったのに最後尾の位置が変わっていないと言うことは

増えるスピードに「焼き」が追いついてきたということか

今日は特に予定もないし、「スーパーのさんま」では絵にならないし

とりあえず並んでみるかと、お得意の”とりあえず主義”が頭をよぎる。

そう言うことで、”最後尾”に参列してみることにした。 (実はそこは最後尾ではなかった。

高速道路の下を右に曲がって、まだ列はかなり並んでいたらしい。

ごめんなさい! 結果として勘違いズルをしてしまいました)




 DSC_さんま7133_01










並び始めて、1時間ほど経ちました。

暑いです! 太陽は真上です、ほとんど日陰はありません。

アスファルトからは、熱気が立ち上がっています。

喉が渇きました。


牛歩 です。


7~80メートルほど、進んだでしょうか。 ゴールは まだまだです。




         DSC_さんま7135_01










2時間程経ちました。

景色はほとんど変わりません。

牛歩からロバ歩程度になったでしょうか。

これは回転が速くなったのではなく、疲れて列を抜ける人が増えたからです。

それでも、少しでも前へ進むのは助かります。

歩き始めたころは、周りの人の雑談や、笑い声が聞こえてきましたが

皆さんほとんど無口になりました。聞こえてくるのは小さい子供のぐずる声と

鳴き声だけです。時たま、子供の扱いで夫婦がもめています。

こんな環境ではイライラするのも無理ありません。



舗道に居る通りすがりの人が、親切にも声をかけてくれました。

”あと半分ぐらい位です、頑張って!!”

なんの慰みにもなりませんでした。



何度も、列を離れようかと思いましたが、せっかく半分まで来たのだから

もう少し、もう少し頑張ろうと自分を叱咤しました。

それでもあの時、あのまま帰ったら今頃家でさんまは食べ終わっているわなーと

後悔の念がふつふつとたぎります。

それにつけても、主催者側の対処と言うか「無対処」には腹が立ちます。

こんな状況になるのはわかっていたはずなのに何の手も打たない。

焼き台を増やすとか、食事テーブルを増やすとか、整理券を配るとか

何か方法があるだろう。

救急車が2回ほどサイレンを鳴らして往復しています、おそらく熱中症で誰かが倒れたのでしょう。

こんなやり方をしていれば、当然です。

その後、警察官が歩道から列に向かって声をかけていました。

”熱中症”に気を付けてください!!” と

何を間抜けなことを言っているのでしょうか。

それは我々にではなく主催者側に言ってほしい。

こんな悪環境の中で「さんま」を食べさせているのは主催者達だから。

彼らが、熱中症が起きるべき環境を作っているのだから。


まあ、私は二度と来ないから、どうでも良いですけど!!










スタートしてから4時間弱でやっと、最前列にたどり着きました。

意地だけで、たどり着きました

”勘違いズル”をしていなければ、もっとかかったと思うとゾットします。




DSC_さんま7140_01





DSC_さんま7146_01









【さんまゲット手 順】


    ① 入り口で、隈笹付きのトレーを受け取ります。

    ② 空いている焼き場を探し、焼けたさんまをトレーに載せてもらいます。

    ③ 焼き場出口で、箸・すだち・大根おろし、べったら漬けを載せてもらう。

    ④ 焼き場を出て空いてそうなイートインテーブルに移動してさんまを頂きます。









焼き場、焼き場でノルマがあるのでしょうか。

最後の一匹(ノルマ達成)と言うことで、焼き場のクルーに拍手付で大歓迎されました。

恐縮です。




DSC_さんま7143_01










最後の一匹、確かにいただきました。




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箸・すだち・大根おろし・べったら漬けを頂きます。

流れ作業です。

産地の方が直接手渡ししてくれます。これも良いことです、心がこもっています。




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すだちは、徳島県神山町の「すだち大使」の御嬢さん達です。

入れていただきました。




DSC_さんま7151_01










『目黒のさんま』 の完成です。




DSC_さんま7154_01




【産地】  (いずれも無償提供です)



     ① さんま (7000匹)       宮城県宮古市 

     ② すだち (一万個)        徳島県神山町

     ③ 大根おろし(500本)       栃木県那須市

     ④ べったら漬            東京 にいたか屋

     ⑤ 熊笹                岡山県津山市

     ⑥ 醤油                キッコーマン

     ⑦ 備長炭              和歌山県みなべ町




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【いただきまーす】




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脂がのっていて美味しいですネ。

それに、新鮮な秋刀魚の”ワタ” は一層美味しいですね。

秋刀魚の「ワタ」は他の魚の「ワタ」と少し違っています。秋刀魚には腸などの内臓がないため、

排せつ物がすぐに排泄され「ワタ」には、ほとんど残っていません。

だから美味しい「ワタ」が食べられるのです。

そんなこんなで、今日は比較的きれいに食べれました。

完食です。   エライ!!



DSC_さんま7160_01

      






運営手法には、憤りを感じましたが焼き場のクルーたちの爽やかな対応で

少し心が和みました。それでも4時間からの待ち状態は異常です。

私は手前500メートルから勘違いズルをしてしまいましたが、行列の最後尾は

1キロメートル以上にも及んでいたそうです。

楽しさ、有難さも半減ですネ。




以上、 『目黒のさんま』 でした。











【追伸】    


興味のある方だけお読みください。


落語 『目黒のさんま』 のあらすじ


目黒に遠乗りに出かけた、ある大名家の殿様、駆け回って腹が空いたが弁当の用意がない。

一軒の農家で焼いているさんまを家来に買わせて食べる。

生まれて初めて食べる油の乗った焼きたてのさんまの美味さに、殿様は感動します。

しかし、家来からはさんまは庶民の食べる下魚ゆえ、屋敷に戻ってもさんまを食べたことは

内聞するようにと口止めされる。

屋敷へ帰ってからもさんまの味が忘れられない殿様は、ある時、招待された親戚の所で

何が食べたいかと問われ「さんまが食したい」と答える。

驚いた先方の台所方は早馬で魚河岸からさんまを取り寄せ、蒸して油を抜き、毛抜きで

小骨を抜いてバラバラにして、椀にして出した。
 
 焼きたてのさんまがでてくると思っていた殿様は、変わり果てたさんまをを一口食べる。

目黒で食べたさんまの味にはほど遠く、不味い。


     殿 様     「このさんま、いずれで仕入れたか」

     親戚の家来  「日本橋魚河岸でございます」

     殿 様     「それはいかん、さんまは目黒に限る>」






  以上 落語 『目黒のさんま』 のあらすじでした。

食べる | 22:09:09 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 日本橋界隈プチ社散歩 Ⅱ ~

プチ社ではありません。

1100年以上の歴史を持つ、列記とした日本橋の古社『福徳神社』です。

2014年に新しく当地に遷座してから4度目の参詣です。

日本の中心日本橋のビル群の中に、凛として鎮座しています。




         DSC_福徳7054_02











社 号         福徳神社 

所在地         東京都中央区日本橋室町2-4-14

主祭神         宇迦之御魂神(うかのみたましん/倉稲魂命)

社 格         旧村社

創 建         不詳 (貞観年間859~876)

社 殿         入母屋造り正面向拝、千鳥破風付  

別 称         芽吹神社











【由緒・変革】


平安時代前期の貞観年間(859~876年)には創建されていたと推測されている。

旧福徳村の稲荷神社として奉斎され、社号もこの村名に由来する。

古くは源義家が深く崇敬していたとされ、江戸城を築城した太田道灌も狩の帰路にしばしば

参詣していたという。

江戸幕府開府以前に太田道灌が合祀され、その兜・矢・鏃などが奉納されたと伝わる。

また、徳川家康は江戸入府後の1590(天正18)年8月初めて参詣し、その後も参詣は

数度に及んだ。

二代将軍・徳川秀忠が1614(慶長19)年正月に参詣した際に「福徳とはまことにめでたい神号

である」と称賛し、この時に当社の古例であった樹皮付きの椚(くぬぎ)製鳥居に若芽が萌え

出ているのを見て「芽吹神社」との別称を命名した。

1619(元和5)年2月に江戸城内から弁天宮が合祀された際には将軍自ら神霊を納めている。

幕末期には火災が多く度々被災したが、社殿・施設修復費用捻出のため、富くじ興行が

許された社寺のひとつでもあった。

天保の改革の影響により一時福徳稲荷は姿を消すが、改革を断行した老中・水野忠邦の失脚後、

氏子の嘆願により再興された。

明治維新後の1874(明治7)年8月、村社に列せられる。

関東大震災後の1925(大正14)年に区画整理が実施された際、換地に遷座した。

1944(昭和19)年には空襲により社殿が焼失し、戦後仮殿にて奉斎されていたが、

1972(昭和47)年、旧三井銀行日本橋支店の申し入れにより旧鎮座地を交換、遷座した。

2010(平成22)年までは一時期ビルの屋上に鎮座するなどしていたが、日本橋室町東地区

開発計画の一環として社地・社殿が改められることとなり、2014(平成26)年10月23日に

竣工が発表された。

なお、2016(平成28)年9月、境内東側に隣接する敷地が「福徳の森」としてオープンし、

同所には東京薬事協会が奉斎する薬祖神社が遷座している。





【大鳥居】



DSC_福徳7053_01








【社殿】


入母屋造り正面向拝、千鳥破風付  

社殿は木造のような外観だが、当地が防火地域の為、実は鉄骨造に吉野檜で化粧をしている。

RC造ののっぺりとした外観に安易に落ち着かなかったことに拘りが伺える。

地下2階には防災用備蓄倉庫が造られていて、帰宅困難者に配給する飲料水や食料が

16,000食分確保されているという。

都会の神社の新しい役割を見つけたのではないでしょうか。





DSC_福徳7055




   ≪扁額≫




         DSC_福徳7058_01















【手水舎】




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水を司どる神、龍が力強い。




DSC_福徳7057_01










社殿竣工の2年後境内に”福徳の森”が完成しました。

近隣サラリーマンの憩いのオアシスとなっています。




DSC_福徳7060





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         DSC_福徳7062










この”福徳の森”の中にもう一つ社が遷座されました。

薬祖神社 です。




DSC_福徳7064





   ≪扁額≫



         DSC_福徳7065











【拝殿】




DSC_福徳7066











以上 『日本橋界隈 プチ社 散歩 Ⅱ 』 でした。

続きを読む >>
神社 | 21:53:33 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 日本橋界隈 プチ社散歩 Ⅰ ~
神田界隈の続きで、日本橋界隈の町中社を訪ねます。




【家内喜稲荷神社(ヤナギイナリジンジャ)】


神田と日本橋の堺、すなわち千代田区と中央区の堺に鎮座していました。

昔で言うところの”国堺”でしょうか。 

まあ”区の堺”には違いないのですが。





でも、日本橋と聞いたただけでもなんとなく垢抜けて見えるのは偏見でしょうか。

神田に失礼か! まあ、神田には神田の良さがあるから。




小さいけれど、鳥居もしっかり造られています。




         DSC_佐竹7041











それにしても、面白い社号の神社ですネ。

家内が喜ぶ と書いて「ヤナギ」ですか。

おそらく本来は「柳」「柳稲荷」だったのではないでしょうか。



お祝いの席で、大事な箸が折れたりするのを忌み嫌うため、丈夫で折れにくい柳の木が

使われています。また、柳は水で清められた神聖な木とされ、春一番に芽吹くおめでたい

木とも云われています。その「柳箸」は、家の内に幸せを運び縁起が良いことから

「家内喜箸(やなぎばし)」と表示することも .ありました。


又、昔は結納の時に、縁起が良いとされた「柳樽」という朱塗りの樽に、酒を入れて

樽酒を持参していました。これも一家の幸せを願う縁起のものと言うことで

「家内喜多留(やなぎだる)」と表現されていました。


ちなみに、現代は酒樽の代わりにその代金を「祝儀袋」に入れて持参するのですが

その祝儀袋には「家内喜多留」 と表示するのが一般的だそうです。

と言う訳で、一家に幸せを呼ぶ『家内喜稲荷神社』 となりましたが

結論は、江戸っ子の粋な洒落から生まれた社号と言うことでどうでしょうか。

しかしながら、せっかくの”粋”も台無しです。

大事な「社号標」に住居プレートなんか打ち付けるな!!

失礼でしょう。 

玄関の表札にそのプレートを打ちつけられたら、あなたは喜びますか!!

まったく!!

こう言うことを無神経にする人を ”無粋” と言うのではないでしょうか。




         DSC_佐竹7042










拝殿も、綺麗に管理されていました。




 DSC_佐竹7044_01









手水鉢も置かれています。




         DSC_佐竹7043











社号 家内喜稲荷神社 やなぎいなりじんじゃ

所在地 東京都中央区日本橋室町4-2-12












【両社稲荷神社】



中央通りから、区境になっている路地を少し入ったところにビルに挟まれて鎮座していました。

こちらは正真正銘の区境です。

社は、日本橋に鎮座していますが、カメラは神田で構えています。




         DSC_佐竹7045







由緒・沿革


両社稲荷神社の縁起は定かではありませんが、京都伏見稲荷大社

の流れを汲み正一位の神階を授けられ、江戸時代初期より福田稲荷

神社と共に当地「日本橋本町」界隈の商人、町人の「家内安全、商売繁

盛」の守り神として、深い尊崇を集めていました。

平成二十五年十二月、隣接するビル立替工事のため御社を一旦取

り壊すこととなり、再建まで御霊は江戸総鎮守・神田神社(神田明神)

に移りました。

平成28年11月、奉賛会員はじめ広く当地崇敬者から寄進を

募り、新たな御社の造営が行われました。御宮は従前同様の束立向

拝宮、鳥居は朱塗りの明神鳥居といたしました。

 平成29年3月、遷座祭を斎行し、御霊を再び神田明神から当

地にお迎えし、現在に至っています。


覆殿の扉を開けると、真新しい拝殿がきれいに置かれていました。

遷座されたばかりを表しています。




DSC_佐竹7047









社号 両社稲荷神社

祭神 宇迦之御魂神

所在地 東京都中央区日本橋本町4-4-13











【福田稲荷神社】



こちらも、日本橋本町と神田美倉町の堺に鎮座します。

本町は徳川家康が江戸入府後初めに造った商業の中心町です。

その時代から今日まで薬問屋が集中している町です。

残念ながら拝殿の扉が閉まっていて中を観ることはできませんが

庇の柱と、鳥居の柱を兼務させたとてもユニークな門構えをしています。





DSC_佐竹7049











【由緒・沿革】




古事記に依りると、和銅二年に始めて京都稲荷山に伏見稲荷大明神が勧請致されました。

それから二年後和銅四年(西暦711年)に伏見より分社して福田村に鎮座したのがそも

そも福田稲荷神社の始まりです。

1300年を超える歴史を持つ、由緒ある古い稲荷神社です。





   ≪扁額≫




         DSC_佐竹7050










郵便ポストかと思ったらどうやら賽銭箱の様です。

庇鳥居と言い、賽銭箱と言いとてもユニークな神社です。




         DSC_佐竹7052











以上 『日本橋界隈 プチ社散歩 Ⅰ』 でした。

神社 | 22:45:52 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 神田界隈のプチ社散歩 Ⅲ ~ 
神田界隈にはまだまだ沢山のプチ社があります。



【正一位真徳稲荷神社】



「御宿稲荷神社」から歩いて10分ほどのところ、狭い路地にひっそりと鎮座していました。

しかし赤白の幟は忙しくなびいていました。





DSC_御宿7080







小さな社のワイには立派な朱の鳥居が建てられていました。

扁額も、歴史を思わせる立派な扁額でした。




         DSC_御宿7081_01









コンクリート製の社の頭貫上に透かし彫りの龍が置かれていました。

旧社から引き継いだのではないでしょうか。

中々手の込んだ透かし彫りです。




DSC_御宿7084_01









頭貫の木鼻には獅子が乗せられていました。

こちらも立派な顔つきをしています。




DSC_御宿7085_01









【由緒・伝来】


慶応元年(一八六五)に「神田区三河町四丁目」に創建され、その後隣接の「新

銀町」に遷座し、同町の守護神となった。

祭神は伏見稲荷大社から分霊したと伝えられ、明治六年には神田明神の兼務

社となっている。関東大震災では、当社付近の被害が比較的少なかったことか

ら、稲荷神のご加護であるとしてますます崇敬された。戦災で社殿は焼失した

が御神霊は無事だったことから、町内で焼失した稲荷神二柱を合祀して仮社殿

を造営する。昭和二七年に司町二丁目町会の再発足と同時期に真徳稲荷神社の

再建が計画された。それに際してこれまでの三柱の御神霊を一度伏見稲荷大社

へ還御し、新社殿が完成した昭和三一年に、新たに司町二丁目会の守護神とし

て伏見稲荷大社より御神霊を受け、五穀豊穣、悪疫鎮護、商売繁盛の神、地域

の守護神として祀られている。






社号 真徳稲荷神社 しんとくいなりじんじゃ

祭神 伏見稲荷大社の御分霊

創建 慶応元年(1865)

祭日 2月3日節分祭(新暦)

    旧暦2月午の日と前日に宵宮

    (2016年は3月12日宵宮、翌13日が初午)

所在地 東京都千代田区神田司町2-4

その他 明治6年(1873)より神田神社の兼務社











【松尾神社】



北に都営新宿線小川町駅、東に銀座線神田駅、西に丸ノ内線淡路町駅と三方を地下鉄に

囲まれて、住宅地と雑居ビルが混在す息苦しいような路地に鎮座していました。

門はがっちりと施錠され、周囲はしのび返しで囲まれています。

本殿の上に屋根が掛けらえています。覆殿でしょうか。



DSC_御宿7086_01








鎮座地であう神田多町(かんだたちょう)は、江戸時代以前「田町(たちょう)」と言いい、

田圃が広がる地帯だったことから名づけられた地名です。

昭和41年(1966)の住居表示実施により、神田多町一丁目が内神田に編入されたことで、

現在は神田多町には二丁目しか存在しないという、全国的にも稀な状況を呈した町です。

面積は、わずか0.26㎢しかありません。ほぼ500m四方です。

又、ここ一帯の地名に冠されている「神田」は、神に奉げるための米を栽培していた田畑のこと。

したがって、神田多(田)町とは、神田美土代町同様、意味のダブった珍しい地名です。






         DSC_御宿7087_01











頑丈で、大きめの鉄製のと鳥居もついています。




DSC_御宿7088








本殿は小さな窓月のガラスの扉が付いています。

どのような意味があるのでしょうか。

面白いですネ。




DSC_御宿7090_01










“松尾”とはいっても当社の前身は 『 松尾稲荷神社 』 。主祭神は宇迦之御魂命。

ただ、京都の松尾大社と名前が同じという親近感から、現在では大山咋神と中津島姫命と配祀し、

年に一度松尾大社に詣でている。







社号    松尾神社 まつおじんじゃ

祭神    宇迦之御魂命 大山咋神 中津島姫命

創建    不明(明治六年以前)

祭日    10月中旬から11月初旬の吉日

所在地   千代田区神田多町2-9

その他   神田神社の兼務社











以上、小さな社にも大きな歴史あり 『神田界隈のプチ社散歩 Ⅲ』 でした。

神社 | 21:47:43 | トラックバック(0) | コメント(0)
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