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アル酎ハイマーはいかい士

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~ 三社祭 2018 ~
今年も700年以上の歴史を持つ『三社祭』が浅草にやってきました。

100基以上の神輿が練り歩く壮大な様は『三社祭』ならではの光景です。

雷門通りは、行き交う神輿と、その祭囃子で賑やかです。

三年前までは、あちらこちらで全身刺青のお兄さん達が下帯一つで神輿に乗って

町内神輿を先導し、挙句の果てには喧嘩沙汰を起こすことも珍しくありませんでした。

それゆえに三社祭は”やくざ祭”と比喩されていましたが、

現在はは「暴対法」によりそれもなくなり、丸金の法被を着た方々もいなくなり

さらに今年からは、「担ぎ棒」も神聖な神輿の一部とみなされ、人命救助等の緊急事態以外は

休憩時といえども、「担ぎ棒」に足を掛けて乗ることが禁止となりました。

そんなことで、より一層一般市民が安心して『三社祭』に参加、見学しやすい環境になりました。




それではまず、町内神輿です。




男性に交じって威勢がいいですネ。

と言うより男性がおとなしすぎるのかも。



DSC_三社2013_01









こちらは、少しお澄ましすぎ、もっとパーッとはじけなきゃ年に一度の祭だから!

 せいやっ、そいやっ!




DSC_三社2176_01







こちらは少しお疲れ気味でしょうか。

スカイツリーが後ろから応援してますよ。

お父さん、前の人に抱きつくのはやめましょう。



         DSC_三社2202_01






まあ、そうはいっても「ハナ」を担ぐのは結構疲れます。

がんばれ!




         DSC_三社2216_01








こちらは、至って元気ですネ!

やっぱり祭は明るく陽気じゃなきゃ‐ネー \(^o^)/

明るく、陽気に、いきましょうー!






DSC_三社2223_01








         DSC_三社2250_01













これはすごい写真じゃないですか!

担ぎ手の間に入ってしまってます。

しかも、しゃがんでるし!。

怖ーっ!! (*゚ロ゚)(*゚ロ゚)(*゚ロ゚)

実は、怖・楽 かも !!


でも危ネーし!!


やっぱ、危険なことはやめましょう! ミ☆⌒ヽ(*゚ロ゚)ノ






         DSC_三社2261_02











少し、路地に入ってみます。

大好きな「ホッピー通り」です。

どの店もほぼ満席ですネ。 (゚д゚)

今日は暑いから、ビール、ホッピーが売れてるでしょうネ。

良いことですね!!  景気の底上げは、まず「ホッピー通り」から!








角付の「大国さん」がいました。

顔は笑顔ですけれど寄付の集金集めです。

ご用心、ご用心!




DSC_三社2140_01









奥の方の町の様子が、様変わりしてました。

露店などがなくなり、大きなホテルが建ってます。

でも残ってましたね! 人気NO1の「正ちゃん」

良かったですね。

しかも相変われず満席で、道路が青空食堂に。




DSC_三社2149_01







しかし、一番奥の”初音小路”は解体されてビルの建設中でした。

又、ホテルにでもなるのでしょうか。

残念ですネ。 昭和は遠くなりにけり か!!












本社神輿が雷門通りにやって来ました。

三つある本社神輿の内の”三之宮” です。

渡御している神様は、”三社”の名前の由来となった3人の神様の内の

桧前竹成命(ひのくまたけなりのみこと) です。




DSC_三社2073_01












重さは、「二之宮」と同じ1000kg

町内神輿と違って、重さ、大きさもさることながら担ぎ手の迫力が違います。

担ぎ手の数が違います。

3つの本社神輿を担ぐのに、担ぎ手が1万人必要と言われています。

神田明神の本社神輿は、一基で2000人の担ぎ手が必要と言われていまが

「三社」は一基あたりでも神田明神の本社神輿を凌ぐことになります。



まず、は担ぎ手の数から




DSC_三社2074_01





すごいでしょー!

ここに写っている人のほとんどが担ぎ手です。

雷門通りが担ぎ手で埋め尽くされています。

見学者は危ないので両脇の屋根のある歩道に揚がっています。

勿論、かく言う私も怖いので歩道の上です。






では「三之宮」の暴れぶりをどうぞ!



担ぎ手を無理やりはがしたり、押し込んだりしています。

勢いがついているので周りに居る担ぎ手も逃げ惑っています。



DSC_三社2036_01





DSC_三社2065_01






2枚の写真の神輿の方向が逆になっています。

右に行ったと思えば、左

前に行ったと思えば、後ろ

と思えばUターン

要するに、進行方向制御が不能になっています。

とても危険です。 

先頭に居る誘導責任者はスピーカーで声をからして、方向を支持していますが

神輿は、どこ吹く風、唯我独尊です。


押し倒されて、転ぶ人もいます。

隣の人に縋り付いている人もいます。

担ぎ手同志で小競り合いも起きています。

町内神輿と比べてみてください。

笑っている人など一人もいません! 真剣勝負です。

どうやら、反対側の歩道に突入したようです。大丈夫でしょうか。




DSC_三社2067_01





DSC_三社2076_01










何とか、向かうべき方角を向いたようです。

担いでいる人も方向を調整している人も必死です。

それでもさすがに今年は担ぎ棒に乗っている人はいませんネ。

通達が聞いているようです。










DSC_三社2079_01





DSC_三社2085_01






DSC_三社2091_01










何とか、”馬のある場所(担ぎ手の引き継ぎ場所)”に到達したようです。

100メートルを一時間程かかりましたかネ。



ヨォーオ! 

 しゃしゃしゃん しゃしゃしゃん しゃしゃしゃんしゃん お疲れーぃ!!




DSC_三社2103_01










お互い無事で良かったです。

さすがに今日は危険を感じて怖くなりましたネ。

私も逃げました。

凄い迫力です。


さすがに女性の担ぎ手は見かけませんでしたネ。




とりあえずまた来年も、見にきたくなりました。


以上 『三社祭2018』 でした。




     ソイヤー !!

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| 05:35:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ そばの実と新緑と ~
戸隠 に来たらこれを食べて帰らないと来たことにはならないでしょう。

御存じ ”戸隠蕎麦” ですよね。

戸隠の近辺の新緑を散策しながら、いつも行列ができることで有名な人気店

”そばの実”を目指します。

戸隠神社奥社の参道付近の新緑です。

五月晴れの陽に当たって緑のダストが全身に降りかかってくるようです。




DSC_戸1944_01










可憐さが人気の”カタクリの花”が今とばかりに点々と咲いています。




          DSC_戸1959_01









国道沿いに”水芭蕉”が群生していました。

やはり、さりげない品が漂います。




DSC_戸1966_01











これは、ちょっと名前が解りませんが、綺麗に群生していました。




DSC_戸1955_01











バスの時間があるので残念ながら1キロほどの散策しかできませんでしたが

目の保養をさせていただきました。

目的地に到着です。




DSC_そば1967_01










さすが人気店、中々の趣です。




DSC_そば1968_01











すでに時間は3時を回っているので、店内は待たされるほどの混雑ではありませんでした。

それでも小上がりの相席に通されました。




DSC_そば1971_01











奥社を含めてだいぶ歩いたのでまずはビールです。

美味しそうに冷えています。

お通しで出された「そばの実の醤油漬け」が美味しかったですネ。




         DSC_そば1975_01











そしてお目当ての”戸隠蕎麦”がこちら

「とろろざるそば」 です。




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蕎麦の切り口がしっかり角張っています。

関東の蕎麦と違います。

機械で切ったのでしょうか?

腰はしっかりありました。

色も”田舎蕎麦色”で美味しそうです。




DSC_そば1982_01







まあ! 何はともあれガッツリ美味しかったです

七味唐辛子はご当地の”ソウル唐辛子”

『八幡屋磯五郎』 です。




         DSC_そば1977









それは、『善光寺大門前』のこちらで売ってます。




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早速、”おみや”にさせていただきました。




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以上、『戸隠蕎麦処 そばの実と戸隠新緑』 でした。


食べる | 09:44:01 | トラックバック(0) | コメント(2)
~ 戸隠神社・奥社 ~
以前より、いつか尋ねてみたいと思っていた『戸隠神社』の参詣が

やっと念願かないました。

日本の神話と深く関わりのある霊場ともいえる「戸隠山」の中腹にに鎮座する

戸隠五社のうちの『戸隠神社・奥社』 と『九頭龍社』を訪ねます。




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まずは「JR長野駅」です。

昔”善光寺”に参詣に来たときはバスだったような気がします。

初めて、降り立った「長野駅」です。

善光寺を意識した木調が前面にだされています。




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そして「戸隠高原」へ向かうためのバス停は、駅ロータリーの正面にある

7番乗り場。 バスは去年も「上高地」でお世話になった「アルピコ交通」




         DSC_戸1885_01











一時間ほどの乗車で、目的地の”戸隠奥社入り口”に到着です。

初めての土地でのバスの一時間はあっという間です。

ここからは2kmの参道を歩いて奥社に向かいます。




         DSC_戸1887_01











社  号          戸隠神社奥社

鎮座地          長野県長野市戸隠奥社

祭  神         天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)

創  建         紀元前 210年











【由緒・沿革】




  日本神話にある、天照大神が天の岩屋にお隠れになった時、無双の神力をもって、

天の岩戸をお開きになった天手力雄命を戸隠山の麓に奉斎した事に始まります。

創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社です。

その起こりは遠い神世の昔、「天の岩戸」が飛来し、現在の姿になったといわれる

戸隠山を中心に発達し、祭神は、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々を

お祀りしています。

平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆のころは

戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山、高野山と共に

「三千坊三山」と言われるほどに栄えました。

江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、一千石の朱印状を賜り、東叡山寛永寺の

末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。

山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、

広く信仰を集めました。











【社号標】



         DSC_戸1886_01












【大鳥居】




DSC_戸1964_01




新緑に包まれた参道を湧水の流れる小川のせせらぎを聞きながら

奥社へと向かいます。これだけでも心が清められる思いがします。












【狛犬】




DSC_戸1898_01      DSC_戸1896_01













【随神門】



参道の中ほどに、忽然と朱色の門が現れます。

茅葺の屋根についた苔が歴史の深さを物語っています。




DSC_戸1901_01





随神が祀られていました。




     DSC_戸1905_01      



     DSC_戸1906_01











【杉並木】


随神門を潜ると景色が一転します。

天然記念物の樹齢400年を超える杉並木が参道に多いかぶ去るように続き、

神秘的空間が広がります。




         DSC_戸1909_01








JR東日本「大人の休日倶楽部」のコマーシャル「戸隠編」で

女優の吉永小百合さんが歩いていたのはこの辺でしょうか。

この杉並木が500メートルほど続きます。



         DSC_戸1945 (1)_01











「杉並木」が終わると、石段が続きます。

これが結構きついです。

トレッキングをするような感覚です。

奥社につくまで2度程休ませていただきました。

それはそうですよね。修験者が修行する山ですからなめてはいけませんネ。




そんなこんなで、やっとの思いで奥社に到着です。




DSC_戸1941_01
















【手水舎】




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【狛犬】



どちらも「宝珠」を頭に載せています。

格好も面白いですネ。飛び掛る寸前でしょうか。



DSC_戸1925_01      DSC_戸1923_01











【二の鳥居】



鳥居を潜っている和服の方、長野駅からご一緒でした。

服装からして、奥社まで登ってくる方とは想像できませんでした。

聞くと、今日は特別の日なので、和服、草履で来るように神主さんに言われたそうです。



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【奥社】




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   ≪社殿扁額≫




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【戸隠大神】


奥社の横に祀られていました。




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【九頭龍社】



ご祭神       九頭龍大神

由緒・ご神徳   鎮座の年月は不詳。

           天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)が奉斎される以前に

           地主神として奉斎され、特別な信仰を集めた。

           また、古来より水の神、雨乞いの神、虫歯の神、縁結びの神

           として尊信されていた。




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【道標】



「戸隠古道」の道標です。

「九頭龍社」の横に記されていました。




         DSC_戸1930_01











【飯縄大明神】



参道途中の石段の左側に鎮座していました。

飯縄山(いいづなやま)の山岳信仰の発祥の神とされている。

一般に、”戦勝の神”として信仰され、足利義満や上杉謙信、武田信玄などの戦国武将達の

間でたいへん信仰されました。

特に上杉謙信の兜の前立が”飯縄権現像”であることが知られている。




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【八水神】


石段を登り終え、参道が終わるところに小さな滝がありました。

その滝に打たれているのが水を司る「八水神」でした。

修験者もこの滝に打たれて修行したのでしょうか。

今日は水の量が少し多いのでしょうか、打たれている「八水神」の文字が見えません。




         DSC_戸1914_01











ここ戸隠神社は奈良時代より修験者の修行の場として全国に知られていますが

今でも、修行僧はいるのでしょうか。

杉並木が終わったところでこんな方とすれ違いました。




         DSC_戸1913_01








再度、今でも修験者はいるのでしょうか。

実はほかのところで、何度も沢山の修験者にお目にかかって言います。

ですから、現在も沢山の修験者の方はおられます。

しかしこの方は、どうでしょう?

ほら貝まで持って、姿かたちがきれいに整い過ぎていると思いませんか。

いかにも、修験者の理想の姿をしています。


衣装を着ただけの”ナンチャッテ 修験者では” と思えたのは

私の修行が足りないせいでしょうか?










【御朱印】




DSC_戸1989_01      DSC_戸1990_01











以上、神話の世界に引き込まれるような霊験あらたかなパワースポット神社

 『戸隠神社 奥社・九頭龍社』 でした



神社 | 21:29:55 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 下谷神社例大祭 ~
江戸の夏祭りの走りの一つ、1000年の歴史を持つ『下谷神社祭』です。

今年は、本社神輿の渡御が行われる「本祭」です。


「宮出し」が終わったばかりで、一時の静寂流れる『下谷神社』の境内です。




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舞殿では恒例のお囃子が演じられています。




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参詣後、早速境内に掲示された「本社神輿渡御道筋図」に基づき

本社神輿の後を追う。

ほぼ予定通りの時間に予定通りの場所を「渡御」していました。



まず先導役の猿田彦(さるたひこ)一本歯の高下駄が凄いですね。 

日本神話に登場する神様です。

今はちょっと休憩です。




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千貫神輿といわれるだけあって、大きいですネ。

その千貫神輿が、下町の狭い路地を渡御するので、かえって迫力が増します。





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男性に交じって女性も担いでいます。

祭の神様は、相撲の神様みたいに度量が狭くないですネ。




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担ぎ手が多い分だけ、迫力も増します。

特に下谷神社神輿の渡御には新聞沙汰になるようなケンカ、トラブルがつきものです

撮影もひやひやしながら撮っています。

では、超接近映像を

命がけです!!


足がぶつかっているんですけど!!





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渡御は、町内ごとに担ぎ手がその町内の担ぎ手と変わります。

これは1000年続く伝統です。

都営地下鉄上野検査場です。地下鉄の電車が地上で見える珍しい場所です。

ここで神輿とのコラボを撮りたかったのですが

残念ながらmタイミングが合いませんでした。




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粋な御姉さんも神輿の来るのを待ってます。




         DSC_下谷1830_01








担ぎ手が変わりました。

先ほどより少し元気がありますかネ。

沢山の担ぎ手が我よ我よと寄っていきます。







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行列の最後は、馬に乗った神主さんです。

中々格式がありますね。

さすが千年の歴史です。



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以上 『下谷神社大祭 神社神輿渡御 』 でした。


| 22:53:50 | トラックバック(0) | コメント(0)
~ 氷川神社(渋谷氷川神社) ~
JR渋谷駅から徒歩10分程、隣に大学もある住宅街の杜に鎮座していました。

『氷川神社』 です。通称”渋谷氷川神社”です。




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社  号          氷川神社

鎮座地           東京都渋谷区東二目5番6号

主祭神          素盞鳴尊(すさのおのみこと)

              稲田姫命(いなだひめのみこと)

              大己貴尊(おおなむちのみこと)

              天照皇大神(あまてらすおおみかみ) 

創  建          寛治6年(1092年)  

例大祭           9月16日

境内社           秋葉神社(火産霊神)

               八幡神社(品陀和気命)
 
               厳島神社(市杵島姫命)
 
               稲荷神社(宇迦御魂命外四柱)       










【由緒・沿革】


正確な創建時期は不明であるが、渋谷区最古の神社とされている。江戸七氷川の一つ。

1605(慶長10)年9月に当社別当であった宝泉寺第百代住職・実円の記した

「氷川大明神宝泉寺縁起」によれば、日本武尊東征の際、当地に素盞鳴尊を勧請したという。

降って弘仁年中(810~823年)、慈覚大師が宝泉寺(現・東2-6-16)を開基し、同寺が別当に

なったとされており、1713(正徳3)年幕府に出した書状には「起立の年数知れず申候」と

残されている。

なお、源頼朝による勧請説や金王丸常光による崇敬などの説もあるが、

いずれも定かではない。

江戸時代には奉納相撲が盛んに行われ、世田谷八幡宮、大井鹿嶋神社とともに

江戸郊外三大相撲のひとつに数えられた。











【金王相撲】



かつての下渋谷村、下豊沢村の鎮守社だったころの祭日は、9月29日で当日は境内で

行われ、その相撲場は今も残っています。

この行事を金王相撲といい、いつごろから始められたか明らかではありませんが、

かなり古くから行われていたらしく、近郷はもちろん、江戸の町からも見物人が集まり、

凶年などには休業しようとしても見物人が集まるので、やむなく興行したといいます。

ここで相撲をとったのは、本職の江戸の力士ばかりではなく、近郷の若者も大勢参加し、

江戸時代の村のレクリエーションの場となっていました。











【狛犬】


一の鳥居の前に鎮座していました。

横を向いているので以前は拝殿の前に置かれていたものでしょうか。




DSC_渋1766_01      DSC_渋1765_01








どちらも、子供を連れていました。




        DSC_渋1768_01




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【一の鳥居】




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   ≪鳥居扁額≫



石の額に彫り込まれていました。




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【二の鳥居】




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こちらに扁額はありませんでした。











【狛犬Ⅱ】


こちらの狛犬は、通常とは逆の、右側が「阿形」左側が「吽形」になっていました。

それにしても、体脂肪の少ない、アスリートのような体形の狛犬です。




DSC_渋1774_01      DSC_渋1773_01











【手水舎】




DSC_渋1775_01











【拝殿】




DSC_渋1777_01






流造の本殿がわずかに望めます。

今は工事をしているのでしょうか。




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   ≪拝殿扁額≫




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【神楽殿】




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【境内社】




   ≪八幡神社・秋葉神社≫




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   ≪秋葉神社≫




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   ≪厳島神社≫



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【御朱印】




         DSC_1791_02.jpg











以上 『渋谷氷川神社』 でした。

神社 | 20:54:20 | トラックバック(0) | コメント(0)
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